このページの写真はすべて、1月29日に撮影して、ここに貼り付けておいたものです。
寒い冬の日でした。
ううチャンを学校に送って行ったとき、戻ったとき、迎えに行ったときなどに
撮りました。
紅茶国の長くて暗い冬はお日さまが出ていることが珍しくて、
ついうれしくて、アイフォンをカシャカシャしてしまいました。
ううチャンのお世話の記録と一緒にタイミングを見て記事にするつもりでした。

今日(3月19日、木曜日)になって
このページの写真を使って、この記事を書くことになるなんて、
まったく思っていませんでした。
運命はわからない、読めない。
かれこれ17年前に日本の住民票をなくすことになってから
ずっと、`Life is full of unexpected events.' この世は思いがけないことばかり。
とお経のように何度も何度もつぶやき続けてきたことがまた一つ起こりました。

回りくどい話は止めにして、
そうなんです。
タイトルに書いたとおり、
昨日(3月18日、水曜日)ううチャンは、
ううママと一緒に日本へ戻っていきました。
小夏さんがコメントに、孫の記事がこの頃なくて残念と書いてくださったので、
とにかくコロナのどさくさ紛れにこの記事も書いてしまいます。
今年は本当に荒れる年ですね。
ブレグジット、いくつものブレグジットが何度も起こり続けている気がします。

この写真をアップして、非公開記事として保存した日の次の日(1月30日)に
ううママが日本から帰ってきました。
そのあと、2月14日(金)から約一週間、
ウウチャンとううママは、ハーフタームの休みを利用して、
日本へ戻ったのでした。
その時、4月からの小学校が決まりました。合格!

たぶん、ここで書いておけることは、
3年間、ううママのあまりの出張旅行の多さ、激しさ、いそがしさ、大変さが、
もう限界に来ていたということと、
日本の小学校でもなんとかやっていけるめどがついた、
ということのようです。

せっかく慣れてきたグランマと孫姫ううちゃんでした。
ううチャンの英語もかなりうまくなってきてもうちょっとでぺらぺら直前という感じでした。
一人っきりになるウウパパ。
日本のううママは母子家庭。
やっぱり大変なことは変わりない、かも、です。

一人ううチャンだけはにこにこうれしそうに飛行機に乗って、
無事羽田について、日本のお家で
のんびり自宅待機(!?)にはいったのでした。
おりしも、ウウチャンの学校は大変なことになっていました。
これについては、また続きとします。

バイバイ HVW、E街。
今日はコメント欄を(小夏さんの真似して、笑)クローズしておくのだ。(笑)