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紅茶国C村の日々

7日の次の日。

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ウイキペディア(ウイキ様)で、12月8日を開くと、この日に生まれた人、亡くなった人、起こった事件など、いろいろと情報をえられることがわかりました。 こちら⇒12月8日=マイ・バースデー

もうちょっとよく気をつけていられたら、本当は12時8分ジャストに上の写真をとればよかったのに、残念。(笑)

おかげさまで、海を越えてプレゼントもいただき、パブランチも食べて、メグとスカイプもできて、上の写真も撮れました。それに このブログにリンクさせていただいている 「久次郎さんブログ」のコメントを通していろいろとこの日付けについて「意見交換」(!?)ができて、うれしかったです。

ところで誕生日は親に感謝する日。よって今は亡き父と母に感謝しようと、いろいろと過去に思いを走らせてみました。

母は、子供のころ、物資不足の時代にいろいろ手作りで子供たちに食べ物を食べさせてくれました。これには今更ながら驚きと感謝の気持ちがわいてきます。いろいろ数え上げるときりがないのですが、一つだけ、先日クラスで生徒に「おにぎり」のことを話したので、そのことをここにも書いておきますね。高校時代、朝、学校は8時半に始まりますが、家を出るのは8時10分とか、15分。(家と高校の距離は、道路を通ると2キロ、家の裏から畑道を通り、川を渡ると直線距離で約1キロ)、試験期間中などは、このぎりぎりの時間帯がとても貴重でした。最後のひと踏ん張り、火事場のバカチカラで、あとちょっと、あとちょっとと、試験範囲の勉強を続けてしまい、台所の食卓に座って朝ごはんを食べる時間もない、ということがよくありました。そんな時、大あわてでカバンをかかえて家を出ようとする私を待ちかまえて、にぎりたての白いおにぎりを手渡してくれた母。海苔も梅干しもない、ただの白ごはんのおむすびでしたけど、この一口がどんなにかその日の活力のもとになったことか、と思います。私の姉たちや妹もこういうことをしてもらったかどうか、聞いたことはないのですが、私が高校生だったころのこの母のアクション(今にして思えば、サポートとも、愛ともいえるもの)はすごかったなあ、と思わずにはいられません。それも、一度や二度ではなかったと思います。3年間毎朝こういう朝が続いたわけではなかったのですが、特に試験期間中は、こういう出来事が多かったようにおもいます。なんのお礼も感謝もできませんでしたが、そいう母は、今も私の中のどこかに生きているのかもしれませんね。

父のこと、こちらも数え上げればきりはないのですが、一つ、二つ。今私が紅茶国にいるのは、父が私に英語教員になることをすすめたことと無関係ではないように思います。結果的に私の家族がバラバラになってしまったことを喜んではいないかもしれませんが、親子、肉親というのは、どんな状態にあっても、切り離せないものがあるという思いを固めさせてくれたのは、離れ離れになったからこそ。その意味で父はやっぱり私のそばにいて、私を見てるという思いはぬぐえません。とはいえ、今になって父を喜ばせることがなにかできるかどうか、ああそうだ、せっせとブログを書くのはいいことかも。だって、ある時「洛陽ノ紙価ヲ高カラシメロ」なんて故事を引き合いにして、文筆することを激励してくれたことがあった父でしたから、こんな駄文でも物書きを続けていたら、父の希望の足元を歩いていることになるでしょうか?

その父について感謝を込めて思い出すこと。小学校5,6年生の時のことでした。私はひどく乗り物に弱くて、バス旅行など酔いどおしで、5年の時の一泊旅行も、バスの中でもずっとねたまま、吐いては寝、寝ては吐き、でした。これでは修学旅行にさしつかえると思った父は、小学6年になると修学旅行の2-3か月前から、バスに乗る練習を私にさせたのでした。あのころ(ったって今から50年以上前のこと)、バス停と言えば、子供の足で15分や20分は有にかかる距離に、自転車の後ろに私を乗せて連れ出し、路線バスで石和とか、山梨市駅とか、塩山とか、ただ乗り回して帰宅するだけの、文字通りバス乗り練習を私にやらせたのでした。最初はバスに一足乗り込んだだけで、その匂いにムッと来ていた私が、回数を重ねるうちに、しばらくの距離なら吐かずに乗れるようになっていったのでした。この間(かん)ずっと父親が私に付き添っていて、嫌がる私を手を変え品を変えて励ましたり、なだめたり、すかしたりして、バス酔い克服作戦を企てたのでした。今考えるとあれはまさに父親の責任感と愛情と英知と「子煩悩」ぶりそのものでした。

ありがとう、父、母。

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ウイードンの丘(↑)。これは12月12日の朝の撮影でした。
Commented by konatum at 2013-12-23 07:36
やだ〜、朝から、目がウルウルしてきちまった。。。
Commented by agsmatters05 at 2013-12-23 09:17
こなつさん、あ、り、が、と。
Commented by kyujirosan at 2013-12-27 02:55
すごいお父さま。
こちらの記事 世界中のパパちゃんやパパちゃん候補に
読んでいただきたい。
真似できなくても、こころにあこがれたいです。

それと拙ブログご紹介いただきありがとうございます。
22日の記事のランキングが跳ね上がった理由がわかりました。

Commented by agsmatters05 at 2013-12-27 04:15
kyujirosan さん、
そうだ、今気がついた。こういうときに 「トラックバック」という手があったんですよね。記事どうしをつなぐ、という。  

人はみな、自分の父母は特別な人と思っていると思います。そう思って当たり前ですよね。だから数え上げればいくらでも、出来事が思い浮かびます。そして考えてみれば、やっぱり今でも、いつも頭のどっかにいるような気もします。

昔(半世紀以上前)は、乗り物の数もずっと少なかったですからねえ。子供時代に乗り物に乗るということは年に数回の珍しいことでもあったわけです。しょっちゅう乗り物に乗る今の時代とは話が全然違います。
Commented by agsmatters05 at 2013-12-27 04:19
上の記事を読み直して気づきましたが、山梨市駅というのはずっと新しい名称で、その昔は日下部(くさかべ)駅という名前だったような気がします。バスだって1時間に一本あるかないか、というような・・・。ふう。
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by agsmatters05 | 2013-12-22 10:47 | Comments(5)

紅茶国で(元)日本語教師(今は退職)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日常の出来事、イギリス風景、たまには料理や本やニュースや出会った人々のことや、家族のことなど。