2015年 09月 23日
ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜・チーム)の金星
9月19日(土)のことだから、もう3日前になってしまいました。
ラグビーワールドカップ(世界選手権)がイギリスで開かれていて、土曜日には南の海沿いの街ブライトンで日本対南アフリカの試合がありました。
結果はみなさま、ご存知の通り。
こちらのブログ (←をクリック)に、丁寧に新聞記事などを集めて、上手に書いてあります。さすがロンスマさん。
私のお気に入り登録ブログサイトの中では、もう一つ こちらにも。
私自身はC村で、実際の試合時刻より少し遅れて、結果を知らずに録画に見はまったのですが、なんともシーソーゲームで、テレビ画面をみながら、拍手をしたり、地団駄ふんだり。 ラグビーの試合を見てるとき、ボールが前に進むように祈る思いで体がつい斜めに倒れてしまう、ってことありません? 前にボールを投げられないで前に進まなければならないゲームって、本当に背骨の置き所がなくなるスポーツです、よね。イギリスでは、(前にどこかで書いたことがあるけど、サッカーは上流階級の人々が考え出したスポーツで、下層(労働者)階級の人がプレイし、ラグビーは下層(労働者)階級の人々が考え出したスポーツで、上流階級の人がするスポーツだということになっているみたいです。何度もそう言われているのを聞いたことがあります。もちろん半分はジョークでしょうけど、うまいジョークだなあと思わずにはいられないものがある。。 ・・・トイレ休憩も取りにくいような試合運びでした。正直言って「勝てる」とは最後まで思ってなかったのですが、それは私一人じゃない I am not the only one だったのではないかと思うのです。
最後の瞬間、トライが決まったときはうれしくて思いっきり拍手喝采でした。ほとんどソファーから飛び上がらんばかりに・・。試合が終わってから録画画面を何度か巻き戻して決定的なトライの瞬間をカメラにおさめて、フェイスブックのタイムラインにアップロードしたりしてしまいました。

それというのも、録画の試合を見終ってからトーサテ君(マイPC)に戻ったら、フェイスブック友達がなんにんか、応援メッセージをアップしていてくれたのがわかったからでした。同じ学校のスペイン語の先生が
September 19 at 6:44pm に、
JAPAN JAPAN JAPAN
と叫んでくれていました。1時間ぐらい遅れたけどそれに Like(イイネ)をクリックして、そのほかにも去年東京ホームステイをした エイミーさんも、September 19 at 6:46pm に、
Go on Japan, you absolute LEGENDS 🇯🇵
というFB声援。これにも即 like =いいね。
なので私もなんかアップしなくっちゃと思い、こんな(↓)
https://www.facebook.com/rugbyworldcup/videos/10153673150172174/?pnref=story
動画サイト(クリックしても見れないかもしれません。)
サイトをシェアしたり、でした。
その翌日の日曜日、ザ・タイムズ新聞の日曜版は一面、二面いっぱいの大きな写真を載せて、日本の勝利をラグビー史上、いえスポーツ史上最大の番狂わせ勝負(Upsetting result)だったと書いていました。
その記事をていねいに読んで、ふうん、ヘッドコーチのお母さんも奥さんも日本人なのか、などとどうでもいいようなことに興味をもって、おもしろがっていたのですが。
一夜明けて月曜日の21日。学校のスタッフルームのソファーには

ご覧の通り UNBELIEVABLE でかでかと 「信じられない」と。

ところでこの21日月曜日の夜は、6時から8時まで来年度入学したいという11歳児(小学5年)とその親が学校を見に来るいわゆる学校公開日(英語では プロスペクティブ・ペアレンツ・イーヴ二ング)。来年度新入生となる見込みの生徒たちのための学校見学会があったのでした。見込みがある(プロスペクティヴ)と言っても、この学校は公立だけど選抜制で誰もが入れるわけじゃない。この子たちは「イレブンプラス」と呼ばれる試験を受けているけれど、その結果は来年の春にならないとわからない。ただこの学校に入りたい、という希望を込めて学校公開日に親子そろって見学をしておこうというわけです。実際には1学年で180人ぐらいの生徒しか入学できないのに、その3倍から5倍の親子ずれが学校を見にやってくる夜というわけです。

