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紅茶国C村の日々

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たかがゲーム、されどゲーム。


テルフォードでのブリッジホリデーでは、最後の月曜日(27日)の夜もみんなそろってブリッジでした。日曜の夜は真ん中辺、月曜の午前の部はいっそう成績が悪くて、ビリビリの最下位。球技で言えば、ボールや道具の良しあしで結果がわかれる競技みたいなもの。どうしたって手札が悪ければ、勝ち目は少ないです。

ちょっと落ち込んで、どうでもいいや、野となれ山となれ的な気分で臨んだ最後の月曜日の夜。結果は20組中の2位でした。だけど、トップになったペアは、このブリッジホリデーのディレクターのペアだったので、トップ賞を辞退されたのだそうで、なんとなんと、思いがけないワインのゴホウビをもらってしまいました。ラッキー!としか言いようのない結果でした。
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気分よく、テルフォードを後にして、火曜日の昼過ぎぶじにC村に戻り、いつものようにマルティカルチャーセンターというところで、夜7時半からのブリッジに出かけました。そしてそしてそして、涙のビリ、最下位でした。

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それから水曜日、レイおじさんと組んで、これもビリから数えたほうが早い結果でした。上下の写真は、試合結果、順位表です。
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一番上の列左から1234と並んでいるのは、トランプ13X4=52枚を4つに仕分けたボードと呼ばれるケースの番号です。つまりこの夜は30種類の札を全員が競技した、というわけです。それで、一番左のたての列は上半分がNSつまり北と南のペア。真ん中から下がEW、つまろ東と西のペア。同じボードが10のテーブルで10回闘われるわけです。

よく、ブリッジの結果について、「昨夜は勝ったの?」とかたずねられるけど、勝ち負けはそんなに単純なものじゃなくて、何%の勝率だったかということで順位が決まります。 ウォールターとプレイするときはいつも50%取れればハッピー!ということにしているのですが、この50%という数字だって、確実じゃないです。当たりはずれ、向き不向き、気分のアップ&ダウン、そして敵の強弱、なによりも思い違い、見間違い、計算違い、記憶違い・・・負ける理由はどこにでも転がっています。

勝ってうれしい花一匁、負けて悔しい花一匁、です。

さてさて、このホリデー、毎日午後は自由時間なので、近くの観光地へ行ったり、散歩をしたりでした。テルフォードのホリデー・インの近くに、タウン・パークという大きな公園があり、そこにこういうの(↓)がありました。これの名前、何でしたっけ?どなたか、ご存知の方教えてください。お願いします。(ペコリ)
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by agsmatters05 | 2018-08-31 09:48 | ブリッジのこと | Trackback | Comments(0)

アイアン・ブリッジ


イングランド北西部、シュロップシャー県のテルフォードという街で、4泊5日のブリッジホリデーをしてきました。今はC村に戻ってきましたが、このテルフォードという場所にあるアイアンブリッジ(鉄の橋)というのが、18世紀にイギリスで、世界に先駆けて始まったとされている産業革命の発祥地を象徴するかのような建造物として有名になり、観光客を集めています。
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その橋は

アイアンブリッジ (Iron Bridge、鉄の橋) とは、イングランド中西部シュロップシャー州アイアンブリッジ峡谷において、集落アイアンブリッジからセヴァーン川に架けられた全長約60mの橋で、世界初の鋳鉄製のアーチ橋である。コールブルックデール橋とも呼ばれる。1779年に建築され[1]1781年に開通した。

アイアンブリッジは、建築家トーマス・プリチャードによって設計され、製鉄業者エイブラハム・ダービーによって施工された。は、もともとは石炭石灰石を川の対岸へ輸送するために使用されていた。現在では歩行者だけが橋を渡れる。

イギリス指定建造物第一級指定建築物に指定されている。1986年、アイアンブリッジを含むアイアンブリッジ峡谷ユネスコによって世界遺産に登録された。



だそうです。ウイキペディアのページは こちら(↓)


