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紅茶国C村の日々

カテゴリ:本を読んで( 31 )

渡世日記


こういう本(↓)を読みました。
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残念ながら上巻だけ。下巻がないのです。(業務連絡、メグさん、忙しいでしょうが、おねがいします。オンラインでブックオフに行ってもらったら、出てくるみたいです。)

なぜこの本?   ったく、気まぐれに、手に取っただけなんですが・・・。

だいたいこの「高峰秀子」という人は、私の世代の人じゃなくて、私の上の姉、昭和の大戦前にものごころついていた人にとってのスターだったのですよね。長姉はよくこの人のことを話していたし、たぶんファンだったとおもいます。それでこの本が山梨の実家にあったのを、たぶんカリフォルニアへ行った次姉がもらっていって、アナハイムの家の本棚に置かれてあり、それを2016年9月に姉妹会があったとき、私がもらいうけてきたものでした。なぜか上下そろってなかった(涙)。

たまたま気分的に(たぶん、もろもろのオワリが続いて心にぽっかり空洞ができて、日頃味わうことのない関心が生まれて)この本を読んでみようという気になったんだと思います。この2,3日で読み終えて、ちょっと得した気分、得るものが、手ごたえがあったと思って、今夜時間がないけど。タイミングを逃すと書きそこなうかもしれないので、思うことを全部書けなくても今夜書いてしまうことにしました。
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名子役の誉れ高かったのだそうですが、子役時代の作品にお目にかかってなくて、自分で確かめることはできないのが残念です。

でも、学校教育をほとんどまともに受けてなくて、これだけの文章(この本のことですが)をものすることができるって、やっぱりそれだけでもすごい才能と努力の結果だと思われます。努力と才能はウラハラで、才能のある人が努力できる、とも言えるでしょうし。

それで、すこしユーチューブとかウイキペディアとかへ行ってみました。古い映画で「稲妻(1952年、大映)(監督、 成瀬巳喜男、原作、林芙美子)を見ることができました。(ユーチューブってありがたいですね。)

いつもの引用を。

私はいつも、自分の人生を「おかげ人生」だと思い、今もそう思っている。まず、映画俳優の仕事は画家や彫刻家と違って、一人では絶対にできない。だれかがライトを当ててくれなければ、だれかがカメラをまわしてくれなければ、私がいかに熱演しようとも画面には映らない。そんなことは百も承知だが、それをあえてここに書くのは、私が感傷的なのかもしれないし、お年のせいで涙腺がゆるんできたと言われるかもしれないけれど、人間は一人では生きることも死ぬこともできない哀れな動物だ、と私は思う。

自分一人で生きているつもりでも、実は数えきれぬほどの他人の世話になり、他人のおかげで生かしてもらっているのだし、死んでから起きあがって自分の墓にまで歩いて行って無事におさまるというわけにはいかないから、死んだあとにも、やはり他人の世話になるのだ。

これが「おかげ人生」でなくてなんだろう?私はいったい、このたくさんの「おかげ」に対して、なにか報いることが出来るだろうか? たまたま俳優という一本のクギであるならば、優れた演技を示すことで、他のクギたちの努力に報いる、ということも考えられる。けれど演技というものは、ただシャカリキに熱演しても名演技が生まれるという簡単なものではない。

チビッ子少女の私にできることは、せめて一緒に仕事をするスタッフに迷惑をかけないこと、くらいだった。それが私の処世訓のはじまりであった。
(P.152,153 ‘朝日新聞社 昭和58年第3冊)

未完ですが今夜はここまでにしておきます。


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by agsmatters05 | 2018-09-12 10:46 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

「バッタを倒しにアフリカへ」前野ウルド浩太郎著


表題の本をようやく読み終わりました。

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はてなブログも書いておられて、 タイトルは「砂漠のリアルムシキング」。ところが今は休筆中。それというのも海外のどこかで研究中だから、とか。

前野さんというので、 ブログのアドレスが (↓)のように、もじってあります。

http://d.hatena.ne.jp/otokomaeno/archive

どことなく私のブログ、ハンドル名「デコボコミチ」の由来に似ているかも。
もちろんこれは 「川の流れのように」の歌の、 「デコボコ道や、曲がりくねった 道。」から来ているのですが。

