2012年 01月 15日
女、女、女
先週末、この(↓)映画を見てきました。

マーガレット・サッチャー女史(←をクリックすると、ウイキペディア英語画面に飛びます。左側の日本語というところをクリックしてください。面白い。)を描いた作品、「鉄の女」。(日本では、「鉄の女の涙」というタイトルになってるみたいですね。メリル・ストリープの演技は、すごかったです。演技力というか、役になりきるエネルギーがみなぎっていて、圧倒されます。アカデミー賞の呼び声が高いのは、容易にうなづけます。
ただし、映画は、サッチャーさんの忠実な伝記というようなものではなくて、晩年の彼女に焦点をあてて、彼女の過去の偉業を回想させる形でした。まだ生きているマーガレットさん(マギー)が、どの程度[認知症」を患っておられるのかは、直接の親戚、友人、知人でないかぎり、はかり知れないのですが、もう87歳ですから、寝たきりでもおかしくないのでは、とおもいました。2008年に娘のキャロルさんが、夫(デニス)の死もおぼつかなくなってきたということをメディアに伝えたようなので、それから4年もたっている今、おそらくご本人はこの映画を見ることもない???
サッチャーさんが、保守王国=男性社会の最たる国、英国で、歴史上初めての女性党首、女性首相になって、しかも総選挙を3度も勝ち取ったということは、誰もが驚きをともなって語る歴史的偉業だとおもいます。そして彼女は、女として生まれてそれを『バネ』『テコ』(?)にして、これだけの偉業を成し遂げたといっても間違ってはいないと思うのです。「女だからできた」のではなくて、「女なのにできた」あるいは「女でも」というほうが正確だと思われます。しかも、「女でなければできないようなやり方で、この偉業ができた」のだと。
(2)松井 冬子(ウイキペディアはどうしてか、文字化けしてしまうので、これはグーグルイメージのサイトをひろいました。でも、やっぱり、化けてしまうかな。)
こういうサイト(URL)をメグが送ってくれました。
http://youtubeowaraitv.blog32.fc2.com/blog-entry-13494.html
おかげで、今年は大晦日の第62回NHK紅白歌合戦を何度もみることができました。
(メグちゃん、ありがとう。)
そこで、審査員の一人がこういう名前の女性でした。聞いたことのない名前。きれいな着物姿。この女の人、いったいどういう人?どうして突然審査員に?と思ったのは私一人ではないはず。

後半25分ごろ、郷ひろみの歌のあと、司会者から指名され、一言どうぞといわれて、「赤組は構築された統一美があったとおもいます。そして白組は甘美な歌声でたいへん魅了されています。」とさらりとむずかしいことを言ってのけられて、会場が一瞬ざわついた感じでした、よね。
そこで、ググってみました。
東京芸大で初の女性・日本画科・博士号取得者だそうです。
婦人公論(で、上野千鶴子さんと対談しているサイト(広告、部分のみ)もありました。
そこで、「 (女に生まれて) くやしい思いをしたことは?」『婦人公論』2008年年12月7日号
左に答の一部があります。
ブログ kiku's [自傷系アートのゆくえ」 ←面白いコメントだとおもいました。
3)山川菊枝
『武家の女性』という本の著者です。
去年読んだ本です。いつかブログの記事に書きたいとおもっていました。
初代労働省婦人少年局長になった方。
そもそもこの本を私が読んだきっかけは、2010年10月に5日間の日本里帰り旅行をしたときに、山梨の長姉(M1姉ちゃん)が貸してくれたものだからなんです。「この本を読めしぃ。」と言って(笑)。
すぐに読みたいとも思わなかったのですが、半年ほどして、読み出して、けっこう面白かったのです。たしか去年の夏休みに読み終わりました。その本のなかで、M1姉ちゃんが線を引っ張っているところを引用しておきますね。
千世(作者の母)の家などでも、父は娘のことは大体母親に任せていましたが、一人息子の量市は、やたらに叱ったり、箸の上げ下ろしに小言をいったりするのではありませんが、特に熱心に、厳格に指導しました。 ・・・・男は指導者としての能力と責任感をもつように、特に尊重される意味で、厳重にしつけられたものでした。
女の方は己れを空しゅうして人に仕えるという、犠牲と服従の精神を涵養(かんよう)する点に重きがおかれ、女は大事にしてはいけない、粗末に育てよということになっていました。男の方は大事にする意味で父親のきびしい躾をうけるのですが、女の方は、粗末にする意味で、食物も、品は同じでも男にはよいところを、女には切れっぱしをという風に、余り物やくずをあてがわれることに慣らすのでした。
その代わり、女は一段劣る生き物だと考えられていましたから、同じことでも、男のしたこと、いったことなら問題にしても、女のしたこと、いったことなら取り合わず、大目に見るというところもあり、子供扱いで、何も知らせぬ代り、台所以外のことには責任も持たせないのでした。(182ページ)
で、この本にもたっぷりと、男と女の差別が描かれているのですが、著者の山川菊枝さんの視点はとてもさっぱりとしていて、ニュートラルで、淡々として、客観的な叙述なのです。女性の恨みつらみ、痛み、口惜しさというようなものがあまり感じられない。確かに、女性は虐げられていてたいへん低く扱われているのは分かるのですが、だからどうのこうのとすぐに戦闘的に結論づけていないところがさわやかな本です。
もう一箇所、姉が線を引いた部分を引用しておきます。
幕末には、野村望東尼(ぼうとうに)とか、黒沢時子とか、村岡の局(つぼね)等名高い烈婦型の女性もでております。しかし私がここに紹介したのは、そういう社会の表面に出て活動した英雄的な女性でなく、一口に「女子供」として問題にされなかった平凡な家庭の女性たちであり、その生活であります。それらの人々の夫や息子は、時を得て志士となり時を得ずして逆賊または朝敵として痛ましい最後を遂げました。しかしどちらの場合にも、黙々として働く女たちの忍苦と犠牲には変りがありませんでした。夫や息子たちの流した血は、その母や妻たる人々自身の流した血も同様だったのです。
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というわけで、わが リスベット・サランデール をこの仲間にいれたいのです。
4)リズベット・サランデール
スティーグ・ラーセン著『ミレニアム』三部作にでてくるヒロインです。
私はリズベット・・・
この続きはまた後日書くつもりです。私の中のミレニアム、まだ終わってませんので。
とりあえず、今日はここまで。 :D

やったー私!
おもしろかったです。
これでもう、大丈夫です私!


