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紅茶国C村の日々

有島武郎「一ふさのぶどう」

有島武郎作「一房の葡萄」という作品をお読みになったことがありますか?

こちら で一度に全部お読みいただけます。(お時間がある方、まだお読みになってない方、ぜひお読みくださいますか?そんなに長くないですよ。)

少しだけやさしく書き直した形でこの(↓)本にも含まれています。
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この「どんどん読めるいろいろな話」という本は、イギリスの高校3年生が「日本語」という科目でAレベルと呼ばれる試験を受ける際の、いわば課題図書のようになっています。この本を読んでおけば、かならすこの本から作文の課題が出されるので、前もって準備しておくことができる、というわけです。(もちろん、作文の課題はほかにもいろいろ選択肢があるので、この本を読まなくても、試験は受けられるのですが。)

先週、Aレベル日本語の試験勉強をしているN君がこの物語を読みました。前もって自分で単語を調べてきて、私が聞いているところでどんどんと日本語に訳していく、というたいへんハイレベルの勉強をしているN君です。そのまえに夏目漱石の「吾輩は猫である」の抜粋を読んだときはいろいろと苦戦しましたが、有島武郎のこの話は、比較的スムースに、ほとんどすらすらと読み進むことができました。

一通り読み終わった時のN君の感想(というより質問)はこういうものでした。

「どうしてこの先生は この少年(作中の主人公、この物語の話者)に 葡萄をあげたんですか?」

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エキサイトブログに 「夢二の偏り日記」というブログがあって、2011年6月11日の記事に 有島武郎の「一房の葡萄」についてまとめた文章が書かれていました。 こちら。

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一般論として、いわゆる読後感想からはいると、この話の中の女性教師と彼女のやったことに好感をいだく人は多いと思う。だけど、悪いことをした「ぼく」が「ごめんなさい」も言えずに泣きじゃくっているとき、言葉ではっきりと罪を認めさせてあやまらせる、ということをせずに、逆に「葡萄」をとってあげるという行為は、一人の教師として正しい処置だったといえるだろうか?(国が違えば、この教師はえこひいきしているといわれるのではないだろうか。)

悪いこと(ここでは、盗みという罪)を犯した人は、それを認めて「ごめんなさい」という、言葉であやまる、これが大事なことではないか。

この少年は十分罪を認めて反省しているとこの女性教師は判断し、葡萄というとりなし(赦し)を与えることによって、この少年の傷(または、大げさに言えば更生へのきっかけ)を導いた、ともいえるのでしょうか。でもN君の疑問ももっともじゃないでしょうか。一言で言えば、悪いことをしてプレゼントをもらった、って、えええなんで?

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原作と、上の本に簡略化して載せてある物語と、逐語的に比較してみないといけないとも思っています。少年と女性教師との関係を表わす文章がいくつかカットしてあるかもしれません。

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西洋的に(と断言するのは早すぎるかもしれませんが)、そしてどこの世界でも、「赦し」というのは「罰」を回避するためのものじゃない、絵の具を盗ったのだから、まずは返して謝って反省を表わし、その上で赦してもらうべきものじゃないか。 泣きじゃくることだけで、大好きな先生から優しくしてもらって、結局この少年の心の中に残ったことは、絵の具を盗ったことへの反省というよりは、白い色の手をしたこの女性教師への思慕の情、ということだったような・・・。  (盗みに至る心理はかなり詳しく書かれていて、なかば精神的に朦朧とした状態で、絵の具をとってしまう。)

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飛躍と思われるかもしれませんが、日本が中国を侵略したときの戦後処理がこの謝罪を「言明してない」、ということで、いつまでもくすぶっているのだと思うのは、私だけでしょうか?

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飛躍ついでにもう一つ、ジャン・バルジャンの物語と比べるとどうでしょう。「明日はかならず学校に来るのですよ。来ないと私は悲しくおもいますよ。」と先生から言われて、行きたくないけれどもしかたなく約束を守って登校したこの少年は、「レ・ミゼ・・・」流に物語が展開するなら、登校チャンスを失うとか、ハプニングが起こって本意ならずも登校できない道をたどるのかなあ、とか。(脱線もいいとこでした。)

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全然まとまらないので、思いつくままに書いてしまいました。これをお読みの方で、「私ならN君にこう説明する」というご意見がおありの方、どうかコメント欄に、公開、非公開どちらでも、ご意見をお寄せいただけたら、たいへんありがたいです。だいたい、思うことはN君に伝えたのですが、もっと多くの方の意見を知りたいと思いました。

なにしろ、人にものをあげるってむずかしくないですか。にほんのような贈答文化の中でもむずかしいけど、こちらではそういう習慣がないところでいらないものをあげて 「?がられ」たり、「ムムムがられ」たり、場合によっては、あげたばかりでほどなくしてゴミ箱の中に入れてあるのを見つけたり、ってこと経験ありませんか?必要のない贈り物はしない方がいい、これが紅茶国で私が学んだことの一つです。

ま、この国では、悪いことをした子が泣きじゃくる光景よりも、処罰を覚悟してしっかりと唇をかみしめて処罰を覚悟する、ある意味では処罰慣れしたふてくされた子が多いような気もしますが。

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ああ、あの映画、題名を忘れましたが、ロンドン下町の学校生活を描いた名作。悪さをした男子生徒二人、先生のむち打ちの刑を受けるのですが、叩かれるたびに悲鳴をあげて痛がっていた男の子、あとでその部屋から出てきたとき、ちゃんとパンツの中のお尻のところにショックを和らげるためのスリッパ(でしたっけ?)をあてておいて、痛がったふりをした、という話がありました、よね。あの、映画とても好きでした。

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ルイちゃんたちをみていても、いたずらをして「ソーリー」と言えばことが済む、ということが多々あるのです。




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Commented by konatum at 2013-11-30 08:30
探して、読んでみようっと^_^
Commented by agsmatters05 at 2013-11-30 09:25
小夏さん、上の記事の2行目、こちら という文字をクリックしてもらったら、出てくるはずよ。よろしくお願いしまあす。
by agsmatters05 | 2013-11-30 07:10 | Trackback | Comments(2)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。