2011年 08月 07日
カンブリアン・ホリデー(その二)
このブログを毎年見てくださっている方は、もうご存知ですよね。

1)スコーフェルパイク
2)ヘルベレン山
3)スキドー山
(それぞれをクリックしたら、グーグルサイトで紹介されているサイトにとびます。ところが、2と3は、ちょっとビックリ、2009年の私の同じブログの記事でした。爆)

ちなみに、英国三つのの最高峰、というと こちら をごらんください。
スコットランドの ベン・ネヴィス (1344m)
ウエールズの スノードン (1085m)
イングランドのスコーフェルパイク (978m)
上の記事を書きながら、2006年7月29日の記事 を公開設定にしました。
marri さん、小夏さん、けいさんのコメントをいただいてました。あれから5年もたつのですね。全然変わってないレイクティストリクト だなあ、っておもいました。写真もほとんどが、今回撮ってきたのと似たり寄ったり。ってことは、このブログも、書いてる本人もこの5年間であまり成長してないってことかも・・・(笑)
脱線ついでに、もうひとつ。
ヘルベレンとか、スキドーとか、山の名前をグーグルボックスにいれて、サーチをしていたら、「エディタコミュニティー」というページに出くわしました。 あらららら、私のブログが(勝手に!?)紹介されている!!!しかも、古いプロフィール写真付きで。こういうのって、あり、なの?とちょっと ?(ギモン) におもいました。
そういえば、人気ブログランキングの 海外生活の部「スコットランドひきこもり日記」の、Norizo さんも以前、同じようなことを書いておられましたよねえ。あれとこれとは同じ現象なのかどうか、よくわかりません。とこれを書きつつ、久しぶりに Norizo さんのブログを数日さかのぼって読むうち、「あ」さんという人の「深刻な悩みのコメント」ということで、引きつられて読みはまってしまいました。(7月30日の記事に付けられた49コメントのうちの26,27,28番目あたりです。

緊迫感がありました。
山だの湖だのと言ってるような場合じゃない、辛い思いを味わっている方々がおおぜいいらっしゃるんですよね、今、現在も。
カンブリアン・ホリデーは毎年夏休みに1週間だけ 安宿に泊まり、お金のかからない無料の山歩き健康トレーニングをしている私の特別の時間です。
山についての物思いを文章にしたことがあります。1994年ごろ、松山に住んでいたときのものです。MOREにのせておきますね。

というわけで、今回のホリデー記録、次回は写真集 の中から話題を(ランダムに)ひろってみようかとおもいます。
山への憧れ
いつのまにか、もうすっかり秋。澄み切った大気のせいで、周囲の山々がどーんと近くに見える。わが家のまわりの山々も、JR沿線や北条の山並みも、日ごとに秋の色を染めてきている。それらの変化に富んだ山肌を眺めていると、私はふっと、向こうの稜線(りょうせん)をてくてく歩いている小さな自分の姿を想像してしまう。今あそこにいたら、何を追い求めながら私はあの尾根道を歩くだろうか。あの山からはどんな景色が楽しめるだろう。あの山の向こう側はどんなだろう?などとつい私は夢想してしまう。高くても、低くても山はいい。山に登って下りて来るのは楽しいことなのだ。そして、尾根伝いの縦走コースなら、もっと長く、いろいろな山を楽しむことができる。
実は、私にもせっせと山登りをした時期があった。頑丈な登山靴に穴があくほど、よく山に登ったものだった。甲斐駒ケ岳や仙丈岳、鳳凰三山といった南アルプスの山々。秩父山脈、八ケ岳、丹沢山、谷川岳、富士山。それに久住と阿蘇。一度自分の足で頂上を踏んだ山には、やはり今でも愛着がある。深田久弥氏の「日本百名山」を読み、四国に移り住むよりずっと前から石鎚山に憧(あこが)れていた。いつかきっと行きたいと思いながら、まだ実現できないでいる。
そもそも山に登り始めたのは、故郷の山梨を出てからだった。東京では見渡すかぎりビルや家並みばかりで、空と大地の間に山がないことに私はもの足りない気がしていた。ある夏、妹と二人で長野県の上高地に行き、大正池の辺りをぶらついていた。偶然にも、山好きの若者の案内で、そこから穂高岳に挑戦することになった。どきどきしながらもついに登頂できたときは、三千㍍の名峰を征した感激で、夢見る思いだった。岩山をズック靴で歩いたために、帰宅して数日後、両足の親指の爪(つめ)は紫色に変色し、完全に死んでしまった。けれども、新しい爪が生え変わるころには、妹も私も次に登る山のことをもう考えていた。各地の山を駆けずり回った日々がなつかしい。
その山登りをしなくなって、もう何年にもなる。結婚して旧姓を使わなくなったように、登山靴も使わなくなり、やがて捨ててしまった。当然のことだが、山登りどころか、家事・育児に追われる日々となった。今にして思えば、困難に挑むという点では、人生も山登りも同じだ。頂上に至る楽しみを心に抱いて、黙々と重力に抗して高みに進むこと、そして登れば下り、下りては登る山歩きとは、長い人生そのものとも言える。だからというわけではないが、いつでも行けると思いながら、なかなか実現できない私の山登り。憧れて山を眺めていると、賛美歌の一節が胸に浮かんでくる。「山辺に向かいて我目を仰ぐ。助けはいづかたより来たるか」。下界の雑事をさておいて、とにかくまた山に行ってみたいと思う。
(愛媛新聞 四季録 平6・9・22)

去年位の感じなんですけど、ねえ。
はい、今回も 暑い熱い九州の田舎で 写真を見ながら、深呼吸させていただきました^^


