2010年 10月 30日
29(金)、日本旅行記(その六)ワークキャンプ・リユニオン
あとは週末の二日を残すのみ。
今日はようやく礼状などを投函することができました。
まとめてたくさん書いた手紙を持って、ウイングという隣村のポストオフィスまでいってきました。

入り口は小さくても、中はけっこう何でも一通り品物がそろっている、大きなお店です。
この店の奥のほうに郵便局のカウンターがあります。
一つ一つ封筒を秤にのせて、切手がいくらになるのかと尋ねるのが、紅茶国流(笑)。
全部計り終わって、7ポンド57ペンス、と言われました。
さて、カードを取り出そうと、ポシェットの中をのぞき込んだけど、ない、ない、ない!
全部で4っつあるポシェットのセクションのどこをどう探しても、財布とカードが ない、ない、ない!
そうだ、思い出した。今日の午前中、AA(自動車連盟)の年間契約更新のため、カードを電話口まで運んだとき、いつものポシェットに戻しておかなかったんだ。ありゃりや、しまった。(恥)。
お店のおじちゃんは、たまにしか行かないけど、C村の私のことをどうやらうろ覚えに認識していてくれたらしくて(なぜって、この店は新聞配達所も兼ねているから)あとでもいいよ、ついでのときでいいから、と言ってくれたのです。ああ、このおじちゃんにも座布団、あげなくっちゃ(笑)。
でも、C村とウイングを、もちろん2往復しましたとも。
なぜって、このとき払わなかったら、何日後まで覚えていられるか自信がなかったから、です。
すぐとって返して、払いに行くと、「支払いは後でいいからって言ったじゃないか、何もすぐ来ることはなかったんだから。」とまた言われてしまいました。一番近い隣村、およそ4マイル=6~7キロ離れたところです。ts月に一度行くか行かないか、ぐらいの場所なのです。普段は手紙をだすのも、学校に近いA市の街中の郵便局ですから。
さて、夜はミルキンへ、コントラクトブリッジに行きました。結果は明日のウエブサイトまでお、あ、ず、け。
それでは、日本旅行記、その六
ワークキャンプのリユニオン (10月11日、月曜日、東京駅にて)。
日本旅行記、その六
ワークキャンプのリユニオン (10月11日、月曜日、東京駅にて)。
いつも心に探してる
遠い日から続いてきたもの
言葉なく、見つめてた、
あの青空。
いつも心に探してる
遠い日へ続いていくもの
xxxxx わ xxxx すれ xxxx ちゃ
xxxx つ xxxx た xxx よおおお こ、の、つ、づ、き・・・・
SOS, だれか助けてください。Yさん、Tさん、作曲者 - ヘルプ!!
キャンプのあとで、ミチ作詞、Y&Tさん作曲のこの(↑)歌、その心は:
♪ 若かった あの頃、だれも こわく なかった、
ただ、あなたの やさしさが~ こわかった ♪
長いのばかりがいいじゃないこのブログ。今日は短くしておこうと思います。さもないと、この先、終わりまでたどりつけないかもしれないので・・・。もう夜も更けてきたことだし。
1968年3月のことでした。今から42年前。
沖縄県の安部村(あぶそん)というところで、ほぼ1ヶ月間(でしたっけ?)、公民館に寝泊りして、国際ワークキャンプという出来事(プログラム)がありました。アメリカ人3人、韓国人2人、イラン人1人、そして沖縄から6人(?)、本土から7人 (合ってますかしら?) 団体生活をして、村の畑の防風林をつくるために、植林作業をしたのでした。そして 毎日、メディテーション(瞑想)。
・・・・
私がこのキャンプに参加したのは、たぶん、母校の創立者がクエーカー教徒で、このワークキャンプの主催団体がクエーカー派のフレンズ教団で、学内の掲示板にパンフレットがはり出され、学校が学生の参加を奨励していたためだったと思うのです。私のほかにも先輩が二人、計3人が同じ学校から参加しました。
このメンバーが42年間、濃くも薄くも、付かず離れず(!?)、いえ、付いたり離れたりしながら、つながりを保ってきて、40年目のおととしは、沖縄でリユニオンの集いがあったのでした。
42年の間には、亡くなったり、行方不明になってしまった人もいましたが、とりあえず、年賀状やメールや携帯や、そしてこんなブログなどで、お付き合いを続けることができ、今回の東京駅でのリユニオンに至ったというわけでした。
トシをとる、ということは、
料理にたとえれば、シチューとか、ジャムとか、
長く煮込む料理をつくるようなものかも知れない。
お互いに、酸いも甘いも、強さも弱さもミックスして
いろんなものが渾然一体となること、
それが「老い」の意味かもしれない、
なんてふと、思ってしまったことでした。

本当に、いいお味でございました。(笑)
このメンバーは2012年にロンドン・リユニオンをすることになっているのです、よ、ね。イエース!
