最初、「書いておかなくっちゃー(その一)」というタイトル(件名)にしたのですが、
これはいいタイトルじゃないとわかり、変更しました。
書きたいことがいっぱいあっても、毎日手際よく、さっとそれを
ブログに書けないという「やり残した感」が積もり積もっています。
かゆいところに手が届かない、というか、なんかもやもやしてる感じ、
気取って言うと、メンタル・コンスティペーションというのかな(ハッ八ハ)
だけど、こういうのは、数日過ぎれば忘れ去る類のものなんですよね。
忘れたくないたいせつな出来事もありました。とりあえず、その一。
車検と、ストーンと、プリンセスリズボロー行き。
1)車検
日本へ行く前に、8月5日にW村のガレージ(とこちらでは言うんですが)に
車検の予約をお願いしてありました。
去年のこと、その前のこと、過去ログを調べてみました。
書いてはあったけど、ずばりのタイトルでないと探しにくいことが分かった。
(よって、上の件名を変更しました。)
もとは、カズン’S(いとこの)ガレージという(今も名前は同じ)ジョージとデービッド。
去年も2度ほどブログを書いてました。(2024年7月17日とか、7月30日とか)
コソボから来たおっちゃんのこと、親切そうで、ゴンタと同じ移民仲間で(笑)
それに去年Welding (溶接)をやってくれた修理工場ということで、
今年もお願いしました。ところが去年の工事は130ポンドだったのに、
今年は車を預けたら、電話で、全部で1500ポンドかかるが、どうする?、だって。
1500ポンドといえば、日本往復の切符の値段、今のトヨカロを買ったのが3300ポンドぐらい
もうとっくにその倍ぐらいは修理その他にお金がかかってる・・・
どうする?と聞かれて、修理しなくていいです、と言えば車検(MOT)はパスしない、
電話で決断を迫られて、あああしょうがないことだから、別の車を買うならもっとお金がかかるんだから
と思ってゴーサインを出しました。だけど、おっちゃん、材料費を先に500ポンド出してくれ、だって。
そんな大金(現金)持ち合わせてなくて、二人でW村のポストオフィスへ現金引き出しに
出かけたけど、一日に引き出せる金額は300ポンドまでだって。
あれもこれもトラブル続き、じいちゃんに泣きついて、当面100ポンドだしてくれて、
500ポンドは手渡しました。じいちゃんも、わかったようなわからないような返事で
午前中助けてくれると言っても、午後にはすっかり忘れてて、がっくり・・・
結局車ができあがったのは金曜日(8月8日)のことでした。
来年もしもMOTをするのに、こんなに高いお金がかかるんだったら、もっと安い、小さい車を
買え、とみんな(二人だけだけど、笑、じいちゃんの娘さんとレイおじさん)が言うので、
ジョージにも、なんかいい物件があったら、紹介してねと頼んでみました。
「俺は車の売買はしてないよ」と言ったけど、
半年後のショートサービスはうちに持っておいで、安くしといてあげるよ、だって。
イギリスに帰って最初のショックはこの車検でした。ゴンタ、ビンボーだから…(涙)
2)ストーン行き 8月8日(金)
金曜日はじいちゃんの娘さんが来る日なので、ゴンタは外出していいことになっています。
ストーンに住んでいるジェインさんが6日後に日本へ行く切符を買ったというので、
どうしても会わなくっちゃ、でした。ガレージから車を受けとったその足で
ストーンへ向かいました。そうそう、途中でスーパー、センズベリーに寄って、
もうすぐいなくなるんだから、花を買ってもしょうがないと思って
てみやげにすぐ食べられるフルーツを買いました。
ジェインさんのこともずっとこのブログに何度も書いてるので、今回は
あまり、リピートしないことにしますね。お嬢さんのMさんがこの秋から
京都にある大学に1年留学することになり、ジェインさんも一緒に日本へ行くことに。
息子さんのS君(G学校でゴンタのジャパンクラブにきてくれてた)も今は、日本。
親子3人、うれしいリユニオンの夏となり、私もとてもうれしい出来事でした。
パスタの夕食をごちそうになり、2時間ほど3人でおしゃべりが止まりませんでした。
私の日本の旅のこと、お二人のこれからの予定(フィン・エアーでヘルシンキ経由)を次々に
情報交換し、これ ↓(レジスタンス・バンド)についても3人で
ああする、こうすると、いろいろ実技を交えて、話題は尽きませんでした。
そもそも、このレジスタンス・バンドというのを、日本へ行く前に
ジェインさんに教えてもらい、リンクをメグに送ってアマゾンでゲットしてもらい、
そのままイギリスに持ち帰った。(費用を払ったか、払ってないか、曖昧、笑)
