2009年 06月 25日
23(火)、24(水)、ビザでふらふら。

とまあ、くだらん前置きはともかくとして、今週金曜日(6月26日)に紅茶国ホームオフィス(イギリス内務省=日本でいえば総理府にあたるのでしょうか、出入国管理を担当しているお役所)に一日即決方式のビザ申請をしたことは、ちょっと前の記事にも書きました。
郵送で申請すると、4週間から12週間かかる裁定を、一日即決方式だとその日のうちに(うまくいけばって英語でいうとfingers crossed!)ビザがもらえる、というわけです。紅茶国ではこの一日即決方式にはプレミアム(割り増し)料金を徴収しています。郵送による申請だと一人820ポンド(今は1ポンド160円だから13万1200円)。プレミアム申請だと一人1020ポンド(=16万3200円も!)かかるんです。

ビザにもいろいろありますが、期限なしで紅茶国に出入りでき、また滞在しつづけてもいいよという種類のビザは、英語ではILR (Indefinite Leave to Remain)というのですが、これをもらうためには、上記のお金を払った上で、いろいろな条件を満たすことを証明する書類をいっぱいそろえて、ホームオフィス直属のボーダーエージェンシーというところで審査を受けなければなりません。

その条件の一つとして、ILRビザは、5年分の労働許可証(ワークパ-ミット)を取得してUKに住んで働き、4年と11ヶ月目になったら申請できる、という決まりも入っています。日本語教師ミチのワークパーミットは2004年の7月20日から5年間(今年の7月21日まで)ということで5年前にホームオフィスから出してもらいました。あ、これは私がもらったと言うよりは、勤め先のG男子校が申請して、とってくれた、というべきでした。取ったといってもパスポートの中のあるページにでーんと色付き、写真入りの大きなスタンプが押してある、というだけのことですが。

本来は、ホームオフィスの膨大なウエッブサイトからレギュレーション(規則)を熟読し、間違いないように、自分で全部書類をそろえて、かつ19ページもある申請書を書いて提出すれば、余計な費用はかからないわけですが、そこを代行してくれるビザ会社や法律事務所がたくさんあるのは、日本も同じでしょうか?
その代行会社にビザ申請を依頼すると、私と娘の分を合わせて約1400ポンド(=224000円)ものお金が必要になってきます。でも、背に腹は換えられません。あの人、この人、紅茶国にいる日本人の友人の多くが弁護士に頼んだとか、代行会社にやってもらった、という話を聞くにつけ、もう自力で申請する度胸(?)気構え、意地が消えてしまったのです。
前にも書いたようにこのビザがあれば娘の学費、年間1万ポンド=160万円がゼロに近くなる、と聞いたら、この可能性の高いILRビザを、今、この時期に申請しないわけにはいかないでしょう。

査証出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
査証(さしょう 英:visa)とは、外国人の入国に必要な入国許可申請証明の一部であり、大多数の国が同様の制度を運用している。日本では英語での呼称ビザも一般的である。入国許可・在留資格とは別のものである。しばしば旅券との関係や違いが誤解されるが、旅券は「国際国籍・身分証明書」、査証は「入国許可申請証」と言い換えることができる。また旅券は旅行者の国籍国が発行し、査証は旅行目的国が発行するものである。

とにかく移民問題はどこの国でも頭がいたいのは同じでしょう。紅茶の国でもILR(無制限出入国許可)は年々厳しくなり、むずかしくなっていると言われています。聞きしにまさる(泣く子も黙る?)ホームオフィスのボーダーエージェンシーさまさまなのです。