です。かれこれ240年も前のこと。鉄を使って橋を作ることがエンジニアの夢をかきたてて、美しい橋ができたのはいいけど、実際、ここに行ってみたら、
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なんと、なんとガッカリ。工事中でした。橋桁を補強したり、表面を塗り直したり、なんやかやで今年いっぱいはお隠れになっていたのでした。上の写真の右端でピンクの服を着た人がいるところへ行くと、通行人のために通り渡りができる通路が設けられていました。そこを歩いて、真ん中辺まで行くと、
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落ち着いた流れのSevern川が見えましたイングランドで一番長い川だそうです。多分これから流れ流れて南のブリストル辺りまで峡谷を作り海に注ぐのでしょう。
セヴァーン川(River Severn)はイギリスで最も長い川。全長354kmでウェールズカンブリア山地プリンリモン英語版の近くから始まり、一度北東へ流れ、シュルーズベリーの西、イングランドとウェールズの境界付近で東に向きを変え、さらにシュルーズベリー付近から徐々に南に流れ、イングランド西部を縦断する形で進み、ブリストルの北西でブリストル海峡に注ぐ。ワイ川とは流路やその長さも全く違っているが、源流域が近く同じ場所で海に注ぐ。

これ(↓)は橋の向こう側、
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背景

橋の航空写真。川沿いを走る幹線道路がすぐそばを通り、多くの建物がすぐ近くに点在することがわかる。
上空から見たアイアンブリッジ

1709年にエイブラハム・ダービー1世コールブルックデールで産出された石炭から製造されたコークスを用いて製鉄を始めた。燃料が地元の鉱山から安価に入手できたため、その後数十年間シュロップシャーは産業の中心地となった[2]。セヴァーン川は重要な貿易路であったがアイアンブリッジ峡谷では往来の妨げとなっており、最寄りの橋は2マイル離れたビルドワスにあった[3][4]。船が頻繁に川を往来し峡谷の斜面が急であったことから橋は橋脚のない単径間の橋が理想であり、背高の船が往来できるよう十分な高さを確保する必要があった[4][5]。斜面が急かつ不安定であることが橋を建設するうえで問題であり、川の対岸には道が集まる場所がなかった[6]


反対側から通路を見たもの(↓)
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でもってあいにく雨模様になり、アイアンブリッジのミュージアムにも行かず、そそくさと引き上げました。来年行ったら、本物の橋を見ることができるかな。


ではもう一度

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以上、ブリッジ・ホリデーに行って、アイアンブリッジを見てきた話でした。







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by agsmatters05 | 2018-08-30 08:12 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

ブリッジ・ホリデー・イン・テルフォード

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こんな感じで朝晩しのぎを削っています。トップとボトムを行ったり来たりしています。ボトムのほうが多い、かな。真ん中の時もあったかな。いやいやトップはたったの一回。あれは、あれは、なんだったのか。
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全員テーブルにつけば40人(10テーブル)ぐらい。朝の部に出ない人がいるときは20人(5テーブル)ぐらい。イギリス中から集まってきたブリッジ・プレーヤー。やっぱり、なんといっても、年寄りがおおいです。


⇓ はディレクター(そうまとめ役)のマルコム。午前中はセミナーと称してマルコムのトークショー。笑わせるのが上手なおじちゃんでした。奥さんのマデレーンと二人で組んで、いろいろ楽しませてくれます。
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このブリッジ・ホリデーは、「ブリッジ・オーバーシーズ」という名前の会社が企画しているのですが、このディレクター役はボランティアなのだそうです。そのかわりホテル代も旅費もタダ。しょっちゅう海外のブリッジ・ホリデーにも行くらしいです。いざ、トルコ、いざクロアチア、いざ地中海。クルーズもたくさんあるみたいです。今度いつか行ってみたいなぁ、このクルーズというのに。
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それにしてもボトム(最下位)になった時の気分は、本当に嫌なものです。自己嫌悪、悔しい、落胆、恥ずかしい。その反対で、勝った時の気持ちよさったら、それはそれはウキウキです。信じていたことが正しかったと報われる気分になれます。

たかがゲーム、されどゲーム、頭の体操以外にも、人間心理(主に自分の心理ですが)をみつめさせられます。それが何になるか?時間の浪費だという人もいるでしょうね。所詮、レジャー、お遊び、ですから。

