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紅茶国C村の日々

コロナDay100


今日のブログはこちら(↓)でお読みください

https://kochakoku2020.exblog.jp/





# by agsmatters05 | 2020-06-26 09:10 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day99

イギリスでコロナ外出自粛をはじめてから今日で99日目になります。ということは、明日は100日目。


この100日間の途中で、15年前に始めたこのブログ「紅茶国C村の日々」が、写真を貼れなくなってしまいました。
画像容量をオーバーしてしまったためです。有料のエキサイト会員になればまた続けられるのですが、
海外のバンキングカードは使えないと言われて、しかたなく 「続・紅茶国C村の日々」という
あたらしいサイトを作りました。これまではいつも2重に記事を載せてきました。

でも、100日目の明日からは、「続・紅茶国C村の日々」だけに記事を載せていきます。
ふるいブログ、ほったらかしにするのは残念だけど、消えるものではない(多分)ので、しばらくは
そのままにしておこうと思います。

明日から、このページに新しい記事が載らなくなったら、
「続・紅茶国C村の日々」エキサイト・ブログ ということで検索していただけますでしょうか。

新しいブログのURLはこちらです(↓)。

https://kochakoku2020.exblog.jp/




もしかしたら、上をくりっくしたら、新しいサイトに飛べるかもしれません。




続・紅茶国C村の日々





コロナ外出自粛令が出てから99日目。

今まで一日一回C村の散歩以外は出たことがなかった
(例外は4度、一度はW村の薬局、一度はパッテナム村の散歩、2度はA市のトヨタ往復)けど、
少しずつロックダウンが緩和されてきて、距離を保てば、2軒の家族が会ってもいいということになりました。

それで、昨日、お隣りのマーティンに細巻き寿司を届けたところ、さっそくお返しのお茶に誘われてしまいました。

お隣りのマーティンのお家は、裏庭で見事な苺栽培をしていて、
去年は苺が熟している間にご夫妻がスコットランド旅行に行っていて、
留守中苺をたくさん食べさせてもらいました。自由に取って食べていいって言われてたから。



コロナ Day99_c0400569_07340928.jpg17:01


プロセッコという、シャンペンに似た発酵酒にアップルドリンクを混ぜたもの。中に浮かんでいるのは、魚の形のアイスでした。冷たくて、甘くて、飲みやすかったです。楽しい会話に、おいしいお酒に、いい天気で、なにもかもそろった楽しいひと時でした。


コロナ Day99_c0400569_07344188.jpg


これ(↑)はマーティンの家で採れた苺とグースベリー。
それにメレンゲとアイスクリームと生クリームをかけて美味しかったぁ!
新鮮な採れたてのフルーツが、ちょっとだけ酸味があって、メレンゲやアイスクリームの甘さと程よく混ざって、
すっかり2皿もいただいてしまいました。夕ご飯はとても食べられませんでした。



コロナ Day99_c0400569_07333862.jpg15:32




水曜日はほぼ恒例になりかけているオンライン・BBOのテーブル・ブリッジ。練習試合。
今日はニール(インド人女性)と私がペアになり、テリー465とメアリーさんとかいう方がペアになり、
2時から3時半まで18回の手札を(PCに)配ってもらって、競技しました。

ニールって、レベルが10なんですよね。一つ上がれば J (ジャック)になる人。
つまり、かなり上手なんです。おかげで、ぼろ勝ちさせてもらいました。
上の写真で、右側の黄色い数字が 71対14みたいになってるのがわかるでしょうか?
これが勝率なんです。WE つまり私とニールの組が71%、テリーとメアリーの組は14%。
最初0対0で初めて、一時間半後の結果がこういうぐあいでした。

って、ブリッジをしない方にはこういうことを書いても全然つまらない、わからないと言われるのは、
わかってるんですが、ついつい、気分がよくて、うれしくて、書いてしまいました。
こういうこともたまにはあると記録させてください。






コロナ Day99_c0400569_07323707.jpg


一日の出来事の時間が全然順不同ですが、これは遅い朝ご飯に食べた自家製の納豆。
ネバネバがうれしくて、つい写真に撮ってしまいました。
日本食材店で売っている納豆よりも豆が新鮮で柔らかめ、です。
付属のたれとかいうものはないので、醤油麹とイングリッシュ・マスタードを混ぜていただきました。
これは思いもかけないヒット作でした。もちろん大豆は魔窟ものですが、
こういう乾燥した穀類や豆類はほとんど賞味期限など気にしないで食べています。