とっても面白い本です。ユーモアが本全体に漂っていて、声は出さなくても、読みながら影て笑いどおしという感じでした。

ヨシさん、ありがとうございました。この本をくださった同窓の友に感謝、感謝、感謝。

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これ(↑)は (おとこ)前野さんの ブログの一ページから拝借しました。

例によって、引用を一か所してみようとおもいます。読みながらウルルときてしまったところ。くすくす笑わせながら、ほろりとさせられたのは、なんと著者が京都大学の白眉プロジェクトに応募して京大総長との面接に臨んだところ。 本当は、バッタ研究のためにモーリタニアに住んで、現地の様子を描いているところの方がずっとこの本のメインなのですが、あえてそこではなくて、です。


松本総長との面接は英語だった。私が質問に答えるたびにメモをとっている。
今年で5期目となる白眉プロジェクト。一人で何百人もの面接をしてきた中で、松本総長にとって、初めてモーリタニアから来た面接者だったのだろう。
「前野さんは、モーリタニアは何年目ですか?」
という素朴な質問が来た。
「今年が3年目です。
それまではメモをとったら、すぐに次の質問に移っていた総長が、はっと顔を上げ、こちらを見つめてきた。
「過酷な環境で生活し、研究するのは本当に困難なことだと思います。私は一人の人間として、あなたに感謝します。」
あやうく泣きそうになった。まだ何も成果を上げていないから、人様に感謝される段階ではないが、自分なりにつらい思いをしてきており、それを京大の総長が見抜き、労をねぎらってくださるなんて。ずっとこらえていたものが決壊しそうになった。泣くのをこらえて、その後の質問に答えるのはきついものがあった。」(P.299-300)



おもしろおかしく書いてあるけれど、モーリタニアでの生活にはさぞかし辛いことがたくさんあったのでしょう。人は思いがけないところで自分の苦労を認められて、ねぎらわれたら、ーーー人はというより、私だって、人知れず(語るなく!)耐えたり、がまんしたり、努力したりしていることを、ふっと褒められたりしたら、どんなにか涙ぐんでしまうことか。総長の人格も立派だとおもうけれど、(おとこ)前野さんのほろっとさせられたという言葉の裏に、どれだけ砂漠で苦労をしたかということが込められているかがわかって、そこもまた心を動かされてしまったのでした。

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今日のお弁当(↓)

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筑前煮風といっても材料に限りがある異国暮らしですから、とり肉、大根、人参、干し椎茸、それにちょっとじゃがいもとサツマイモがあったので、入れてしまいました。TPS という学校を12時半に終えて、A41の道路に入る途中のレイバイ(脇道)で、いい景色を見ながら美味しくいただきました。もう一月が終わりかけていて、日差しが明るくなっているのが感じられます。多分、日本もそうですよね。朝明るくなるのが早くなり、冬から春への季節の動きが感じられた一日でした。


もう一枚、リンちゃんの作品です(↓)。大きなゴム版を彫刻刀で削り、ジブンでプリント。アートは言葉の壁を超えて表現できるので、なんとかリンちゃんもみんなに伍してやっていけそうなのですが、アートの先生に言わせると、まだまだ(りんちゃんは)遅れているのでやらないといけないことがたくさんあるって。


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今日の戦果(敗戦の記録)
パートナー: 師匠
勝ち率(負け率): 47.92% (9ペア中、6位)
師匠、親6回、46%。私 親 5回 36%。
何が悪かったかというと、ビッド(ビッディング)がかみ合わなかった。予想を高く見積もりすぎたり、低く見積もりすぎたり、オーバービッド、アンダービッドの不運=失敗が多かったのだ。残念無念。
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by agsmatters05 | 2018-01-31 11:59 | 本を読んで | Trackback | Comments(1)

グランマじゃない日々-C村でパソコンとなかよくする日

今週は3連休。
12月8,9,10の三日間、C村に帰ってきました。
ウウちゃんはパパと二人で、リッチモンド(ロンドンの南側)にある大きな遊園地 Snakes and Ladders で遊び、その後マクドナルド・・・とか。だからこれは「グランマじゃない日々」の記事です。これ( ↓ )はセガからのアイクラウド送信。

