2011年 12月 01日
ふりかえる姉妹会(4)三日目はロンドン見物。
到着したのが20日の日曜日。その次の、21日の月曜日に、運河めぐりをした四姉妹。
三日目の22日〔火曜日〕はどうだったのでしょうか。
前々からわかっていたことですが、毎週火曜日の三女ミチは、朝から晩までびっしり仕事が入っていて、どうにも、時間がとれないのでした。〔注1、MORE参照)
なので、心積もりは早くからできていました。この日は、ロンドンの マイバス にしようって。同窓生がそこにお勤めなのも前からわかっていましたので、いろいろ情報をもらって、切符を前もって購入しておきました。観光バスで、日本語の説明付きで半日でロンドンを見てまわることができる、という旅プログラムです。
朝7時15分に A駅から汽車に乗らないと、マイバス集合時間に間に合わない。そのためには6時50分にC村を出発しなければなならい。結局は、せっかち姉妹は6時45分にC村を出発しましたが。

これ(↑)は3人がA市のA駅を出発するとき(7時15分)直前に、駅のプラットフォームで撮ったものです。楽しそうな3人の笑顔を大きくしてお見せできないのは残ねんですが・・・
その前に、おかしかったのは、前の夜のことでした。
翌日一緒に行動できない三女、ロンドン事情も多少は分かっている現地人の三女ですから、3人がどうやってC村から、マイバスのスタート地点、ロンドンはピカデリーサーカスの三越まで行くか、前の夜は「講義」をさせていただかなければなりませんでした。何しろロンドンは始めての人たちばかり。S姉ちゃんは英語はOKとしても、後の二人はまったく始めてのロンドン地下鉄ですから。


最初に1週間の行動日程を大枠で決めた後(上の写真、一枚目)、次の日の朝のルートの説明(うえの写真の二枚目)に入りました。メモ用紙や地図を用意して。7時15分、A駅発。8時15分、ロンドンマリルボーン着。そこから改札口を出て、進行方向右側に地下鉄の入り口があること。地下鉄にはいったら、まずベイカーストリートまで行って(一駅)、そこで乗り換えて(ここがエラー)、三つめのピカデリーサーカスで地下鉄をおりる。理想的には8時半までにピカデリーサーカスに着ければグッド。何しろ、マイバスは遅れても、連絡ができないし、キャンセルもできないので、もし乗り遅れたら、払ったお金がまるまる無駄になると聞いたので、説明するほうも聞くほうも真剣でした。ピカデリーで地下鉄をおり、そこから真っ直ぐ南に向かって進む。階段を上り、まっすぐ前に進むと、二つめか三つめの角の先に三越の看板がでてくる、それが「マイバス」の待ち合わせカウンターです。
と説明した後で、「ではテストをします。」と三女は言いました。
「7時15分にA駅から電車に乗り、終着駅につきました。はい、その駅の名前はなんでしょう?」
「ハーイ、ハーイ」と手が上がります。地図を見ながら説明を聞いていた四女M3が一番先に手を上げます。「それはマリルボーンでええす。」
「はい、よくできました。」
「次に、そこから地下鉄に乗ります。マリルボーンの次の駅はどこでしょう?」
「はあい。それは、ベイカーストリートです。」
「はい、よくできました。」
という具合に4姉妹のにわかロンドン勉強は行われました。
そして一通りテストが終わったあとのことでした。
もう一度、念のためにおさらいをしたい、と長姉M1がいうので 三女M2が地図をひろげながら、想定される足取りの再確認をはじめようとしたところ、ああああずっこけええ、でした。
マリルボーンから ピカデリーサーカスまでは、乗り換えなしの一本線で行けるんじゃないの?その線の名前は、ベイカールーライン!!!
いままでの説明はなんだったの? 講師をきどったこの三女のM2(わたし)が、とんでもないことを教えて、しかもその間違いをテストして、たしかめていたのでした〔大恥〕。
というわけで、夜もどんどん更けていきました。
6時45分、あたりが真っ暗なうちに4人はトヨカロちゃんでA駅に向けて出発しました。
ミチの授業はいつもどおり。11年生、13年生、12年生、そして、昼休みのジャパンクラブ、最後に放課後の女子校のGCSEクラス、と全部で5つの時間を担当して、予定の時間は6時でしたが、授業の終わりが遅れ、途中であろうことか道にまよい、20分ぐらい遅れてA駅に到着したことでした。
3人とも元気で、予定通りの楽しいマイバスの見物ができたこと、午後はナショナルギャラリーでフェルメールの絵を見てきたことなどを、3人が代わる代わるに話してくれました。しかも、ロンドンにいたとき、大きなハプニングがあった、と言うではありませんか。だれかに会った! というところまではすぐピンポンあたりでした。では、誰に?
今となっては、秘密でもなんでもないでしょう。
なんとなんと、わが3姉妹はロンドンで、マイバス見物中、バッキンガム宮殿で、交代する衛兵どころか、宮殿の主、まさに女王様を目撃することになったのでした。
女王様が私たちを迎えてくれた、といわないところがわが3姉妹の奥ゆかしいところ。
宮殿から車で女王と、エジンバラ公がお出ましになり、宮殿前の並木道を真っ直ぐ直行し、カメラマンやほかの野次馬、見物人たちと一緒に居残って待ち構えていたわが3姉妹の目の前に、二頭立ての金ぴか馬車に乗った女王と、これは後でわかったことですが、トルコの大統領ご一行が乗った歓迎パレードが目の前に繰り広げられたのでした。
あいにく、バッテリーが切れてS姉ちゃんのカメラは使い物にならなくなっていたのですが、M3ちゃんのカメラには何枚かパレードの様子が写されていました。これ(↓)が一番女王さまをよく撮っている写真のようです。馬車にのっている白い服のお方が女王エリザベスさま。