コロナ Day99_c0400569_07351010.jpg


これ(↑)は夜8時50分。
アンジェラさんといつもの水曜日のアビーさんのクラブで試合中に撮りました。
この夕日が出ている間は細い月は見えないので、陽が沈むのを待ちました。


今日の試合結果?アンジェラさんが頑張ってくれて、(いい手札がアンジェラさんに多くて)、
53.70%の勝率で、南北13ペア中の4位。マスターポイントを20点いただきました。
Angela & Michi
23   253.70   20




コロナ Day99_c0400569_07353998.jpg




そして10時15分。(↑)
アイフォンカメラでは、うまく撮れない。ぼやけてしまう。





コロナ Day99_c0400569_07363284.jpg

10時15分。 ズームしないで、ありのままを撮ろうとしたら、こんな感じ(↑)。
月の位置が昨日と比べてずいぶん西寄りに動いているのに気づきました。
昨日は煙突の上あたりだったのに。


コロナ Day99_c0400569_07370903.jpg

10時16分。
拡大して撮ろうとすると、こんな感じ(↑)でぼやけてしまう。


コロナ Day99_c0400569_07374582.jpg

11時14分。ようやく実際に近い、細い三日月が撮れました。

そうそうこれ、この形なんです。
その昔、10代、20代の私の心をふるわせた月の形です。(笑)
こういう三日月をみると、〇きな人に会えるというマイ・ジンクスを妄想していた昔々が
私にもありました。今はないけど、この月の形をみるとなんとなく心が躍ります。(笑)





それでは今日のコロナのデータを見てみましょう。

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 24, 2020, 23:30 GMT

Coronavirus Cases:9,514,995

Deaths:483,879

Recovered:5,162,795





全世界の感染者950万、死者48万、回復者516万。
昨日からの一日で全世界の死者は4991人、100人以上の死者がいた国は10か国。
米国775、ブラジル1103、ロシア154、 インド424、 英国154、ペルー182、チリ226、イラン133、メキシコ793、南アフリカ103



# by agsmatters05 | 2020-06-25 09:14 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day98

続・紅茶国C村の日々 より



今日は「暑い」と感じることができる天気でした。(めずらしいことなんですよ)
天気予報では、明日の水曜日は、気象予報上、もっとも暑くなる日だそうです。
とはいっても、うだるような暑さかどうか、30度になってもカラッとしてたら、しのぎにくいことはないでしょうけど、
やっぱり暑い時は日陰が欲しくなるかも、ですね。


夕方(日が高くて明るいから夜の8時でも夕方という感じ)8時20分頃いつもの戸外歩行に出かけました。
クリケット場を半周したところで、アンジェラMさんからテキストが入り、
8時半からレイおじさんと、もう一人加えて4人でBBOのカジュアルゲームをしませんか、だって。
散歩中です、と答えるべきだったかもですが、いつも振られたバトンは受け止めることにしているので、
歩行活動はさっさと切り上げて大急ぎで家に帰りました。よって今日は風景写真がなし。

ルーシンダからは返事がこなかったので、テリー465に電話したら、すぐOKと言うことで、
4人でカジュアルのテーブルを囲んで約2時間。最初はテリー&ミチのペアがぐんぐん勝っていたけど、
にっくきレイおじさんの激しい猛攻に会い、最後はやっぱりアンジェラ&レイ組(南北)が勝利。
50%対40%ぐらいだったかな。

BBOのカジュアル・ゲームと言うのは、あまり勝敗にこだわらず、練習試合のつもりでやればいいことなので、
昨夜のようにふてくされるほど、自分の間違いやしくじりや技(わざ)の不足に落ち込まなくてもいい。
だけど、ブリッジと言うのは、本当に頭脳ゲームで、もちろん、経験と勘は大切だけど、
集中力や、記憶力や、推理力や、そして時には大胆に、時には用心深く、プレイしなければいけないという、
たいへん奥が深くて複雑きわまりない競技だと思う。


これ(↓)は午前中、SBBCというクラブでのオンライン・ブリッジ中のもの。
テリー465さんと組んで、最初はとても調子が良かった。だから 70% なんていう
珍しいスコアが出せてた。だけど後半負けが混んで結局55.90%で東西組の3位だった。



コロナ Day98_c0400569_08071839.jpg


以下、夕日の写真は、オンラインブリッジをしながら窓の外をとったものです。


コロナ Day98_c0400569_08104099.jpg


21:00pm



コロナ Day98_c0400569_08121001.jpg


22:02
太陽が沈んだら、細い細い、例のあの「三日月」もしくは「繊月、せんげつ」が・・・
「例のあの」ってなんですか、てへへ・・・です。


コロナ Day98_c0400569_08130118.jpg


22:02 



コロナ Day98_c0400569_08134339.jpg



そして24番勝負が終わって、22:52 に外を見た時、初めてこの細い月に気がつきました。



コロナ Day98_c0400569_08140751.jpg



22:53.

