2012年 07月 25日
7月19日(木)ジャパン・デイ (その2)
何をしようかと考えあぐねる日を過ごしていたとき、ちょうど行事の1週間前の7月12日木曜日のことでした。H女子校の言語学科長、EB先生からイーメールをいただきました。それによると、「今までのジャパンデーの行事にあなたは一度も費用(手当て)を請求しませんでしたね。しないといけませんよ。(You must.)」というものでした。
ガガガーン!
今年から、事務員さんがいなくなって、EB先生がこの行事一切をお一人で取り仕切られるようになったために、この行事に参加する人に支払うお金についても、EB先生の目が行き届くようになったために分かったことのようでした。

な、な、なんだって?過去4年間、4回のジャパンデイにとことん奉仕して、日本語セッションを担当してきたのに、その報酬がいっさい無かったと!
涙、
涙、涙、
涙、涙、涙、
涙、涙、涙、涙、
涙、涙、涙、涙、涙、
涙、涙、涙、涙、涙、涙、
涙、涙、涙、涙、涙、涙、
涙、涙、涙、涙、涙、涙
涙、涙、涙、涙、涙、
涙、涙、涙
伝聞によれば一日200ポンド(2万5千円)ぐらいの手当ては予算に計上してあったはず。でも、私は外部からの招聘要員ではなかったので、手当ての請求書(用紙)がもらえなかった。つまり、ガソリン代も、荷物運搬費も、材料費も請求するものはなかった。そして私の給料は年間いくらと決まっていて、12ヶ月の平均になっているので、確かめようもなかった。それにしても、4年間もただ働きをして、それに気がつかないヒトって、dekobokoミチって相当なアホ、馬鹿、マヌケ。そして、けっきょくオヒトヨシ。(ウ、ウ、ウ)

つくづく「馬鹿は死ななきゃ治らない」という格言の意味を痛感、実感しました。

まあ、慰めようがないわけではありまっせん。他人に危害を加えたわけじゃ無し、法にふれたわけじゃない。なによりもH女子校のために、そして日本語と日本文化を広めるために力を注いだんやし。そして、今年はこれに気がついたEB先生のおかげで、時間外労働としての手当てを請求する書類を(はじめて)書いて出すことができました、から。たしかに紅茶国の日本語教師稼業、収入面では厳しいです。でも、ぎりぎり赤字にならず暮らしていける。仕事がゼロにならない限り、まだ紅茶国の夏の涼しさをエンジョイできる!
というわけで、数日間、しょげ続けたあとで、少しずつ気を取り直して、今年のジャパンデイに何をするか、ボツボツ準備にとりかかり始めたのは、ジュリスのアフターヌーンティーをいただいた14日(日曜日)後のことでした。
今から 過去さかのぼっては、ダメなんでしょうかね~。。。


