2018年 09月 12日
渡世日記
こういう本(↓)を読みました。

なぜこの本? ったく、気まぐれに、手に取っただけなんですが・・・。
だいたいこの「高峰秀子」という人は、私の世代の人じゃなくて、私の上の姉、昭和の大戦前にものごころついていた人にとってのスターだったのですよね。長姉はよくこの人のことを話していたし、たぶんファンだったとおもいます。それでこの本が山梨の実家にあったのを、たぶんカリフォルニアへ行った次姉がもらっていって、アナハイムの家の本棚に置かれてあり、それを2016年9月に姉妹会があったとき、私がもらいうけてきたものでした。なぜか上下そろってなかった(涙)。
たまたま気分的に(たぶん、もろもろのオワリが続いて心にぽっかり空洞ができて、日頃味わうことのない関心が生まれて)この本を読んでみようという気になったんだと思います。この2,3日で読み終えて、ちょっと得した気分、得るものが、手ごたえがあったと思って、今夜時間がないけど。タイミングを逃すと書きそこなうかもしれないので、思うことを全部書けなくても今夜書いてしまうことにしました。

名子役の誉れ高かったのだそうですが、子役時代の作品にお目にかかってなくて、自分で確かめることはできないのが残念です。
でも、学校教育をほとんどまともに受けてなくて、これだけの文章(この本のことですが)をものすることができるって、やっぱりそれだけでもすごい才能と努力の結果だと思われます。努力と才能はウラハラで、才能のある人が努力できる、とも言えるでしょうし。
それで、すこしユーチューブとかウイキペディアとかへ行ってみました。古い映画で「稲妻(1952年、大映)(監督、 成瀬巳喜男、原作、林芙美子)を見ることができました。(ユーチューブってありがたいですね。)
いつもの引用を。
私はいつも、自分の人生を「おかげ人生」だと思い、今もそう思っている。まず、映画俳優の仕事は画家や彫刻家と違って、一人では絶対にできない。だれかがライトを当ててくれなければ、だれかがカメラをまわしてくれなければ、私がいかに熱演しようとも画面には映らない。そんなことは百も承知だが、それをあえてここに書くのは、私が感傷的なのかもしれないし、お年のせいで涙腺がゆるんできたと言われるかもしれないけれど、人間は一人では生きることも死ぬこともできない哀れな動物だ、と私は思う。
自分一人で生きているつもりでも、実は数えきれぬほどの他人の世話になり、他人のおかげで生かしてもらっているのだし、死んでから起きあがって自分の墓にまで歩いて行って無事におさまるというわけにはいかないから、死んだあとにも、やはり他人の世話になるのだ。
これが「おかげ人生」でなくてなんだろう?私はいったい、このたくさんの「おかげ」に対して、なにか報いることが出来るだろうか? たまたま俳優という一本のクギであるならば、優れた演技を示すことで、他のクギたちの努力に報いる、ということも考えられる。けれど演技というものは、ただシャカリキに熱演しても名演技が生まれるという簡単なものではない。
チビッ子少女の私にできることは、せめて一緒に仕事をするスタッフに迷惑をかけないこと、くらいだった。それが私の処世訓のはじまりであった。(P.152,153 ‘朝日新聞社 昭和58年第3冊)
未完ですが今夜はここまでにしておきます。