アイフォンのカメラではあまり正確には撮れませんが。




コロナ Day98_c0400569_08095501.jpg


昨日、シソの苗を少しだけ別の鉢に植え替えてみました。
大きくなってくれるかなあ???   上の写真は散歩に行く前 20:16 (夜の8時16分でもこんだけ明るかった)



昨日マーティンがスモークサーモンを買ってきてくれた(買い物リストにこちらで加えたからだけど)ので、
すし飯を作って、細巻きと合わせて、マーティンの家にも持っていきました。

きれいに並べたお皿の写真を撮りわすれたので、これは残りのもの。
細巻きは、キュウリと卵焼きと細く切った生の人参を入れました。



コロナ Day98_c0400569_08091389.jpg

あと、今日はうれしいことがありました。
昨日作った納豆、一応成功しました。
ちょっとだけ、水分が残りましたが、ねばねばはどれもかなりうまくいったようです。



コロナ Day98_c0400569_08030569.jpg

一昼夜、ホットウォータータンクの中に入れておき、今朝から冷蔵庫にうつしました。


コロナ Day98_c0400569_08034605.jpg


そして朝ご飯はこれ(↓)
黒いのは、醤油麹です。わりと満足できました。

コロナ Day98_c0400569_08082629.jpg

これで、納豆はおそらく毎日食べても10日ぐらいは持ちそう。
でも、半分は冷凍にしました。だから2,3か月は大丈夫と思う。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 23, 2020, 23:52 GMT

Coronavirus Cases:9,341,991

Deaths:478,915

Recovered:5,034,543


全世界の感染者 934万人、死者47万8000人。

昨日からの死者5431人で、100人以上亡くなった国は
米国874、ブラジル1364、ロシア153、 インド468、英国280
ペルー181、 イラン121、 メキシコ759、パキスタン105人、南アフリカ111人。



# by agsmatters05 | 2020-06-24 09:12 | bad news/good news | Trackback | Comments(2)

コロナ Day 97

続・紅茶国C村の日々



今週はいいお天気が続くらしいです。水曜日は一番暑くなるという予報らしい。
でもね、寒いんですよ、実は。




とにかくこの青いきれいな空を見てください。
思いっきり青い。


コロナ Day 97_c0400569_06472129.jpg


夕方の散歩中。6時15分から7時ごろの間でしたけど、陽がさんさんと照っているのに、
そよ風が、薄着してると寒く感じるほどでした。

軽井沢の気候、と言えばいいのでしょうか。(行ったことないけど。笑)



コロナ Day 97_c0400569_06474444.jpg



雲一つない。

いつもアイフォンでカシャカシャ気がるにクリックして撮ってる写真ですが、
今日はこのブログの画面全体を青くしたいとおもって、全然編集無しで、アイフォンからここにアップロードしたけど、
どうやら自動的に圧縮されるらしくて、こんなに(上2枚)小さくなってしまいました。


この↓3枚は、同じような写真ですが、このブログをいつも読んでくださる方は、どこの写真かおわかりですよね。

コロナ Day 97_c0400569_06481134.jpg

そうなんです、見晴らしの丘とも(勝手に)呼んでいる、ウイードン・ロード。
久しぶりに今日、車で出かけたとき、ここを通りました。

トヨタの車のMOT(私のじゃなくて)を受ける人のアッシーをしました。



コロナ Day 97_c0400569_06482923.jpg

ここを通るたびに、マーヒーさんに教えてもらった歌と、マーヒーさんを思い出します。


コロナ Day 97_c0400569_06484610.jpg



上の写真は午前中でしたが、下の写真はまたC村散歩中。

セントニコラス教会の横の草地にいつもの2頭の馬が。
だけど、なぜかコートを羽織っていました。


コロナ Day 97_c0400569_06492801.jpg

月曜日は、午後2時からアビーさんのクラブで、夜7時半からストークマンでビルのクラブで
両方ともオンライン・ブリッジをたっぷりとしました。
パートナーはルーシンダ。
午後のは56.42%で、17ペア中の3位。これ自体は悪くない。
だけど、ルーシンダの勝率は72%で、私のは30%。これはひどく不満足。

