2012年 09月 17日
ふりかえる夏休み(4) ブリッジホリデー、ウォリック・キャッスル と コベントリー寺院
8月23日(木)~27日(月)の4泊5日で、ウォリックのブランドン・ホール・スパ・ホテルというところに行ってきました。

四つ星の大きなホテルで、120 ぐらい部屋があるとか。その昔貴族が狩猟パーティーをするときにおおぜい来て泊まったという建物を改造したものらしいです。ウエブサイトは こちら。40-50人ぐらいのブリッジプレーヤーの団体だけでなく、いろんなお客さんがいました。ちょうど8月最後の週末で、月曜日はバンクホリデーという祭日だったので、結婚式がいっぱいかさなっているようでした。

4泊5日で、二食付き、270ポンド(=約3万4千円)ぐらいでした。この場所に来た目的は これ(↓)。コントラクト・ブリッジというトランプ競技会です。

室内競技(マインド・スポーツ)としては世界最大の競技人口を持っているそうです。日本でも最近は大分盛んになってきているらしいですね。

二人で一組のペアとなり、4人で一つのテーブルを囲んで、やり方はかなりセブン・ブリッジに似ているゲームです。セブンブリッジと違うのは、親を決めるときに4人がそれぞれ自分の手札を見て、自分ならスペードを切り札にして場札を7回とれますよとか、ハートを切り札にして全部で10回場札(トリック)をとれますよ、とか宣言(ビッド、または ビッディング)します。一番高いビッドをした人が親になってプレイし、それによって、ペアごとに得点が決まります。
また、同じ手札をそのまま隣のテーブルに(四つに分かれたケースに入れて、誰にも見えないようにして)移し、別の4人が同じ手札でプレイします。だから10テーブルあれば、同じ手札が10回プレイされるわけです。それで、どのペアが一番多く場札をとったか、宣言(ビッド)以上に場札を取ったか、取れなかったかの得点が計算されます。同じ結果になることも多いし、プラスとマイナスの差がいろいろで、10テーブル中、結果が3通りでたとなれば、得点は8点、5点、2点の3種類となる、、、みたいな計算方法なので、1回のゲームで勝ち負けということはなく、全体として、何%得点したか、という数値になります。だいたい60%以上の勝ち点を取るとかなりトップに近くなります。毎週金曜日に行っているミルトンキーンズのブリッジクラブ(会場)では、70%以上の勝ち点を上げるとゴホウビのプレゼント(金一封?10ポンドぐらいらしい)をもらえるみたいです。
さて、それで朝ごはんです。ビュッフェスタイルで、好きなものを自分で選んで食べられます。

↑ は紅茶国の典型的な イングリッシュブレックファースト。クックドブレックファースト といえば、たいがいのB&Bでもこういうものを出してくれます。実は去年の11月、姉妹会のとき、姉妹たちにまともなB&B体験をさせてあげられなかったということで、今もつよく後悔しています。こういうブレックファーストを食べさせてあげるべきでした。そしてもちろん、このホテルの朝ごはんは、上のものばかりでなく、あらゆる種類のシリアル、フルーツ、パン、チーズやヨーグルトも並べられています。飲み物は、紅茶かコーヒーを頼めばどちらかを熱くしてもってきてくれますが、他のものは自分で食べ物のカウンターに取りに行かなければなりません。

いかに上手に食べたいもの、体にいいものを選んで、適量食べるか、という体験学習みたいなものです。

どんなに少しずつにしても、一通り食べたらやっぱり満腹します。
このホテルでの滞在は朝晩2食付き(ハーフボード)ですから、昼食抜きでちょうどいいぐらい。いえそれでもやっぱりかなり太って帰ってくることになってしまいます。
夕食はさらに豪華なのですが、周りに遠慮してカメラを出すのを控えました。一度だけ、日本的にはめずらしいと思われるラム肉の煮込みというのがあったので写真を撮らせてもらいました。

あんまりおいしそうには撮れていませんね。味はまあまあでした。ラムのすね肉をとても柔らかく煮込んでありました。毎食こんなメインに前菜、デザートをたっぷり食べていたら、一日一食でも十分なくらいでした。参加者はお年寄りが圧倒的に多いのです。20代30代40代は、まずまずいない。子育てか仕事で忙しいからでしょう。年配の年金生活者ばかり、という感じの集まりです。それでも、コントラクトブリッジというゲームは頭のよしあし、キャリアのあるなし、技術の高低、いろいろありますから、毎回同じペアがトップになる、というようなことはあまりありません。勝ち意識を強く出して、かえって勇み足みたいに負けることもあれば、遠慮してビッドを控えめにしておいたために逆に高得点になったりと、いくらやってもアップ&ダウンのくり返しです。少しずつは技が上達しているとおもいたいのですが、そういうと次に大失敗、大嵐、ディザスターが待ち受けている、、、という具合。勝ってうれしい花一匁。負けて悔しい花一匁の世界です。
毎日午前中と夜はブリッジ漬けとなりますが、午後は自由時間。もちろん、ホリデーですから、一日ブリッジに加わらないで、好きなことをしていたっていいわけですが、このホテルに泊まってる理由を考えれば、やっぱりブリッジ・プログラムをはずすことができない。
ところで今回、初めてウォリックという街に行ったので、このあたりの名所二つ、見てきました。ウォリックキャッスルと、コヴェントリーカシードラル。写真いっぱい撮ってきましたよー。
ウォリック城
このお城、いつかぜひ一度行ってみたいと思っていたお城でした。

