2013年 02月 26日
トルコ旅総集編7、「トルコに学ぶ」

それを聞いてまず思い浮かんだこと。「トルコは買い物がむずかしい」ということでした。↑ や ↓ の写真のように、値段が付いてない商品が多い!

だいたい、日本人で値段の交渉(値切る)ということに得意な人っているんでしょうか?なかにはきっといるかもしれませんね。私はこれがカラキシ駄目。「親譲りの無鉄砲」じゃないけど、「子供の時から損ばかりしている」私。

今回のトルコ旅行で多少の値引き交渉のトレーニング(洗礼?)を受けました。結果は?もちろん、「全然見込みなし!= ホープレス hopeless」です(笑)。

どうも、買い物が簡単ではなさそう、というのは、トルコに一歩足を踏み入れたときから、ウスウス感じでいました。最初にイスタンブールの街を歩いたとき、店の前に立ちはだかっているおっさん、あにさん達がよってたかってこちらに勧誘をしてきたからでした。「なんか落としたよ。」と(日本語で)言って立ち止まらせる、後ろを振り向かせる、なんていうのはざら、日常茶飯事でした。

↑ はアンカラ(首都)のくだもの屋さん。値段は全然わからないけど、客引きするほど人だかりもない。通行人としてはこのほうが楽。安心。アンカラは、どことなく東京の街中を歩いているような気配を感じました。
話が前後しますが、ギョレメに行って美樹さんのご一家が宿で私達を待っていてくださったとき、美樹さんの旦那様が宿の主人とトルコ語で話を交わされていました。どうやら私達のツアーとか、気球乗りの費用の交渉をしてくださっているみたいでした。そのとき、美樹さんの旦那様が教えてくれたことはとても印象強くのこりました。
「トルコでは値段の交渉をするのが、エチケットですから」と。
そして、食事のとき旦那さんがこうも教えてくれました。
「モノには絶対にゆずれない最低限度の値段(原価)というものがあって、商売人はそれにどれだけ上乗せするか、で値段をつける」んだと。だからそこに交渉が必要なんだって。

私は12月生まれで誕生石はトルコ石なんだけど、きれいなブルーの宝石類をウットリ眺めておしまい!。買いはしませんでした。(こういうものは、上を見れば)きりがない、というのが一つの理由。

インターネットで値段交渉術について検索したら、いくつか面白そうなサイトはありました。たとえば、
こんなの 「上手な値引き交渉のやり方」とか。
こんなの 「間違った値引き術」、やってはいけない値引き交渉について」とか。
こんなの 「値引き交渉にすぐ使える、15のテクニック」 とかとか。

写真は本文と直接関係ないです。ガラタ橋を見おろして。あの橋の中央ブルーの部分の左側でサバサンドを食べました。サバが大きくて新しくて、おいしかった。

証言1、メグに値段交渉のことで何かコツがあると思う?と聞いてみました。すると、
「交渉を始める前にそのものの値段をあらかじめ調べて、知っておくことが大事。」という答えが返ってきました。なるほど。
彼女はモロッコに行ったとき、やはりランプを買おうとして、店のオヤジさんと交渉し、思い通りの安値で買って店を後にして戻りかけたら、あとからそのオヤジさんが追っかけてきて、さっきの値段じゃ売りたくないから返してくれ、といって品物を取り上げて行った、とか。フウン、そんなこともあるんだ、と私は驚くばかり。
証言2.シェンさんは中国のことを話してくれました。中国もトルコみたいにモノに値段をつけて売ったりしてないって。そして値引き交渉をするには、時間をたっぷりかけることが大事、だって。急いでいたら、途中で妥協してしまったりして、思うような値段までたどりつけずに買わざるをえないこともある、と。
というわけで、「トルコに学ぶ」は買い物の話でした。(
トルコは隊商貿易で栄えた土地、国だったことは間違いないでしょう。この隊商貿易〈キャラバン〉について、おもしろい記事を見ました。こちら。 以下「MORE]のところに貼り付けておきますね。左をクリックしてウエブリオ辞書のページが出てきたら、「キャラバンの概要」という項目をクリックすると、MOREと同じ説明がでてきます。隊商貿易の歴史を見る、ラバ、うま、ラクダ、それぞれ長短アリ、盗賊などの被害を避けるため大きいものでは1000頭ものラクダを連ねて旅することもあったとか。塩、貴金属、香辛料などを東から西へ、西から東へ、それはそれは盛んな物資のやりとりの舞台になったのが、この土地!
でもって、こういう物流のやりとりに、はるか昔からこの土地の人たちは鍛え上げられてきている、という感じ
がしてなりませんでした。トルコの文明の遺産は、本当にスケールが大きい!

