2014年 03月 10日
ジャパン・コンファランス(七日、その三)
大使館内の写真は一切禁止なので、イベントの写真は残念ながら一枚もありません。
午前中のスピーチは二つ。
元駐日英国大使(2008-2010、デイビッド・ウォレン卿 (今はJapan Society のチェアマン.)の 日本とイギリスの関係についてのお話が最初。記憶に残ったことは一つ、会場からの質問に答えて、日本と近隣諸国の関係、戦後処理問題について、村山談話を踏襲することが大事で、問題をエスカレートさせないこと、すでにそれは終わったこととして触れないようにすることがいい、と答えていたのが印象に残りました。
休憩をはさんで、2013年度の英国内の年間最優秀教師 (The Teacher of the Year) の栄誉ある賞をもらったデボンシャー州の タビストック・カレッジの クリスピン・チェインバース先生のお話がありました。
小柄で、ほっそりとされたクリスピン先生が話されたのは、日本語の授業を根付かせるために、日本語教育を成功させるために、どんなにか苦心され、闘ってこられたかということでした。クリスピン先生の学校は普通のコンプリヘンシブ・スクールで、一時はオフステッド(英国教育基準局) オフステッド (⇐は日本語の説明) である時期 スペシャル・メジャー (特別措置)のレッテルを貼られて、すべての授業に教案(ティーチングプラン)を書くほか、様々な厳しいチェックを受けた学校だったそうで、それがきっかけとなって、生徒の学習が進むように徹底的な対策が必要だったのだそうです。
生徒に宿題をさせるのは、その家庭ぐるみの支援が大事で、本人の宿題に家族3人を巻き込むほどに念を入れて勉強させる必要があるとも言っていました。
そして、長年東京の江戸川区と生徒のエクスチェンジ・プログラムを続けてきて、その交流計画をする時の大事なことも話してくださいました。一緒に息子さん(9年生)も連れてこられて、かれも日本語を勉強しているそうです。お嬢さんはフェイスブックで200人ぐらいの日本の友だちがいるとか。
エクスチェンジプログラムを実行するときは相手になってくれる人への信頼が大事で、この点クリスピン先生の江戸川区での引き受けをしている江戸川区の区長さんは、生徒第一の姿勢をかならず守ってくれるので、クリスピン先生はゼッタイの信頼をしているともはなしていました。これに関連する江戸川区の記事はこちら。
順不同ですが、最優秀教師を選ぶときの調査のプロセスは それはそれはリゴラス(厳格、綿密)だったそうで、単に授業の成果のみならず、生徒たち、親たち、教え子たちほか、膨大な数の関係者とのインタビューが行われたとも言っていました。単に授業関係だけでなく、日本語教師養成にもかかわっておられて大勢の英国内の日本語教師を育てたことも功績に含まれているそうです。
そして、こういう成果を残されたのは、けっして容易な道じゃなかったと。犠牲を覚悟しなくてなにが得られるか、とも言っていたように思います。すごいファイター、そしてすごい努力家。そして、ターゲット(狙い)を定めてそこから外れない強さと工夫を積み重ねてこられたのだと思いました。決してアグレッシブ(攻撃的な)ファイターではなくて、静かに控えめに闘うタイプみたいでした。要求を(特に)上層部に持っていくとき(だったと思うのですが)は、Ruthless (= 無慈悲な、非情な、冷酷な、無情な、断固とした)な態度でなければいけないとも言っていました。賞賛がきたらそれは校長(上層部?)にまかせておく。そうすれば、校長が外へ出て、いっそう(日本語教育の成功例を)広めてくれる、自分は週に44時間のレッスンをもっているから忙しい、とも言っていました。
生徒数がすくないとか、授業時間数が少ないとか、20%非常勤だとか、あれがない、これが足りない、などと言ってるうちは甘い、甘い。本当にその気になればすごいことができるんだなあ、と痛く感銘を受けてしまいました。いますぐ真似はできないけど、自分の泣き言をいう前にやらなければならないことがいっぱいある、とも思ったことでした。
クリスピン・チェンバース先生のお話の後、ビュッフェスタイルの昼ご飯でした。感銘を受けたクリスピン先生とお話したい気持ちを抑えて(半分シャイ、半分聞きたいことがずうずうしい⇒どうやって生徒に勉強をやらせるか、いうことを聞かない生徒をどうするか⇒自分で工夫してこそティーチャーだといわれそうで)、いました。もちろんクリスピン先生の周りには大勢の人たちがいましたから、その人垣を押し分けるほどの動機もなく、デザートのケーキを食べていた時でした。
この日は駐英日本大使が、クリスピン先生の功績をたたえて (Certificate of recognition といったような)要するに表彰状、感謝状を特別に授与する式も特別に設けられていて、そのためだと思うのですが、息子さんを連れてこられていました。
この息子さんが、私がケーキを食べていた席のそばに一人で来られたので、チャンス!とばかりに、息子さんに話しかけてみました。
「お父様は大勢の方々と話をされていて忙しそうだから、ぜひあなたからお父様に伝えてもらえますか?今日のお話は本当に深く印象に残りました。お父様は素晴らしいお仕事をなさいましたね。とっても感銘をうけました。」と。
「はい伝えておきます。」と、この14歳の少年は礼儀正しく私に答えてくれました。
「あなたも日本語を勉強しているの?やさしいでしょう?」
「ええ。」
「漢字も習ってるの?」
「はい、少し習い始めました。」
「7年生から日本語をならってるのね?60人?」
「50人です。」
「だれでもこの授業をとれるの?それとも、選別制?」
「誰でもとれます。」
「テレビで見ましたよ。大きな漢字カードをグラウンドに並べて野外授業をしている風景とか。あなたもああいう授業を受けたりするの?」
「いえ、あれは高校生(シックスフォーム)のクラスなんです。」
ほんの2-3分しか話せませんでした。でも、このメッセージがクリスピン先生に伝わったら、うれしいなと思ったことでした。なんだかとってもエモーショナルになってしまった私でした。
紅茶国(イギリス)で日本語を教えるというのは、だれがやっても逆境で仕事をするような難しい仕事だと思いました。それにめげないで、かえってそれを逆手にとって、日本語教育を推し進めていくという手もあることをクリスピン先生から教えられたように思いました。ピンチがチャンスということもあり、だと。
以下 三つのウェブサイトを貼り付けておきます。
1)クリスピン先生のサイト
2)オフステッドについての ブログ記事。
3)Special Measure について