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これはこれでウウちゃんの楽しい一日の思い出となることでしょう。
私自身のこどもの頃の出来事を思い出してしまいました。

たぶん幼稚園ぐらいの頃だったとおもいます。

なぜそうなったのか、(こどものわたしには)全然知るよしもないことでしたが、 父(おとうちゃん)と二人だけで遠くへ出かけて行き、なぜか途中の見知らぬ遊園地(私には見知らぬ場所の見知らぬ遊園地でしたが)に立ち寄り、私一人がその遊園地の遊具で遊ぶのを、父がそばでじっと待って、見守っていてくれたことがありました。

ただそれだけの記憶です。でも、あの時私は、こどもごころにうれしくて、楽しかった。そこに友達もいないし、ほかにだれもいなくてさびしいような場面でしたが、父親と二人だけでそういう時間を共有できたことが、おさなごころの私にも、いい思い出として今でも残っています。 言葉に出して言ってしまえば、あの時私は「父親の愛情を感じることができた」のでした。

ウウちゃんもきっとそんな風に大人になって、今日の遊園地のことをおもいだすんじゃないかなあ。
そうだったらいいのですが・・・

でもって、グランマじゃない凸凹ミチは、今朝こんな本(↓)を読み終わりました。

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大学時代の友人、先月一緒にストーンヘンジやウインチェスターに旅行したアラレちゃんこと、ヨシさんからいただいたたくさんの本の中の一冊。ちょうど9月に山梨で姉からこの本の話を聞いていた本でした。

威勢がいい作家、90歳でこういう歯切れのいいエッセイが書けるって、頼もしい人。直木賞受賞作(戦い済んで日が暮れて)をぜひぜひ読みたくなってしまいました。

「女性セブン」に隔週連載したものだそうです。エッセイ集。

例によって一、二か所引用してみます。

私は九十二年の人生をあと先考えずに生きて来たもので、そのために次々と災難を引き寄せてきた。誰のせいでもない。そんな私の性(さが)が引き寄せる災難であるから、どこにも文句のつけようがない。夫が悪いとか親のせい、誰それのせい、あいつに騙されたなどといいたくても、どう考えても私の我儘や協調性のなさや猪突猛進の性のために降りかかった苦労であることは明らかであるから、恨むなら自分を恨めということになって、仕方なく諦める。反省して諦めるのではなく、あっさりすぐに諦めるものだから、懲りずにまた同じ過ちをくり返す。人生いかに生きるか、なんて考えたこともない。その場その場でただ突進するのみだった。(P.205)




「ああ、長生きするということは、全く面倒くさいことだ。耳だけじゃない。眼も悪い。始終、涙が出て目尻目頭のジクジクが止らない。膝からは時々力が脱けてよろめく。脳ミソも減っていた。そのうち歯も抜けるだろう。なのに私はまだ生きている。
「まったく、しつこいねェ」
思わず呟くが、これは誰にいっているのか、自分にか?神様にか?わからない。ついに観念する時がきたのか。かくなる上は、さからわず怒らず嘆かず、なりゆきに任せるしかないようで。

ものいわぬ婆ァ(ばばあ)となりて、春暮るる。」(P.214)

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by agsmatters05 | 2017-12-10 11:12 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

小説・新島八重(新島襄とその妻)・福本武久 


ちょっと(ブログ投稿の)間(ま)が空いてしまいました。
タイトルの本、その二です。もう一冊があると三部作全部揃うのですが、残念ながら未入手。
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新島襄と同志社の関係を、あらためて再認識したというより、むしろ、はじめてその詳細を知りました。簡単に今のような大きな私立大学がポンと作れたわけじゃなくて、それこそ命がけで、夜も寝ずに苦心して、血みどろになって奔走して、ようやく出来上がった大学だということを知りました。津田梅子さんの場合もアメリカからの援助が大きかったのは確かですが、同志社もおなじく多額の貴重な寄付金によって、最初の土台が築かれたのですね。しかも、場所が場所だけに、苦労も格別だったと。キリスト教(耶蘇教)に対する京都の仏教界の反発は相当なものだった。八重さんはそのために職を失ってしまうほどだったんですね。

