2010年 06月 20日
19(土)スピーチコンテスト日本語杯(ニホンゴカップ)
ブログで直接、間接にご声援をお寄せくださった皆様、ありがとうございました。
紅茶の国内で全部で22校から268人の参加者(テープによる応募)があったそうです。
その中の15人が今日の最終選考に残りました。
キーステージ(KS)と呼ばれる三つの学年グループ、KS3、KS4, KS5から、それぞれ5人ずつが残り。亜蘭君の学年は一番若い13,12,11歳組のKS3でした。とくにKS5といえば、シックスフォーム、つまり、高校2,3年生で、ほとんど大人と変わらないおおきい生徒達です。
大使館は、写真禁止。その代わり申し込んだら誰にでも、スピーチコンテストの写真をCDに焼いたものを後から送ってくれるそうです。
写真の代わりに、きょうは,亜蘭君のスピーチの全文をここに載せさせてもらうことにします。だれからも許可を得てないですが、発表済みの原稿だし、日本語ブログサイトなので、特に違法だとかいうことは考えられないので、一挙掲載させてもらおうと思います。
「ぼくの好きな人= My favourite person 」
みなさん こんにちは。ぼくの名前は XX・亜蘭です。
ぼくは A 市に住んでいます。
ぼくは、A ・グラマー・スクールの九年生です。
ぼくの家族は二人です。ぼくと父です。
ぼくには母がいません。ぼくの母は、3年前に亡くなりました。そのときぼくは10歳でした。ぼくはとても悲しかったです。母の病気はがん=Cancerでした。ぼくは癌が憎いです。
たくさんの友達や先生がぼくに尋ねます。
「ジョナくん、だいじょうぶ?」って。でもね、ぼくはほんとうに大丈夫だよ。なぜなら、涼宮ハルヒがぼくに元気をくれるからです。ぼくは涼宮ハルヒが大好きです。ハルヒはぼくのインスピレーションの素(もと=source)です。
みなさんは、涼宮ハルヒを知っていますか?知っている人は手をあげて。
涼宮ハルヒはマンガのキャラクターです。さくしゃは谷川ナガルです。これはぼくの大好きなマンガです。そして、ハルヒはとてもオーサム、すごいです。すごくて、かっこいいです。ハルヒは神戸の高校生で、学校でクラブをつくりました。クラブの名前は SOS団です。それは Sekai wo Ooini moriageru tameno Suzumiya haruhi の SOS です。ハルヒはこのクラブの団長です。そしてSOS団の目的は「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」です。ハルヒは美少女で変人です。信じられないことがたくさんおこります。ぼくの一番好きなエピソードは「ささのはラプソディー」です。とてもおもしろくて、すごいですよ。ハルヒは運動神経がばつぐんで、超能力者みたいです。かのじょのエネルギーとパワーをぼくはいつももらっています。だからハルヒはぼくのアイドルです。
ぼくの話をきいてくれて、ありがとうございました。
また明日、この続きを書こうと思います。急にねむくなってしまいました。
とにかく、よかた、よかった。ひとまず、おめでとう、おやすみなさい。

そして ミチさん、良かったですね~~。苦労のかいあったですよね。
おめでとう~~~~~~~\(-o-)/
おめでとうございます。
お母様がいらっしゃらないのですか。知らなかったです。
10歳といえば、これからしっかり欲しい年代に入っていきますね。
息子は8歳で父親を失ったから、なんだか身近に感じられます。そんな彼の支えは
「涼宮ハルヒ」さんなのですね。ここで初めて知りました。より日本人っぽいですね。
貴女の誇りの亜蘭くん。心からおめでとう!
私も彼から「涼宮ハルヒの憂鬱」という言葉を聞くまで、すずみやのスの字もしりませんでした。亜蘭君はその後、憂鬱という漢字もしっかり書けるようになりました、私より先に、ね(笑)。でもね、ここであえて厳密に言うと、「私の誇りの亜蘭君」なんていえないんです。「私の悩みの種の亜蘭君」なんです。これは半分冗談、でも半分は本当のこと。ジンセーいろいろ、亜蘭君いろいろ(笑)。
亜蘭君が日本語を続けるかどうか、これも簡単にかたづきそうもない問題です。私の努力といっても、一から手取り足取り指導してここまできた子、というわけではないので、私は単に橋渡しというか、きっかけ作りをしてあげただけ、なんです。お膳立て、をしただけというか。それにまだ実感があまりわかなくて・・・。これから学校でどういう反応を示すか、と考えるとちょっと困ってしまいそう。また書きますね。
これから彼が日本語の勉強をどう続けていくか、あるいはどう活かせるか、先生のミチさんとしては気になるでしょうけれど、何よりも素晴らしいのは、それでなくても難しい10代なのに、複雑な家庭の事情を、日本語学習と日本のアニメというはるか別世界の文化を心の支え手として切り抜けてきたということではないでしょうか。語学の上達以上に、彼の人生に日本語とアニメが果たした役割が素晴らしいですね!日本語は彼にとって、ドラマチックな別世界への招待状かな。 Yoshi
Yoshi さんのご指摘のとおり、日本語と日本アニメ、漫画がかれにとって、つらい現実を忘れさせてくれるもの、ある意味で逃避的なものになっているかもしれない、という一面はたしかにあるのです。数学の授業中に日本語のスピーチの暗記をしたなんて聞くと、私はゾッとしてしまうわけです。それでなくても複雑な日常生活のあやうさを抱え込んでいるのですから・・・。


