2024年 12月 09日
12.8(日)わが生家、わが父母
喜寿(77歳)になりまして、漢字につられて喜んでみようかと、写真を選んでみました。
これ ↓ は今では跡形もなく姿を消してしまったわが生家ですが、
だいたいの輪郭はまあそうなんですが、実際はもうちょっと大きく見えたと思います。
どのくらい大きかったか、というと、1階には畳の8畳間が四つあり、4畳間が二つありました。
全部合わせれば40畳になり、かなり広い感じですよね。
ただし、部屋と部屋の間は、障子とかふすまとか、板戸とか、敷居一本の上に4枚のすべり戸があり、
4っつの部屋は全部締め切るようにもできました。
そして4畳の部屋二つは、玄関から入ってすぐの入り口で、その奥も4枚の畳と2枚の板戸があるだけ。
その昔、父の父の父の世代、利左衛門 さんが一時期「質屋」をしていたこともあり、
お店のようになっていた部屋で、 「あがりはな」と呼んでいました。
2階はむしろがしいてあるだけで、一時期(私が生まれる前)蚕を飼っていた時のままで、
人が住めるような部屋にはなっていませんでした。
私はこの家で生まれた3番目の女の子でしたが、戦後すぐのこと(団塊の世代)で、
物資の何もない時代、近所のお姉さんが賄い付きのお手伝いさんということで、
家に来てくれていたそうで、「あんたのの時は(産後が)楽だったねえ」となんどか言われました。
ここで書いていいかどうかと気になりますが、4番目の女の子(妹)が生まれたときは、
父が名前を付けることもせず、母も産後2,3日してすぐ、起きだして廊下の雑巾がけをした、
と言っているのを聞いたことがありました。悔しくて、と言ったような気もするけど・・・
その時はラジオから聞こえてきた歌謡曲「🎵マリアの鐘が~、かーねーがーーー」
ということから妹の名前を母が付けたと言っていました。
女の子4人の名前についてもいろいろな話があるのですが、長くなるので割愛して、
ここでは、ひとつ、私の出生について、母がどうしても
生まれた時間をはっきりと教えてくれなくて、
何度か聞いても、うふふ、覚えていないのよおお ということでした。
生まれた時間はいつだったの?と聞いた時が、もうすでに4人の娘たちを育て終わった頃
だったからでしょうね。もっと子供の時に聞いておけばよかった。
ところで、もう一枚、わが父母、 ↓ の写真を載せておきます。
実は、こんなんしかないので、寂しいのですが、しょうがないですね。
父は明治41年生まれ、母は明治44年(大正1年)生まれと、聞いているのですが、
父は 82歳まで生きて、母は96歳まで生きていた。
ちゃんと計算すれば、母の没年と父の没年に、私が何歳だったか、
わかるはずですが、今簡単に数字が出てこないけど、どなたか
数字に強い方(興味のある方、笑)にお任せします。
今となってはどうでもいいことかも・・・
でも、もちろん、父と母は今もしっかりと私の心(記憶)の中に生きていて、
なにかと事あるごとに、思い出すことはよくあります。
「夜爪を切ると親の死に目に会えない」と子供の頃よく言われて、
夜は爪を切らないようにしていましたが、結局二人とも亡くなった時、
私は四国は愛媛県、松山市に住んでいたので、死に目には会えませんでした。
今となって、爪を切るとき、そんな言葉を思い出しても
夜だろうと、もう関係ないか、と考えてしまいます。
ああ、そのほか、父と母のことを書こうとすれば
次々と記憶のかたまりが底なし沼からずるずるとでてくるような気がします。
嘘も隠しもできない年齢、今となってはおおっぴらにひらきなおって
喜寿を謳歌するっきゃない、隠したってしょうがないですよね。
これ ↓ は今から11年前、2013年12月8日にPCの壁紙にした
トルコ、カッパドキアで(2012年1月に)撮った写真でーす。
今日、恒例の家族誕生日ということで、孫若、孫姫とズームして(させて)
もらったんですが、そのなかでメグ(ジョーママ)が一言、
「お母さん、この頃なにしてるの?」だって。
彼女も忙しい日々らしいので、お互いあまり日常の細かいやりとりはできていません。
で、私の答えはこんな↓でした。
「そうね、ブリッジはよくやってるよ、ほぼ毎日。
けっこう忙しいのよ。カイゴ、カイゴでね。
おじいちゃんの3度の食事、洗濯、入浴の世話、ひげそり。
ティータイム、コーヒータイムもあるし、毎日一度は天気がよければ
向かいのクリケット場まで一緒に歩いていって、私は、駐車場を3回走ってまわり、
そのあと、ロープのぼりとかもしてるよ。」
ちょっとこの頃天気が良くなくて、今日も、ウエールズのほうから襲ってきた
ストーム「ダーラ=daragh」の影響で家の外には出られませんでした。
夕べもこのストーム=嵐は一晩中激しく吹き荒れて、暖房のある部屋なのに
隙間風が入り厚着して寝たことでした。
フェイスブックで親しい方々からハッピーバースデーのお声がけをしていただき、
嬉しいことでした。山梨の家族とは、日程が合わず来週の木曜か、一週間遅れのズームの予定です。
Kじいちゃんは、めずらしく今年は、カードを用意してくれて
あさっての火曜日ごろにパブ・ランチに行く予定です。
またフィッシュ&チップスになるかもですが・・・(笑)、
これまで私の誕生日を覚えていたことはあまりないKじいちゃんですが、
今年は娘さんたちからのアドバイスがあったのかも。
今の私は、イギリス暮らしが月単位で計算するような気配(!?)になっていますが、
Kじいちゃんが、Kじいちゃんの頭が、しっかりしていてくれることが
私=ゴンタのイギリス暮らしを決める要因であることは、間違いありません。
その日、その日をありがたく思って生きているのは、たしかです。
Kじいちゃん、がんばって!