そして、夜のはもっと悪かったと思う。
まだ最終結果は出てないけど、ビリから2番目ぐらいだった様子。
しかもルーシンダはかなりいい成果を上げてたのに、私はすっかりダメ出しばかりだった。
コンピューターの前でルーシンダ画面に向かって、ミチ、ミチと怒り狂っているのが分かった。

ブリッジって、こういう面があるんですよね
先週の金曜日にトップになったペアが、今日の午後のアビーさんのクラブでビリになってた。
ちょっと歯車が狂うと、取り返しのつかないことになるのが、このゲーム。

まだまだ修行が足りない私。
だけど、もうどんどん下り坂を滑っているのかもしれない・・・・。



ブリッジの途中で、次の札が配られるまで、7分待ち、とか5分待ちということがあるので、
その間に、別の部屋からきれいな夕陽を撮りました。



コロナ Day 97_c0400569_06464360.jpg


なんで別の部屋からか、と言うと、マイルームからは窓ガラスが汚くて、
きれいに撮れなかったから。(笑)



コロナ Day 97_c0400569_06461742.jpg

夏井さんと家藤さんのユーチューブ、「夏井いつき俳句チャンネル」を
いつも楽しく、微笑ましく、そして、ごもっとも、ごもっともと頷きながら見ています。

ブリッジでへまをやり、負けが混んでふてくされ気分を解消してくれるのに、これと
アイパッドのスードクが私の慰めです。


コロナ Day 97_c0400569_06452032.jpg


どこまでも突き抜ける青 夏の空

どこまでも しみわたる青、夏の空

限りなく 青一面に 夏の空


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 22, 2020, 22:23 GMT

Coronavirus Cases:9,169,401

Deaths:473,261

Recovered:4,902,841



全世界3657、米国612、 インド312、ペルー178、イラン119、メキシコ1044

# by agsmatters05 | 2020-06-23 07:39 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 96

続・紅茶国C村の日々



いつもの戸外活動、散歩と言うほど優雅な気分にもなれず、
運動というほど、激しく体を動かしてもいない。

気分転換のため、そして半ば義務感も入ってる、いつもの散策。

夕方7時から明るい太陽の下、緑の広いクリケット場を独占させてもらいました。

それで、パノラマ写真を撮ってみたのですが、下の2枚、
クリケット場の東と西から一枚ずつ撮ってみました。

これ(↓)は西側から


コロナ Day 96_c0400569_08175518.jpg




これ(↓)は東側から、西に向かって。
夕陽らしくない太陽が明るく輝いていました。
この緑の広場を一人で味わい尽くせるのって、しあわせ と思わなくて何でしょう?
とはいうものの、コロナのせいで、寂しさも、物足りなさも、つまらなさも、
かみしめながら黙々と4周しました。約3000歩。


コロナ Day 96_c0400569_08172738.jpg

あんころネットの見事なブログを書いていらしたマリさんがよく、
しあわせ って、四つのものを合わせたものよ、っていってました、よね、小夏さん?

健康と、友達と、あとなんでしたっけ? お金?  趣味? ???
マリさんのブログに行って、ずっと遡って探したら、きっとでてくるはず。



コロナ Day 96_c0400569_08170004.jpg



やっぱり青空を背景に薔薇の花の写真を撮ると、いい感じ。


コロナ Day 96_c0400569_08163039.jpg



すぐお向かいの家の庭先に咲いていました。でも空高く伸びて、
道路まではみ出してたんです。




これ(↓)は家の台所の外回りの壁に咲いていたもの。同じ花がピンク系と
淡いオレンジ系に色変わりするのが面白いです。



コロナ Day 96_c0400569_08154420.jpg






そして、これ(↓)はマーティンの家の庭先の、です。
前からきれいに咲いていたけど、隣まで歩いていくのがためらわれていたんですが、
今日はマリさんの「しあわせ」論を思い出したので、
あえて足を踏み込んで、撮らせてもらいました。

赤い色が大好きだったマリさん、
コロナのこと、どんなふうにブログに書かれたことでしょうね?


