2010年 03月 17日
17(水)母の日の日曜日に話した「不思議な夢」のこと
ま、この間も、授業はふつうどおり、なんとか時間割にそって続いているわけで、その記録ももうすこしていねいに残しておかなくては、とおもっているのですが。
とりあえず、今日は、一つだけ、忘れないうちに書き留めておきたいことがありまして。
さきおととい(14日の日曜日)、紅茶国の母の日に始めてのお宅に招かれてご馳走になった記事の続きです。
おいしいお食事のテーブルでいろんな話がはずんだのですが、どういうきっかけだったか、オバケや幽霊や神秘的なものの話題になり、そうして夢の話になりました。
不思議な夢といえば、だれもが一つや二つ、みたことがあるのではないでしょうか。
子どものころ見た夢を今もまざまざと覚えている、という例もありますよね。
学生時代、寮に入っていて、空を飛ぶ夢を何度もみたことがありました。
濃い緑色の地中海の上を自由自在に、高く低く飛翔した夢はほんとうにいい夢でした。
スピード感はあまりなくて、ただ重力を感じないで、上がったり下がったり、見たいものを空の上から自在に見られるという、なんとも都合のいい夢でした。一度ならず、何度もみたので、良く覚えています。そしてその原因は、どうやら、(後になって分かったことなのですが)、細い一人用ベッドの上の掛け布団がベッドから落ちたことにあったらしい、のです。どうりで体が軽いと感じるわけですよね(笑)。
実は、不思議な夢の話というのは、この空飛ぶ夢の話ではなくて、私が実際に見た母の夢のことなのです。
こういうブログの記事にでも書いておかなければ、ふだん忘れていることなので、この際しっかりと書いておこうと思ったわけです。
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2000年から2003年まで、私はイギリスと日本を行ったり来たりする生活を送っていました。九州の延岡というところの大学で英語を教えていました。延岡には家がなくて、大学会館みたいなところに週単位で住まわせてもらっていました。そのころ、実家の山梨県では、すっかり記憶を失った90過ぎの母が、甲府の老人ホームでお世話になっていました。延岡の宿舎で朝がたカラスの鳴き声などを聞くと、不吉な予感の言い伝えが気になって、実家に電話して母の安否を問い合わせたり、何か母に変わったことはないか、とたずねたりしていました。年に1回お見舞いに行けたらいいほう、というぐらいのごぶさたぶりでした。
ある朝、はっきりと母の夢をみたのです。
母は夢の中で、「オザワさんの奥さんがねえ」と私に言いました。このオザワさんという方は、私の実家の字小城(あざ、こじょう)という地区に住んでいる60軒ぐらいの戸主のうちの1軒で、隣組ではなかったけど、ときどき父が桃の木の剪定(せんてい、枝きり)作業を手伝ってもらうようなおつきあいのある家でした。
「おざわさんの奥さんがね、一緒に行こうよ、行こうよ、って誘うものだから、どうしようかと思って、こまってるのよ。」と母が私にはっきりといいました。
ふだん、母の夢をしょっちゅう、頻繁に見ていたわけでもないのです。ましてや、生まれ育った実家のある小城地区のほかのお家の方たちのことなど、たまに里帰りすれば話題はでますけど、ふだんはまったく忘れている人のことです。
それでもとてもはっきりとした夢なので、昼ごろ、延岡の大学の研究室から、実家に電話をかけてみました。
実家は桃栽培農家です。姉は電話にでなかったけど、あととりの姉の長男、つまり甥のM彦が私の電話にでてくれました。とりあえず私は、こんな夢をみたんだけどねえ、と電話口で甥に伝えました。
すると、甥はこういいました。
「オレ、たった今、そのオザワさんのお葬式から帰ってきてこの電話をとったところだよ。」と。
甥は私の夢の話を聞いて、電話口で、鳥肌が立ったそうです。
不思議、といえば不思議ですよ、ね。
よりによって、この日、しかも、母の知り合いは大勢いるし、遠い延岡でふだんご無沙汰ばかりしている三女の私が、どうしてこういう夢をみることになったのか。
けっして自分でも、第六勘が発達しているほうだとは思わないのですが、これには、偶然の一致以上に何かが働いていたのかと、思わずにはいられませんでした。
できるとことなら、もうちょっと磨(みが)いてみたいなあと思っている能力の一つなのですが・・・。

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さて、これは何の写真かって? うふふ、なんでもありません。ご心配なく。
3月9日の火曜日、ロンドンへ行った帰りに、マリルボーンから A市のA駅まで生徒達と一緒に乗った汽車(実はグループの半分は乗り遅れてしまい、一台あとの電車にのったのですが)、その時、電車の天井を撮った写真です。正体がわかると、安心でしょう(笑)。
私も鳥肌が立ちました。
霊の世界ってあると思っているので、ミチさんの夢の中に入ってこられたのですね~~
私の夢の中にも両親が現れてくれたらいいのにな~~と思います。
繁子さん、Mixi 記事読みました。まずは外遊ですね?それにしても日本の「見つける技術」(体内探索能力)ってすごいですね。
近日中に麗秋さんに会います。
イカナゴ、感謝、感謝、感謝です。
でも、大勢の人々の中から、何故にその人になっちゃったのか!
はなしはまた・・・違ってくるんですけど。最近
「Mさんに長いこと会ってないナァ~?もう数ヶ月来てくれてない」なんて
思っていたら島から(瀬戸内の向かいの愛媛県の島)来たんですよ。
ゾォ~ッとした事有ります。これは単なる以心伝心ですが。思えば通じる事なんでしょうか。
全く関係のないお話でごめんなさい。
ふしぎな出来事でしたね。
私も 子供のころ、何度も同じ夢を見たことあります。はっきりと記憶していて、今でもその夢の話出来ますね。
でもね、ミチさんのように 良い夢ではなくて、怖い夢で、いつも 泣いていました。
夢って ホント不思議ですよね。


