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紅茶国C村+E街の日々

カテゴリ:行ったところ( 86 )

バーゼル旅行記(3)

思いがけない出来事はしょっちゅうです。
災いは忘れたころにやってくる、と聞いたことがありますが、
忘れたころどころか、昨夜メグハズの骨折事故の話をきいたあとで、今日すぐにまた↓のようなところに行くことになろうとは・・・・
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チェルシー&ウエストミンスター病院、緊急+事故病棟、小児火傷科。バーゼルどころか今日は病院でほぼ一日を過ごしました。

日曜日の今日、ううチャン一家はまだ旅の用意ができてないということで、私はジョー君一家をC村に連れて行き、パブランチのサンデーローストを食べて午後3時過ぎにヒースローのターミナル2で昨日飛行機内に置いてきたアイパッドをもらい受けてから、早めにE街に戻ってくる予定でした。

ジョー君一家は時差ボケで夕べから今朝までいい時間に眠ることができず、朝も早くから起きて、また寝たりでした。10時過ぎにジョー君がママに抱っこされて食卓に着いた時、作り立ての味噌汁のお椀を手に取ろうとして引っ張ったためお椀から熱い味噌汁がこぼれて、テーブルからなんとジョー君の胸から足へ、その下のジョーママの膝のスカートまでも、熱い熱い味噌汁だらけになってしまいました。

ジョー君はシャツを脱がせて一生懸命冷たい水タオルで胸や膝を冷やしました。

しばらくしてこの町の日系医療センターに電話して、診察の予約をお願いしたら、午後2時20分に、とのことでした。

そこへ行ったら、今度は一番上の写真の場所を紹介してくれた、というわけです。

それが3時半から4時ごろ。そのあと、緊急病棟と、子供の火傷科(専門医)に見てもらったのですが、紅茶国の病院制度、とうとう医師には会えず、ナースという人たちが30分待って一人、また30分待って一人、という具合に、様子を聞きに来ては、また30分帰ってこず、、、最後に下のような手当をしてもらえたのは、夜の8時近くでした。ジョー君、メグ、そしてメグ兄、メグハズ、そして家で留守番をしていてくれたううチャンとううママ、7人のみんなにとって、なんというたいへんな一日だったことでしょう!


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火傷はそれほど重症ではないとのことでしたが、範囲が広いし、旅行中のことなので、気になることはたくさんありました。


でももう真夜中(12時)を過ぎてしまいました。明日の朝は6時前に家を出ウーバー2台でヒースローに向かいます。
このブログもしどろもどろ。眠気に襲われつつ、約束を守って一応記事を書いたところです。
はまた明日。おやすみなさい。

by agsmatters05 | 2019-02-18 09:41 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

バーゼル旅行記(2)

出てきましたよ。(↓)

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ヒースロー空港、ターミナル2で、フライト到着予定の3時25分から待つこと、延々1時間半。ううチャンと私は柵のそばで待ちくたびれて、出て来る人の数を数え始めました。最初からではないので、かなりいい加減な数字ですが、30人、50人、100人数えたら、出てくるかな?と言って、IDカードや空港スタッフは除いて、赤ちゃんものぞいて、到着ロビーに出てくる人の数を数えました。87人まで数えてしばらく待っていたら、出てきました!

出迎えの私たちは、いったい3人がどんな格好で出てくるのか、興味津々でした。メグがジョー君を抱っこしてスーツケースとローリーを押して、メグハビが松葉杖をつきながらでてくるか、または空港職員の助けで車いすで出てくるか、などと話し合っていました。

結果はごらんのとおり(↑)。メグハビの杖は一本で、片手でカートを押していました。
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この写真(↑)は、パーキングエリアの入り口でウウパパの車が料金所近くまで移動してくるのを待っているときのもの。ううチャンはいとこのジョー君にべったりなのでした。あれだけママっ子のううチャンがママから離れてジョー君の後を(金魚の何とかみたいに、失礼)追いかけるのはとても微笑ましいことでした。やっぱり女の子だから、ということなんでしょうか。ついこないだのクリスマス後の2,3日メグとジョー君は京都でううチャンたちと合流してましたから、しっかり覚えていたのでしょう。

