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紅茶国C村の日々

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隣の隣

C村の一けんおいてお隣さん、トリシャが古稀(70歳)ですって。

昨日の同窓会で私は「古希」になりましたと言っても、世代の違う若い人達にはピンと来なかったみたいで、コキってなあに?という感じだったので、ほとんど「古機」(古い機械)のことですよ、と言えばよかったかとあとからおもったのでした。

長いこと待たされたけど、お料理はすごかったです。

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これは10キロほどのジャンボサーモンをまるごと、シーソールトで覆ってオーブンで焼いたものでした。

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こういう(↑)大きな肉の塊が何種類あったことか。ビーフに、ポークにターキーにラムに、という感じで並べられていました。

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全体の写真が撮れなかったけど、まだまだこのほかにサラダもフルーツもパンもディップも、たくさんありました。これらは70歳になったトリシャが作ったのではなくて、トリシャの庭を手入れしているガードナー(庭師)のルイが、どこで覚えたのか前職はシェフだったのか、とにかくすごいお料理で、どれもこれもおいしいものでした。

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とまあ今日は何もしない日曜日。近所の桜の木はこんな(↑)感じで今満開です。濃厚!
こってりと甘い餡子のお菓子を食べたくなるような濃いピンクの桜です。結構、こちらにはたくさんこの手の桜が多いみたい。
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by agsmatters05 | 2018-04-30 08:44 | 行ったところ | Trackback | Comments(3)

ロンドン、レストラン「そう」と恐怖の40分。

日本でも連休が始まって、あちらこちらへお出かけする人がいっぱいいることでしょうね。今週の週末、土日は、前々から予定が入っていました。土曜日は同窓会。明日の日曜日は誕生会。

朝10時34分、レイトンバザード駅発のロンドンミッドランド鉄道でピカデリーサーカスへ。シニア・レイルカードが切れていたので、更新。1年間で30ポンド(約4500円)ですべての鉄道が4割引きになる。でも最近は車ばかりであまり使ってなかったけど。

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ここのレストランはちらし寿司がおいしいと聞いたので。 17ポンド。

デザートは、抹茶ケーキ。
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これはちょっとこってり過ぎて、腹に持たれました。9ポンド。個々人が食べた分を払うことになっていたので、今日の昼食代はサービス料とお茶(2ポンドを加えて)30.40ポンド=約4400円でした。

楽しい語らいの時は過ぎて、この日、5時過ぎからGCSE日本語試験の最後の生徒たちが電話で会話の練習をしたいというので、3時ごろ、早めにレストランを後にしました。

♬行きはよいよい、帰りは怖い??なんて歌がありましたよね。

今日はそういう思いを味わいました。

「そう」レストランを出て、ピカデリーまで歩き、ベイカールーラインでオックスフォードサーカスまで一駅。それからビクトリアラインに乗り換えて二つ目、ユーストンの駅について、地下鉄から地上へ出る階段を歩き始めて、ハタと気が付きました。今日の持ち物。ナイキのぼろリュックと、片手にハンドバッグ、のはずでした。ところが両手をコートのポケットに入れて、軽々と階段を登ろうとしているわが身に気が付き、そこで世界は暗転。ない、ない、ない!ハンドバッグがない!

もう息の根が止まるかと思いました。いつもは、ショルダーをかけているのに、今日に限っておしゃれを決め込み、同窓会のお仲間に見せても恥ずかしくないようなカバンにしようかとおもって選んだもの。2年前に山梨の義兄が他界し、そのお香典返しに、高価な印伝のハンドバッグが送られてきたのでした。義兄の形見と思って大切に(使わないで、苦笑)とっておいたものでした。どうしても普段の外出はポシェットが便利ですよね。メグは荷物が多いときはトートバッグにしたら、と言ってくれたんですが、手ごろなサイズの肩からかけるトートバッグがなくて。いえ、カバンというものは何十と数えるほど持っているのですが、とにかく今日は義兄の形見の印伝のハンドバッグを使わせていただくことにしたのでした。