この本の主人公は八重さんなので、あまり批判的なことは書いてないですが、ウイキピディアなどで別の見方をしている八重さん評価もあることを知りました。テレビドラマの八重さんも、またそれなりにこの小説とも違うし、おそらく実在した本人像とも違いがあったことでしょう。

新島襄の有名なエピソード「自責の杖」の出来事についての一節を引用させてもらいます。
「私はいつも、いちばんあつかいにくい生徒に特別の注意をはらっている」襄は次第に声を高め、「そうしなければ教壇に立つ者の成功はのぞめないのです。」と言った
 八重は紫色に腫れあがった襄の掌をみつめながら、良人のふるまいに計算ずくの芝居気などほんの少しもなく、一瞬たりといえわが良人を疑った自分を深く恥じた。
私はこのたびのことで学ぶところが多かった。容易ならぬ出来事が起こっても、逃げなければ、自然と問題は解決にみちびかれることを教えられた
襄はしみじみと言い清々しい笑いを浮かべるのだった。(p.187)

それから、男装して戊辰戦争を戦った女性だった、ということも驚くべきことでした。なぜか、あまり深い意味はないのですが、↓の引用を付け加えておこうと思います。たんなる備忘録ですが。
遠雷のように砲声が小田山のあたりにひびき、砲弾が天守閣めざして頭上をとんでゆく。P.208
コンピューターで、大河ドラマを全編(たぶん)見ることができそうだと、今にして知ったのですが、果たして全編PCで見る時間があるかどうか。これも縁もの、時のウンのようなものでしょうか。

6月最初の記事(↓)を書いてから、早くも20日あまり。

はい、はい、予想外の出来事も含めて、6月が終わる前に書いておきたいことがあと5,6編あるのですが・・・。


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by agsmatters05 | 2017-06-24 06:53 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

小説・新島八重(会津おんな戦記)

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4年前のNHK大河ドラマだったんですね。海外にいては、とても無縁の話でした。もっとも、海外でも日本のテレビを見たい放題の暮らしをできる方々も大勢いらっしゃるようですが。

ともかく、4年以上たってから、この大河ドラマの素になった八重さんのことを書いた本をどうにか読むことができました。

今、ウイキ様のサイトで大河ドラマ「八重の桜」を初めてみることができました。ユーチューブに行くと、最初からずっとこれが見られることも今、知りました。 ⇐ ああ、遅れてる、遅れてる。

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でも、とにかく、すべてのものに時があって、ついに私もこの本をよむことができたのでした。
一言で言うと、 「戊辰(ぼしんん)戦争」というものの、いい勉強になりました、ということにつきる、かな。

高校の時歴史の時間にこの言葉を聞いたおぼろな記憶はあれど、白虎隊の悲劇と直結することもなく、とにかく幕末の会津藩のおかれた立場のなんという気の毒なこと。それがよくわかりました。

そして、八重さんって、「男勝り」と言っていいのかどうか、あの動乱の江戸から明治に社会が激変する時代に、かなり型破りの生き方をした方だったんですね。

それは生まれと、育ちと、素質がすべて相まって、あの変化の激しい時代だったから、よけい型にはまらない生き方ができた、いえそうせざるを得なかった、ということなのでしょうか。それとも、社会や時代がどうであれ、才覚のある人はどんどん生き延びていくのだということなのでしょうか。

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この本は、戦争や時代を大きく描くのではなく、ただ山川八重という人の、特に戊辰戦争の渦中にあってのこの女性の行動を中心に描いたものでした。ウイキぺディアの大河ドラマのページは、この本よりはるかに大勢の人物の大きい物語を扱っていて、この本イコール大河ドラマではないことが、よくわかりました。

ほかに、ネットで検索したら、この本について、ないものねだりをしている感じのサイトにあたりました。八重さんの性格や人柄があまり見えてこない、と言われれば確かに、この本の八重さん描写には限界があるともいえるでしょうが、私には、それはあまり気になりませんでした。事実を調べ上げて、これだけの小説を書くということのエネルギーとご苦労を尊重すべきだろうと、おもわれました。