またいつかトルコを再訪できるとしたら、買う品物を前もって決めておき、じっくり交渉して、少しは満足のできる買い物をしてみたいものです。
あと、これ〈↓〉は付け足し。アンカラの電車でこんな床〈↓〉に気がつきました。

日本にもあるのでしょうか?車両と車両の間にまるい板を挟むことによって、長い車両が曲がりくねった線路を通過するとき、上手にそのカーブの衝撃をゆるめるもの、とでも言ったらいいのかな?
まだまだ、見習いたいことや、見習いたくないことなど、「トルコに学ぶ」という題でいろいろありそうですが、全部書きつくせるものでもなさそうなので、とりあえずこんなところで、あ、が、り とします。
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追加。
アンカラの市内電車の中で。メグの旅のいでたちはこんな(↓)ぐあい。リュックは12キロぐらい。

けっこう周りからジロジロ見られてしまいました。これはトルコの人が人なつっこいから、というふうに受け止めればプラス、ちょっとおとなげないな、と受け止めればマイナス。両面あるような気がしたことでした。
ウイキペディアから
キャラバンの概要:
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/01/28 21:10 UTC 版)
曖昧さ回避 この項目では、隊商について記述しています。その他の用法については「キャラバン (曖昧さ回避)」をご覧ください。
目次
1 概要
2 輸送用の動物
3 参考文献
4 関連項目
概要
キャラバンは商品の輸送中に盗賊団などの略奪、暴行などの危険から集団的に身を守り、商品の安全やいざというときの保険のために、複数の商人や輸送を営む者が共同出資して契約を結ぶことによって組織されていた。
そのためキャラバンは、その指揮者、事実上の「隊長」の指揮のもとに隊列を組んで一貫した統一行動をとることが要求され、「隊長」が、水場や旅程、停泊などを日程を決定し、キャラバン隊は全員それに従った。
西アジアのキャラバン交易は砂漠の気温が極端にあがる夏は避けられ、年間3~4回程度、春と秋に行われた。主にイスラム地方を回る商人が多かったが、キャラバンはさまざまな文化が交流・融合するきっかけともなった。
輸送用の動物
輸送に使用される動物はラクダをはじめとして、馬、ラバ、ロバなどがその特性やキャラバンの目的に応じて使い分けられた。
馬は耐久性がないため、荷物の運搬には用いられずに旅程の先導役に使われた。ロバも体が小さいため荷物がつめず長距離の交易には使われず、結局えさなどの維持費用も廉価で、耐久力のあるラクダやラバが長距離の交易に使用されることになった。
ラクダは起伏の激しい地形を歩くのが苦手なため、必然的にラクダの隊商ルートは、平坦なステップや砂漠地帯になった。金と岩塩を交換するサハラ超えの交易のラクダ=キャラバンは数千頭規模に及んで、スーダンのガーナ王国、マリ帝国、ソンガイ帝国の繁栄の基礎となった。
一方でロバは、荷物の積載量はラクダの1頭あたり130kgに比べ80kgとやや劣るものの高低差の激しい地形には強いことから中央アジア、トルコ、イランなどの高原地帯や山岳部のキャラバンで用いられた。
良いシゴトしてますね。立派です^^♪まねできない。
私は値切り魔。値段交渉の時は呼ばれます、ぎりぎりでも負けない時は
店の商品を一個載せます。これもつけてねって!
今回のアルべロベッロでも、幼稚園の先生が園児用の指人形、どうしても欲しくって!丁度そこへ居合わせたので
目いっぱい値切って買いました。喜ばれました。それは他店の値段を知ってたから。
そのことが功を奏しましたが、値切るのは国内でもベテランの私。
やはり、商売人の口を、35年間やってるからかもしれません^^;;
「トルコに学ぶ」そうですね。学ぶところは沢山あるようですね。日本人は真面目なんですね。それで横並びなんですね。誰かがそうすればそのように右へ倣いです。
でも、dekobokoミチさんのブログに感心します。上手にまとめてありますね。写真の量も多く分かりやすく、いろいろ勉強になりました。
ありがとうございます。
トルコ、まだまだ奥が深そうです。そして、このブログは全然まとまってないし、不十分です。でも異邦人さんや、そのほかのネット上の「読者」の皆様=ブログ友のおかげで、書き続けることができました。ありがとうは、こちらこそです。
トルコの沢山の写真、楽しく拝見させていただいています。風景に食べ物、お土産までいつかトルコ旅行をするときの参考にさせていただきます。
物の値段をを値切るということはいつも値札どおりに払っている日本人には難しいですよね。私も海外に出た時は露店などでは挑戦するのですが、うっかりしていると忘れてそのまま払ってしまいます。上手に値切る人を見ると羨ましいです。
トルコ旅行をどうぞ、いつの日か、お楽しみくださいね。
イギリスと日本の真ん中辺にあるかもしれない(ような気がする)トルコなので、なんだかドシンと世界の中心に構えていて、頼れる国だとも思えてきてしまいました。私もいつかまた行ける日を心待ちにしています。