アジア大会で初めて今年、マインド・スポーツとして取り上げられたって、昨日のセミナーでマルコムも言ってました。
レシェクというポーランド人で EBU(English Bridge Union)に勤めているブリッジ・プレーヤー(時々お願いしたら、パートナーになってくれる、ヘビースモーカーのおじちゃん。)の情報によると、2002年にソルトレークシティでオリンピックが行われた時、それに先立って(同時開催ではなく)ブリッジの競技会がひらかれたことがあるそうです。 ブリッジを室内競技のメンタル・スポーツとして認めるかどうかで、まだまだ議論が続いているみたいです。

あああああ、それはともかく、もうちょっと強くなりたいなあ。


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by agsmatters05 | 2018-08-27 21:52 | 行ったところ | Trackback | Comments(7)

テルフォードへ。

シュロップシャーという県は、バーミンガムの西、リバプールの南、ウエールズの北東にあって、
そこのテルフォードという街にきています。ここにはアイアン・ブリッジと呼ばれる鉄の橋があり、歴史的な建造物として、ちょっと有名な観光地になっています。
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24日(金)12時にC村を出発して、午後3時ごろの到着でした。ホリデー・イン・テルフォードというところ。

上の地図ではグーグルマップが2時間11分となっているけれど、かれこれ3時間かかってしまいました。そのわけは、C村からM1という高速道路に合流するまでに、ふだんなら30分ですむところを、その倍もかかってしまったのが一因。ミルトン・キーンズの手前に踏切があって、遮断機が下りて警報がカランカラン鳴っているのに、列車がなかなか来ない。踏切の前に長い車の行列ができて長いこと待たされました。結局一台一台、踏切に近いところにいる車からあきらめてUターンしていきました。それでロスタイム20分、30分。結局M1に合流した時、C村から1時間もかかってしまい、アイフォンのサテ・ナビアプリ、グーグルマップは、ほとんど目的地までの所要時間が動きませんでした。

じつはその後もう一つ、間違いをしてしまいました。なにしろ走り慣れていない高速道路だったので、緊張しました。ノーサンプトンを過ぎてダベントリーあたりでM1を離れてM54にはいりました。それからしばらく走るとM6という道路に入らなければならなかったのに、その分かれ道あたりでものすごいどしゃぶり。前が全然見えないような水しぶきで必死でゆっくり運転していたので、とても車線変更まで気がまわらず、気がついたら、グーグル・フォトの青い線があらららら、と左側に離れて行ってしまったのでした。

グーグルフォトって、便利なアプリで最近はよく使わせてもらってますが、いったん道を間違えると、すぐそれに適応(アジャスト)してくれるから、間違ったのかどうか気づくまもなく新しい回り道を走ったりしてしまうことがあります。

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とにかく無事目的地に着いてやれやれでした。このテルフォードにあるアイアン・ブリッジ近くのブリッジ・ホリデーは、前から2度3度ブッキングしたのに、キャンセルしなければならなかった因縁のある場所で、今回ついに実行できたのでした。3度目の正直、というか。

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およそ40人ぐらいが集まるみたいです。夕方5時45分からウエルカム・ドリンクというレセプションがありました。久しぶりに赤ワインをいただいたけど、あまりおいしいと思えなかった。(涙)
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これから4泊5日間、「夜な夜な」ゲームじゃなくて、「寝ても覚めても」ゲーム三昧で過ごさなければなりません。ゲームと言っても、試合ですからね。競技会ですからね。

アジア大会にもこの種目が入ったそうで、マインド・スポーツとして囲碁や、将棋や、チェスと同様にこのゲームも認定されるといいなと思います。とりあえず今夜はここまで。

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by agsmatters05 | 2018-08-26 08:10 | ブリッジのこと | Trackback | Comments(0)

最後(たぶん)のGCSE試験結果


G男子校へ行ってきました。校舎などあまり写真に撮ってはいけないのですよね。たまたま車寄せで一枚証拠写真。
GCSE試験の発表日なので、11年生は大勢来てました。でも、行ったのが遅かったので、もう終わりごろ。