それが手元にないと気づいたのがユーストン。愕然として、体中の血が逆流するような感じでした。そのハンドバッグの中には、もちろん財布、車のキー、銀行のカード、運転免許のカード、そして今日更新したばかりのシニアレイルカード、そしてアイフォン。大事なものばかり入っているものでした。幸か不幸か、上着(コート)のポケットに切符(ロンドン、デイトラベルカード、一日乗り放題券)を入れてあったので、ピカデリーで地下鉄に乗るときもポケットからすんなり出して改札は楽々OKなのでした。

とにかくレストラン「そう」まで戻らなくては。もうパ二クリ具合は、尋常ならず。ああGod!苦しいときの神頼みとはまさにこのこと。何度も何度も深くため息をついては、動き回りました。ユーストンで気が付いたので、そのまま逆のコースをたどってとにかくピカデリーまで戻ること。今考えられることはそれでした。その時、下りたホームの反対側に乗ればいいと、行き先も確かめずに乗った私。バカは死ななきゃ、どころか、これでは死んだって治りそうもないですよね。あわてて飛び乗った反対側の電車で、ふと気が付いたら全然見知らぬ駅、カムデン・タウンだと。あああああ、バカバカバカ。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせるものの、とにかくあれだけ大事なものがなくなったら、どんなに面倒くさいことか。金額ももちろん痛いですけど、車のキー、アイフォン、銀行のカード、運転免許証、現金も普段よりはちょっと多く(と言っても貧乏人だから20ポンド札(3000円札)が2,3枚程度でしたけど)。

レストラン「そう」に戻ったのは、カムデンタウンから、またユーストンにもどり、そこからオックスフォードサーカスに行き、ベイカールー・ラインでピカデリーサーカスまで、はやる心を持て余しながら、溜め息ばかりの十数分でした。最初にレストランを出てから45分ぐらいかかっていました。

トイレに置き忘れたのか、食事の場所に置き忘れたのかちょっと不確かなのですが、一緒に食事をして、ハンドバッグのことを「きれいね、印伝でしょ」と言ってくださった大大大先輩が、ウエイトレスの方に預けてくださって、その人が私を見たらすぐ、「カバンですね。」と言って奥から持ってきてくれました。「お気をつけください。」とウエートレスの方から言われて、レストランを後にしました。

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上の写真は帰りの電車の中で撮りました。私には似合わない品物だったかもしれません。これを姉が送ってくれた時、正直に品物の値段を送り状に書いたので、それはそれは高い関税を払わされた品物でした。

長くなったので、MOREに大大大先輩へのお礼メールと、大大大先輩からのお返事メールを貼り付けさせていただきます。

More 
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by agsmatters05 | 2018-04-29 07:35 | 行ったところ | Trackback | Comments(6)

ウウちゃん、Day3&4

昨日(26日、木曜日)のことです。

ウウちゃんのチャイルドシートを車に積んだままC村に来てしまったので、昼休みのクラブが終わった後、ウウちゃんちへチャイルドシートを届けに行ってきました。

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いつもの慣れ親しんだ道。A41とM25とA40。
約1時間で着きました。ウウちゃんが学校から帰って30分ぐらい後のことでした。

元気よく、アルファベットのお勉強をしていました。

私:「おともだちのなまえ、わかった?」
ウウちゃん:「まだわからない。だけど、ジョージョーと、ソフィアがいるよ。」

だそうです。今日の作品(↓)を見せてくれました。スクーターなどに貼り付ける飾りらしいです。

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一日、なにもしゃべれないけど、楽しいらしいのです。
コドモって、言葉がなくても、刺激をいっぱいからだに受け止めて、楽しむことができるのでしょうね、きっと。

何も言いたいことが言えないのは、とてもつらいことじゃないかという気がして、
ウウちゃんが学校で過ごしている時間(8時半から3時10分まで)を考えると、やっぱりまだ、
ハラハラドキドキしてしまいます。これはパパ、ママはもっとかもしれません。