なぜかというと、勤め先のG男子校の7年生(一番若い学年、新入児童、12歳)が最初の1年を過ごして夏休みに入る間際の7月、みんなでそろって遠足をするのが、ここなんです。生徒数に応じて、エキストラの付き添いが必要なので、よくスタッフ会議で、誰か引率希望者はいませんか、と学年主任が徴兵(!?)している行事です。私も名乗りを上げたいけど、自分の授業があるので、そんなことできない。いったいウォリック・キャッスルってどんな所なの?生徒らは何を見に行くの?とナゾでした。

いつものウイキピディア検索によればウォリック城とは:
元はアングロ・サクソン人の砦(914年建築)があった場所。というもので、
1068年、ウィリアム征服王によって建築された。
17世紀初頭まで軍事拠点として使用された。
1088年以降、ウォリック伯に所有され、その権力の象徴となった。
1153年にアンジュー伯アンリ(後のヘンリー2世)に接収され、囚人を閉じ込めるために使われた。
例えば14世紀のポワティエの戦いにおける捕虜がここに収監された。
11世紀に建築されて以来、この城は改築されつづけている。
百年戦争の期間((1337-1368)には要塞として強化され、14世紀の典型的な軍事建造物となった。
17世紀には敷地に庭園が作られた。
1978年、レジャー会社タッソー・グループ(The Tussauds Group)によって買収されて観光地となった。

立派な歴史的建造物、遺跡、そして一大観光地化している場所でした。(入場料も安くない。)キャッスルって、いったい何があるの?とおもいながらみてまわりました。もちろん、タワー、城壁、外堀、そして城内の豪華な部屋の調度品など、イメージ的には二条城と重ねてみてしまいました。二条城よりはもっと戦争のための要塞の要素が大きそうです。
さて、城の中でどれだけカメラを使いたくなるだろうか、とおもいながら城内に入りました。入って最初に「ををを」ときたのがこれ(↓)でした。

さて、歴史の勉強をしましょうか。この人(↑)の名前は?そう、
オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell, 1599年4月25日 - 1658年9月3日)は、イングランドの政治家、軍人、イングランド共和国初代護国卿。ロード・プロテクター

クロムウエルの デスマスク ですと。

クロムウェルの死後、数百年経った今も類稀な優れた指導者か強大な独裁者か、歴史的評価は分かれている。と、ウイキピディアに書かれていました。
さて、ここで日本の天皇が二人存在した時代(1183-1185 安徳天皇/後鳥羽天皇)をウイキで読みはまってしまいました。それよりもむしろ、時代は徳川綱吉、家綱(3代、4代)の頃。クロムウエルの時代のイギリスは、国王チャールス1世処刑(1648年)後、共和国として、議会と軍隊を中心にした政治がおよそ20年ほどつづきました。国王不在の時代。←日本には、天皇が不在の時代はなかったんですよね。
1648年に再び決起したチャールズ1世を処刑し、1649年5月に共和国(コモンウェルス)を成立させた。
クロムウエルの人物評価について、Yahoo知恵袋を見たい方は こちら へどうぞ。
たまたま、この城は、国王軍(王党派)のものではなく、議会派のもだったために、完全に廃墟となるのをまぬがれたとのこと。
さて、要塞としてのいかめしい概観もさることながら、中の調度品など、とても立派な文化財とお見受けしました。

こういう豪華な調度品や家具や絨毯や絵画は、ため息をつきながら眺めるか、それとも美術鑑賞のつもりで眺めるか、あるいはあたかも自分の所有物であるかのようなつもりになって、愛でて通り過ぎるか。庶民の感情は、これを維持するための手間は?予算は?といういらん心配にとかくはしってしまうのですが。



城の内側の境内。お天気がよくてよかった。おおぜい見物客がいました。ブリッジホリデーに参加していたペアにもばったりいきあったり、でした。


「イギリスの歴史がすき、お城を見たい」という方にはおすすめできます。インターネットで予約すると2-3ポンド(3-400円)入場料がやすくなる、とか。
コヴェントリー寺院(カテドラル)
もう一箇所は、かの有名なコベントリー。名前だけは聞いていましたが、実際に行くことができたのは初めて。案外バーミンガムの近く、ということでお友だちのことを想いながら歩きました。さそさん、トロさん、コベントリーは近いですか?

なぜか日本のなでしこチームがオリンピックの試合をしたのは、この地だったんですね。
英語には、「コベントリーに送られる」というと、ちょうど日本の「島流し」にあった、というのと同じ意味の表現があるのだそうです。それで、日本のなでしこチームが第一戦で勝ったとき、「コベントリーに送られたのに、日本は勝利した」という見出しで、タイムズ新聞は記事をかいていたのでした。

ここには大きな寺院(カシードラル)があるのですが、第二次世界大戦でドイツ軍の空襲に会い、ご覧のような廃墟になってしまったのだそうです。


ちょうど日曜日の礼拝時で、大変美しい合唱を聞くことができて、ほんのわずかの時間ながら、心を洗われる思いがしたことでした。偶然とはいえ、コベントリーカシードラルのいい思い出ができました。



だそうです。
さしづめ我が国のお城に当たりますかねぇ?
姉妹会の時のB&B、朝食はどんなだったのでしょう?これってブュッフェスタイルって言いますか。わが国では
バイキング形式って呼ばれています。最近は夕食もこのようになってきています。
何回も運んできてはどっさりいただきますが、そんなに食べられるものじゃありません^^;;
それに、最近は年のせいでしょうか、量も減ってきたように思えます。お喋りが何よりのごちそうといった女連れなんです^^♪
はい、ビュッフェと、バイキングは同じ。この場合は、ほどほどにというのがむずかしい、ですよね。つい、食べ過ぎてしまう。