でもって、長い話をそろそろ終わりにするかというと、いえいえ、ここからが、ビザふらふらの本題の始まりです。
最初この代行会社に行って10分ぐらいの面接相談をうけて、必要な書類の話を聞き、80ポンド=1万6千円払ったとき、ああそれならあまり問題なさそうだわ、これはいける、という感触をもちました。お金さえ何とかなれば、書類集めはOK、と思われました。メグの出生証明書もそのなかの一つに入っていて、たまたま古いものが残っていたので、コピーでいいですよね、出生の事実に変わりはありませんものね、という話をそのとき代行会社のケースワーカーと交わした記憶ははっきりと今も残っています。
ところで、必要な書類とは、
(1)ホームオフィスからのワークパーミット許可書
(2)19ページの申請書(これは代行会社で全部書き込んでくれる、という話でした。結果的にはこちらで全部書き込みましたが。インターネットからダウンロードしたもの。19ページの書類を全部で何セット印刷したことか。5回X19=95枚ぐらい、紙の無駄遣いをしました。)
(3)過去3ヶ月の銀行の明細
(5)過去5年間の源泉徴収票 (P60と呼ばれる書類)
(6)パスポート(古いのと新しいの2冊)
(7)勤め先からの、引き続き採用すると言う証明書。(これがキードキュメントらしいです。これについて詳しく書くと、記事1回分になりそうなので、別の機会にまわします。そしてこれが、あまり簡単ではなかったです。)
(8)住居証明(家賃契約書)
(9)写真2枚
というようなものでした。

ところで、メグは20歳以上だけれども、いちおう家族ビザとして、母親と一緒に申請できることになっています。その際には、出生証明書(Birth Certificate)というものを大使館から取り寄せないといけないのでした。2004年のワークパーミット申請時にメグの出生証明書を大使館から取り寄せたことがあり、その現本は当時のホームオフィスに送ってしまったのですが、コピーは手元にに残してありました。ところが出生証明書は、出生の事実にかわりはなくても、証明書の発行期日が古くなると、それに、ましてやコピーだと、とても書類として受け付けてもらえないのだと分かったのが、実は昨日(23日)の火曜日のことでした。大使館で通常の手続きを通して出生証明書を発行してもらうと、ふつう1週間は待たないといけないのだそうです。
これが分かった時点で昨日はだいぶあわててしまいました。コピーをひとまず出しておいて、オリジナルの出生証明書を何日後に提出しますという手紙をつけそえればよい、という規則が、申請書記入の手引きのなかのどこかに書いてあったので、これでいけるかと思ったら、それはただ郵送による申請の場合だけだと、代行会社の人から言われてしまいました。本音をいうと、代行会社のケースワーカーの人にもっと早くはっきり言ってもらいたかったです。でも、古いバースサティフィケートの、しかもコピーでいいかなんて思っていた人(アタシのこと)の常識が疑われるといわれても仕方ないかもしれません。
とにかく昨日(23日火曜日)大使館に行って、相談したり、頼み込んだり、懸命になって緊急性を主張して、交渉した結果、「緊急発給願い、理由書」というものを出し、かつ、本人(メグ)の自筆の申請書、委任状、そして、一番大事な日本の戸籍謄本をとにかく大急ぎで(特例としてとりあえずファックスでもいいから)送るように、そうしたらメグの出生証明書を金曜日の朝に渡してあげる、というところまでこぎつけました。
その場で簡単に「ハイ、どうぞ、座って待っててください、すぐ作ってあげますよ」ってなわけには絶対に行かない、そりゃあそうだ、そうは問屋が卸さない、なのでした。ところでさらに、金曜日の朝これを大使館から受けとっても、なんとクロイドンのホームオフィス、ボーダーエージェンシーは、朝のある時刻から書類はいっさい受け付けない、外部との交渉もできない、という状態になるのだそうです。つまり、木曜日中に全書類を渡しておかないといけない、と代行会社の人はいうのです。
それから電話でやりとりをして、なんとか領事部の係りの方も申請書類が整いさえすれば木曜日(25日)までには作ってあげる、と言ってもらえたのでした。うーん、事態がめまぐるしく入れ替わり、なんだか007の映画を見ているような、気持ちになってしまいました。本当に、切羽詰まりかけの、ドンデンがえしの繰り返し、というなりゆきでした。一山超えればまた一山、という感じでした。次から次にハードルが、垣根が、関所が、難関が迫ってきて、波をかき分けるようにその中をくぐりぬけた一日でした。
グリーンパークの大使館と、オックスフォードストリートにある代行会社との間を移動しながらも、携帯電話をしたり、インターネットカフェを探して、スキャンしたり、メールしたりして、相当、あたふたと動き回りました。何よりも京都のセガちゃんにファミリーイマージェンシーだからといって、会社の出勤を遅らせてもらい、区役所に行って朝1番でメグの戸籍謄本をとってもらい、それをロンドンの大使館にファックスしてもらい、母ミチのメールにスキャンして添付してもらい、メグはメグで、スキャンしてメールの添付で送られた申請書類4ページに署名して、記入、捺印などして、またまたスキャンして添付で送りかえし、それから現物を24時間以内配達保証という
Royal Mail special delivery guaranteed by 1 pm next day (4.95ポンド=約800円)
でブリストルからC村まで発送し、それをまた大使館にファックスで送り、セガちゃんの戸籍謄本ファックスとあわせて、領事部証明書係りの方がなんとか緊急発給をしてくれる、という電話をくださったのは、翌日(今日)水曜日の午後3時ごろのことでした。
ふう。もうこれで、かなりフラフラしてきています。