ウウママの言葉によれば、
「先生方がとても温かく迎えてくれて一安心です。」 ということらしいです。さらに、

今日(金曜日、27日)のウウは、もう疲れて眠っています。ウウは、今日も楽しかったみたいで、みんなで歌った宗教の歌を一生懸命歌ってくれました。英語は、イエスかノーしか言えない、っていってましたが、立派なものです。今日は、仲間に入れて、って言おうと思ったけど言えなかった。でも、楽しい、楽しいと積極的にやってます。」

だそうです。

聞いて、聞いて、聞いて、英語を毎日いっぱい聞いて、そのうちにふっと言葉が口から出てくるように、きっと、なるんでしょうね。1週間?10日後?1月後?とにかく今はバッテリーの充電期間中なのでしょう。スポンジのような空のバッテリーだから、一杯になるまでは待ってた方がいいのでしょうね。

明日、明後日の週末は、ウウちゃん親子はどこか大陸のほうへ出かけるらしいので、ウウちゃんニュースは休みます(笑)。また月曜日をお、た、の、し、み、に。
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by agsmatters05 | 2018-04-28 09:24 | 家族のこと | Trackback | Comments(3)

ウウちゃん、二日目。

小夏さんからいただいたコメント
「子供ってすごいのですね、怖がらずに周りに溶け込める。」

本当に、オドロキ桃の木、です。

実は承諾を得てないけど、ここに引用させてもらっちゃいます。ウウママちゃんのメッセージ。
パパが出張中なので、いろいろ写真付きメッセージを送ってもらい、楽しませてもらっています。
(今週、私はC村暮らししてます。)
2日目、ウウは元気にいきました。登校前に、遊びに入れて欲しいとき、なんて言うの?とか(聞いてました)。積極的に関わっていきたいみたいです。幼稚園より、遊具が充実してるみたいで楽しいらしく、歌もたくさん歌えるし、ゆうりがすきな粘土遊びも水遊びもしたみたいです。外の遊具で遊ぶ時間が楽しいらしく、本人にとっては、楽しいことばかりなんですって。


で、昨日は、先生に爪のマニキュア注意された、って昨夜爪はキレイにしていってました。
ウウは、すぐに馴染みそうな気がします。やる気とマスターするぞ、という意欲に満ちてる感じがします。まだまだ、これからですが、遊びのなかで学んでいける時期に間に合って良かったです。


私: 「マニキュア注意されたって、ちゃんとわかるのね!どうしてわかるのかしらね。」
ウウママ: 「何で分かったの?って聞いたら、ウウ、マニキュア。。。って聞こえたから、きっととりなさいってことだと思うって。 笑」
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ウウママのコメントです。:「2日目の下校風景。今日も楽しく、ランチはカリフラワーとお肉がまざったの。お絵描きもして、お外でも遊んで楽しかった。今日は、お友達にwhy?と言われたって。・・・2日目、無事に済みました。」

明日はどんな英語を覚えてくるのでしょう!?
とても楽しみです。
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by agsmatters05 | 2018-04-26 09:03 | 家族のこと | Trackback | Comments(4)

ウウちゃん、入学しました。

イギリスでは5歳から小学校に入れます。プライマリー・スクール。
5歳から6歳までは、レセプション・クラスという学年に入って「お勉強」の準備をするみたいです。

英語チンプンカンプンのウウちゃん、今日はいきなりクラスに入れられて、朝8時半から午後3時10分まで、
いったいどんな気分で過ごしたのでしょう?ちょっと気の弱い子なら泣き出していたかもしれない。

朝8時半にウウママと一緒に3人で登校しました。ミスKK という元気のいい先生が(あとでわかったのは副校長先生だって)私たち3人を迎えいれて、レセプションクラスの部屋まで案内してくれました。

ここがリーディング、ここがライティング、ここは粘土などものを作ったり絵を描いたりするところ、ここはお薬で看護婦さんごっこをするところ、、、というぐあいに部屋の中を説明してくれて、はいではさようなら、3時10分に迎えに来てください、だって。

ウウちゃんは、すんなりさようならできました。名残り惜しがるのは大人のほう。ママとグランマ、気になるウウちゃんを残して、家まで帰ってきました。それから3時10分まで、もう気もそぞろでした。どんなかな、英語が全然わからないのに、どうやって溶け込めるんだろう???