おめでとうございます㊗️
喜寿、漢字で表すと、よりおめでたい年ですね。
ミチさんのご実家、なんとまぁ、大きな大きな家なのでしょう、こちらの若い人たちが建てている今の家の4軒か5軒分位じゃないでしょうか?
家の中でかくれんぼなんてすれば、楽しかったでしょうね〜。
ミチさんのお名前、素敵ですよね。私なんざ、途中まで一緒でも、最後の子の字で、ありふれた名前ですからねぇ。
ミチさん、お母さん似のように見えます。
素敵な良い話をありがとうございました。
喜寿、漢字で表すと、よりおめでたい年ですね。
ミチさんのご実家、なんとまぁ、大きな大きな家なのでしょう、こちらの若い人たちが建てている今の家の4軒か5軒分位じゃないでしょうか?
家の中でかくれんぼなんてすれば、楽しかったでしょうね〜。
ミチさんのお名前、素敵ですよね。私なんざ、途中まで一緒でも、最後の子の字で、ありふれた名前ですからねぇ。
ミチさん、お母さん似のように見えます。
素敵な良い話をありがとうございました。
1
喜寿
おめでとうございます~(#^^#)
私は母が母子手帳を置いてくれています。
3時半に 生まれたようです。
広々としたお家で
育たれたのですね~
ご実家の絵が残されているというのは
いいですねえ。
カッパドキア
行きたいなあと 夢見ながら
たぶん 行くことはないでしょうねえ。
おめでとうございます~(#^^#)
私は母が母子手帳を置いてくれています。
3時半に 生まれたようです。
広々としたお家で
育たれたのですね~
ご実家の絵が残されているというのは
いいですねえ。
カッパドキア
行きたいなあと 夢見ながら
たぶん 行くことはないでしょうねえ。
小夏さん、
何をおっしゃいますか、上皇后さまと同じ名前じゃないですか! 私の名前、いちいち説明しないといけない文字があるのがめんどいです。
今はなくなった生家ですが、部屋と部屋の間に廊下というものがなく、全部の部屋の外回りに板敷の廊下というか、縁側というものがありその外回りに板戸で、朝晩戸締りをしないといけなくて、この戸締りも子供には大仕事でした。それから各部屋に収納場所なんてものはなくて、一つの部屋に寝起きしていても、布団はそのまま部屋の隅に畳んでおいておく感じでした。箪笥は玄関入って奥の4畳の部屋に置いてあり、あとは「納戸」と呼ばれる廊下で続く別棟があり、そのまた奥に土塀のお倉があり、という田舎の家でした。昔の家って、こういう家が多くなかったですか?
まだまだこの話を続けることができそうですが、そのうちに・・・としておきますね。
母似でしょうか?かもしれません。でもね、4人姉妹で、長姉と私が似ていて、次姉と妹(4女)がどちらかといえば父に似ていると言われるんですが、母がアルツハイマーになったので、えええ?ということは??と時々分からなくなります。今、次女(下の姉)が、母似じゃないけどアルツハイマーなので、遺伝学上、どうなってるんでしょうね?
記憶をたどるといろいろなエピソードが思い出されるので、また時々、書いてみたいです。ブログのタネが亡くなった時にでも・・・(笑)
何をおっしゃいますか、上皇后さまと同じ名前じゃないですか! 私の名前、いちいち説明しないといけない文字があるのがめんどいです。
今はなくなった生家ですが、部屋と部屋の間に廊下というものがなく、全部の部屋の外回りに板敷の廊下というか、縁側というものがありその外回りに板戸で、朝晩戸締りをしないといけなくて、この戸締りも子供には大仕事でした。それから各部屋に収納場所なんてものはなくて、一つの部屋に寝起きしていても、布団はそのまま部屋の隅に畳んでおいておく感じでした。箪笥は玄関入って奥の4畳の部屋に置いてあり、あとは「納戸」と呼ばれる廊下で続く別棟があり、そのまた奥に土塀のお倉があり、という田舎の家でした。昔の家って、こういう家が多くなかったですか?
