2011年 11月 29日
ふりかえる姉妹会(3)ハプニングNo.1 霧の日の出会い。
この話しが持ち上がり、実現できそうだ、となってからも、それはそれは幾多の紆余曲折がありました。
まずは日程の問題。
4人とも仕事を持ってて(一人は果樹栽培、3人は教員)、三人とも夫もち!、家族持ち!で、そう簡単に外国旅行ができるような身分じゃないからでした。それでもヒト(他人)のお金でなくて、自分のお金で航空券を買って、かつ家族の納得、理解、賛成、協力(!? ーこれが大事)を取り付けて、次女(S姉ちゃん)がアメリカで一週間の感謝祭休みのあるとき、そして日本には勤労感謝の祝日も入り、M1(長姉)の桃園の仕事もひと段落したこの時期なら、どうやらみんなOKかも、ということが分かってからも、まだまだいろいろとたいへんでした。3姉妹それぞれが準備におおわらわな毎日を送っていたようでしたが、私=M2だって、掃除、洗濯、洗車、買い物、料理など、人並みに来客を迎える準備に余念はありませんでした。何を作って、何を食べてもらうか、考えても、考えがあまり先に進みませんでした。洋物を出しても、長旅で疲れた身体が受け付けないかもしれないし、かといって和食を作るにしてもここは日本じゃないから材料に事欠いて、のぞみどおりの味は出せないし・・・。というわけで、もういいや、とにかく、ヒースローにみんなが着いたら、それだけで、今回は大成功なんだ! と思うことにしました。
車だって、ちゃんと、ガレージ(こちらの修理工場みたいなところ)に行って、タイヤの圧力を調べてもらい、オイルを足してもらい、そしてエンジンを冷やす水の点検もちゃんとやりました!(私としてはめずらしいことでした!)。前の夜は、夜中の2時過ぎまで、姉妹が眠るベッドの準備をしていました。
日曜日の朝、それはそれは霧の深い日、でした。霧、霧、霧・・・・

朝起きて、まずは料理をしました。豚汁とシュウマイを作り、ポテトサラダと、大根の小夏漬け。予定の時間はあっという間にやってきてしまいました。ヒースロー出迎えは、到着予定時間の1時間前、11時20分にC村を出発。ターミナル3の駐車場に着いたのは12時14分でした。そして、到着便のフロアに急いでいってみたらなんと、ロスアンゼルスから来るバージン航空8便は、ドキ、なんと

ダイバート(行く先変更)されたと?いったいどこへ・・・?
広いヒースロー空港、第三ターミナルの、到着便待ち合わせ場所から、二つ建物を越えてはるばる反対側のバージン航空のカウンターまで、テクテク歩いていくと、赤い上下のスーツに赤いコートを着た、赤ずくめの女性が対応してくれました。きけばロスアンゼルス発のバージンアトランティック8便は、濃霧のためすぐに着陸できず、燃料不足もあって、ガトイック空港に向かったとのこと。そこで給油して、またヒースローに戻って来る予定ではあるが、何時になるかは、まったく分からない、という話でした。
あと3時間後には第5ターミナルに東京からの二人が到着予定なので、その前なのか後なのか、それがわからないと、困ったことになるぞ・・・と、思案の峠。何度も何度も案内所、バージンのカウンター、英国航空のカウンターを行ったりきたりして、こうなったら、腹をすえてじっとしておくべし!と自分に命令したミチでした。そしていったん車に帰り、読み物をつかみ、売店でスパイシーアップルというホットドリンクと、デニッシュをひとつ買って、出迎え用のひろいラウンジに腰掛けたときのことでした。時刻はもう午後2時をすっかりまわっていたのですが、それまで電光掲示板から消えていたバージンアトランティック008便情報が、ぱっと画面に出てきたのです。なんと