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結果に納得できない生徒とか、どこかが違ってないかと思う生徒とか、親とかが試験部長(イグザム・オフィサー)や係の先生たちとひざを突き合わせて相談をしてました。イグザム・オフィサーのスーさんの前には、長い長い行列ができていました。

ようやく行列が終わりかけたころ、スーさんのそばにいって、日本語の試験結果を教えてほしいと頼みました。スーさんは行列が途絶えたところで、私を連れて、別の建物のスーさんの部屋まで行って、一枚のプリントを渡してくれました。(下の写真です。)

                          
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何が書いてあるかというと、5人の生徒たちの名前と4技能(話し、聞き、読み、書く)の試験結果の一覧表でした。意外に思ったのですが、5人のうち4人までA*、つまりお星さま(トップ・ランク)の結果が出ていました。このうち3人は10年生、つまり一学年早い段階でGCSEを受けたので、ちょっと不利かなとおもったのですが、優秀な3人だったので、3人そろってAスターでした。この子たちは8年生の時から週一回、昼休みのジャパン・クラブに来て、文字通り「あいうえお」の「あ」から始めて、ひらがな、カタカナ、漢字と習い始め、最後の1年間は私に代わってO先生が指導してくださったのでした。3人とも、スピーキングとリーディングは満点でした。これも意外でしたが、例年聞き取りはやさしいと言われていたのに、3人とも聞き取り試験が一番難しかったようです。


上の写真の一部を取り上げると、こんな(↓)感じになります。rade  とだけ見えているのは、Grade(段階)のことで、Aは優にあたるものですが、その下三つの*マークは 星、つまり、Aスターのことで、A(優)よりさらに上の特優のこと。5人受けて4人お星さまと言いましたが、一人は女子校の生徒なので、この表にはないです。あとからメールで係の先生に聞いたら、彼女GちゃんもA*(エースター)だったとのこと。Gちゃん、すごいです。授業とかで覚えたんじゃなくて、ほとんど独学に近い形で日本語を勉強した子です。

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ところで、このA*(エースター)がどうやって出てきたのか、4技能のどれが何点で4つ合わせて総合的にA*(エースター)になったのか、とO君から電話でたずねられました。まだ学校にいた時だったので、スーさんに詳しく教えてもらいました。スーさんはそんなこと関係ないよ、全体がA*(エースター)ならそれでいいじゃん、などとつぶやきながら、コンピューターをシャカシャカ動かして、下のような数字を一覧表の右側に書きこんでくれました。
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P1というのは聞き取りテストのことで、70点満点中56点とればA、63点以上とればA*,だそうです。
P2はスピーキングで、80点満点中、 64点とればA,72点以上とれば A*。
P3は リーディングで、 70点満点中、56点以上がA,63点以上がA*
P4は ライティングで、80点満点中、64点以上がA, 72点以上がA*。

つまり、それぞれの分野で、80%以上の得点ならA, 90%以上の得点ならA* (エースター)というわけです。
しけんはスピーキングは個別に10分間の録音で評価されますが、あとは50分から60分のペーパーテスト。
聞き取りと読み取りが70点満点で、スピーキングとライティングが80点満点なのは、やはり受動的な分野の言語能力のほうが、能動的なライティングやスピ-キングより点が取りやすいから、なのでしょう。全部の分野合わせて300点満点となり、そのうち9割の270点以上がとれたら、A*(エースター)になるというわけです。

3人の10年生、O君、E君、K君とも280点以上をとって、悠々と余裕をもってA*(エースター)でした。実は一人AだったT君は、学年も違うし、授業時間数もずっと少なかったのですが、ほとんど自力でひらがな、カタカナがわかるようになってから遅れて日本語のクラスに入ってきた生徒でしたから、Aだったこともすごい結果でした。本人も親もとても喜んでいることでしょう。

TP芸術学校の二人の日本人受験生の結果はまだ問い合わせ中で、わかっていません。リンちゃんは日本の中学を終えているので、日本語ができないのではないのですが、試験が全部英語でなされるために、英語の力がまだ足りなくて、あまり良くできなかったと言っていました。それでもA*圏内だろうと期待はしているのですが。


