46年前の同僚だった仲間のリユニオンは、二人だけになってしまいました。オランダのティネカさんがいなくなって、ちょっぴりさみしい二人(J&M)です。
でも与えられたこの時間を大切に大切に過ごしたいと思っています。
J が紅茶国にいるのは、あと3日。何をしようか、どこへ行こうか、二人でいろいろ考えました。
ミルトンキーンズのショッピングモールも、ウイレン・レイクも候補にあがったけど、
ふと思い出して、そうだブレッチリー・パークの切符がある、ある、というわけで、今日はブレッチリーパークというところへ行ってきました。
上の写真の上の半分はマンションと呼ばれる個人のお屋敷ですが、ブレッチリーパークという建物の中の一つ。ここで第二次世界大戦中に敵国の暗号を解読するための極秘の暗号解読大作戦が繰り広げられたのでした。
Hut と呼ばれる個々の研究棟がたくさんありました。今日はとても暑くて、建物の中は蒸し暑くて、まわるのが大変でした。
下の写真の上部は、部屋の中の壁に映像で、建物(Hut)から建物(Hut)へどうやって書類を送り届けるか、を実演しているものでした。

順不同だけど、↑の写真の下左は、もちろん J と M.

Bombaと呼ばれる暗号解読機。
この解読大作戦の中心的な立役者だった アラン・チューリング。 (↓)

ところがこの人が、第二次世界大戦を2年早く終わらせるのに大貢献した人だったのにも関わらず・・・
ここから先は、ぜひぜひここ(↓)をお読みください。
おっと、上のボックスをクリックしても、アラン・チューリングのサイトが出てきませんね。ごめんなさい。下のURL (https://ja.wikipedia.org/wiki/アラン・チューリング)を選択、コピーして、 上のボックスをクリックし、 出てきた画面の上にあるアドレスラインをいったん消して、カーソルをそこにおいて貼りつけ(ペースト)してみてください。アラン・チューリングのウイキペディア のサイトが出てきます。 さもなければ、別の新しいブラウザーを開いて、Wikipedia アラン・チューリングで検索(グーグル)してください。
一度ならず映画になったこの人、何年後かに、イギリスの£50(ポンド札) の顔になることが決まっています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/アラン・チューリング
痛ましい最後は、久次郎さんと似ているような・・・。
あとから、やっぱり、貼り付けなおしてみますね。こちらがアラン・チューリングのサイトです。

アランが愛したテディー・ベア。(↑)
これで一日たっぷりとお勉強をした後で、C村にもどって、

J と一緒に ラザニャの晩ご飯を軽く食べてから、かわいそうに J を一人C村に置き去りにして、火曜日の今日、私はなんと こんな(↑)ところへ移動してしまったのでした。
J は「 だいじょうぶよ、行ってらっしゃい、涙でC村のあなたの住んでいるところを水浸しにしたりしないから。」 と言うのでした。
私: 「小さなバケツならあるよ。 」
その心は、洗面器と言いたかったのですが。 (笑)
11時ごろ帰ってきた時、J はぐっすりお休みで、物音には気づかなかったそうです。(笑) ー ここは翌日付け足しました。
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