ジョー君、13時間以上の長旅のあと、親戚一家3人とグランマに会えて、旅の疲れもそこそこににんまり、にっこりしてくれました。

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メグハビの右足は痛々しそうではありましたが、思ったより軽装で、足が曲げられない以外はなんとか自分で移動もできるし、お風呂に入るのもOKなんだそうで、ちょっと安心しました。なんでもぶっつかってきた人は香港の人で、保険で治療費は払うと言ったものの、それ以上連絡がとれないんだとか。

今はもうみんな寝静まっています。

ウウパパの助けを借りて我がアイフォン、ヨーロッパ内では月々の契約の範囲内で電話、テキスト、データ通信ができるとわかり、一安心。これで携帯Wi-Fiを買わなくて済みそうです。あとは、旅行保険をどうするか?明日一日のうちに考えたいと思っています。

明日はどうなるのか、まだはっきりしてません。

ただし、今日のハプニング : メグ達、飛行機の中にジョー君のお遊び用のアイパッドを置いてきてしまった(床に落としてしまっていたらしい)ということで、夜の7時前なら忘れ物取扱所が開いていることがわかり急いで電話したら、それらしいものが見つかっているって。明日(日曜)午後3時から7時の間に空港へ行けば返してもらえることがわかりました。😥(ヤレヤレ)


by agsmatters05 | 2019-02-17 08:29 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

バーゼル旅行記


今夜は旅の準備でそわそわしてます。(2月17日、金曜日)

スイスのバーゼルというところに3泊、そのあとチューリッヒに一泊する予定です。
ホテルはなんとか予約できたので、無事宿泊がうまくいきますように、と祈る思いです。

なんでこういうことになったのかというと、メグの旦那様(メグ・ハビ)がスノーボードが大好きで、ほぼ1年前からツェルマット行きの話を始めていたのでした。

メグのヴィザの関係で2年に一度は紅茶国に戻らなくてはならないので、それも兼ねていたのでした。

時期は雪の多い冬。そしてE街のううチャン家族も合流してスキーホリデーに行こう、と。

「お母さんも行きたい?」とメグが私に聞いてくれたのは、去年の4月、沖縄ワークキャンプリユニオンの後、メグの家に数日滞在した時のことでした。

「うん、行きたいよ。行くよ。」と素直に答えた私。(笑)

それから数か月後、ウウパパがロンドンからチューリッヒまでの飛行機を4人分予約してくれました。

ううチャンの学校が学期中間休みとなる2月18~22日まで。ううチャン一家とジョーくん一家と私の合計7人旅。

宿はスキーのメッカ(?)ツェルマットのエアーBnB の予定でした。10人ぐらい泊まれるベッド数のある家で、メグやメグハビのお友達も合流する予定でした。

ううチャン一家もスキーウエアを買い込んだり、仕事の休暇を確保したりして、いそいそと準備を進めておりました。

ところが、あまり予定を先に立てすぎると、思いがけないことが起こって予定変更を余儀なくされる話って珍しくないですよね。

メグハビが白馬でケガをしたというニュースが入ったのは、今年になって1月20日のことでした。
スキー場歩いてたら他の人にぶつかられた」そうで、全治8週間のケガ。膝の骨折だと。

宿のキャンセル、飛行機のキャンセル、できるだけキャンセル料を少なくする方向で代替えプランを検討してきました。

それで当初の予定通り、18日(月曜日)にはみんな揃ってチューリッヒまで行くことになりました。その後は?みんな別々の行く先に別れます。

とにかく、メグちゃん一家は明日(16日)ヒースローに現れる!

ジョー君はおそらくベビーカーで移動し、ジョーパパは松葉づえで移動し、スーツケースがいくつになるのか、メグは荷物運びの係になるのでしょう。

楽しみだけど、どうなることやら、珍道中になること間違いなし。
これから同時中継を目指して、たった数行でも、写真がなくても、無事バーゼル(スイス)から戻るまで記事をアップしていこうと思っています。


だけど、なんでバーゼル? これはまた次の記事にしますね。


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by agsmatters05 | 2019-02-16 10:08 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