コロナ Day 96_c0400569_08160910.jpg




ここからは、今日の食ひもの。


まず、色は悪いけど、焼リンゴ。
自己流に相当アレンジして作りましたけど、
バターと砂糖がたっぷり入っているから美味しくないわけはない。(笑)
盛り方が下手ですみません(というか、恥ずかしいけど)。




コロナ Day 96_c0400569_08151882.jpg

これ(↓)も魔窟料理の一種です。

コックルズ といえば、貝。

コロナ Day 96_c0400569_09095972.png

マンチェスターの北の方、ランカスターあたりのモーカム・ベイという海岸で
この貝を採集していた中国人集団が大勢亡くなったという痛ましいニュースを


忘れられません。
それほど美味しいものなのかどうか 瓶入りのこの貝を買ったのは、ずいぶん昔のことかもしれません。
買ったまま食べる機会を逃していました。こういう時期だから、せっせと魔窟ものを始末しようと、思い立ちました。


コロナ Day 96_c0400569_08132647.jpg



ピラフ風にしようかと思ったのですが、バスマティ・ライス いわゆるロング・ライスと
玉ねぎ、にんじんと炒めてみました。

ハマグリのダシをとったスープストック(これも魔窟)を入れてみました。
味付けは、塩コショウ、主に塩だけにしたのですが、

あとから、キャベツ、トマト、グリーンピーズなどを入れてもよかったかな、と思いました。
明日は、それらを別に炒めて後からくわえてみようか、と思ったりしています(笑)。

ピラフ もどき です。

コロナ Day 96_c0400569_08143398.jpg

それからもう一つ、今日はちょっとハッスルしました。

これも魔窟もの。大豆がたくさん残っていたので、
セガが買ってきてくれた納豆があるうちに、と思って、昨日から水に漬けておいた大豆を
圧力鍋で柔らかく茹でて、納豆を混ぜ入れてみました。

↓は、低音調理器に入れたもので、これに入りきれなかったのは、小瓶などに分けて入れて、ホットウォータータンク
に今夜一晩入っていてもらいます。
どうかうまく粘々が広がってくれますように!


コロナ Day 96_c0400569_08135592.jpg



昨日読み終わった本(↓)。



コロナ Day 96_c0400569_08124968.jpg

1976年初版、翌年第15刷と言うので、今から44年前の本。

これはメグの荷物の中から出てきたんですが、メグが読んだのか、私が読んだのか、
とにかくまた読み直してみました。



これが面白いです。読書メーター









45年前に一年足らず家族で住んでいたイギリスのことを日本と比べながら書いている本ですが、
二つの国、二つの文化を比較するというのは、だからどうなのか、と言うところがつい欠けてしまいがち。
今年で17年目になる紅茶国暮らしの私にとって、この本で書いてあることは、
珍しくもないし、間違いでもないし、ケースバイケースでしょ、ということもたくさん
ありました。

一つだけ、初めて接したお風呂の入り方日英比較が面白かったです。

日本では四角い湯船に足を組むようにして(特に大きな体の西洋人が
日本の家庭風呂に入ったら、足を曲げて、膝を抱えて)風呂桶に入るのは、
赤ん坊の胎児の形(姿勢)だと、イギリス人が言ったそうで、作者木村さんがそれに対して、
イギリスの風呂は「棺桶」のようだって。
人生の最初と最後の形をお風呂の入り方で比べられて面白い、と。たしかにその通りで、
今日(日曜日)は私の入浴日で、しっかりと棺桶スタイルで入浴できたのでした。(笑)


コロナ Day 96_c0400569_08181746.jpg


ルーシンダとブリッジ、サウスバックス(SBBC)オンラインで。
ビリから数える方が早かった結果。8ペア中の6位。残念無念。
パートナー同志を比べても意味がないけど、二人とも4回ずつ親になり
ルーシンダは39%、私は52%の成績でした。
なかなか勝てない・・・・ムムム。




COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 21, 2020, 22:26 GMT

Coronavirus Cases:9,031,353

Deaths:469,514

Recovered:4,795,260



昨日からの一日で全世界の死者は3248人、100人以上の死者が出た国は10か国で
米国258人、ブラジル550人、ロシア109人、インド426人、ペルー184人、
イラン116人、パキスタン119人、メキシコ387人、コロンビア111人。
週末なので、少ないんでしょう。
月曜から火曜にかけて、またどっとこの数字は増えるはず。




# by agsmatters05 | 2020-06-22 09:39 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 95

続・紅茶国C村の日々




お隣りのマーティンは、毎週火曜日に買い出しをしてくれるんですが、
その時いつも花を買ってきてくれます。


コロナ Day 95_c0400569_07480742.jpg


ちょっと値がはるんじゃないかと気になるのですが、
とてもきれいで、ごたごたの家を飾りたててくれるので、ありがたいです。
これまでに芍薬、バラ、水仙、そして、このカーネーションと、