結果は、「案ずるより産むがやすし」だったみたいです。

Tue 3:19pm
「ゆうりちゃんどんな感じ?」と待ちきれない私が聞きました。

今日のランチは、ブロッコリーとパンの中にコーンとお肉が入ってて、次は、あのねー、じゃが芋はナイフがあって、切るようになってて、自分で切った。で、飲み物は水、おわり。
楽しかったって、言ってます。
お歌のレッスンもあった!
英語で線路は続くよ、とのこと。
お友達ともあそんだ、友達いっぱいできた。名前は知らないけど。
マジックでぬりえした、時計のレッスンもあったし〜、おわり。


というのが、ママから届いたメッセージでした。

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by agsmatters05 | 2018-04-25 21:00 | 家族のこと | Trackback | Comments(4)

ウウちゃんの小学校

先週の金曜日、ウウちゃんの小学校の制服を買いに、ウウちゃんと二人でお出かけをしました。

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ウエンブリ―と呼ばれる有名なサッカー場がある街の近く。へんてこりんな写真ですが、中は大きな制服販売所でした。ウエストミンスターはじめいくつかの有名校の制服を取り扱っているみたいです、幼稚園から帰って休みして出かけたので、5時の閉店ぎりぎりでした。でも、とても親切に対応してくれました。

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今はこんなのしか載せられなくてごめんなさい。首から上がちょん切られていますが、うれしくてうれしくて、にこにこ笑顔のウウちゃんです。来週の火曜日から来てくださいとのこと。去年の9月からずっと待機してたので、待ちに待ったうれしいニュースでした。

ようやくこれだけ書きました。睡魔とすったもんだしながら…のことでした。
また明日、お話を続けます。
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by agsmatters05 | 2018-04-23 09:26 | 家族のこと | Trackback

タビのソーカツ、最終回、痛恨のトラブルその二の続き.

またまた睡魔に襲われつつ、とにかくこの記事を終わらせたいの一心で。

痛恨のトラブル(続編)、東京駅から話を始めます。

大きな荷物をもって、地下鉄丸ノ内線で東京駅についたものの、JRパスの引換券をどこでJRパスに換えてくれるのか??? みどりの窓口では換えてくれないんです。小さな矢印を頼りに構内を右往左往。丸の内側から、八重洲側まで行ったりしないように、気を付けてはいたものの、いったんは駅でも何でもない出口を出て、外の並木道あたりを歩いたりしてしまいました。

歩いて、歩いて、結局、東京駅、丸の内北口。

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今にしてみれば、たぶん上の地図で 1から2へ行けばよかったのに、(といっても同じ階ではない)1から3のあたりをうろついて、もどってきてまた階段を上がって、ようやく2へ。この時は大汗をかいていました。ほとんど11時。でも、その前にみどりの窓口で、手持ちの自由席の切符は今日中なら払い戻しができると聞いていました。

この場所をインターネットのホームページで映した写真は、こんな(↓)でした。

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だけど、とんでもない。実際は、上の部屋の中に入り切れない人達がいっぱいで、

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上の行列の一番後ろに並ぶと、JRパスをもらえるまでに1時間も2時間もかかります。上の行列をさばく人は3,4人いるのに、中に入って、カウンターで応対してくれるのはほとんど二人ぐらいでした。しかもこの場所は海外からの旅行客をさばく場所なので、一人一人とても時間がかかる。