ヒースロー、ターミナル5 & ディケンズ・ミュージアム

取り急ぎ一筆啓上、です。間(マ)をおくと、載せそびれるから。
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昨日28日(水)、かねてからカレンダーに日付けが書き込んであったとおりに、朝10時ごろC村を出発して、一路ヒースローはターミナル5に行ってきました。

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オランダからの旧友、ティ-ネさんをお迎えに。

1970年代からのお友達。長崎時代の同僚。
去年はタイへ一緒にメグの結婚式にお付き合いしてもらいました。
去年の12月初めにもロンドンはE街でううチャンと一緒に遊んでもらった仲。
今年は二人でどこへ行って、何を見るのか白紙のままお迎えにいきました。


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空港だって、もうすっかりクリスマス支度。

一夜明けて、29日(木)。
近場のマナーハウス(荘園)巡りは、どこもかしこもクローズド。
11月になったら寒くなるので、郊外の大邸宅巡りはちょっと適さないみたいです。

それで二人してロンドンさ、行ってきました。まだ行ったことがない場所を二つ選んで。

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一つはラッセルスクエアー駅近くのディケンズ・ミュージアム。
(去年仕事があったため、よしこさんが一人ででかけていったあのミュージアム。)
たっぷり時間をとって、一部屋一部屋、ていねいに見学しました。

これ(↓)はディケンズがたくさん本を書いた机。

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それはまあ、ふつうの博物館(ミュージアム)なら珍しくないかも。

ディケンズという人は10人子供を産んでから離婚して、
亡くなるときの遺書にはしばらくお付き合いのあった女優さんに上げるお金をまず最初に書き出したとか。
ったく、「男」という生き物は、ピカソといい、ガンジーといい、
そういう風にして子孫を残す本能を発揮するのがその性(さが)なのでしょうか。
「女」にはわからないこと、ですよね。


という話はともかく、今日ディケンズ・ミュージアムに行って
一番惹きつけられてしまったもの、こと。
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写真が暗いですけど、このソファー(↑)。
色といい、形といい、座り心地と言い、
一目見て、ぞっこん心を奪われてしまいました。

これはミュージアムの展示品ではないので、どうぞ座ってくださいと係の人から言われました。
こんなのが家に一つあったら、
部屋の中にほかに何にも物を置かずに
ここで寝転んだり、座って本を読んだり、できるのに・・・

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この色、もうちょっと明るいところで撮影したかったゎ。(悔)




by agsmatters05 | 2018-11-30 08:46 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

それでもまだGCSE(日本語試験)から足が抜けられない。



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今年(2018年)5月、7人の生徒らのGCSEのスピーキングテストを担当し、これですっかりGCSE日本語を教える仕事は終わったと思っていました。

6人A*(エースター)、一人Aというありがたい結果に終わって、気分よくしていたところでした。芸術総合学校の二人の日系のダンサー(リンちゃんとハナちゃんもおかげさまでA*(エースター)、お星さま付きでした。 隣の女子校で一人スピーキングを受けたGAちゃん。ほとんど日本語を独学で勉強したようです。私はスピーキングテストの要領を教えて、スピーチの添削をして、スカイプで練習をみてあげただけでしたけど、いい成績が出て素晴らしいことでした。G男子校の3人の生徒はまだ10年生で、しかも日本語はクラブで2年前に習い始めて、1年間放課後に勉強しただけで、お星さまをもらったので、これも立派でした。ただ一人11年生で日本語試験を受けたTPくん。彼もほとんど自力でひらがなをマスターし、半分は独学でしたから お星さまがなくてもAだったので、本人もお母さんも私も、みんな大喜びでした。
   
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ところで、すっかり仕事がなくなって(収入もなくなって)もっぱらグランマ業に専念するつもりだった私にも、なにやら時々個人的に日本語教育の仕事の話がまわってくることがあるので、複雑な気分になっているところです。


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このハーフ・ターム中に2件、3件のサイド・ジョッブの話が持ち上がりました。上の2枚の写真は、昨日(金曜日)の午前中に、隣のS村まででかけて行ったとき、帰り道で撮りました。

