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紅茶国C村の日々

太田治子「明るい方へ」、日本旅行記(その三、成田で)

朝日新聞出版、太田治子著「明るい方へ」を読み終わりました。

ウイキピディアで、以下の名前をたぐってみました。
それぞれの名前をクリックすると ウイキピディアにとびます。ゆっくり、丁寧に読むとかなり時間をくわれますよ(警告)。
  
太宰治、

太田静子

津島美知子

斜陽

津島佑子、

山崎富栄、

田中英光


なんだかもう圧倒されてしまって、何を書きたかったかなんてすっかり忘れてしまいました。津島家も、太田家も、めんめんとつらなる一族の歴史があり、その中に、一人一人の才能ある人物が、大きな仕事を成し遂げていて、目がくらむような感じです。しかも太宰の自死願望のなんというしつこさ。「宿命への従容と忠実」と、太田静子さんが書いているのもむべなるかな。ちょっとやそっとの自殺願望じゃなくて、あきれるほど根深い。

それから、三島由紀夫が太宰治を嫌い抜いていたというのは、

三島由紀夫 - 大学時代、周囲の太宰熱に誘われて『斜陽』を読んだが、この作品に登場する架空の貴族の言動があまりに現実の日本の貴族とかけ離れていることに旧制学習院出身者として大きな違和感を持った。「虚構の彷徨」「ダス・ゲマイネ」なども読んだが、やはり悪印象を持った。その後、矢代静一に連れられて太宰を囲む会に出席したとき「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」と放言した。三島によると、これに対して太宰は虚をつかれたような表情をして誰へ言うともなく「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」と答えたというが、その場に居合わせた野原一夫によると「きらいなら、来なけりゃいいじゃねえか」と吐き捨てるように言って顔をそむけたという。三島は、その後も約20年間にわたって繰り返し太宰に生理的嫌悪を表明し続けた。「太宰のもつてゐた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だつた。第一私はこの人の顔がきらひだ。第二にこの人の田舎者のハイカラ趣味がきらひだ。第三にこの人が、自分に適しない役を演じたのがきらひだ」。田中英光の死についても「弱者(太宰)が強者(田中)をいじめ殺した」と揶揄的に述べていた。(Wikipedia,太宰の項より抜粋)


よく理解できるような気がする。でも、今の若い人が共感する作家という点では、太宰も決して三島に負けてないだろうな、と思う。そして、人間太宰と、作品の価値ははかならずしも一致するものでもなさそうだし。

思い起こせば、学生時代、桜桃忌(太宰の命日)に三鷹のお墓まで行ったこともある私。作品もいくつか読んでいる。全部じゃないけど。しかも、丁寧に読んでないし、忘れてしまったものも多い。いまさらあまり大きなことは言えないけれど。あえて、結論 : 「人間失格」という言葉、自分に弱音を吐く心境は、誰だってあると思う。かくいう私もしょっちゅう、自分のことをそう思っている。でも、自殺願望は、とうの昔に捨ててきた、というか、乗り越えてきたと思う。自分が情けなくなっても、どん底から這い出すか、またはあっけらかんと立ち上がるド阿呆ものになるすべも身につけてきたような気がする。自殺なんてするもんじゃない。してはいけないことだし、普通の人はそんなことできっこない、それがあたりまえだと思う。

太宰のよさは、読者を自殺願望に引きずりこむようなものではなくて、作家が心の底で自殺願望を持ちながら、一方であれだけたくさんの言語表現(作家活動)をしたことだ、というのは、ちょっとなまぬるい結論だろうか。

3年前にちょっとだけ勤めたロンドン西郊の土曜学校で、日本語の教材として「走れメロス」を扱った。テキストはふりがなつきでやさしくしたものだったけれど、あの作品に流れるヒューマニズムは、日本語の不自由な生徒たちでもよく理解しやすいものだったと思う。

太田治子「明るい方へ」、日本旅行記(その三、成田で)_e0010856_1483287.jpg


山梨の実家の姉は、(なあんて、インターネットをしない世界に住んでいる人なので、ここにどんどん書いてしまいますが) 地域の意識の高いご婦人たちの読書会に入っていて、いろんな「いい本」を読むように、時々私にも薦めてくれます。セガやメグ(長男、長女)が生まれたときから、段ボールで絵本を贈ってくれたりして、「いい本」を姉から教えてもらったことは、数え切れないほど。感謝。その姉が、返してねと言って貸してくれた本なので、ハードカバーで重たいけれど、これはほかの本より先に読み終わりました。

