2011年 02月 17日
この頃のこと(リフレクション)
もうちょっと頻繁に書くほうがいいに決まってますよね。
でもまあ、これは自然に任せるのも大事なこと。
間があいたら空いただけ、まとめて書く記事というのも、新鮮味があるかもしれない。
ご無沙汰にはご無沙汰の理由があるかもしれないのだから。
このブログにリンクを貼らせてもらい、更新があるたびに必ず新着記事を読ませてもらっているブログ、とくにブラッドフォードのTakaoさんのと、トルコ子育ての Miki さんの。それから、京都のばあさんがじいさんに作る食卓のCincoさんのと、ブラジルのハチドリさんの(まだ挨拶してないけど、更新回数が多くて写真も記事もたっぷりなので、この頃常連読者になりかかってる。ご挨拶しなくっちゃ。)
もちろん、その前に最初に行っておかなければいけないブログは 福山のMarriさんのブログと、福岡の小夏さんの。どうしてこうなったのか、詳しいことは忘れてしまったけれど、このブログを書き始めた初期のころに、たしか「花」の話題で、つながりができて、それからは、いつも更新があるたびにコメントを書き合って、励ましあいと励まされあいを続けてきました、よね。
今日は水曜日。オフの一日。いっぱいやることはあるけど、ずぼらして、手抜きして、家事も教材作りもテスト作りも、宿題の採点も、課題図書の読み込みも、手をつけたりせずに、ボーっとしている。パソコンの前に座って、インターネットで、ホットメール、ミクシー、フェイスブックを見てまわり、それからリンク先のブログの新着記事を読む。それだけで、かれこれ早くて2-3時間、ていねいにやっていれば半日はかるく過ぎていってしまう。
明日木曜日(17日)に仕事(授業)をすると、あとは金曜日のオッ君の補充レッスンを除けば10日ほど仕事をしなくていい日がやってくる。
仕事をすることがイヤでたまらないということはまったくない。それどころか、生徒の力を伸ばしていくのは張り合いのあること。大変なのは、複数の学年クラスの、複数の教材がごっちゃになって、レッスンの全体を筋を通してオーガナイズしていく段取り、(英語では スキームオブワーク(SOW)かな)、これをしっかりと間違わすにやっていく、というのが一番大変なのだ。
「勉強する」って、強いることだと、ネットの辞書に書いてあった。
生徒が日本語を覚えてくれる力を後押しする、やっぱりしんどくて当たり前なのだろう。
しんどさをともなってこそ前進というものがある、ということなのだろう。