グーグル・マップでほんの7分。C村のすぐ隣のS村に、日本人のご家族が、ほとんど私がC村に住み始めたころと同じ頃から住んでいたのだそうです。
モモちゃんは、10年生。日本語は十分できるけど、学校教育が全部英語なので、日本語の作文などはちょっと苦手かもしれないとのことでした。
ミルトンキーンズのクモンで漢字の勉強をずっとしてきたとのことでした。

これから 毎週定期的には見てあげられないけれど、私がC村に帰ってくる時に、モモちゃんの日本語(GCSE)をみてあげることになりました。

ところで、このGCSE日本語試験、今年からすっかり様変わりしているので、いままでのような具合でやれなくて、大変です。試験要項(スペシフィケーション)というのを参考にしながら、過去問以外に新しく付け加えなければならない漢字や語彙がたくさんあるみたいです。ふう、ちょっと緊張。


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その前の前の日、(水曜の24日)、ヒッチンという遠い場所まで車で出かけて行きました。こちらはまだ10歳になったばかりのMくん。お母さんは日本人、お父さんはイギリス人。かなりバイリンガル(二か国語話者)で補習校にも頑張って通っていたそうです。残念ながら、遠くて、私には通いきれそうもないし、毎週定期的に見てあげることがむずかしそうなので、もう少し大きくなってGCSEを受けるときが来たら、またお手伝いをしてあげますね、と言ってお別れしてきました。とてもステキなインテリアデザインのお家に住んでおられました。

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もう一つは、バーミンガムのさそさんからスカイプレッスンのお話でした。(さそさん、ありがとう。)

でも、もう次の人が決まったという連絡がすぐ入って、心配しなくてもよくなりました。

なにしろ、収入ゼロなのに(つまり貯金の食いつぶし暮らしなのに)このごろ遊び癖がついてしまい困っている私です。




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by agsmatters05 | 2018-10-29 09:03 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

同窓会


年に2回の恒例の大学時代の同窓会があり、ロンドンのレスタースクエアまで行ってきました。

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Eat Tokyo というお店でした。

てんぷら弁当をいただきました。
ちょっと量が多くて、へいこうしました。
トロカデロというところで2次会。
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帰りがけ、ピカデリーサーカスのところで、大道芸人をぱちり。

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今日はカメラの操作を間違えたらしくて、アイフォンで撮った写真が動画になっていて、ここに載せることができないので、これだけです。すみません。

夜は、E街に泊まり、明日私はC村に帰ります。
ウウちゃんとウウパパはパリまで車で行き、夜ウウママと合流するみたいです。
私は、冷蔵庫のものなどを片づけてからC村に帰ります。

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次の日(22日、月曜日)です。今から戦(いくさ)に行ってきます。橋を架ける戦です(笑)。
上の記事に、追加(追伸、補遺)をしようと思いました。

同窓会ってね、名簿が配られるじゃないですか。
だいたい年の順ですよね。これがやばい。
自己紹介するときに「上から〇ばんめの〇〇です」とか「下から〇番目のXXです。」っていうの。

でもね、私、年の順では2番目だけど、紅茶国に住んでる人の順番から行くと4番目か、5番目。
まだまだ若輩です(笑)。

大大大先輩はもう50年以上、60年近くイギリスに住んで、お子様3人、お孫さん8人。
最年長のお孫さんはもう30代におなりだとか。
うらやましいのは、毎年プロムに数十回と行ける距離にお住まいです。
日英文化交流のことごとく、酸いも甘いも味わい尽くされたご様子でした。
いつも貴重なお話をしてくださいます。



by agsmatters05 | 2018-10-22 07:47 | 行ったところ | Trackback | Comments(2)

教え子の結婚式


あれはいつのことだか思い出してごらん、じゃなくて 真っ白な記憶の扉をあけて(笑)、過去ログに出かけて行きました。
2011年、オッ君シリーズをその(7)まで書いて、ロレンちゃんの話題に横っ飛び。予告しておきながら、オッ君シリーズは(8)も(9)もなく、二ヶ月ジャンプ。

8月まとめ、クイズの答え、同窓会、AレベルとGCSEの成績発表 https://agsmatters.exblog.jp/15345528/

(あえてリンクを貼りません。)


という記事にシリーズでオッ君のことを書いたきり、C村で9月14日に開いたささやかなオッ君の卒業祝いパーティさえも記事にできていませんでした。プライバシーにふれそうな、かなり赤裸々な記事を書いていた頃で、コメントでご忠告くださったのは当時まだイギリスにおられたYoshiさんでした。あれから7年!