ちなみに、イギリス(イングランド)全体で、GCSE試験を受けた生徒(普通、大部分が15,16歳の、11年生)のうち、全受験科目でA*(エースター)を獲得した人は800人ほどいたそうです。ただし、科目数は個々人で違うので、15科目のひとも、10科目の人も含まれるのですが。

イギリスの中学校教育認定試験ともいうことができるのがこのGCSE試験です。中学校を卒業したかどうかという学歴は、このGCSE試験を何科目受けて、どういうグレードだったか、という形で履歴書に書きこまれることになります。将来につながる記録とも言えるでしょう。

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by agsmatters05 | 2018-08-24 09:30 | イベント | Trackback | Comments(0)

花束

同じ花束の写真です。3枚アップしておきます。
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土曜日にジャパンクラブ終了パーティーをしたとき、一人の生徒(のたぶんお母さん)が買ってくださり、別の生徒が私に手渡してくれたもの。一人はオックスフォード、一人はケンブリッジの大学生。二人とも2014年の10月に1週間の東京ホームステイ旅行を楽しんだ6人のUKサムライたちのメンバーです。ありがとうね、O君。A君。うれしいですよ。花束もきれいだけど、お気持ちがありがたいです。
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今日と明日、この花を楽しんでから、しばらく出かけてきますので、帰ってきたら、もうこの花はおしまいになっているでしょうか。
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明日はいよいよGCSEの発表の日です。私はスピーキングテストを担当しただけだけど、やっぱり気になる結果です。新聞でも、テレビでも、このニュースは、一週間前に発表になったAレベル試験の結果と同様、全国的にビッグニュースになります。私が口頭試験を担当したのは全部で7人でした。多分最後の生徒たちになるでしょう。O君、K君、E君、T君、Gさん、Hさん、Kさん。みんな明日どうか大きな笑顔で過ごせますように。


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by agsmatters05 | 2018-08-23 08:52 | 平々凡々の日々 | Trackback | Comments(0)

運河の水門

19日(日曜日)
前の日(土曜日)のパーティーで疲れ果てていたのですが、たまの日曜日。特に何にもすることがないような、気が抜けた日曜日だったので、久しぶりにレイトン・バザードという街のテスコの横をスタートする運河沿い歩き、カナル・ウォークというのをやってみました。

川沿いの歩きやすい道路で、まずはダックちゃんたちに「ハロー!」でした。といってもむこうさんは知らん顔でしたけど。
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ちょうど気温が暑すぎず、寒すぎず、遅い夏、初秋の一日でした。午後から1,2時間の散歩でした。

しばらく行くと水門、こちらの言葉でロック(Lock)というのがありました。
これがちょっと面白いです。で、写真をいっぱい撮りました。

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ちいさく編集してしまってわかりにくいかもしれませんが、この水門、本当によくできているとおもいます。
なにしろその昔、産業革命よりちょっと前の話。交通機関は馬や荷車のみの頃。
イギリスは平らな土地が多いので、水路を切り裂いて船で物資を運ぶ知恵が早くから発達したのでした。
それで、土地の高いところ、低いところをどうやって船が往来するかというと、
この水門(ロック)というのが大活躍したのでした。
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写真が小さくてわかりにくいかもしれませんが、低いところから高いところへ移動するためには二つの水門を作って、その中の水量を高いところ、または低いところに合わせておいて、片方の水門を閉めて上に行ったり、下に行ったりする、というわけです。

川の両側から重いゲートを上手にうごかしていました。
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レジャーとしても、居住手段としてもこの長い舟(ロング・ボート)まだまだ紅茶国で健在です。





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by agsmatters05 | 2018-08-22 10:03 | 行ったところ | Trackback | Comments(7)

もろもろのオワリ

上のようなタイトルで記事を(7月9日に)半分書きかけたまま非公開にして保存しておいたものがあります。
今宵、これを明るいところに出してみようとおもいます。

なぜかって、土曜日(18日)のジャパン・クラブ終焉パーティーも、この中に含まれることなので。

いろんなことが「オワル」って、どうなんでしょう!? 
「恋の終わり」は灰の山かもしれないけれど、「悩みの終わり」はかなりおめでたい!気持ちがいい場合もあるんですよね。