今頃(8月25日現在)はお二人とも、京都の宿舎に落ち着かれたみたいで、
昨夜は、ジェインさん、金閣寺の前でお二人のセルフィーを撮って送ってくださいました。
3)プリンセス・リズボロー (8月9日、土曜日)
日本へ行くよりずっと前にこの日は予定しておいたのですが、実際に実現できるかどうか
前の日になるまで分かりませんでした。名前が素敵なこの街(村じゃない、とおもう)、
コロナよりもっと前、2010年代前半、そうまだゴンタはG男子校でパートの仕事をしていたときも
毎週水曜日の夜に、じいちゃんとこの街にきて、ブリッジをしたものでした。
この日は 教え子、オリバー君のお家にお邪魔させていただきました。
前の年、オリバーとお母さんがC村へ、じいちゃんのお見舞いに来てくださり、
私もお母さんのVさんも同じものを用意してしまったことがありました。
イートン・メス。メレンゲと苺と生クリームをミックスしたスイーツでした。
今回はじいちゃん抜きで私だけ、久しぶりに会えるのでとっても楽しみでした。
お家の中にはいると、ご家族全員4人が玄関に出迎えてくださり、
お母さんのVさんが、今日はシェフを家に呼びました、と。
それはオリバーの妹のAさんで、本当はオリバーもAさんもロンドンに住んでいるのに、
この日はわざわざお家に帰ってきていてくれたのでした。
このAさんのお料理上手は、オリバーの家族全員が認めていることで、
本当に、プロ並みの力量をお持ちです。おばあさん仕込みだとか。
お父さんもお母さんのVさんも現役のお医者様なので、いそがしくて、
Vさんはご主人が料理してくれない時は毎日
チーズサンドイッチばかり食べているといってました。
この日のメニュー ↓ は 真ん中は白桃とフェタチーズと葉野菜のサラダで
ドレッシングは、胡桃、オリーブ油、その他いろいろ入った自家製でした。
写真の右側はスモークサーモンたっぷりで、レモンが利いて美味しかったです。
そしてテーブルの左側の白い器は、Vさんのお父さん(やはり95歳か96歳のお医者さま)が
お手伝いの方々に指図して、畑で作ったポテトだそうで、ただ茹でてマヨネーズで和えただけでなく、
どことなく美味しいので、味付けをうかがったら、これはAさんじゃなくて、
Vさんの旦那様の作品(!)で、サワークリームを使ったとおっしゃってました。
お料理もおいしいけど、この4人を相手に私一人、相当しゃべりまくってしまいました。
もう楽しくて、楽しくて、そして、とても幸せな気持ちにならせてもらいました。
オリバー君がG学校で、6年間ぐらい日本語を勉強してくれた仲ですが、
その後もずっとお付き合いが続き、あるときウエイトローズでばったりVさんと出会い、
いろいろおしゃべりをしたのがきっかけで、急接近でした。
特に、K(じいちゃん)が脳梗塞でウイカムの病院に3週間入院していた時、
そこにお勤めのVさんにあれこれ相談させてもらったりして、
Vさんもじいちゃんのことを気にかけていて、病気や介護のことなどいろいろ教えてくださり、
時々、どうしてますか?とワッツアップメッセージをくださり、
そして、Vさんのお父様も介護付きの状況の上、日本語の生徒たちのその後も含めて
あれもこれもと話題がはずみ、この日の楽しい時間を持たせてくださったのでした。
家に帰ってあとから、じいちゃんに今日はAさんのところに行ってきた、というと、
「どうして僕を招待に含めてくれなかったんだ?」 Why not me (invited)?
と言われてしまいました。ま、招かれたとしても行けたかどうかは別問題で
おそらく無理だったと思うし、その日はもちろん娘さんと一緒の日なので、行けなかったでしょうけど。
↓ 帰りし、車が出るのを4人で玄関で見送ってくださり、
私は窓から手を出してサヨナラの合図をしたのですが、30メートルほど走って、
あ、4人そろってる!と急いでアイフォンカメラを取り出して、バックミラーの4人を
撮ろうとしたのですが、残念、もうご一家は消えてしまわれました。
本当に素晴らしいご家族で、私は雲の上に上るような幸せな気持ちを
味合わせていただきました。オリバーもAさんもとびきり優秀で、
オックスフォード、ケンブリッジを卒業して、今はロイヤーズ・ソサイエティ―(法曹界)に所属する身。
やさしくて、謙虚で、あたたかくて、そして向学心に満ち溢れてる方たちで、
本当は恐れ多いのに、私は包み隠さず自分をさらけ出してしまいました。
以上、三つのできごとは、車検は高かったけど、無事済んだし
ストーンでも、プリ・ボロでも紅茶国にいなければ会えない方々と出会えて、
どうしても書いておきたいありがたくも貴重な出来事でした。