結局カウンターで福山行きの切符を買えたとき、一番早いのは2時過ぎの新幹線でした。

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払い戻しは結局、切符一枚につき220円ぐらいで、東京・福山・往復と、 東京・山梨往復とがあり、全部まとめて1540円の手数料を取られました。ところが、このJRパスというのは、のぞみが乗れないルールなので、福山から山梨へ移動するとき、一番早いのは、福山・新横浜、 新横浜・八王子、 八王子・山梨市駅というルート。しかも夜8時過ぎの横浜線、中央線には、特急も急行もないそうで、グリーンどころか、鈍行しか買えないのでした。皮肉皮肉皮肉。グリーン車のある特急券で山梨まで行こうとすると、真夜中過ぎの到着になるといわれ、駅まで迎えに来てくれることになっている甥のためにも、5分でも、10分でも早く着く列車を選んだからでした。

でもまあ、無事全行程を終えることができたのですから、よしとします。

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今回の3週間の里帰り、咳風邪とJRパスのトラブル以外は、すべて首尾よくいきました。旅のはじめに、ハプ二ングのないことを願っていたのですが、大きなハプニングが二つ、小さなハプニングもいくつかありました。

でも今、E街でウウちゃんママの不在中のお手伝いをしていますから、楽しかった日本の旅もどんどん遠ざかっています。

本当に大勢の皆さまにお世話になりました。
感謝、感謝、感謝、です。

ありがとうございました。
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by agsmatters05 | 2018-04-22 08:37 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

痛恨のトラブル、その二。JRパスの件

1)1月22日にロンドンの日本大使館から在留証明書をもらってきた。38880円(250ポンド)で一週間、グリーン車、JR乗り放題。ただし、新幹線ののぞみはだめ、というJRパス。その引換券。

2) 最初の予定では、4月のはじめに、九州の延岡に行き、宮崎、福山、神戸、山梨をまわって、9日か10日にメグんちへ戻ってくることを考えていた。→それぞれの土地の友人にメールして、面会場所や宿泊を相談したりしていた。

3)2月に入ってメグからの連絡があった。4月のはじめは保育園の「慣らし保育」というのがあって、早い時間のお迎えを頼みたいとのこと。→JRパスはキャンセルしないといけないかも、と考え始めた。→ ロンドンはリバティーのお店にあるマイバス(という会社)に電話して、キャンセル料を聞く。代金の15%、約40ポンド(6000円)払えば、引換券を払い戻しできると言われた。 ⇒ よって、面会や宿泊場所をお願いしておいた、各地の友人たちに行かれなくなったとキャンセルメールを送った。

4)その後、慣らし保育は最初の3日間ぐらいで、4日目から平常どうり6時15分まで赤ちゃん(孫)を預かってもらえることがわかった。

5)それでは4月5日から9日までの日程で九州、山陽方面の遠征がOKかも、ということになった。→ 各地の友人にまた予定変更メールを出した。キャンセルのキャンセル、その一。

6)4月3日。新宿駅で、JRパスの引換券取扱所(インフォーメーション・カウンター)に行った。→長い行列の中に入っていたら、スタッフが事前に、書類やパスポートを用意せよという。

7) しばらくして、あなたはこちらへと言われて、列から離れて、立ったまま書類さばきをしている別の女性スタッフの所へ移った。

8) この時、 トラブル発生。女性スタッフから「それではパスポートと、引換券と在留証明書を見せてください、と言われた。パスポートと引換券はしっかり握りしめて列に入る前から用意してあったけど、え?ザ、ザ、ザイリュウショウメイショ? そう、あのわざわざ大使館へ行ってもらって来たあの一枚の紙切れ? あれは確かマイバスの会社でJRパスの引換券を購入した時に見せたから、引換券には私の名前が書いてあるんだから、それでご用済みなのでは?という思い込みがあったかも。それに、一度は慣らし保育のために、九州、山陽道行きをあきらめて引き換え券を払い戻す気になっていたから、あの時在留証明書と引換券を別々のところに離しておくことになったんだわ。女性スタッフの前でリュックの中の書類フォルダーをパニクリ気味に探しまわった。2度、3度、フォルダーと書類の間を一枚一枚探し回った。けど、ない、ない、ない❗️目指す書類は出てこなかった。ああ、きっとC村の、あの本棚の一番上に、旅行関係のものをまとめて置いといた、あそこにおいて来たんだわ。何しろ、引換券のキャンセルを考えていた時から、在留証明は要らなくなったんだもの。