そして、まったく矛盾しているかもですが、その反面、
心の底のどこかで楽観してる、つまり絶望していないのは、なぜなのでしょう。別に悪いことは何もしていない、条件はみな満たしている、これを認めないのなら、認めないほうがどっか可笑しいんじゃないの、って言いたい気持ちがあるからかもしれません。人事を尽くして天命を待つ、じゃないですけど、やるべきことはやった、不正も過ちもどこにもないんだから、これに待ったをかけられても、かけるほうが可笑しいんじゃないの?という思い込み(ひらきなおり?)があるのかもしれません。

これはQTS(英国教員資格)をとるときもそうでした。ライフインザUKテストだって、自分のためというよりも、そのテストをする側の関係者の仕事場を提供しているみたいな、そうかこういう移民申請者を相手の商売で生計をたてている人だっているんだあ、という感じでした。ちょっと生意気ミチかな。
あさって金曜日、ビザの決定がくだされるはずです。その同じ日に、H女子校で一日中、とっても大きな学校行事、ジャパンデーというのがあります。そして、夕方にはオービングという村の教会の資金集めの村祭り(フェイト)があり、夜はミルキンのコントラクトブリッジもあります。6月26日の金曜日は本当に、大きな一日になりそうです。もっとも27日もロンドン経由のブリストル行き、28日も、メグの引越し手伝いと、予定がいろいろあるので、2009年6月は本当に大変な一ヶ月になりそうです。

では、果報は寝て待て、とにかくやるべきことはやったので、さりげなく結果を待たせてもらうことにいたしまセウ

以上の写真は、2009年6月23日火曜日、紅茶国ロンドンの レスタースクエアで、時間待ち、電話待ち、作戦待ち、のときに撮ったものでした。
大変だったでしょうに、なんだか楽しまれているような雰囲気を感じました。
「くだらん前置き」のところ、なかなかよかったですよ。ぴったりの喩えで面白く読みました。
長い文章読んでて・・・前の方忘れました。要するに明日金曜日は長ぁ~い一日になるようですね。こういった事を5年に一度続けて来たのですね。迫力有る人生やなぁ~!
ワタクスも健康診断受けます。前はそんなこと無かったのに書類の書き込み面倒くさいし苦手です。誰かに書いてもらいたいんです。これって、歳かなぁ~?
Marriさんはまわりにサポーターが多いから大丈夫。持ちつ持たれつで、誰かに気軽く書類を書いてもらうというのがなにより、と思いますよ。


