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紅茶国C村の日々

コッツウォルズ地方、ウインチカム村の一日(わたしのお気に入り)

6月8日(土)、はるばると出かけてまいりました。コッツウォルズ地方のウインチカム村へ。
私の住んでいるC村から往復250キロのドライブでした。さいわいお天気に恵まれて、気分は上々。
ウインチカム村には 「スードリー城」というお城があります。
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ヘンリー八世の6番目のお妃、キャサリン・パーという女性が亡くなるまで住んでいたところ。城内には、セントメアリー教会と呼ばれる教会もあり(↓の写真)
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その教会の中には、ドラマティックな36年間の生涯を終えた王妃キャサリンの墓石も祀られています。(↓の写真は 英語版のウイキペディアからお借りしました。)
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チューダー朝といえば1485-1603年、日本では、室町時代後期の応仁の乱以降、戦国時代から徳川家康が天下をとることになった関ヶ原の戦い(1600)の頃までのこと。 この118年の間に5+1=6人の王(女王)が即位した。5+1=6というのは、一人の女王が9日間だけしか王位につけなかったので、時々数に入れてもらえないこともあるため。
1485-1509 ヘンリー七世 チューダー朝の最初の王
1509-1547 ヘンリー八世   ヘンリー七世の次男 最初の妃キャサリン・オブ・アラゴンは兄嫁。
1547-1553 エドワード六世   母はヘンリー八世の3番目の妃であるジェーン・シーモア
1553年7月10日 - 19日 (9日間) レディ・ジェーン・グレイ
1553-1558 メアリー一世  最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの娘、熱心なカトリック教徒、ブラッディメアリーとも…
1558-1603 エリザベス一世 母は王の2番目の妃、アン・ボレイン。メアリー一世の異母妹。
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ヘンリー八世の最後の妃、キャサリン・パーは、継母として ヘンリー八世の遺した3人の子供たち、エドワード六世、メアリー一世、そしてエリザベス一世の養育、教育にも携わったうえ、イギリスの歴史上最初に王妃として本を書いたという教養ある女性で、神学にも詳しかったそうですが、ヘンリー八世の死後2か月後には、エドワード六世の伯父(母親の兄)トーマス・シーモアと再婚。ヘンリー八世と結婚する前も2度結婚しているので、イギリス王室史上最も結婚回数の多い女性という記録もあるそうな。

最後は、トーマス・シーモアの子供を産んだときの産褥熱で永眠(36歳)。死後の遺骨も17世紀の宗教戦争でお城が壊され、墓石もさんざんな目にあい、18世紀に偶然発見されてもとの教会におさまるという…今でもその霊がたびたび目撃されているという、本当に話題の豊かな女性。

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キャサリン・パーの生涯については、いろんなところに書かれていますが、とりあえず、 こちら がわかりやすく、じょうずに書いてあります。  pourquoi pourquoi  という so-net ブログです。

それでまだまだこのスードリー城については話題が尽きなくて、住んだ人々の話もさることながら、特に庭園のすばらしさも格別なものがあります。こちら(←)のブログにイングリッシュ・ガーデンの写真がたくさん載せてありますので、どうぞ。

それで、ウインチカム村といえば、あの有名なオールドティーショップ・ジュリスのある村。
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実はスードリー城よりもジュリスが目的で、この日もウインチカムをはるばる訪れたのですが、残念なことに
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なのでした。仕方なくあきらめて、隣のパブでアフタヌーンティーをいただきました。
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美味しかったですけど、ジュリスのスコーンは、もっともっと極上なのです。6月の中頃から2か月間お休みされるそうです。8月の後半にまた再開されましたら、ぜひぜひ伺わせていただくつもりです。





Commented by kyujirosan at 2014-06-14 09:07
ミチさん
なんちゅう名前のお城かいな。
こんな名前では、とてもとても
素知らん顔して横を通り過ぎることはできませんね。
Commented by agsmatters05 at 2014-06-14 10:06
スドーリ城(!?)。アハハ、おかしかね。
半分は、清教徒革命(1642年-1646年)のときに反王室派(議会派)によって攻撃され、大きなお城が半分以上壊されてしまったようです。建物全体の模型がありましたけど、それはそれは大きな建物でした。当時は、(リア王の話にもあるように)王や女王が移動するときは数百人ぐらいの家来一同を引き連れて移動するとか。この城は平地に建てられているので、あまり戦争には向かなかったでしょうね。城壁とか、塔とかもなく、とにかく広い貴族の館みたいで、大きな四角い宮殿という感じでした。
Commented by konatum at 2014-06-14 12:58
前回の悲しいこと、このお店のクローズの事なのかな?

よく、手入れされてる庭、気持ちイイですねぇ〜。
ほれっ、スーハースーハー、深呼吸(⌒▽⌒)
Commented by agsmatters05 at 2014-06-16 01:03
小夏さん、そうなの。とっても信じられないことが・・・。そのうちに、お許しをもらってから書きますね。うえの記事のお城のイングリッシュガーデンの写真、みてくださったんですか。きっと小夏さんは興味ありありのはず、とおもって載せました。ところでね、小夏さん、夏夏夏こここ夏・・・すてきなベッピンさんを拝ませてもらいましたよ。ありがとね。^-^
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by agsmatters05 | 2014-06-12 08:52 | Comments(4)

紅茶国で(元)日本語教師(今は退職)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日常の出来事、イギリス風景、たまには料理や本やニュースや出会った人々のことや、家族のことなど。