いくつかのディスプレイ、おもちゃや、折り紙や、クイズや、カタカナ名前書き用紙を並べたあとで、やっぱりあれを見せなくっちゃ、と思い立って、並べてみました。

何人かの父母の方々にもこの新聞を見せて、話題を誘ったのですが、もちろん大勢のお父さん方がこの試合を見たと言って、驚き、かつ、喜んでくれていました。

そのうちに、見学順路の一団として、学校長と ヘッドボーイ(生徒会長のような役割りの生徒)がやってきました。このヘッドボーイというのが、大変な重責なのです。何しろ500年近い歴史のあるこの学校で毎年一人1年間ヘッドボーイであることは大きな名誉であり、生涯の記念になることでもあり、もちろん大学進学の書類(内申書のようなものUCAS=ユーカスフォームと呼ばれる)にも大きく書き込めて、それがものを言う経歴なのです。そしてこのヘッドボーイの人選は学校のトップの役職の先生たちが相当な時間をかけて決めるもので、12年間の、(つまりヘッドボーイはみんな最終学年の13年生なので、) 学業成績や態度、人柄、素行を含めて三人に絞り込んだ後、面接審査を経て決められる、誰から見ても待った無しの人物なわけです。
この学校に在籍して13年目の私。これまでにヘッドボーイと言葉を交わす機会に遭遇したことは一度もありませんでした。日本語を教えていた生徒がヘッドボーイになった例が一度あったのですが、ヘッドボーイというのは極めて多忙な役割りなので、仕方なく大学進学に直結しない(Aレベルの科目じゃあない)日本語は途中で放棄、または辞退、せざるをえなかったのでした。
実は、今年も12年生で日本語を履修していた一人の生徒、超優秀でGCSEが全科目A*(普通A*(エースター)はその科目が90%以上の成績)という生徒がいたのですが、このヘッドボーイの候補三人のうちの一人に選ばれて、しかもAレベル科目を5科目(普通は3科目)とったために、日本語を捨てざるをえないという、私にとってはダイナマイトを仕掛けられたようなショッキングな出来事がありました。彼も成績、人柄、何もかも申し分のない、しかも気さくで、優しくて、という生徒でした。その彼を抑えてヘッドボーイとなった生徒、写真ではよく見かけて、学校行事では立派な挨拶を見聞きしてきた彼が、この夜ジャパンクラブのカウンターの前に来て、ザ・タイムズ誌の日曜版を見て、嬉しそうに校長と一緒にこの試合のことを話し始めたのでした。
聞けば、彼もラガー、ラグビー選手なんだと。この学校のラグビーはとても強くて、ラグビーをやっているということは、ほかのスポーツもそうですが、一つのお墨付きのようなIDカードのような、誇り高い趣味になるんですよね。その彼が言うことに、この試合を見て早速日本チーム(勇敢な桜団)のユニフォームを買いたくなり、インターネットでしらべたら、なんと急に70ポンド(1万4000円)以上に跳ね上がっていてとても買えなかったというのでした。そうよね、スポーツ史上始まって以来の番狂わせ。賭け金で言えば1ポンドで 1000ポンドぐらいもらえる倍率だったのよね、と私。いえ、それは500対1でした、と彼。とにかくこんな会話ができたことも、私にはびっくり仰天、興奮冷めやらぬ出来事となったのでした。
そんなこんなで、公開学校見学会の行事を終えて、8時過ぎ、駐車場の車が空くまでスタッフルームで待っていようと思い、スタッフルームにはいったら、ラテン語の先生(かれは、産休代理の比較的あたらしくここに来た先生、しかも南アフリカ出身!)が、頭を深々と私に向かってさげて、「コングラチュレーション、昨夜の試合、おめでとう!」とおっしゃるじゃあありませんか。一瞬なんのことやらと思ったものの、ああラグビーねとわかり、うれしさも復活。しばらくラグビー談義となった次第。このラテン語教師、A先生の言うことには、終盤でキャプテンがゴールキックを選ばずに、トライを狙いに行ったとき、もうすっかりこの勇敢な桜チームが勝つと思うようになったのだそうです。南アフリカ出身の先生が、ですよ。これにも驚かされました。
とにかく大勢の方々が日本のラグビーチームの快挙を喜んでくれたことが、祖国を離れて半分何国人だか素性を失いかけている私にも、もろに朗報として伝わってきた。どうしてこれを喜べないわけがありましょう。私が自分でなんかしたわけでも何でもないのに、「おめでとう」とか言われて、ほめられたような気分になって、勝利の余韻に浸らせてもらえたのでした。