コロナ Day 95_c0400569_07475228.jpg



百合。


コロナ Day 95_c0400569_07473825.jpg



朝一番にカメラに入ってもらいました。


コロナ Day 95_c0400569_07472535.jpg




今日の散歩は7時過ぎ。

夏至の日の夕方ですが、やさしい陽がさしていて、長い影を作っていました。




コロナ Day 95_c0400569_07471331.jpg



影の長さを見ていただこうと思って、撮りました。



コロナ Day 95_c0400569_07470263.jpg


青空も出てたんですが、雲も多く、風が吹いて、寒かったんです。

もう、秋風じゃないかと言う気がしました。



コロナ Day 95_c0400569_07464990.jpg



イギリスの夏といってもあたたかいのはほんの短期間で、
夏らしい夏を過ごせないままに秋から冬になってしまうこともあります。

日本の暑さを思えばゼイタクは言えない、と今までは
ジブンに言い聞かせるようにして、寒い夏をエンジョイしようと
つとめていましたが、今日はふと、こんなに寒いのはヤダ、
やっぱり蒸し暑くても夏は夏らしく、暑くなくっちゃ・・・なんて思ってしまいました。
里心(!?)を感じた瞬間でした。



コロナ Day 95_c0400569_07463772.jpg


同じ散歩の終わりかけ、8時過ぎだったかもしれません。
写真だけがやけに暗く映ってしまいました。


今日は午後2時半から Berks & Bucks という二つのカウンティ―(県)を合わせた
ブリッジの試合がありました。レベルがJack (ジャック)より上の人は出られない試合でしたが、
あまりいい成績じゃなかった。

手札の持ち点の数え方は、52枚の札のうち、エース4点、キング3点、クイーン2点、ジャック1点で
合計4+3+2+1=10点、それが4種類(♣、♦、💛、♠)あるので、全部で40点。
4人で競技するので、平均すれば一人10点あればふつうですよね。
でも今日は私の席(オンラインですが東西南北に振り分けられるので)東は
ひどく、ひどく札が悪かったのです。全部で18回、手札を競って、東の平均点は7点。
これはとても珍しいことです。だいたいは試合全体で、東西南北の
手札はかなり平均に近づくのが普通なのですが。

ルーシンダ(西)の札は11.72という点数でした。
それで、私が親になったのは、18回中たったの1回。
その勝ちっぷりは91% という高率でした。
ルーシンダは8回親になって35%。ルーシンダの方が手札がいいので、
親になる回数が多いのは、わかるけど、35%はちょっと残念。

何を言いたいかと言うと、負け惜しみではないのですが、
東西組でトップになったペアのうち、東のプレーヤーはやはり1回しか親にならず、
勝ち率は91%でした。私と同じ。これだけはちょっと気やすめになりました。

しかも、ルーシンダったら、ここだけの話ですが、
私のここがだめ、あそこがだめといちいち文句を後から言ってくるので、
やってて面白くなかったです。



ところで、今日のアルバムの最初の一枚はこれ(↓)でした。



コロナ Day 95_c0400569_07425538.jpg


俳句、むずかしく考えなくて、作りなさい、って言ってました。
ふつうの言葉から5,7語をみつけて、季語をつければいいんだって。

コロナ鬱、飛んでけ飛んでけ、カーネーション


(カーネーションは初夏の季語だって。お粗末でした。笑)
これは、小夏さんに捧げます。124.png (ウインクのつもり)


では今日のコロナ、死亡者数を見てみます。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 20, 2020, 23:37 GMT

Coronavirus Cases:8,905,939

Deaths:466,250

Recovered:4,728,163




全世界の、昨日からの死者は4412人で、100人以上亡くなった国は10か国。
米国572人、ブラジル968人、ロシア161人、インド307人、英国128人、
ペルー201人、チリ202人、イラン115人、パキスタン153人、メキシコ647人。



