2017年 11月 25日
グランマの日々(6)
アコママが日本へ帰って、最初の一週間が終わりました。
火曜日の朝が一番つらかったけど、なんとか落ち着いてきました。
ウウもわたしも・・・。
今朝は家を出るのがちょっと遅くて、近所の角を曲がったところで幼稚園バスが向こうの角っこに来ているのがわかり、あわてました。ううちゃんの方がもちろん先に走っていきました。あとから追っかけて走った私はフラフラでした。家を出るのは早めにしないといけません(自戒)。
幼稚園バスを見送って、家に戻り、やったー!今日は何にも予定のない日。何でも好きなことができる日でした。掃除はしたばっかりだし、買い物も必要ないし、昼ご飯も夜ご飯もちゃんと用意できてる。3時5分過ぎの降園バスを迎えに行けばいいだけ。

コーヒーを淹れて、ラップトップに向かってそのままほぼ2時50分ぐらいまで、ヒマつぶし。時のたつのも忘れてヒマつぶしでした(笑)。ラップトップに遊んでもらってました。だから、今日の日中は、グランマじゃなくて、ただのヒト・ミチでした。朝登園バスに送り出すまでと、3時に降園バスを迎えに行って帰ってきてから、7時ごろセガパパが戻るまでの間だけのグランマでした。
何を食べさせるか、どこでどうやって食べさせるか。
こちらの思う通りに食べてくれる時もあれば、全然受け付けない時もあります。
なにしろ、向こうは生れて5年と2ヶ月たらず。こちらは生れて69年と11カ月!
みそ汁に入れたお豆腐を取り出して、汁なしで豆腐だけスポンジ(!?) をかけたのがおいしかったみたいです。苺にヨーグルトをかけたのは、ヨーグルトにかけた砂糖の助けで、ヨーグルトのみ。苺は残飯整理係のグランマのおなかに。 人参のきんぴら、すりごまかけは、よく食べてくれました。砂糖はいれなかったけど、千切り人参をごま油で炒めてから 酒、みりん、醤油で味付けし、出来上がりに炒りごまを擦ったのをたっぷりかける。これは幼稚園で自分たち園児が作って試食した料理でした。果物はわりとよく食べてくれます。
それから、数日間、連日園に着ていった赤いカーディガンを洗いたいけど、脱いでくれなくて困りました。着替えたらママに電話(メッセンジャー)しようかな、というのが決め手でした。ちゃんと着替えて、早くママにつないでくれと、しっかり要求してました。
夜はレゴ遊び。パパが帰れば、もう私の言葉など耳に入りません。
寝るのもパパと一緒。(助かる!)
だからこうやって、ブログなどを書いていられる、というわけです。
この週末はグランマもお休みでーす。
パパとウウちゃん、父子家庭となります。
今後ともよろしくアドバイスお願いします。
今日はC村にいるので、離れれば、離れたで
あの父子は何してるかと気になるのも、ババごころ。
しばらくはこんな状態が続きそうです。
でも、楽しく読ませていただいてます。
私は子守は、もう嫌ですね。5歳の孫と同居していますが、毎夜やつてきては、トランプの相手をさせられています。
ジジ、ババ相手に楽しそうです。ババ抜き、ジジ抜き、7並べとやっています。
カイが5歳の頃、ジジババと日本へ行く!と言って、ヒースローでパパママに機嫌良くバイバイし、家へ着くまで御機嫌だったのに、さぁ寝ようと言う時に泣き出して、30分ほどママ!!!と言って、泣いていました。孫に泣かれると本当に困りました。
私の祖母役のお手本は繁子さんと思っていました。
いつも何かあるたびにお孫さんたちのお世話をされて、お孫さんたちのパパ、ママにとって、どんなに心強い味方となっておられるかと思っていました。いっぱいお世話されているから、「子守は、もう嫌だ」と正々堂々とおっしゃることができるんですよね。どんなに孫に会いたくても、お世話したくても会えないばあばたちにとっては、なんということをおっしゃるか、と思うでしょうね。私は長い間身内を助けてやれなかったので、今はせっせとできる限りのことをしたい(させてもらおう)と思っていますが、なかなかゲンジツは思うようにはいかないものですね。長い間別々に暮らしていたので、家族といえども急に同じ屋根の下に住んで、歩調を合わせるのって大変です。
ううちゃんのいない時にはゆっくり休養をしてくださいね。
11月21日(火)にママが日本へ帰る朝は、長いお別れになることを両者が意識したので、結局大泣きして無理やり引き離すようにせざるを得ず、大変でした。さりげなく、さっとすぐ戻ってくるからというぐらいのつもり(ふり)をして普段の日の「いってらっしゃい」のように演技してもよかったのではないかと思ったりしました。それもこれも、一日一日どんどんこどもの変化、発達、成長につながっているんだと思えば、大げさに心配しなくてもよかったのかもしれませんが・・・。


