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紅茶国C村の日々

ふりかえる姉妹会(16)こぼれ話(5)-両親のこと

7)両親のこと。

誕生日は親を思い出す日、ブログ友、Marriさんから教わりました。
そのつもりで、この姉妹会物語が、ちょうど三女の誕生日にさしかかると、両親のことを書けるからいいな、なんて考えていたのは、甘かったです。というか、もう12月11日。いつまでも、楽しかった姉妹会のおもいでにひたっている間に、時間はどんどん先に進んでしまいました。三女M2の誕生日も過ぎてしもた。

われら4人を生んで育ててくれた両親のことを、一言で書くなんてこと、できないです。

セガ(三女ミチの長男)が生まれたとき、長崎の産婦人科医院に一緒に泊まり込んでくれた母が、遠い昔の思い出話をしてくれました。「5人目ができたけど、また女の子かもしれないから、産まないことに決めた」って。当時のお金で100円を父からもらって、母は一人で東京の病院へ出かけて行ったのだそうです。昭和20年代後半のこと、山梨県から東京へ行くためには、トンネルをいくつもいくつも通る単線の鉄道があるだけで、片道5-6時間以上かかったのでしょう。こんな話は、ほんとうに寝耳に水でした。母から直接打ち明け話を聞く機会なんて、そうあるものではないですから、この病院での会話は私にはほんとうに印象深いものでした。

母は女の子を四人産んで育ててくれたのですが、子供の頃、ある晩、コタツを囲んでみんなで家族団らんをしていたとき、「ねえ、アタシ、何時ごろ生まれたの?」と三女が聞くと、母はウッと答につまり、「覚えていないよぉ。」とだけ。覚えているのは、「なにしろあんた(三女・ミチ)のときは、家にお手伝いさんがいてくれて、すごく楽だったってことだけは、よおく覚えてる。」とだけ。

この場に及んで、両親が天国で私たち4人の姉妹会をみていてくれた、などと言おうとはおもいません。でも、われら4人を生んで育ててくれたことに、やっぱり感謝したいと思います。親がいてこそ、今の私たちが生きていられるわけですから。
ふりかえる姉妹会(16)こぼれ話(5)-両親のこと_e0010856_72448.jpg


追加です。


下の記事を書いたところへ、ブログ友のMarri姐さんが、コメントをくださいました。女ばかり四人、田舎の小規模地主だったとはいえ、農家で、昭和20年代、30年代といえば、物はなく、現金収入もままならない時代、国立、公立大学へならともかく、女の子を4人とも私立の短大、四大へ行かしたことで、ご近所様のお笑いの種になったのだそうです。

父が「教育熱心」だったから、だとおもいます。そして父も母も子育てに一生懸命、全力を注いでくれたんだとおもいます。祖父(利左衛門)の影響で、封建的な考え方を大事にしていた父は、まず家の存続を最優先したかったのです。農家は土地を分けたらつぶれてしまう、と言って。そのために長女に家のアトをとらせ、残る3人の娘達には、給料に男女差別のない教職をすすめたのでした。実家の世話にならなくても自活できるように、と願っていたのだとおもいます。

次女と三女が英語の教員になったのも、ほとんど父の発案でした。私は、「文学」というものに興味があったけど、大学の専門はなんでもいいや、ぐらいの漠然とした考えしか持ってなくて、父が「これからは英語をやっておくとクイッパグレないから、英語をやれ」というので、それにすなおに従っただけ、というのがなりゆきでした。

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なんだか、話がずいぶん思わぬ方向に発展してしまいました。

もう一つ、両親のことでここに書かせてもらいたいのは、長女(われらが長姉、M1姉ちゃんのことですが)が生まれたときのことなんです。
ふりかえる姉妹会(16)こぼれ話(5)-両親のこと_e0010856_716015.jpg

長姉は、未熟児、体重が450匁、(およそ1687グラムぐらい)で生まれたのだそうです。母30歳、父33歳ぐらいでしたでしょうか。当時はふつう出産は自宅でお産婆さんに来てもらってすべて自力でやる(昭和16年)時代でした。このときに、両親の子育てへの情熱は、燃え上がったのだとおもうのです。近所から山羊の乳を買ってきては飲ませ、それはそれは一生懸命、必死になってこの未熟児の第一子を育てたときいています。この長姉は、中学校のときに健康優良児で県下第一位で表彰されるまでに大きく、立派に、健康に育て上げられたのでした。

というわけで、そのあおりを受けて、残る3人も子煩悩の父、母に育てられる恩恵に、引き続きあやかることができたといってもいいのでは・・・(笑)。とにもかくにも、そういう両親のおかげで、われらが姉妹会をもてることになったのは、誰もうたがうわけありませんよね。それにしては、もっともっと両親の話に花を咲かせてもよかったかも・・・。


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8)新聞記事の写真
9)おりがみ
Commented by marri at 2011-12-13 12:49
良いお話ですね!しんみり!
こういった機会に、とっても大切なお話を掲載できて良かったですね。
むかし、母が言ってましたが
みんなでお話していた時、亡くなった人の話題になると
「いま、ここにXさんが座って、みんなのお話聞いてるのよ。ニコニコしながら^^♪」と云ってました。
だから、ドンドンお喋りしてあげると喜ぶんだって!
このお話が嬉しくって、私たちは、亡くなった人の話しが出ると、広げていってひとしきり喋ったものです。
この四人姉妹のお喋りの中には、中心にニコニコ顔のご両親が座っていたかも!
写真の右端が貴方でしょうか。中二人が丸顔さんですね?
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by agsmatters05 | 2011-12-11 06:34 | Comments(1)

紅茶国で(元)日本語教師(今は退職)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日常の出来事、イギリス風景、たまには料理や本やニュースや出会った人々のことや、家族のことなど。