プライバシー問題で、過去ログをずいぶんまとめて非公開にしてあるのですが、なぜかこの記事は非公開になっていなかったです。
メグの言う通り、「お母さんの記事(ブログ)は長くて読むのがめんどくさい。」って。たしかにそうだわ。

それはともかく、このオッ君が結婚したのでした。

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こともあろうに、我が孫ウウちゃんの満6歳の誕生日のことでした。 ↓ は、お母さんがこしらえたウエディング・ケーキ。

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オッ君はリーズ大学へ行き、卒業してから日本で就職。去年の秋、イギリスに戻ってきたそうですが、お仕事はたぶんまだ日本関連のようです。
花嫁さんは日本人だけど、イギリスの大学を卒業されていて、二人ともこちらロンドンに住んでいるって。
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今度11月末にC村に二人に来ていただいて、また詳しいなれそめなどを根掘り葉掘り、、、(笑)。とはいかないかもしれませんが、11月を楽しみにしています。

上の写真は、ワリンジャーという村のホール(会堂)を使ってダンスパーティーができるような披露宴でした。雨がふって、袖なしパーティードレスの参列者の皆さんがとても寒そうでした。

でも結婚式は、リトル・ミスンデンという村のずいぶん古い教会 で、でした。


Yoshiさんが喜びそうな、それはそれは古い教会でした。

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式の後でミニスターが映写機でふるい壁画を見せてくださいました。
誓いの言葉を言う時に、花嫁さんは感極まって言葉が出しにくそうでした。


下の写真の帽子の方がオッ君のお母さま。とっても帽子がお似合いでした。
私も洋装で正式なドレスアップをするなら帽子を、と思ってちょっとあれこれ物色してみたけど、残念ながら間に合いませんでした。


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オッ君がどんなSNSでもウエブサイトでもなんでも載せて構わんよと、言ってくれたので、FBにも載せたのですが、こちらにも。
オッ君がAレベルを勉強中、日本の大勢の応援団のかたに激励の手紙を書いていただいたことを、今回過去ログにもどってようやく思い出しました。
よって、あらためて、関係者各位に「その節はお世話になりました。今後とも、よろしくお願い申し上げます。」ということにさせていただきます。


by agsmatters05 | 2018-10-18 07:56 | 行ったところ | Trackback | Comments(4)

アラレちゃんと過ごした日々


今夜(10月15日、月曜日)からE街。

ウウママは朝早くウーバーでヒースローからドイツ、スペイン出張。朝、ウウちゃんを学校へ送り届けるのは、ウウパパがするので、夕方6時前にウウちゃんを迎えからお願いしますとの連絡をもらっていました。これから約1週間、ウウちゃんの学校の送り迎えをする日々となる私=グランマ。

ところで今夜はアラレちゃんとの日々について書きたいのですが、先月の末から今月の始めまでの数日間のことを振り返って書くので、残念ながら出来事ほやほやの記事ではなくなってしまいました。よって、まとめ記事。

アラレちゃんとは本人によるニックネーム。学生時代は同じクラスになったことはなかったかもだけど、卒業してもうすぐ50年目になる同窓の友だから、何でも話がすぐ合ってしまうよね、だれでも。去年ここ(↓)
 
で書いた記事にアラレちゃんの写真も載ってます。今年もレーンエンドという街のEJEF という学校に長期逗留して趣味の勉強を果たした人。学校が終わった後の数日間を私のグランマ暮らしにつきあってくれました。二人グランマの日々でした。私がウウちゃんやウウパパとギクシャクするのをはたから上手に納めてもらって、大助かりでした。ウウちゃんのお相手がとっても上手。神経衰弱も百人一首もしてもらって、ウウちゃんはすっかり友達気分。ウウが「あられちゃん、あられちゃん」と親しげに呼び続けたので、アラレちゃんは日本へ帰ってからもこの声が耳にこびりついてしまったそうです。

