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紅茶国C村の日々

西出 郁代さんの 「また会える、きっと」編集工房ノア


昭和17年(1942年)生まれの、神戸大学名誉教授の作者が、同窓会に寄贈してくださった本ということで、読ませていただきました。
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2007年から同人誌「蛙面水(あめんすい)」の同人と書いてありました。

生涯の一コマ、一コマを短文にまとめられて、それを全体につなぎ合わせて、自伝ではないけれど、作者の生涯がある程度俯瞰できるような、そういう本にまとめてありました。もっと旦那様のこととか、二人の息子さんのことなども、書いて欲しかったような気がしますが、それは生々しすぎるのか、プライバシーにふれるのか、あまり描かれていませんでした。でも、こういう人生のまとめかた、半自伝的な短文のアンソロジーのような、本もありなのだと、とても興味深く読ませていただきました。

例によって、一番グッときたところを引用させていただきます。

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UCLA(カリフォルニア大学、ロスアンジェルス校)で博士論文を書き上げられた時、献辞をお母さまに書かれたときのことです。

「博士論文が完成したのは、1993年の年明けだった。春の学位授与式には母も招待して、ガウン姿で家族そろってレセプションに出たいとおもっていたのだが・・・・。前年春先に、母は持病が悪化して入院、その後も体調が回復しないまま、父の元に旅立ってしまった。稲穂が黄金色に耀よう栃波野を、秋風が渡り始めるころだった。論文の提出期限が迫っていた。あとは収集したデータを整理し、書きためた原稿をまとめればいいのだが、つい母のことを思い出してしまう。とにかく集中して書き上げるしかないと自分で自分を戒めた。それからは、昼も夜もなかった。時おり母もガーデナの家にやってきて、励ましてくれているように感じながら、無我夢中で書き上げた。
To my mother, Kino Nishide,
who inspired me with a love of learning
throughout her life

学位論文の冒頭に、母への献辞の言葉を記してペンを置いた時、ふと外を見ると、冬空の雲間から光の子が舞い降りるのが見えた。」(P.58-59)

それから、この本を読んでいて、うれしい発見がありました。
発見と言ったら大げさかもしれませんが、時々このブログにコメントをくださる繁子さんが学んでいらっしゃる兵庫県の「いなみ野学園」について書かれていたのでした。「高齢者教育の先進的モデル」として、作者の博士論文の研究テーマ(高齢者の教育機会の比較研究)の取材にここを訪れたのだそうです。(1986年、昭和61年の夏休み)。

その箇所も引用させていただきますね。


「1969年に創設された高齢者大学「いなみ野学園」は、七十年代にユネスコの成人教育長を務めたポール・ラングランの来訪を受け、日本における高齢者教育のメッカとも呼ばれるようになったという。事前に調べて多少の予備知識は持っていたが、学園長や関係者から直接話を聞くと、ひとつひとつなるほどと頷ける。創設者の熱い思いや、受け継がれ発展してきた学園の歴史が感じられて、貴重な経験となった。(p.49)

大講堂では、午前の教養講座が行われていた。受講生は六十歳以上と聞いたが、三百名のマンモスクラスの厳粛な雰囲気に圧倒されて、思わず姿勢を正したほどだった。昼食をはさんで午後は、園芸、健康福祉、文化、陶芸などの専門の講座があり、課外活動なども盛んだと言う。(p.50)」


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by agsmatters05 | 2018-10-25 08:02 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。