もっと馬車を近くからとったのもあったのですが、あいにく衛兵がまん中にはいってしまって、女王様が全然見えない写真でした。やっぱり、女王様にはある種のオーラがあったようです。3人とも、とっても興奮してました。
かくして、三日めも無事、全員の充実感とともに、終わりをむかえました。
ところが、4人でC村に帰りついたとき、またまた トヨカロの馬鹿(!)が、とっても臭いんです。ゴムの焼けるにおい。ちょっと普通じゃない!これはおかしい。そんなはずない、とわがシスターたちのチェックは厳しいものでした。私は、前からときどきこんなにおいはしてたよ、長いドライブをしたあとはこんなもんじゃないの?と返事したのですが、こんな車にもう乗りたくない、と姉妹たちが言うので、じゃ、明日の朝一番でウッダムのニックのところ〔いつもMOTや点検をしてもらう人〕へいってみるわ、ということになったのでした。(その5に続く。)
注1、今回の姉妹会の記録のために、書いておこうと思います。
この1週間は本当にラッキーで、仕事が最小限で食い止められたのです。月曜日と木曜日にどうやって時間を作ったか。お世話になった人も含めて、ここにちょっと種明かしをしておこうとおもいます。
21日〔月) 3時間目、11年生の学年集会。=卒業生、教え子F君にピンチヒッターを依頼。====================================
放課後6-7時間目、8,9年生の日本語クラス =12月12日に移動。
夜の13年生の父兄会=前もって父母に手紙を書いてすませた。4人だけなので。
24日〔木〕 昼休み、ジャパンクラブ = キャンセル。なにしろこれはボランティアでやっていることなので。
放課後6時間目、女子校の混合クラス =〔アセット受験クラス〕時間変更。12月最後の月曜日。昼休みに、クリスマス祝会をする。
ミチさんは本当に元気ですね~~500km以上も一人で運転だなんて~~きっと姉妹会の皆さんは、車の故障とミチさんのお疲れを心配されたて、帰りはタクシーにされたのでしょうね。
ミチ先生の地下鉄案内のテストが、間違えていたので、生徒達はしっかりと覚えられたのかもね~~
賑やかに、嵐のように去っていきましたね。
さびし~~い!!!
麗秋さんからの感謝と賛辞のすばらしいメッセージ、お疲れも少し癒されたのではないでしょうか?次は来年の6月なのでしょうか?私はまだしばらく姉妹達と一緒の時間を追体験して、ブログ記事ももっと続けたいと思っています。そのうちにはあっという間にクリスマスになってるかも、ですね。