9)その女性スタッフは、私の慌てぶりを見て、ゆっくりていねいに探してみてください、と言った。場所を変えて、どこかに座りこんでカバンの中を徹底的に探し回ることもちらりと頭には浮かんだ。けど、私の口から出てきた言葉は、「イギリスの家に置いてきてしまったんです。写真とか、ファックスじゃダメなんですか?在留証明書があったから JRパスの引換券が買えたんです。引換券にはちゃんと私の名前が書いてあるじゃないですか。それが在留証明書があった証拠じゃないですか。」とねばってみた。だけど、このスタッフは、「ダメなんです。オリジナルの在留証明でちゃんとハンコがおしてあるものじゃないと。私どもは委託を受けてこれをやっているので、ファックスや写真で代用することはゆるされていないんです。」

10) ゲッ、くやしいねえ。あと三日、間(ま)がある。この間に何とかならないか。C村から(!)この書類をゲットして、ヒースローから成田または羽田まで来る人に持ってきてもらうわけにはいかないのか?そうだウウちゃんの幼稚園の友だちのパパ、JAL勤務の人、何人かいたよね。頼めないかなあ。JALのキャビンクルーズに知り合いがいれば、これって、なんとかなるのでは……。まさに溺れるもの藁をもつかむの心境。できるものなら、この三日間でイギリスへこの書類を取りに帰れないかというほどの悔しい気分。ったく、これはお金の問題なのか。本末転倒も甚だしいではないか。考えれば考えるほど、ここは一つ、現実的に、常識的に、おとなしく引き下がってこの番狂わせに対処すべきではないのか、デコボコ・ミチよ。失敗は失敗として、自らの落ち度、愚かさをうけいれて、あきらめも人生時には必要だよ、と自分に言い聞かせたのでした。

11)完全にJRパスをあきらめても、キャンセル料6000円失うだけだから、38880円の丸損ではない。それだけはいささかの救いだった。それに引換券の払い戻しは1年以内。引換券を使えるのは、購入日より3カ月以内の4月25日まで。これはちょっと首をひねりたくなる数字ではあったけれど。

12) JRパスをあきらめるとして、九州はもう行けないけれど、山陽道だけは自分一人の旅じゃないからどうしても行かねばならない。では、では、出発を7日にして、自由席の最安値料金でデートの約束のある福山と山梨だけは行ってこなくっちゃ。

13)この切符を買ったのは4月5日。よっちゃんと一緒にランチしたあと、新宿南口、みどりの窓口で、7、8、9の三日間の自由席切符をまとめ買いした。3万7千円ぐらいだった。→ その夜、宮崎には3度目のキャンセルメールを送った。キャンセルのキャンセルのキャンセルだった。

14)4月6日、山陽道+山梨への旅の前の夜のことだった。荷物を整理してリュックの中の書類フォルダーも、いるものといらないものを分けてみた。と、その時、あるフォルダーの中にA4の紙が一枚、半分に折って中身が見えないようにしてあった古ぼけた紙が一枚あった。お、これはなんなんだ?あけてびっくり。まさに、例の、一度はあきらめた、あの書類!肝心かなめの在留証明書、そのものではないか!