駒子の備忘録 観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど
福本武久『小説・新島八重 会津おんな戦記』『小説・新島八重 新島襄とその妻』(新潮文庫)2012年10月13日 | 乱読記/書名さ行

次は、後編、新島襄と同志社設立の話に移ります。

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by agsmatters05 | 2017-06-18 17:46 | 本を読んで | Trackback | Comments(1)

塩田 武士 著 「罪の声」

これ(↓)読みました。

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京都でテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われたテープとまったく同じものだった。週刊文春ミステリーベスト10 2016年【国内部門】第1位!


↑はアマゾンのページからの引用です。

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最初から最後まで緊張感を伴う迫力がありました。怖かった。本当にフィクションとは思えない書きっぷりで、おみごと。最後のほうであまりにもつじつまが合い過ぎているような気がしないでもなかったので、ああこれはフィクションなのだと思わざるをえなかったです。

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これで、2017年の本屋大賞ノミネート作品10点のうち、4作品を読むことができました。とても手ごたえがありました。あと、残りの6っつも読みたいけど、kindle、海外で読めるのでしょうか?いろんな人に頼みすぎて、送ってもらうのも気がひけるとはいえ、やっぱりなんとかして読みたいなあ・・・。

とりあえず次は、福本武久「小説 新島八重」に行きます!(笑)
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by agsmatters05 | 2017-06-09 10:04 | 本を読んで | Trackback | Comments(2)

蜜蜂と遠雷 恩田陸 著

Mitsubachi to Enrai   Book by Riku Onda

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を読みました。

参考サイトはこちら(↓)をどうぞ。あらすじなどもわかりやすく書いてあります。

生活のなぞ解決
蜜蜂と遠雷のあらすじと読み方は曲を聞くこと!本屋大賞&直木賞受賞!

12 Apr 2017 - 史上初の「直木賞」と「本屋大賞」を受賞した「蜜蜂と遠雷」。 そんな蜂蜜と遠雷ってどんな話なのでしょうか? そのあらすじや読み方はどうすればいいのか ..


でもって、グーグルで上の「生活のなぞ解決」のウエブサイトを説明した上の文、どうして 「MITSUBACHI」が 「HACHIMITSU」になってしまうんでしょう?

そして遠くの雷のことを 「ENRAI」と読むのに、 誰かさんったら 「TOURAI」なんて読んでました。誰かさんって
誰よと思われるでしょうね。言ってもいいかな、樋口一葉は HIGUCHI KAZUHA と読んで、ダイナマイトをしかけることは 本当に文字通り 葉っぱ (HAPPA)をかけることだと思っていた人が一人。笑いを誘うことは悪いことじゃないから、ほかにも勘違いしてることあったら、どんどん引き出しから引っ張り出して披露してね。一度訂正したら、同じまちがいは二度しないでしょうから。⇒メグへ。(笑)

以上は道草、脱線でした。

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この本、本屋大賞と直木賞をダブル受賞ですって。たしかにそれだけの価値はあるような気がします。最初とっつきにくくて、何度か冒頭の部分を繰り返さなければなりませんでした。でもだんだん慣れてきて、かなり大部(507ページある!)この本の仕組みがわかってきたら、最後の当たりはユーチューブでその曲を聞きたくてたまらなくなりました。

そしたら、ユーチューブにすでに「蜜蜂と遠雷、風間塵」という項目が出来上がっていて、この本にでてくるクラシックの名曲をそろえたサイトがありました。その中の一つ、辻井伸行さんの演奏を聞きながら、このブログを書き始めました。(↑の写真)

音楽コンクールを小説にしたかった、という作者。モデルになった場所や人が、きっといるのでしょうねぇ。

白状すると、第三次予選の結果発表のところでは、「失格」という言葉がでてきて俄然作者の歯車に巻き込まれてしまいました。風間塵が選ばれたのか、そうでないのか、気が気ではなく数行飛ばして先を読んでしまいました。

