2014年 04月 06日
Japan Trip 物語
4月2日(水) エル先生に会う。
休みなのにわざわざ学校に出かけていったわけ。 学校から生徒を海外旅行に連れ出すための手続きの一つとして、上司=責任者、- ここでは エル先生と呼ばせていただきます - に会ってきました。わざわざそのために学校に出かけていったのでした。(この約束は前の週にできていたこと。)

ジャパン・トリップ物語として、長い話を、こまかく書くことも「あり」かもしれないけど、もろもろの思いをとりあえず棚に上げて、今は、とりあえずかいつまんで結論から。エル先生との面談は本当に厳しいものでした。つまり、2000ポンド(34万円)以上もかかる旅行は、1年半から2年間の準備期間が必要だから、今年の秋に生徒をジャパン・トリップに連れていくプランは許可できない、と。親も費用を貯めて準備しておく期間が必要で、こんなに急に計画を発表するとかならず親から批判がくると。

在職中にただの一度だけでもいいから、生徒を日本へ連れていってあげたい、とずっと思い続けてきました。生徒たちからも行きたいという声をずっと聴いてきました。フランス語も、スペイン語も、イタリア語も、外国語科目の先生たちは毎年生徒たちをその国に連れていきます。ただし、フランスもスペインもドイツも、一週間から10日の交換ホームステイプロジェクトに、300ポンド(5万円)ぐらいの金額、またはそれ以下でやれるのだ、と。そして毎年やっているので、2年先、3年先のプランもほぼ自動的にやれるみたいです。もちろんこの作業は授業以外の大変な労力をともなうもので、先生たちのご苦労は並大抵のものではないのですが。

すみません、関係ない写真をちりばめておりますが、話がまわりくどくなりそうなので、断片化するためです。本文読まなくて、写真だけ見ていただいても構いませんよ。^-^ 最近のC村の散歩中に撮ったもので、ほとんどよその家の庭先シリーズです(笑)。
ドイツ語のジェイ先生は、この2年も前から準備してきたドイツ旅行が、飛行機会社のストライキで飛行機がとばなくなり、大慌てで泣きそうな顔をしてました。海外の旅行には3日間だけ学校の授業を休ませることができるというので、2日(水曜日)の出発予定だったのが、前夜(1日、火曜)の夜10時にコーチ(長距離バス)でフェリーでいくことにしたのでした。全部で生徒が55人引率教員が4人の合計59人という団体旅行って、ほんとうにたいへんなこと。それにジェイ先生、最近かわいがってきたペットの猫がなくなったそうで、ほとんどパニくりまくっていました。「今からしないといけないことが50項目あるんだけど」といって、なおかつ私に火曜日の授業の部屋替えを依頼するメールをくれたりしたのでした。

私の勤務校は男子校なので、生徒の旅行の引率には男性教員が含まれていなければならない。しかも、海外の旅行の場合は5人の生徒の引率でもやっぱり二人は必要、なぜなら、一人が病院にいくとなれば、どうしてももう一人が残りの生徒の面倒を見るひつようがあるから、と。しかもこの引率教員の経費をだれが出すか。それはその旅行に参加する生徒たちの頭数で割る、つまり生徒が負担するわけです。となると、日本へ5人から10人の生徒をつれていくとなれば、二人分の引率教師の費用も含めて総経費を割り出すと、2000ポンドを超えるというのは避けられない状況となるわけです。

もうこれだけ考えただけでも、生徒の日本旅行は不可能に近い。それでも、年間最優秀教師として表彰されたタビストックカレッジのクリスピン・チェンバース先生は東京の江戸川区の学校と長年交換留学プログラムを続けてこられた、と。
エル先生との面談で、私はもっと断固とした態度をとらないといけなかった、というのがクリスピン先生のメッセージでした。マイナーな科目の日本語を、ほかのヨーロッパ言語と同じような条件で教えるなんてことできっこない。特別な配慮がなければ、マイナーな科目はその不遇さゆえに差別を受けている状態になる、てなことをきっちりとエル先生にその場で強く言い返せたらよかった。だけど、そういう反論、議論、いい返しはかなしいかな、私にはできませんでした。「再(さ)来年の話などしたら、日本語の生徒なんかいなくなります!」といってみたけど、結局はエル先生の断固たる規則一点張りに黙って引き下がらざるを得ませんでした。
生徒には気の毒だけど、エル先生がそういうなら、もう生徒を日本へ連れていってあげたいなどという無謀な夢(アンビション)はさっぱり捨ててしまおうか。危険がいっぱい伴う海外旅行やし、どこでどんな事故に会うかもしれない。君子危うきに近寄らず、もしくは、危ない橋はわたるべからず・・・。それがこの学校の限界。日本語教師の限界・・・ そう思いながら車を運転してC村まで帰ってきたとき、あきらめかけていたこの話が、ちょっと待てよ。学校が、エル先生がそういうことなら、別の道があるではないか・・・・・(未完)。


この(↑)写真。リケジョさんの「スワノーベルショーではニュース」が日本と世界に出まわっていた頃、女性と生物学のいい関係。細胞をそだてるって、こういうことなんじゃあ?という気にさせられて、ネットで読んだ人参の芽、そしてパースニップという白い人参風のこちらの野菜の芽。育てています。窓辺に緑があるって、なんとなく目に優しくて、しかも生き物を育てている感じで、どことなく生きている実感に近づける気がしています。ただしすべての細胞に寿命があるように、一度人参の芽を育てていたきれいな緑のお皿が終わりを迎えたので、上の写真は第2弾です。
でも、別の道が?
孤軍奮闘。。。ファイトッ!!
ジャパンツアー、実現すると良いですね!