まだまだこの話を続けることができそうですが、そのうちに・・・としておきますね。
母似でしょうか?かもしれません。でもね、4人姉妹で、長姉と私が似ていて、次姉と妹(4女)がどちらかといえば父に似ていると言われるんですが、母がアルツハイマーになったので、えええ?ということは??と時々分からなくなります。今、次女(下の姉)が、母似じゃないけどアルツハイマーなので、遺伝学上、どうなってるんでしょうね?
記憶をたどるといろいろなエピソードが思い出されるので、また時々、書いてみたいです。ブログのタネが亡くなった時にでも・・・(笑)
あずきさん、
生家の絵は、姉の友人?(知人?)、たぶん、絵の先生?が描かれたみたいです。先ごろブログの記事に書きましたが、アメリカの姪から長姉が描いたベニスの絵の写真を送られたとき、一緒に送ってもらったものです。これはおそらく1960年代以前じゃないかと思うんですが、その後、右側の屋根はトタンでカバーしたので、色が全然違っています。シルバーになってました。そして、家の前の庭からこの家を見ると、3階(わ2階と呼んでいましたが)はとても高くそびえていました。全体の写真もどこかにあるはずなので、また探すことにします。
4女の妹はあまり気にしてないような気がします。誰よりも父思いで、結局は末っ子として父からもかわいがられたと思います。子煩悩な父親でしたから、4人それぞれに合わせた子育てをしてくれました。実はね、5人目もできたのに・・・と言う話を長崎の産院で私の初出産のとき、入院中に母が私に話してくれました。
カッパドキア、ギョレメで朝早起きしてこの気球に、娘(メグ)と一緒に乗りました。この写真、まだまだたくさんあります。整理してなくて悲しいです。あずきさんに褒められてうれしい!
生家の絵は、姉の友人?(知人?)、たぶん、絵の先生?が描かれたみたいです。先ごろブログの記事に書きましたが、アメリカの姪から長姉が描いたベニスの絵の写真を送られたとき、一緒に送ってもらったものです。これはおそらく1960年代以前じゃないかと思うんですが、その後、右側の屋根はトタンでカバーしたので、色が全然違っています。シルバーになってました。そして、家の前の庭からこの家を見ると、3階(わ2階と呼んでいましたが)はとても高くそびえていました。全体の写真もどこかにあるはずなので、また探すことにします。
4女の妹はあまり気にしてないような気がします。誰よりも父思いで、結局は末っ子として父からもかわいがられたと思います。子煩悩な父親でしたから、4人それぞれに合わせた子育てをしてくれました。実はね、5人目もできたのに・・・と言う話を長崎の産院で私の初出産のとき、入院中に母が私に話してくれました。
カッパドキア、ギョレメで朝早起きしてこの気球に、娘(メグ)と一緒に乗りました。この写真、まだまだたくさんあります。整理してなくて悲しいです。あずきさんに褒められてうれしい!
NONさん、ぜひ行ってください。おすすめです。
トルコは本当に西洋と東洋の真ん中の、おもしろい国です。
見どころもたくさんあります。
たしか4,5年違いだと思うのに、NONさんのお母様はしっかりと母子手帳を残されていたのですね。我が家の場合は4人とも、そういうものはなかったと思います。家にそのころの言葉で「お産婆さん」が来てくれて、すべて自宅出産でした。
NONさん、3時半とは、お母様も大変でしたでしょうね。
生家は広さはあったけど、使い勝手がさっぱりでした。今度写真を探してみますね。改築前に撮ったものがどこかにあるはずなので。
トルコ、ぜひ行ってください。私は娘と10日ほど卒業記念旅行をしたのですが、それだけで大好きになれた国でした。
カッパドキア(ギョレメ)には、今エキサイトブログでトップライターの一人、「トルコ子育て生活」のみきさんが当時は住んでおられて、家族ぐるみでいろいろお世話してくださいました。忘れられない思い出です。
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見どころもたくさんあります。
たしか4,5年違いだと思うのに、NONさんのお母様はしっかりと母子手帳を残されていたのですね。我が家の場合は4人とも、そういうものはなかったと思います。家にそのころの言葉で「お産婆さん」が来てくれて、すべて自宅出産でした。
NONさん、3時半とは、お母様も大変でしたでしょうね。
生家は広さはあったけど、使い勝手がさっぱりでした。今度写真を探してみますね。改築前に撮ったものがどこかにあるはずなので。
トルコ、ぜひ行ってください。私は娘と10日ほど卒業記念旅行をしたのですが、それだけで大好きになれた国でした。
カッパドキア(ギョレメ)には、今エキサイトブログでトップライターの一人、「トルコ子育て生活」のみきさんが当時は住んでおられて、家族ぐるみでいろいろお世話してくださいました。忘れられない思い出です。
by agsmatters05
| 2024-12-09 04:51
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