2011年 09月 04日
この夏のアルバムから(その2、風景編)
(1)ロンドン
ど田舎C村から電車に乗ってロンドンに行くと、景色が全然違ってきます。





でもいったん地下鉄にはいったら、


とってもイギリス的、ロンドンらしくて、ついカメラを向けてしまいました。とにかく、このロンドン地下鉄の広告は写真が大きいんですわ。ちょっとインパクトがあります。アーティスト、グラフィックデザイナー、フォトグラファーの腕の見せ所、といわんばかりの宣伝合戦です。ここに来たら、C村のことなんかすっかり忘れてしまうのが普通です。これを「都会の刺激」というのか、も。
以上は8月21日(日曜日)のことでした。
(2)オックスフォード
8月23日(火曜日)。ここには車で行きました。

カウリー地区にあるセントヒルダズカレッジ。(↑)

1898(明治30年)年の3月、梅子女史はこの建物の一角で3ヶ月間を過ごしたのだそうです。オックスフォード大学の学生は当時、授業にはガウンを着て、学帽をかぶって出席したとか。女性一人だけが男子学生に交わることはなかった、とか。今と大きく違うというべきか、あまり変わっていないというべきか。

ここにこの年、一本の梅ノ木が植えられたのでした。そのために、梅子女史が始めた大学の卒業生達(同窓会)が多額の寄付をこちらのカレッジに送ったから。

記念式典、ドロシア・ビールについての講演、お茶会、久しぶりに歌った(忘れかけていた)校歌の歌詞にはちょっとグッとくるものがありました。
「あなたは私たちの顔を光に向かわせてくださる。私たちに道を示してくださる。」
「丘が険しく、高かろうとも、道が荒れて、長かろうとも、苦労の日々のあとには安らぎがおとずれ、
私たちの心と手はもっと強くなっている。」
そのあとで、クライストチャーチ見学。

ものの4-5分もいなかった場所ですが、やっぱりみごとですよね。ってわけで、この日は待ち合わせていた「さそさん」を2度も長時間待たせてしまって、オックスフォードを出たのは4時半過ぎ、5時近くでしたよね。さそさん、ごめんなさい、でした。
(3)コッツウォルド

8月27日のことでした。お天気に恵まれてC村-ロンドンーコッツウォルドーロンドンーC村 355マイル=570キロの行程でした。

最初に行ったのはウインチカムという村。日本人のご一家が開いていらっしゃるティールーム「ジュリス」。2008年の英国最優秀ティールームに選ばれたお店。このお店の樹里さんが書かれた本についてはまたもう一度別記事で書かせていただきたいと思っています。

樹里さんのお父様が、いそがしいお仕事の合い間に、コッツウォルズの見所を教えてくださいました。

そのお言葉にしたがって、最初に行ったのはブロードウエイという村。真ん中の建物は15世紀のリゴン将軍が建てたものだとか。

次に行ったのがチッピング・カムデンにあるナショナルトラストの庭園。ローレンス・ジョンストンというアメリカのガーデナー(造園家?)が作ったヒドコート・マナー・ガーデンでした。左をクリックすると、彼の作った庭の写真が沢山載っているサイトに飛べます。そして。

そして最後に行ったのがバイブリーという村。ウイリアム・モリスがイギリスで一番美しい村と呼んだ村だそうです。ハイストリートにきれいな水をたたえた川がゆったりと流れていて、魚やアヒルがのんびり息づいている村。短い時間の訪問でしたけど、とてもいい場所でした。というわけでバイブリーの写真をあと2,3、4枚。




(4)マンチェスター
8月29(月),30日(火)。郊外の農場(ファームハウス)を改造したB&B(これもナショナルトラストになっている)に一泊。二日間で363マイル=580キロ 走りました。




アンドルー(仮名、85歳)が亡くなったのは、8月3日(水)のことでした。前日、湖水地方の帰りにお宅に伺ってお見舞いしたけど、具合がよくないとのことで、病院までは行けませんでした。同い年、幼馴染みで、3年前にダイアモンド婚祝いをした奥様のモーリーンに、すり鉢茶ですった緑茶を召し上がっていただきました。アンドルーは英国鋳物協会(セラミックアソシエーション?)の会長もされたことのある、立派な英国紳士でした。いつもネクタイをして、長身の背広姿でにこやかに私を迎え入れてくれる人でした。ウイートジャーム(胚芽)シリアルとか、赤ワインがいいと、今私が信じ込んで毎日いただくようにしているのは、彼の影響でもありました。
こちらでは、火葬(クリメーション)は親族だけで内々にすませておいて、教会での告別式はずっと後から行う、というやり方はめずらしくないみたいです。いいな、と思ったのは、お葬式とか告別式のことを、英語では サンクスギビング・サービス thanks giving service つまり 感謝式/礼拝 と呼ぶ、ということです。誰だって身内や親しい友の永眠はとっても悲しくて辛い別れには違いないのですが、それを事実として受け入れなければならないときは、いつまでも悲しみや悔いや嘆きに浸っているのではなくて、その亡くなった人の人生そのものが完結したことを感謝を持って祝福する、というのが、感謝式の主旨でしょう。アンドルーのご遺族のメッセージにもあったのですが、悲しみに浸るのではなくアンドルーの人生がかけがえのない、すばらしいものだったことを感謝して、たたえる気持ちを大事にしたい、、、と。
かくして、私は、今朝もウイートジャームの朝食をいただきました。
アンドルー、ありがとう。
遅ればせながらオッ君おめでとうございました。ご苦労がみのりましたね。彼の未来に幸あれです。
オッ君の応援ありがとうございました。9月14日に打ち上げ祝いをします。これで、肩の荷がちょっと軽くなりました。今日から新学期、新学年。また新しい受験学年の生徒たちのクラスを鍛える仕事が始まりました。応援、よろしくね。^_^