# by agsmatters05 | 2020-06-21 09:03 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 94

続・紅茶国C村の日々



いつもと変わらない一日でした、ブログに書くこともあまりないような、一日でした。

C村の散歩中の風景写真はこんな(↓)でした。雨も降ったけど、青空もきれいでした。



コロナ Day 94_c0400569_09411426.jpg



夕方6時半から7時ごろは陽が出て、晴れてくれました。



コロナ Day 94_c0400569_09413257.jpg




午後からルーシンダとブリッジしたけど、完全なビリでした。ものの見事にビリ。

こういう日もある、ということでしばらく休んでみようなどと話し合いました。

だけど、明日の午後もまた レベルがJ(ジャック)以下の人たちがする試合に予約してるので、それはキャンセルしないことにしました。

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この(↑)家、敷地の一角なんですよ。どのくらい大金持ちなのか知りませんけど、家の屋敷の中にこういう林を持てる、ってどんな気分になるんでしょうか?手入れが大変だろうなんて思う必要はなさそう。たぶん、ほとんど一年中そんなに手入れをしているようには見えない。芝刈りだけは大きな機械で庭中を定期的に刈りまわってるようですが。


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今日の雲の形(↑)

コロナ Day 94_c0400569_09430836.jpg




そして、夏至。

ああ、やっぱり。今、ググったら、今日が夏至の日だったんですね。

この写真(↓)は夕方なんてもんじゃなくて、夜の10時半ごろ撮ったものです。


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北の空が赤く染まっていたのですが、その上に黒雲がどっさりとおおいかぶさって、空に明るい帯のような
景色というか、模様が見えてました。

たぶん夜寝てすぐ3時前には明るくなり始めてるはずです。

コロナ Day 94_c0400569_09440435.jpg


今日も5~10分程度のジョーくんとの顔合わせをさせてもらいました。
グランマが作っているパズルと言うのを見たかったみたいです。
せっせと工作をしているのですが、あまりにもちゃっちいので、
荷物を開けて中味を見たら、ジョー君がっかりするかなあ。

あんぱんまんのパズル2個と、ロンドンバスのパズルを3個も作ってしまいました。
まったくこの年になって、生まれて初めてジグソーパズルを作ることになるなんて、
ジブンでもびっくりしています。これもコロナのせいと言うか、おかげと言うか。

コロナ・ジグソー というべきか。


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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 20, 2020, 00:56 GMT

Coronavirus Cases:8,750,882

Deaths:461,818

Recovered:4,620,378




昨日からの一日で、全世界の死者は5064人、全然減ってない。100人以上の死者が出た国は10か国。
米国719人、ブラジル1221人、ロシア181人、インド366人、英国173人、
ペルー199人、チリ252人、イラン120人、メキシコ667人、パキスタン136人、
ほかに南アフリカ(94人)とエクアドル(95人)も。

ヨーロッパではロックダウンの緩和がどんどん進行中ですが、
果たしてどうなんでしょうね?昨日からの一日で新規の感染者は18万人もいるそうです。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


コロナDay100の記念(!?)というかまさか祝いでもないけど、
それをきっかけにあることをしようと思いつきました。
それは、この2重のサイトでアップロードしている記事を「続」だけに
一本化する、と言うことです。
2重に載せるのはやはり時間がかかるので、この際、旧版の「紅茶国C村の日々」
は写真の容量が限界に来たので、「続・紅茶国」だけで続けていこうかと思っています。

# by agsmatters05 | 2020-06-20 10:23 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 93

続・紅茶国C村の日々





あと一週間で100日になる! 93日目!
何に頑張ってるのかって、やっぱり食べ物の不自由さと、行動が限られるということですよね。
この行動自粛がはずされれば、もっと動き回るかというと、実はそうでもないかもしれない。
だけど、なんとなく、ガマンをしているという意識があるんですよね。

ナントカ逃げ道を探し出して、毎日を楽しく過ごせる人はいいけど、
自分自身をコントロールしにくくて、感情的になって、余計生きにくくなる人もいるかもしれない。
大部分の人がその限界すれすれのところで行動してるような気がします。


コロナ Day 93_c0400569_07244268.jpg


きっと子供たちだけは、この不自由さをあまり感じてないかもしれない。
ジョー君もううチャンもかえってコロナ期間中、働くママのそばにいられる時間が増えて、
甘えん坊さんになっているのかもしれない。


でも、45万人ほどの人がなくなってしまったことを考えると、
コロナにかからなかったことを幸いと思わなくっちゃ、ですよね。

まだまだいいことが出てくるはず。
じっと我慢してる人にはきっとご褒美が…。



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いつも、変わり映えのしない田舎の写真ばかりのせて、どうってことないブログです。

ジブンでも、何のためにこれをするのか?本当に意味があるのか?と
思うこともあります。




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そしてブリッジなどがたてこんでくると、今日はブログ休もうかなあ、と「魔がさす」こともあります。
もともと毎日書いていなかったこのブログ、コロナのロックダウンが始まってから、
時間があるので、続けてこれました。

残念ながらセガもメグもたぶんアコちゃんもだれも山梨の実家の人たちも
読んでないと思っています。東京の四女のマーちゃんだけ、たぶん、読んでくれてる?