最後の本選のところでの選曲とその描写(説明、解説)もまたすごかったです。作者のいっていることが本当かどうか、共感できるかどうか、音楽を聞いてみないことには確かめようがないクラシック素人の読者ですから、よくもまあこれだけの言葉で曲の説明ができるものよ、と思わされました。

この本は「星星峡」という幻冬舎の月刊のPR誌(現在は休刊中)の2009年4月号から2013年11月号までと、同じく幻冬舎が自社発行している月刊のPR誌『PONTOON』(ポンツーン)2014年1月号から2016年5月号までの「連載を大幅に加筆・修正したもの」だそうです。ということは、それだけでも、7年間を費(つい)やしていることになりますね。準備と取材と構想をまとめて、執筆するのには、本当に大きなエネルギーが必要だったことでしょう。

この本を読むきっかけをくださったニックネーム Yそうり、(Aそうりじゃなくて)と、この本をハードカバーで送ってくれたよっちゃん、本当にありがとうございました。おかげで今年の本屋大賞、めぼしいところを軒並み読むことができました。

恒例の一か所引用をしてみようとおもいます。ここがピークでも何でもない、もっと代表的な所を引用するほうがこの本にそぐわしいような気もするのですが、とにかくこの本を一冊読み通して、ページにマークをして、書き写したいとおもったところはここ(↓)でした:

毎日の暮らしの中で水をやり続ける。それは、暮らしの一部であり、生活の行為に組みこまれている。雨の音や風の温度を感じつつ、それに合わせて作業も変わる。

ある日、思いもかけない開花があり、収穫がある。どんな花を咲かせ、実をつけるのかは、誰にも分からない。それは人智を超えたギフトでしかない。

音楽は行為だ。習慣だ。耳を澄ませばそこにいつも音楽が満ちているーーー


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残るはあと一冊。ちょっとビビったけど、読み始めました。塩田武士著「罪の声」。
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by agsmatters05 | 2017-06-02 08:28 | 本を読んで | Comments(0)

浅田次郎「帰郷」

昨日の記事の最後で触れたように、しばらく前に読み終えたこの本。
これ(↓)も今年の本屋大賞ノミネート作品の一つ。

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とってもいい本でした。
「2016年12月18日に大佛次郎賞:浅田次郎さん「帰郷」が受賞」されたと。
受賞を喜ばしく思える本でした。 人間味のある本。ヒューマニズムというものを実感させられた本でした。

内緒話じゃないですけど、きっとmarri さんが感動するよね、と思いながら読みましたよ、marri さん。


シーサーブログで「こんな本を読んだ」
 のH.H様の記事(⇐)がありました。

戦争を扱った本(物語)はどんな本でも、底知れない奥行きを持たないわけにはいかないのだろうという気がします。でも、実話であれ、フィクションであれ、話の終わりをどこに持っていくかは人それぞれ。

「あんたに頼みがある」
「あんた、じゃないってば」
綾子は男の手をきつく握りしめた。しかし、男は名を呼ぶ代わりに、思いがけぬことを言った。


実は、この後の一文が大好きで、ぐっときて、お気に入りの言葉なのですが、あえてここに載せないでおこうと思います。ぜひ、読んでほしいから・・・・・。
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by agsmatters05 | 2017-04-03 07:57 | 本を読んで | Trackback | Comments(2)

小川 糸 「ツバキ文具店」

昨日の本(「羊と鋼の森」は2016年本屋大賞ノミネートだそうで、(ちなみに、ノミネートされた作品は10位まであるらしい)、2017年の同賞ノミネート作品の一つがこれ。小川糸さんは、ウイキ様によれば1973年生まれだそうで、昨日の宮下奈都(なつ)さんより6歳若いお方。(おんとし44歳、といえば若さと実力が伸びあがるお年ごろ?)