ここではちょっとおめでたいほうの終わりを二つ、発表しちゃいます。

その一。 TPS という学校に1年間通ったんですが、これを終わりにしました。

二人の日本人(母親のみ)の生徒たちにGCSE日本語試験を受けさせて、一人はAレベルもやる予定でしたが、どうにも勉強が進まない生徒、そうリンちゃんのことですが、 もうこれ以上「欺瞞」はできない、と決心して、TPSにはもう行かないことにしました。GCSE試験が終わって、ハーフタームになった時、一大決心をしました。
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リンちゃんの場合、日本語の授業は学校のカリキュラム外の科目なので、私への支払い(給料)は、プライベートレッスンとして直接両親が支払っていました。それを知ってか知らずか、リンちゃんは全然勉強に熱を入れてくれず、授業の途中で頭が痛いから薬をもらいに行くと言ったまま、帰ってこなかったり、授業中もおなかが空いたとか、眠たいとか、まともに授業を進めにくくて、こまりました。授業をしないのに、給料だけもらうのは、給料泥棒じゃないか、というような後ろめたさを覚えながらなんとかここまでやってきたというわけです。何人かの先生たちに相談した結果、ちょうどキリがいいところでやめていいという学科長のアドバイスでした。

TPSというのは、歌、ダンス、劇などの舞台芸術を専門に学ぶ学校で、踊りが好きで上手な子たちがいっぱいいて、ちょっと楽しい学校でした。だけど、E街とC村と、そしてちょっとだけ残ったG男子校の日本語の生徒たちとを掛け持ちするのは大変でした。収入は途絶えちゃったけど、気分的にはホッと一息、さっぱりしました。

それから「終わり」のその二。

へんてこりんな写真を載せますが、これは自動車免許証の書類の一部です。

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あっさりと、終わりを迎えることができました。結局ペナルティーは6点、免許証に書きこまれていて、一人の持ち点は12点なので、あと2回スピード違反をすると即免停になるのは、終わっていません。でも、70歳以上は3年に一度免許を更新しなければならないというルールを無視して、と言うより、知らずに誕生日を半年以上過ぎても古い免許証で運転していて、スピード違反で2度カメラに捕まってしまったことは、どうやらお と が め な しですみました。
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あれからもずっと運転を続けています。運転できない生活はこのC村ではちょっと考えられないのです。

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上の地図の赤いしるしのところがスピードカメラの所在地。もうこの道は二度と通りたくないです。もしもここを通らなければならないときは、時速10マイル(16キロ)以下の、馬を追い越すときの速度で通ろうとおもいます。ウラメシヤの道路です。




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by agsmatters05 | 2018-08-21 08:46 | 平々凡々の日々 | Trackback | Comments(2)

過ぎたるは及ばざるがごとし。(人寄せの日)

8月18日(土)を、ちょっと前から人寄せ、つまりパーティーの日と決めてました。

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G男子校を退職したのが2016年7月。その時、全面的に退職してなくて、片足を突っ込んだままの退職でした。毎週火曜と木曜の昼休みのジャパン・クラブを、かれこれ15年ほど続けてきて、その習慣が残っていたので、2017,2018年と、片足出勤でもクラブだけはまだ生き残っていました。
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それで、クラブで作った千羽鶴をデザインするというカード・デザイン・コンテストをし、その時の最優秀作品に選ばれたお見舞いカードを、大量に印刷してバザーなどで売りさばいたことがありました。その時の記事はこちら(↓)。2015年5月16日のことでした。



