2012年 09月 22日
ふりかえる夏休み(5)ブリストルと、またティーショップ「ジュリス」
行程は C村発 ⇒ ロンドン、イーリング・ブロードウエイ 駅 ⇒ ブリストル ⇒ コッツウォルズ(ウインチコムの「ジュリス」 ⇒ スードリー城 ⇒ スインドン駅 ⇒ ロンドン、イーリング・ブロードウエイ 駅⇒ C村リターン というものでした。
四国からブライトンに半年間、英語の勉強にきていた幼稚園の先生(ayakaさん)を、イギリスにいる間にどこかご案内してあげたいと思っていたのですが、日程、行く先がなかなか決まらず、帰国1週間前になってようやく話がまとまりました。N君たちの日本語そばパーティーの翌々日のことでした。
パーティー用に買っておいた生クリームが残っていたので、みんなで食べようと思って、朝出かける前にシュークリームをつくったのですが、温度調節(オーブンの温度と時間)が強すぎで、焦げてしまいました。(涙涙涙)。全部捨てるということも考えたのですが、作った労力と材料を考えて、少し削って食べられる所は食べてみることにしました。(↓)

シュークリームは、レンジを使ってバター、卵、小麦粉を混ぜてオーブンで焼くという、簡単レシピーです。
なんとか車に食料品などをつめこんで、ロンドンは西郊、イーリング・ブロードウエイというところでayakaさんと待ち合わせをしました。あいにく、パラリンピックの期間中で、M40から環状線(A460)に入る所がのろのろ運転となっていて、約束の時間に30分も遅れてしまいました。(5分か8分かかるところを30分ぐらいかかってしまって、、、。)
ようやくayakaさんとめぐり合えて、それからM4という大きな高速道路(ロンドンーカーディフ間)を西へ、西へとひた走り、ブリストルに着いたのは4時半ごろでした。
メグはこういうところ(↓)で、細胞の中のたんぱく質を相手に、いろいろと実験をしてはデータを集める(?)という作業を毎日やっているようです。(というのが、私のリカイ。違ってるかも。)

今回初めてメグのラボに案内してもらいました。これ(↓)は彼女のデスク。(載せちゃったよ。)

暗室の中にいれてもらったり、生まれたばかりの細胞を顕微鏡でのぞかせてもらったり、屋上からブリストルを眺めたり、しました。

ラボにいるメグの同僚たちにもおおぜい紹介されました。みんなそれぞれの研究テーマで研究中の大学院生たち、ということは期限がきて、論文を書いたら卒業する、という道をたどる人たち。でも、一人だけずっとこのラボにいるというリサーチャーに行き会ったので、「ハロー、ハウアーユー」のあいさつのあとで、「この子(メグのこと)を早く追い出してくださいね」というと、彼、「ウン、蹴っ飛ばして、ここから追い出してやるよ。」といって蹴る真似をしたので大笑いでした。
ブリストル大学のサイエンス棟の高いところから見たブリストルの街のながめ、です。

こんな眺めははじめてでした。ブリストル。メグはここに2005年から7年間住んでいたんですねえ。

毎年一回は引越ししてましたから、そのたびにオンボロトヨカロちゃんで引越し手伝いをしてきた街でした。

ちょっと調べたら、ブリストルという街は、大雑把に行って人口が50万ぐらい。港町で、
10世紀にブリストルは商業港として栄え、
11世紀初頭にはアイルランドとの羊毛貿易の中心地となった。
14世紀、毛織物工業が盛んになり、ヨーロッパや近東に輸出された。
1497年、イングランド王ヘンリー7世の命でイタリアの航海者カボット親子がブリストルの港から新大陸探検に出発した。
18世紀頃には毛織物貿易は衰退したが、西インド諸島との貿易、金属工業などの新産業、そして黒人奴隷などを扱った大西洋三角貿易の拠点の一つとして栄えた。しかし、産業革命が進展する中で、工業都市マンチェスターと鉄道で連結されたリヴァプールとの競争に敗れたほか、
19世紀初頭に奴隷貿易が禁止されたこともあり、
19世紀初頭にはかつてのような繁栄は失われていった。
1841年にロンドンと結ぶグレート・ウェスタン鉄道が開通して以降は貿易が回復し、
19世紀後半に港が拡大されて再びブリストルはイングランド屈指の海港となった。第二次世界大戦に際しては、ドイツ空軍の激しい爆撃を受けている。
というのは、いつものウイキピディアからの引用です。
ブリストル名物の一つとして、ブリストル・サスペンション・ブリッジがあります。

イギリスの誇るエンジニア、Isambard Kingdom Brunel(イザムバード・キングダム・ブルネル)が作った橋。


そのほかブリストルの市内見物をしたい方は こちら (左をクリック) でどうぞ。市内観光ができそうなサイトです。
こんなサイト(↓)もありました。
「秋のイギリス田舎散策・ブリストルと小さな村」
http://4travel.jp/overseas/area/europe/united_kingdom/bristol/travelogue/10503310/
3人で、メグのフラットに行き、外で食べてもよかったけど、メグがお母さんに手作り料理を食べさせたことないから、といって作ってくれた夕餉。



メインのシーフードパスタ

なかなかおいしうございました。手際よくサッサッと作ってくれました。
それから3人で相談して、映画「ザ・ウォッチ」見張り団 というコメディーを見ました。

その翌日はコッツウォルズ。

最初に行った村の教会(ウォーホース撮影舞台になった村)キャッスル・クーム

村のたたずまい

映画のロケの説明

ロケ中の写真展(教会の中で)

さて下の写真はどこでしょうか?

これが分かった人はとても勘がいい人、そして当ブログのよい読者様です。
また行ってきました。前もって2度の電話予約が必要です。

ウインチコム村の ティーショップ 「ジュリス」

スコンがスポンジケーキに近い柔らかさ!!!ふわふわしてます。

サンドイッチ も、上品な味で、ていねいに作られたということがわかるおいしさです。

トイレに行く道、トイレからでたところ、あじさい

今回はじめて、樹里さんのお父様(宮脇さま)が、メグと私が親子だとわかったって、おっしゃってくださいました。「つながりましたよ」と。私もメグも別々に何度も行ってるけど、一緒に行ったことがなかったから。

このあと、スードリー城というところに行ったのですが、写真が多すぎるので、もう一回、記事をあらためて書き直します。
続く。
最後の帰り道、秋の気配。高い空。

無事長距離ドライブ旅行を終えることができ、ほっと一安心のM40-M25の帰り道でした。
本当にお元気そうですね~~私も、治療前はとても元気ですよ。
治療後はちょっと元気が無くなりますが。
なにしろ8月末のことを書いてますのでね。あの時は、元気で楽しく過ごすことができました。一泊二日の短い時間でしたけど、いろいろ見ることができましたから。
9月も末になって、10月はいよいよリサちゃんたちとお別れなんだって、複雑な気持ちです。繁子さんには、1000人力の援軍到来、ですね。こちらはさびしくなりますが。
お痛みの遠のくことを切に祈ってます。