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15) 私自身の、この、なんちゅう失態! バカだねえ。 本当にバカ、バカ、バカな私。マヌケという言葉をしみじみと噛み締めた。要するに、頭の中の一部分が抜け落ちていたのだ。注意力、記憶力、または身の回りの自己管理力というようなものが抜けていたのだ。

16)翌朝、7日、東京駅へ向かいました。重いような軽いような複雑な気分でした。 内心ひそかに、この一連の失態に、あの認知症が始まってるのではなかろうかと言う予感、懸念、恐怖を抱え込んでいる私でした。 11時のひかり、自由席券が買ってあったけど、まずこれをキャンセルして、次にJRパスを発行してもらい、あらたに東京、福山、山梨、東京という切符を、こんどこそグリーン車で手に入れるのだよ、ステューピッド・ミチ!

これ(↑)、言うは易し、行うは難し。東京駅で大汗をかき、一苦労させられました。今回の旅の中で、この東京駅の3時間ほどが、一番きつかった。新宿駅も広いけど、東京駅も広いですよね。


旅の失敗談にここまで付き合ってくださった方、ここで一旦投稿しておきます。長くなったけど、長くなりついでにもうちょっと続けます。次回こそ、旅のソーカツ、最終回にします。だって、明日からまたグランマ・ミチの日々が始まるんだもん。

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by agsmatters05 | 2018-04-19 18:30 | Trackback | Comments(8)

タビのソーカツ。

まだまだ日本の旅の余韻が、頭の中でとぐろを巻いています。
ソーカツ、これをしておかないと、次へ行けない。
または次へ行ってしまえば、この旅のまとめができない、と思っていました。
夕べも、その前の夜も、なんか(旅の)まとめ記事を書きたかった。
書いて、次の記事に移りたかったんです。
でも、「時差ボケ」という睡魔ともろに闘っていました。
いえ、闘うこともできず、眠気に邪魔されて、記事が一つも書けなかったんです。

今回の3週間の日本のタビ、いいことがいっぱい、たくさん、いろいろ、ありました。
久しぶりに出会えた人たちが大勢いました。
はじめて出会えた人もいました。
初めて行けた場所もたくさんありました。
久しぶりに訪問できた場所もありました。
美味しいものもたくさんいただきました。
大部分が、このブログ記事で記録できたとおもいます。
(具体的に、詳しく書きたいのはヤマヤマだけど、そうしていたら、また睡魔がやってきそうだから、、、)

二つ、大きなハプニング(番狂わせ)がありました。
風邪をひいたこと、ジャパンレールパスの利用が予定通りでなかったことの二つです
そのために、会いたかったけど、会えなかった方たちがいました。
宮崎、延岡、神戸は、当初の予定では訪ねるつもりでした。
でも、トラブル発生、でした。JRパスを使うための「在留証明書」が行方不明になった一件です。
それ以外はすべて順調でした。
失くしたもの、使ったお金以外は、櫛(ブラシ、一つ)だけ。
最後の最後の日に、どうやらメグんちの玄関の宅急便の箱の上あたりに置いてきてしまったんじゃないかな。
どうせぼろブラシなので、捨てても悔いはないのだけれど。

今夜はとりあえず、この二つ。痛恨のトラブルをまとめてみようとおもいます。

痛恨のトラブル、その一。病の件

最初は発熱からのスタートでした。那覇のスマイルシティーホテルで、夜寝るときに突然の発熱。体温計などなかったけど、体が熱をだして寒気がするのは明らかでした。必死でお湯を沸かして、お白湯を飲み続けました。
夜の間にできることはそれだけでした。ヴィタミンC1000ミリグラム入りのタブレット、水に溶かしてピチピチするジュースにして飲むものを一粒飲みました。次の日も、次の日も、体調は万全ではなかったけれど、日中はなんとか仲間と同じ行動をとることができました。そのうちに咳が出始めて、ああこれは風邪だったのかとわかりました。29日に沖縄を去る日もかなりきわどくて、無理しないように身体をいたわりながら飛行機にのりました。