あれは10月1日(月曜日)だったよね。ウウちゃんが学校へ行ってる間に二人してロンドン観光に出かけました。まずは大英博物館。特に日本の展示を見て回りました。

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そのあとは、テート・ギャラリー。ロンドン見物は私よりアラレちゃんの方がいっぱい経験済みだったので、私がまだ行ったことがない場所として、テートギャラリーに行くことにしました。アラレちゃんは前の日に一人でV&Aとか自然史博物館とか見てたので。


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地下鉄の駅を間違えたわけじゃないけど、テームズ川のサウスバンクに移動するのに、けっこう歩きました。でもお天気が良くて、
二人で一緒に歩けるのは楽しいことでした。一人じゃこんな楽しい気分にはなれないよね。やっぱりテームズ川、

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e0010856_07304379.jpgウォータールーブリッジ、そしてセントポール寺院、おおきなモダンな建築と晴れ上がった空。


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かなり写真は順不同になってしまっています。

めざすはテート・ギャラリー。
ピカソにお目にかかって、2015年にロスアンジェルス(アナハイム)で姉妹会をしたとき、最終日に行ったポールゲッティ―ミュージアムのことを思い出さずにはいられませんでした。山梨の長姉がお気に入りのピカソ。ポールゲッティでは、写真撮影禁止だったけど、テートではOKでした。


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ゲルニカは、これから 原田マハの本をアラレちゃんが送ってくれるそうなので、楽しみにしています。

ところで、せっかくのモダン・アートの数々の作品を見て、わかったようなわからないような、奇妙な気分になった後で、ふとロビーからはるか階下を見下ろして、
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え?これっていい感じ。こういうのもアートになるんじゃ?と思って撮ったのがこれら(↑)でした。


翌日10月2日、アラレちゃんはヒースローから帰国予定でした。
そこで、ハプニング。これは明日の記事にまわします。

by agsmatters05 | 2018-10-16 08:17 | 行ったところ | Trackback | Comments(0)

C村の教会とワデスドンマナーハウス、ロスチャイルド家の大邸宅。

「朋あり遠方より来るまた楽しからずや」の巻です。


去年の秋に続いて、今年もまた学生時代の友と一緒に過ごす時間を与えられました。

アラレちゃん(自称、ニックネーム)。「60(+10)の手習い!」のため、紅茶国に長期滞在中です。


22日の土曜日は、E街のセガ一家と日本からの親戚を加えて(といっても、支払いはなんとこの親戚様!でしたが)美味しい中華料理を食べました。

そのあとの日曜日(23日)、C村観光を楽しみました。


まずはC村の教会。14,15世紀から続いていると思われますが、詳しいことは不明。バッキンガムシャーで一番古いチェスト(茶箱、道具箱、タンス❓)がある教会だそうで、黒死病のあとでそっくり敷地が高台に移されたというのは、本当みたいです。中は何度も改装された様子で、とてもきれいになっていました。ところどころ石の壁とか、なめらかでないレンガとか、ティンバー(木材の梁)など、古い時代を思わせるものがありましたが、室内はそんなに古さは感じられませんでした。20人でいっぱいになりそうなこの小さな田舎の教会( セント・ニコラス教会、下のウエブサイトをご覧ください。)



写真で見ると、室内は
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こじんまりした普通の教会に見えますよね。だから、やっぱり普通の教会です(笑)。というよりも、ど田舎の閉鎖寸前とも思われるちいさな教会で、週毎の礼拝の人数が果たして二ケタになっているのかどうか?おそらく最近では、牧師はほかの教会と掛け持ちだということで、常住の牧師はいませんから、村の熱心な有志が管理、運営その他を担当しているみたいです。でも、鐘は毎日鳴っています。
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実際は、写真よりももっと寂れた質素な感じがする教会です。雨の中を傘さしてアラレちゃんと見てきました。壁にはこんな(↓)記念板(!)もありました。
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1832年といえば今から186年前、C村近隣のクレスロー村のジョン・W氏が遺言で500ポンドを寄贈し、毎年貧しい人達に服などを施してあげるようにした、とあります。the most necessitous and deserving poor of this parish! (まるで私のことではないかと思えるような・・・笑)