なんで太宰? なんで太田治子?と言わないで、来るものは拒まず、という感じで栄養をいただいたのでした。(笑)

2010年10月ミチの日本旅行記(その三)
成田に着いて  ↓ をクリックしてください。






2010年10月ミチの日本旅行記(その三)
成田に着いて。

10月9日(土曜日)、朝10時前に成田に着いた。
どこもかしこもピッカピカ。これが第一印象。
黒て汚い老大国と呼ばれる国の空港とはだいぶ違う。

ヒースローの売店でくっつけておいたスーツケースの鍵がひとつなくなっていた。
係りの人に言っても、ああそういうのは、取れやすいですからね、というだけだった。

荷物を受け取ってからやったこと。
まず、山梨の実家へ行くバスの切符を買って、乗り場を確かめた。時間はたっぷりある。1時半の発車までに3時間以上。
それから、銀行で引き落とし。
そのあとヤマト運輸さんのカウンターに行き、荷物の中から一部を宅急便にして、発送した。
それでも、まだまだ時間はたっぷり。
空港内をあっちこっち歩き回っているうち、ミチの心の中は、なんと日本語教師になっていたのでした。イギリスで日本語を勉強する生徒たちがこういう看板を見たら、わかるかな、よろこぶかな、なんて思うかな、と思う看板や光景を写真にパチパチ。その中で、評判のよかったのは、これでした。(旅を終えて、生徒に見せた後だから、言えることですが。)


太田治子「明るい方へ」、日本旅行記(その三、成田で)_e0010856_247478.jpg
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空港の看板をめがけて写真を取り集めたあとで、さて、そろそろ昼ごはん時。バスの時間前になんか食べておこうかな、となりました。
ヤマトxxさんの前にあったお弁当屋さん、迷いましたねえ。色とりどり、メニューさまざま。
おかずはどれも似たりよったりで、メインが違うんですよね。カツにするか、から揚げにするか、焼肉にするか、焼き魚にするか、とか。

でけっきょく、これ(↓)にしました。500円。
太田治子「明るい方へ」、日本旅行記(その三、成田で)_e0010856_2312849.jpg

やあ、正解でした。おいしかった。久しぶりの日本の味。卵焼きなど、よく、丁寧につくってありました。
成田空港ターミナル2の「まきば」というお弁当屋さんの話でした。
待合場所で巨大テレビなどを見ながら、一人でゆっくりとお弁当をいただきました。だんだん、だんだん、自分が日本人になっていく、というか、自分の中の「日本人的なもの」「ジャパニーズネス」が戻ってくるのが分かりましたよ。(笑)。

どれだけ日本を覚えているか、忘れたものがどれだけあるか、違和感を感じるとしたらどこで感じるか、それが今回の私の短い日本旅行のサブテーマみたいなものでした。(笑)

到着早々、お土産のことを考えるのもおかしな話だけど、イギリスに持って帰る生徒たちへのお土産、特に100円ショップの筆ペンが成田空港にあったらいいな、と思った。案内所に行って聞いて見ました。「100円ショップは空港内にありませんか?」もちろん、そんなものなかったです。それにあったとしても、コインロッカーに1週間も預けておけない。なくてよかった。
Commented by marri at 2010-10-27 18:20
久しぶりに来ました。
それが良かった。纏めて全部よめたから!
貴女の事、初めて来られた異国の人の目・・・て感じで読んでます。
だって、見るもの、すること、驚きと新鮮な感覚で感じているのよ!
そして、早く、早く、もっともっと読みたい心境です。
次回が待たれます。又来ますね!
Commented by agsmatters05 at 2010-10-27 18:44
marriさん、ありがとう。
どうしてらっしゃるのかな、って今キッチンで考えていたところだったんですよ。旅行記、順番が逆なのがちょっと不便じゃないですか。あとから読み返すときのために、順番を時間系列にそって読めるようにページを変えるにはどうしたらいいのかなあなんて考えてました。励ましてもらって感謝。またがんばって次を書きまッショ。来週学校が始まる前におわらせとかなくっちゃ、ね。
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by agsmatters05 | 2010-10-27 03:02 | Comments(2)

紅茶国で(元)日本語教師(今は退職)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日常の出来事、イギリス風景、たまには料理や本やニュースや出会った人々のことや、家族のことなど。