ああ、そして恵比寿でメグとジョー君に迎えてもらって一緒にメグんちへ行ったとき、ほとんど出会って5分たつかたたないかで、メグがくしゃみやら咳をし始めました。最初は花粉症が始まったかもということで、メグはマスクを大きな箱で買いこんだりしていました。結局、メグんちに滞在中、ずっと私もメグも咳をし続けていました。これは、本当にピンチ、窮地、最悪でした。メグは新しい仕事を始めることになっていて、もうすぐ7か月の赤ちゃんは保育園に入ることになっていたから、もし赤ちゃんにうつったら、どうなることかという心配もありました。

この咳は私がメグんちを離れてもなお、メグは引き続き、患っていたようです。どうやら私もメグも病院に行かないで済んだのが、不幸中の幸いでした。今風(若者風)に言えば、これはかなりヤバかったのでした。

痛恨のトラブル、その二。JRパスの件

在留証明書。これがないとジャパン・レール・パス というものは使えない。その前に、これがないと、ジャパン・レール・パスを入手するための引換券が買えない。これについては、二転三転。

このあと、17項目に及ぶ長い長い「痛恨のトラブルその二」の記事を明け方6時前から2時間ぐらいかけて寝床で書いたけど、アイパッドの操作ミスで、一瞬にして消えてしまいました。よって、とりあえずここで送信して、この続きは次回に。次回はこの記事よりももっと長くなるので、時間のない方は読まないほうがいいと思います。

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by agsmatters05 | 2018-04-17 15:39 | Trackback | Comments(0)

帰英(12日、木)

中目黒まで歩いて、そこから日比谷線で恵比寿に行くまで、メグが荷物運びを手伝ってくれた。
恵比寿でメグと別れて、山手線で浜松町まで。ジャパン・レール・パスはモノレールも使えたので、タダだった。
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羽田空港の国際線ターミナルについて、かなりうろうろしてから ABCなんとかという宅配のカウンターに行きました。大きなスーツケース、目黒のメグのところから一日前に送ってもらってたもの、2400円かかったけど、これはどうしても必要なことでした。(荷物は全部で4,5個あったから。スーツケース大中一個ずつ。手提げカバン一個、リュックサック一個(ラップトップ入り)、そしてショルダーバッグ。)

チェックインと荷物預けが済んで、安全検査、そして出国手続き。
出発ロビーに着いたのが1時間半前の10時ごろ。

飛行機は11時半の出発。ANAのNH211便。直通は楽。
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実際の滞空時間と、現地の時間の違い(時差)が、わかったようなわからないような・・・。
私の時計では、11時半に出発して、ロンドン・ヒースローに着いたのは、現地時間の同日午後4時10分。つまり、私は4時間40分で、日本からイギリスへ移動したことになる。もちろん、滞空時間はもっと長い。イギリスの午後4時は東京の真夜中24時(つまりmidnight)。ということは12時間30分空の上にいたことになる。

途中眠くなったけど、ぐっすり眠れるような態勢ではなく、目が覚めていた時は映画を見た。結局、チャーチルの映画(アカデミー賞をもらったの)
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と、パディントンベアー2の映画と、邦画で「8年越しの花嫁」という、実話に基づくもの。
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3っつとも見ごたえがあって、すごく得した気分。

ANAの機内食もおいしかった。
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ヒースローに着いて、予定通り、セガが5時半ごろ迎えに来てくれるというので、ターミナル2の到着ロビーで時間待ちをした。セガの車でE街のウウちゃん宅へ。それからみんなで中華料理屋さんへ出かけて行って、夕食。ウウちゃんはまた一回り大きくなっていた。

その後、まだ眠くなかったので、荷物のこともあり、一気にC村まで移動することにした。日本時間では夜明けの4時ごろ。ロンドン時間では夜の8時ごろ。やっぱり運転途中で眠くなり、道路わきのパーキングに停めて2度ほど仮眠を取った。ぶじC村に戻ったのは、日本時間で言えば翌朝の6時だった。
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by agsmatters05 | 2018-04-13 10:00 | 行ったところ | Trackback | Comments(6)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。