14時7分に着陸した、というではありませんか。一度は第5ターミナルに先に行ったほうがいいですよ、何時に着くかわかりませんからね、と案内係のひとから言われていたのに、移動しないでおいてよかった。
もっともS姉ちゃん、入国検査のとき、妹M2の住所を知らなくて、たしかブログでは、C村だったけど、はてさて・・・としどろもどろ。電話番号もわからず、相当係員から突っ込まれて、挙句の果て、なんかの書類にサインをさせられて、ようやく入国を許された、というエピソード付きで、ご登場なのでした。日本とアメリカは何度も往復してるのに、大西洋を越えたのは、初めてのS姉ちゃんでした。これも勉強のうち?いえ、大物は人を待たせて登場しなくちゃ、ねえ。S姉ちゃん。彼女いわく、「どうせ通してくれるんなら、最初っから通してくれればいいのにねえ。」(ね、おおものでしょ。笑)。
ヒースローの第3ターミナルから第5ターミナルへ移動するには、いったん高速道路(M25)に出て、また別の道に入りかれこれ、15分ぐらいの回り道をしないといけないので、もうきっと東京組みは到着してるよね、と二人で話しながら、S姉ちゃんと私は第五ターミナルに向かいました。ところが、ラッキーなことに、第5ターミナルに到着予定の英国航空6便も、2時45分の到着予定が、かれこれ1時間以上も遅れて乗客が出てきた〔着陸は予定より早くても、荷物の処理に手間取ったとか?)ので、最終的には、二つのターミナルでの待ち合わせが、どちらも待ちかねてのご対面、という具合におさまったのでした。ウエル・ダン。〔何しろ、ヒースローに着いてしまえばもうこっちのモン。作戦は大成功なのだ!!!というのが、三女M2の腹の中でしたからね。〔注、MOREで。)
こういうとき、甲州弁では、こう言います。
よくきたじゃん。(笑)
英語で言うと、もちろん、 WELCOME!

↑ の写真で、真ん中の列の上から6番目ぐらいがTOKYO 発の英国航空6便。このときもう4時過ぎだったようなきがするのですが・・・。
こちら(↓)が成田からはるばるお出ましの、長女M1と、四女M3。中央で片手を挙げているのがM3.

第5ターミナルというのは、ほんとうに長い長いターミナルで、駐車場も、同じような形のコーナーがたくさんあって、どこに停めたか、ちょっと迷ってしまいました。でもまあ、なんとか4人そろってトヨカロちゃんでヒースローを後にしたのですが、またまた道に迷って、いったんはよく道を知っている第三ターミナルに引き返し、そこから仕切りなおしで、C村にむかったのでした。
結局4人そろってC村に着いたのは、5時ごろだったでしょうか。もうあたりは真っ暗でした。C村に着くと、M3はすっかり車酔いだって。かわいそうに。しかも、車(愛車、オンボロ、シルバー、トヨカロちゃん)を停めて、車から降りると、どうも車の周りが焦げ臭いような、ゴムの焼けるようなにおいがして、とっても不気味(!?)なのでした。
ただし、今回の姉妹会のことは、勝手に「私が発起人、私が仕掛け人と」思っていた三女M2だったのですが、どうもM2の知らないところでも、「どうする?いつ行く?」の話が出ていたらしくて、ほとんど同時発生的に、今回のこの1週間が決まったようでした。これは、後になってわかったことでしたが。
つまり、ね、「4人とも、簡単にこれができたわけじゃない、四人とも、こういうことが簡単にできる身分じゃない」これが言いたかったんです。がまんして、がまんして、まじめに、いじましく、正直に、典型的な「庶民」として生きてきた私たち4姉妹。だから、大成功なんです。自慢じゃなくて、純粋に、うれしかったんです。
一番奥じゃ無いかなって思うくらい、空港の端っこに着陸した機内から
バスで10分位のターミナルまでの移動
さらに、ターミナル内では足が痛くなるような長い歩き。そして
必要以上に厳しい検査だったこと覚えています。厳しい国やなって!
それにしても長いこと待たされましたね。再開のハラハラ劇、車の匂い、乗り物酔い・・・始りからドッキリですね^^♪
多くの犠牲を払っての4人の顔合わせ。6年ぶりの幕開け、嬉しく読ませて貰ってます。
いっぱい書くことがあって、時間がたりなくなりそうです。入国検査はきびしいのですが、ヒースローは荷物検査はゆるゆるです。かばんを開けて中を見せろ、なんてことは20年来、この国を出入りしていますが一度もありませんでした。かばんの札をチェックすることもしないのです。ほかの人のかばんを持っていかれたらどうなるの?というと、テロがあるから、ぜったいだれも他人のカバンなんか開けたがらない、というのです。ところ変われば、、、ですね。まだまだこのテーマは続きます。読んでくださり、コメントくださり、ありがとうございます。書いていく励みになりますよ。Marri さんのところへも、あとからうかがいますからね