以上が寂れたど田舎の教会の話ですが、ここから一転、天気も次第に晴れてきて、車でおよそ20分。ワデスドン村に行きました。思えば、C村の教会も、ワデスドンのマナーハウス(大邸宅)も、C村に来てくれた友人、知人、親戚、姉妹にゆっくりと見てもらう時間がとれたことがない。残念なことでした。

ワデスドンのマナーハウスというのは、言わずと知れた、かの大富豪ロスチャイルド家のお邸です。チャーチルが住んだことで有名になったマルボロ―侯爵の宮殿、ブレナイム・パレスと勝るとも劣らぬ見事さでした。どちらも税金対策のため、ナショナルトラストに一部身売りしてる。ブレナイムのほうが広大だという印象を持ちますが、このワデスドン、初めてハウスの中を見物しておったまげました。絢爛豪華、これでもか、これでもかと屋内到るところが装飾と芸術作品と金銀財宝ををふんだんに集めたものでした。

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天井、壁、足元の床、どこをみても凝った装飾が施され、正確な価値など分からなくてもうならされてばかり、すごかった。ドアのトッテとて(笑)ふつうのものじゃない。
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この(↑)金ぴかの象の置物は、鼻から耳から足元から尻尾から土台からてっぺんまで、ことごとく細工がしかけてあり、(たぶんねじで)動いたり、開いたり閉じたりしていました。(そばのアイパッドで動画をみせてくれた。)
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こういう風にパーティーをした、ということなんでしょうか。テーブルがセットしてありました。(ウエブサイトにももっとましな写真が載っています。)

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これ(↑)もふつうの机じゃなくて、上の板が開いて、中から小さな引き出しがいっぱい詰まった大きな箱のようなものが取り出され、金銀財宝をしまいこむ場所がたっぷり隠されていました。
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これ(↑)は全部銀製品。

こういう「お金の使い道」について、庶民の私が思うことは決して「うらやましい」ではなく、また「あこがれ」でもなく、「すごいなあ」とは思うけれど、「ここには幸せというものがあるのだろうか?」でした。この財宝のつまった大邸宅を見て、つくづく私の人生は「お金持ちになるような教育はいっさい受けてない」ことを痛感。それは間違いだったのか?お金持ちになるためには、どういうメンタリティーを持てばいいのか?はたと考えてしまいました。(いまさら、遅いですよね、笑)

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このシャンデリア(↓)はモダンアート。有名な作品らしいけど、何でできているかと言うとすべて割れた陶器、皿、スプーン、フォークなどを集めたものでした。うーん、廃品再利用か。でもそう思わなければとてもきれいなラインを作ってるから、いい感じなのですが。
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これ(↓)は本当の生きている蔦でした。何年かかってここまで仕上げたのか、びっくり。巨大なんですよ。私がふもとに立てば最初の三角の上まで背が届かないくらいの…
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これ(↓)もみごとな トピアリーでした。
https://www.google.com/search?q=トピアリーとは&safe=strict&client=firefox-b&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjq-Kyk_9rdAhUqLsAKHZd3BcEQ_AUIDigB&biw=901&bih=401

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庭師、ガードナーのアーティスト魂なんでしょうか。ロスチャイルド家のお好みなのか?
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これ(↓)も、このワデスドン名物の鳥のコレクションです。動物園などにある鳥類の大型飼育檻、エイビアリー(aviary)、このマナーハウス、庭とレストランとおみやげ屋さんと、庭園鑑賞だけなら£12=1800円ぐらいの入場料。ハウスの中まで見学すると£22,約3300円。イギリスの観光地、けっこう入場料が高い。
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このマナーハウスのレストランは、いいレストランです。フルコース(3コース)でおよそ£30=4500円ぐらい。

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アラレちゃんと私は、朝ごはんからまだ間もなくて、お腹が空いていないのに、歩きまわって足がつかれてここに入り、2コースのランチをいただきました。上は私の前菜。スモークド・トラウト(鱒)とウォータークレス(せり)とビートルート(なぜか黄色い)とホースラディッシュ(西洋わさび)のサラダ。美味しかったけど、これだけでお腹いっぱい。
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メインはローストビーフ。それは一切れ(180日育てた仔牛肉)とタンの煮込みでした。付け合わせのハーブ入りパンもおいしくて、ついついお腹いっぱいなのにまだ食べてしまった。