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とっても楽しく、面白く、いい気分で読ませていただきました。「羊と鋼の森」の本とくらべて、(といっても何も比べなければならない理由はないのですが、たまたま続けて読んだ本で、たまたま2年続けて本屋大賞ノミネートされた本で、たまたまアラフォー、アラフィフの女性の小説というわけで。)、こちらは実話間違いなしみたいな感じで本に引きずり込まされました。登場人物のネーミングがおかしくて、名前だけは仮名にちがいないと思っていたところ、終わり近くで、なんだこれは実話じゃなくて、創作だったのか、と薄々感じるようになり、最後に男爵とパンティー(登場人物の一人)が結ばれるということになって、ああこれは全くの創作だったのか、と落ちがついた(落ち着いた)のでした。

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宮下さんも小川さんもそういう人(名前、作家))のことを全く知らない海外暮らしゆえ、本を読み終えてからウイキ様にお伺いをたててみました。すると小川糸さんの公式サイト(糸通信)というのがあって、そこにライフ・ブログ「ペンギンと暮らす」というページ(部屋?)があり、最新(3月19日、日曜日)の記事によると、この作品(ツバキ文具店)は4月からNHKテレビで放映されるのだそうです。http://ogawa-ito.com/blog/

そうそう、お知らせがあります。4月14日(金)から、NHKで『ツバキ文具店』のドラマが始まりまーす!ポッポちゃん役は、多部未華子さん。夜10時スタートなので、ぜひぜひご覧になってください。


日本在住の皆様、お楽しみくださいね。

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ちなみに、わが沖縄WC友、Yソーリが薦めてくれた本の、大部分がこの本屋大賞ノミネート作品だったのだと、今日にして気が付いた次第。あらためてこれらの本を紹介してくださって、ありがとうございました。


またよっちゃん、もったいないようなハードカバーで読み続けています。重い本をたくさん送ってくれて、ありがとう。(ここからは私的な業務連絡、ところで、まだパーセルは届いていませんか?笑)。
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by agsmatters05 | 2017-03-20 06:14 | 本を読んで | Trackback | Comments(2)

宮下奈都「羊と鋼の森」

一週間があっという間。毎週金曜日に会うキムさんと、「早いですねえ、一週間が。」という挨拶をいつも交わす。ったく、昨日のことのように先週の金曜日を思い出し、この一週間は本当に一週間だったのか、などと感じてしまう。よって、読書予報の記事 ⇐ここ を載せてから、かれこれ3週間もたってしまった。その時載せた写真の本の中の今は3冊目を読んでいるけれど、読んですぐ記事がかけなくて、こちらも溜まり気味。読んですぐ書かなければ、感想文もきっと賞味期限の過ぎたものになってしまうのではないか。

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1967年生まれの著者、宮下奈都(なつ)さん。今年50歳にならはる。上智大学文学部哲学科卒、と本のカバーの裏の内側に記してある。上の表紙の帯には、「ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。」と。

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ピアノは、ピアノ線(鋼、はがね)と、それを叩くハンマーをおおうフェルトを作っているいい羊毛からできているのだそうで、そこからタイトルの「羊と鋼の森」という言葉がきているのだとか。つまり「森」はピアノであり、ピアノから流れ出る音楽のこと、といってもいいか。

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作者が女性で、主人公が若い青年ということに、やはり終始距離感(作者と主人公との)を感じないわけにはいかなかった。読み終わったら、作者の創作の用意周到性に、脱帽したと認めざるをえない感じ。本の最後に、著者の「謝辞」というページがあって、

「この物語の執筆にあたり、快くお話を聞かせてくださった調律師の方々に心から感謝いたします。中でも、若い情熱と明晰な語りで調律への戸口を開いてくださった阿部都さん。素晴らしい技術と知見、名立たるピアニストたちとの数々のエピソードで、豊かな調律の世界を垣間見せてくださった狩野真さん。そして私のピアノを四十五年に渡って見守り続けてくださった上田喜久雄さんに、この場を借りてお礼申し上げます。また、作曲家の笠松泰洋さんには、あふれる音楽への愛情と深い洞察を惜しみなく分けていただきました。ほんとうにありがとうございました。」


この「謝辞」があって、はじめてこの作品全体が納得できたような気がしたといったら、私の読み方ははたして「まっとうな」読み方だったのかな?

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by agsmatters05 | 2017-03-18 07:40 | 本を読んで | Trackback | Comments(2)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。