See you again! 再見!
♪ 今日の日は さようなら
また 会う 日まで。 ♪♪♪♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
いやー、郵便局でのお話、良いですねえ。あとで良いよ、なんて日本の郵便局じゃまず無い。こういうところが、何事もいい加減な国のステキなところ。にもかかわらずすぐに料金を払いに引き返したミチさんは、真面目人間の日本国民らしいです。それもまたいい話で、今朝はちょっと良い気持ちにさせていただきました。
それにしても、同窓会やらワークキャンプのリユニオンやら、ミチさんとお仲間の繋がりの深さと広さをつくづくうらやましく感じます。世代的なものもあるのでしょうけど。我が父は88歳ですが、未だに高校の同窓生やら昔の仕事仲間やら、生き残っている人達と月1回会って食事しています。その息子の私は昔も今もほどんど友達なしです。自分の性格が悪いんですけどね。Takaoさんが良く書いているように、良い印象を与えないと戻っても来ないんですね。ミチさんはステキなオーラを放っているのでしょう。Yoshi
それで荷物は持っての移動でしたか。↓キャリーバック持って?使ってくださってるのね^^♪
ながい、長いお付き合いですね!誰かが纏めてるのね。
貴女の様に母国を離れた人が殆んどですか。ユニークな人達のように想像されますが!
トントンと話が進み、まるで小説を読んでるようです。
このように順序だてて書いたほうが混乱無く良いモノですね。そう思いました。
もっとも、書き方、纏め方が素晴しいんだと思っています。次が読みたい!
もう少し話すと、財布がないといったときこのおじちゃんは、どちらかというと、あんたはたしかC村の・・・んじゃあ、あとでもいいよと、どちらかというと、しぶしぶって言う感じで放免してくれたのでした。笑い顔は一度もみたことない、ちょっと暗い感じの(郵便局お決まりの)ノンヨーロピアン(たぶん、インドかパキスタン系)の人でした。暗くても、ネはやさしいんだな、とおもいました。
そして財布をもって戻ってきたら、かなりはっきりと、後でいいって言ったのになんでまたすぐに・・・?と、叱られているような気分でした。御礼と言い訳代わりに、記念切手やら、切手シートやら、20ポンドも買ってしまいました。 この日一番のハプニングでした。(笑)
私、そんなに友達の数は多いほうじゃない、です(と、思ってます。)。今回は、久しぶりの日本だったので、一挙に輪がひろがりましたが。
そして、Yoshi さんは、着実にご自分のペースでご自身の世界と人生を築いていらっしゃる、決して決して「性格が悪い」なんてことありえません。もしそうなら、これほどの演劇、観劇記録を着実に残すことなんてできないと思います。
お身体をお大事に、お過ごしくださいますように。
あ、今回のリユニオンは東京近郊にお住まいの方たちばかり、キャンプのメンバーのうちで、本土にいる全員(マイナス一人、計6人)でした。
ええ、今回の集まりをまとめてくださった方は、PCで東京駅八重洲北口の地図を作って送ってくださったんですよ。本当に念入りなご準備をしてくださいました。ロンドンリユニオンで、私が幹事(?!、いえ、ホスト)するのに、とてもあそこまでは真似ができないとおもっています。(ウフフ、きっとこのコメントも読んでいてくださってると思うのですが、笑)。
ではまた、夜この続きをかきますね。また来てくださいね。
日本語教師ミチさんなら佐々木瑞枝さんだと思います!!
ミチさんは若い頃から今と変わらず、まっすぐ突き進んで、何でもやってこられたみたいですね。やっぱり猪。
私は48年前の中学時代の仲良し友達と、温泉へ行こう!って、声を掛けています(笑)
まっすぐかどうか、曲がり曲がって、かなりつづら折れ、いえデコボコ道でしたよ(笑)。佐々木瑞枝に1票ですね。これで、2対1になりました。明日まで待つことにしますね。
そういう繁子さんもイノシシじゃないですか・・・。