食後は庭園巡り。あられちゃん、許可もらってないのに、アップしちゃうよ。だっていいポーズしてるから。Yoshikoちゃんへ黄色い花のプレゼント(にもならないか。)


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外を歩いていたら、バラ園というのもありました。今年は雨が少なくてあまり大輪のバラの花は少なかったけど。これは小夏さんにどうぞ。

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by agsmatters05 | 2018-09-27 22:11 | 行ったところ | Trackback | Comments(4)

運河沿いの散歩

先日、めずらしく晴れあがったある日、家に閉じこもっていてはもったいないようないい天気の日でしたので、運河沿いの散歩に行ってきました。写真をたくさん撮ったので、早く載せたかったけど、グーグルフォトにアップロードされるのに時間がかかり、すぐに記事にできませんでした。いかにも紅茶国らしいタダで楽しめる運河沿いのウォーキング。暑くもなく、寒くもなく、快晴の一日でした。

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写真は順不同ですが、道々歩きながら、アイフォンでカシャカシャした写真ばかりです。青い空がきれいでしょ。水に映ってもなお青い。

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ね、もう秋が来てますね。この運河沿いをあるくとおそらく両手にいっぱいの黒苺など簡単に摘み取ることができます。なんどかジャムにしたことがあるけど、種があるのが難点でした。

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これ(↑)はストークハモンドという村にある スリーロックス(三つの水門)と呼ばれている場所です。左側はパブ。大勢人が集まっていました。晴天の日曜日となれば人が集まってくるのは不思議じゃない場所です。

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アイフォンを空に向けて、撮りました(↑)。

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これもスリーロックスの全景です。数えたら、全部で水門は五つありました。前後に二つないと水の高さを調節できないから、3回水門を通るためには4っつのロック(水門)が必要なはず、一つは待合わせ場所のようなものかもしれません。
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これ(↑)は、ホーソン(サンザシ、山査子)の実。なぜかこの木の名前だけは私は知っていて、かつての教え子の名前と同じなのですが、これを見ると彼はどうしているかなあ、と思います。「琉玖」という漢字を使って、今は日本で大きなコンピューターの会社でプログラマーとして働いています。きれいなガールフレンドと楽しい写真をインスタグラムによくアップしてくれています。

今、グーグルしたら、山査子(ホーソン)の実って、食べられるんですね。この運河沿いを歩けばものの1,2分で両手にいっぱい収穫できるほどです。探す必要もなく、この散歩道は、黒苺と山査子でとっても色鮮やかな季節になっています。
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そして、この(↑)ロングボート。この運河を歩けば至る所にこういう船が止まったり走ったりしています。こういうところに住みついている人もいっぱいいるんですよね、紅茶国には。ここでちょっとまたグーグル様に聞いてみました。

There are thought to be around 15,000 people living aboard canal boats in the UK.

ですって。一万五千人ぐらいが紅茶国ではこの船に乗って生活しているんだって。写真撮ってないけど、ある場所では、きれいな緑色に塗り立てたロングボートに住んでいるカップルが、この場所には2週間ほど滞在してまたほかの場所に移って行くと言っていました。その船はクロアチアで作られたもの、何年もリサーチを重ねて購入したもの、とても気に入ってる、と話してくれました。船の中はちゃんとベッドも、電源もキッチンもトイレもシャワーもすべて整ってはいるようですが、郵便物はどこでどうやって受け取るの?とか、その他もろもろ水上生活者に聞いてみたいことはたくさんあるのですが・・・
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途中で潜り抜けた運河をまたぐ橋。もちろん上は自動車が通る道です。1930年にこの橋は作られたと、レンガの一つに数字が刻まれていました。もっとも、スリーロックスのところの水門の一つは1879年に作られたと記してありました(↓)。鉄道が発達する前にこの運河がイギリス中でかなりくまなく切り開かれた(らしい)。


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以下、MOREでは、ウイキペディア様から引用させていただいたイギリスの運河の歴史をかいつまんで載せさせていただいてます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/イギリスの運河





Moreイギリスの運河
by agsmatters05 | 2018-09-06 09:57 | 行ったところ | Trackback | Comments(4)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。