その時の収益金 £37.7 が売れ残ったカードと一緒に書類の山の中に残されていたのでした。

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ほとんど私物化していたジャパン・クラブでしたから、そんなお金のことは生徒たちはだれ一人関心を示すこともなく、歳月が過ぎていきました。
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それでも、いよいよ学校と両足おさらばするという段階になって、このお金をどうする?という案件にぶち当たりました。
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着服?しても罪にはならないくらいの、私の持ち出した資金で作ったカードでしたが、やっぱりそれはちょっと気持ちよくない。毎年学校で続けているMalawi(というアフリカの国)への寄付金にしてポンと係の先生に渡してしまっても、それでもよかったかも。
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何度か残った生徒らに相談を持ち掛けたりはしましたが、これと言って決め手がないまま土壇場になってしまいました。
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というわけで、じゃあ結局、パーティーをしてこのお金を使ってしまおう!といい出したのも私でした。この時の生徒らが大好きだったどら焼き! そうだどら焼きパーティーにしよう!
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てな具合で、本当は材料費に消えるはずだった£37.7でしたが、どうやら 人寄せプランはいつ、何人を呼ぶ?というのがむずかしくて、結局メールやメッセンジャーを何回も送って、卒業生3人、在校生3人、合計6人が集まってくれました。

最初から6人とわかっていればそれに合わせて料理も作ったはずでしたが、準備をはじめた時は、まだ人数も定まらなくて。

とにかく、あずきを500グラム入りの袋を4つ買ってきました。餡子を作って、ホットケーキを焼いて、手製のどら焼きを大量に作る心づもりでした。だけど、実際は時間もなくなり、ほかの料理もつくったので、急遽予定変更し、セガちゃんに頼んでイーリングから30ポンド分ぐらいのどら焼きを買ってきてもらいました。
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寿司も5合のコメを2回炊きました。いなりは40個。海苔巻は細巻きと太巻きの両方。それからサーモンを乗せた握り。さらに大量のから揚げ。そうめん。豚バラ三枚肉のチャーシュー。一人ベジタリアンがいるので、茄子を使った野菜カレー。なんじゃかんじゃで、前の日に作ったスポンジケーキや、餡子が化けた白玉だんご入りのお汁粉。
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たくさん作りすぎて、大量に残ってしまいました。「過ぎたるは及ばざるがごとし」を痛感している翌日のデコボコ・ミチでした。要するに、作りすぎちゃったということ。どっしりと疲れが残った日曜日でした(食べ物も残りまくり)。けど、一つの仕事が終わったので、さっぱりしましたよ。

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by agsmatters05 | 2018-08-20 10:54 | イベント

レイクディストリクトをもうちょっと(ブリッジの巻)

コントラクト・ブリッジというトランプゲームについて、何年何月に始めたのかを調べたかったけど、ちょっとまだ調べ方が足りなくて?。

記憶では、2007年に、ヘルベレン山の中腹で、ふるい携帯電話を使ってブリストルのメグにケズウイックのブリッジクラブを調べてもらい、セクレタリーのミセス・ジョーンズに電話して、この時から湖水地方へ行くたびに夜はブリッジをするようになったとおもうけど、もしかしたら、2009年かもしれない。EBU(イングリッシュ・ブリッジ・ユニオン)に加入したのが2010年となっているので、始めたのはその前の年からかもしれない。それがどうしたってこともないのですが、かれこれ8年か9年の間、毎年湖水地方へ行くたびにお世話になっているブリッジ・クラブ。これ(↓)はワ-キントン・

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年に一度お邪魔するだけだけど、メンバーはあまり変わりなくて、しっかりと覚えていてくれて、あたたかく迎えてくださる。今年も夜な夜なお邪魔しました。火曜日はコッカ―マス、水曜日はワ-キントン、そして木曜日はケズウイックのブリッジ・クラブへ行った。

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結果はまあまあ。アップ&ダウン。勝ったり、負けたりでした。
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これ(↑)は木曜日のケズウイックのクラブ。この場所はコンサーバティブ・クラブの建物の一室で、階下のバーから飲み物を調達できるクラブ。よく飲むのは、レモネードとラガーを混ぜた「シャンディー」という飲み物。
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年に一度の飛び入り参加を温かく迎えてくれて、今年はこの(↑)ケズウイック・クラブのジョーンズ夫人が「今年はきっと今週来ると思ってましたよ。」と言われた。年に一度の参加でも、かなり顔見知りがおおいから。でも、
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来年はどうなるかなあ?



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by agsmatters05 | 2018-08-16 10:20 | ブリッジのこと | Trackback | Comments(0)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。