2009年 11月 01日
31日(土)ハッピーハロイーン、ハッピーバースデイ、メグさん。
朝は、ウエブ人間論 という新潮選書の本を読み始めました。
昼間は、フューズリーというくるんくるんしているパスタをナポリタンソースで、おいしくいただきました。
にんにく、玉葱、マッッシュルーム、ピーマン、ベーコン、トマトなどをたっぷり入れて、ナポリタンソースや白ワインと一緒にじっくり煮込んでみました。にんにくの甘みがでて、とっても美味しかった。
そして、C村の散歩に行きました。
その写真を何枚か載せながら、今日は、メグちゃんの誕生(出産)の日のことを思い出してみようかと、思います。馬の写真をいっぱい撮ったのですが、うまどしは長男のセガ、長女のメグはなんとトラですよ、トラ。 タイガー。

メグちゃんがうまれたのは、もとい、メグちゃんを産んだのは、予定日より4日遅れでした。前の晩、夜中の10時ごろ、下腹の周りがザワザワと電波が走るような感じになり、スワ前駆陣痛なのでは、ということで、タクシーで病院に入りました。けっきょく,産まれた(もとい、産んだ)のは、次の日の昼ごろ、12時35分ごろでした。

私自身は四人姉妹の3番目。昔々のことなので、自宅出産だったみたいですが、子どもの頃。夜、コタツを囲んで家族団欒のとき、母に「ねえ、あたし、いつ生まれたの?昼ま?夜?朝?何時ごろ?」と聞いてみた事があります。
母ったら、「う」っと答につまり、こういいました。「覚えてないよ。」
ただし、4人の娘を産んだなかで、私の時は家にお手伝いさんがいたので、一番産後が楽だった、ということだけは何度も聞かされました。お手伝いさんといっても、近所の娘さんが、食料難解消のため、嫁入り前の数ヶ月間を家事見習いでうちに来てもらっていた、という程度のことらしいのですが。

おっと、メグちゃんの話でしたよね。このときは初産ではないし、女の子だったせいか、陣痛もよく覚えていない間に、12時半ごろの出産となりました。案外すんなりと、でした。この長崎のM産婦人科では、父親は分娩室に入れなくて、メグちゃんの父親は廊下でヤキモキしながら待ちぼうけだったのでした。

女の子ということで、家族みんなビックリ、大喜びでした。まさか、まさか、女の子とは思ってなかったのです。どういうわけか、きっと男だろう、長男の後、次男だろうみたいに思い込んでいたのでした。女の子が授かってうれしい、とM医師に話したところ、このM先生、「あれ、言わなかったですかねえ。」なんて、とぼけてました。どこまではっきり分かっていたのかどうか、今でも疑問。とにかく、無事生まれてくれれば、という願いだけでしたから。

おかしかったのは、その日の午後4時ごろ、小学校から帰ってきたお兄ちゃんのセガちゃんが病院に見舞いに来てくれました。そして、私が寝ているベッドの布団の上に両手をおいて、こんなことをいいました。
「おかあさん、赤ちゃんが生まれたとき、おかあさん、おきてたの?ねてたの?」
寝たまま赤ちゃんが生まれるようなことがあったら、「産みの苦しみ」なんていう言葉はこの世に存在しなかったんじゃないでしょうか。

そして長崎の錦町というところの借家で赤ん坊のメグちゃんを抱きかかえて、小学校2年生だったおにいちゃんは、しずしずと階段を下りてきて、「メグ姫さまのおなりいー」だなんて、言ってた事がありましたっけ。

そのメグちゃんは、お兄ちゃんの影響で、早い時期から「ぼくもー。ぼくもー」って、しょっちゅういってました。
でも、1歳半で松山に引越しして、「・・・なんよ」というような伊予弁を最初に使い出したのは、メグちゃんでしたねえ。

メグさん、ハッピーバースデー!
2度電話したけど、どちらも留守電に切り替わってしまいました。今年は土曜日のバースデーでよかったね。きっとお出かけなんでしょう。コンサートかな?食事かな?
楽しく読ませていただきました~~
4人姉妹って賑やかだったでしょうね~
今日は楽しかったです。繁子さんの笑顔、ステキでしたよ。
Mixiで 麗秋さんが自宅出産の様子を詳しく書いておられたので、その余波を受けて(!?)お誕生日にはなにか書いといてあげようか、としばらく前から考えていました。
昨日のハロウイーンは、空振りでした。ありあわせのスイーツをたくさん用意しておいたけど、今年はなぜか近所の子達はやってこなかった。
貴女は長崎時代に女の子を授かったのですね。病室の外で待ってる父親。なんだかホロリとします。温かくなります。
その後、まもなくして伊予に引っ越したのですね。
7~8歳離れた兄妹さんだったのですか。良い子持ちですね。
なんだか、嬉しくなる今日のお話でした!