コロナ Day 93_c0400569_07251658.jpg

まあ、いいでしょう。
ユーチューバーさんたちが、チャンネル登録をお願いします、と言うのは、
あれは、広告料が稼げるから、なんですよね?

年金食い減らし生活の、貧困層まっしぐらの、このブログの書き手、
とにかく、これはこれで、なんらかの意味があると思いたいです。




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いつもいつも同じような写真ですね。



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今日の紅茶国C村の、クリケットグラウンドの真上の空。


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青い空はきれい。白い雲もなんだかおもしろい。
C村は内陸部なので、雨が少なくて助かってます。

でも、この頃よう降ります。  


 

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今日は、10時半からテリー465とやさしい試合のブリッジをしました。真ん中辺の5位。
テリーさんは5回親になり、44%、私は4回親になり、77%の成績でした。
ときどき、ずっこけて、ときどき立派な腕前を見せるT。
しばらくは続けることになりそうです。

夜は、ルーシンダと、ストークマンでビルのティーム・イベント。
われらが女性陣(メアリーさんをリーダーにして、メアリーの娘たち、が47-55で勝った。
疲れました。

オンラインブリッジって、ラップトップの前で、ああでもない、こうでもないと
掛け声や歓声を出してしまうんですよね。バーチャル・ライフの歯がゆさ。




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せっかく孫のジョー君にロンドンバスのジグソーパズルを作ってあげようとしたら、
あんぱんまんのパズルがいい、というので、
やってみました。買いに出られないから、作ってしまう。

かなりちゃっちいパズルですが、いっとき遊んでくれたら、うれしい。
働くママのお手伝いのつもりで作りました。


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今日の食ひもの。

なんちゃって肉じゃが。

まともな肉、魚が手に入らない暮らし。

今日はながいこと楽しみにしてた、ちいさな瓶入りの、「食べるすき焼き」というものを使って、
肉じゃがにしてみました。ちょっと甘みが強いけど、まあまあ美味しかったですよ。


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これはマクロビ風と自己流で勝手に呼んでいるキャベツとパスタ(今日のはフューズリー)の塩味煮。

キャベツをよく炒めて、スパゲッティでもマカロニでもいいんですが、今日はクルンクルンとしているマカロニ
(の方が火が通りやすい)を一緒に入れて、水、酒、味醂も加えましたけど、主に味付けは塩だけ。

わりとよく作るメニューです。



コロナ Day 93_c0400569_07284722.jpg



それからこれ(↓)、黄な粉と青汁の粉を混ぜ合わせたもの。
昨日作ったものが、まあまあ食べられそうなので、全部混ぜてしまいました。
いろんなものに上からふりかけてもよし、
どんな飲み物に混ぜてもよし。タンパク質不足、ビタミン不足を補うためにと思っています。



コロナ Day 93_c0400569_07291275.jpg



夜、10時過ぎでした。(↓)



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おしゃべりだらだら、まとまりませんが、
このブログ、C村の散歩風景、孫のこと、ブリッジのこと、そして食糧事情。
だいぶ話題が限られてきてるけど、あと1週間で100日目。

このブログなりのお祝いでもしようかしら(笑)。
それともお休みをもらおうかしら。

我が月曜日のブリッジ・パートナー、レシェクは、コロナのせい(おかげ)で、8月まで2か月間も
長期休暇、ロング・ホリデーだって。明日かな、ポーランドへ出かけていくそうです。


ではコロナ情報へ行きます。

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 18, 2020, 23:12 GMT

Coronavirus Cases:8,565,132

Deaths:455,470

Recovered:4,507,328



昨日からの一日で、全世界の死者5018人、100人以上の死者が出た国は9か国。
米国663人、ブラジル1204人、ロシア182人、インド342人、英国135人、
ペルー204人、チリ226人、パキスタン118人、メキシコ770人。

# by agsmatters05 | 2020-06-19 08:33 | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 92

続・紅茶国C村の日々




クリケット場のすぐ横にある、だれも踏み入らない小さな林または森を撮ってみました。


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深い緑。


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今日は、昨日予約しておいたフィッシュアンドチップスの日。



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C村唯一のパブが、毎週水曜日にFish&Chipsのテイクアウエイをやってくれるんですと


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6時半に予約して、少し早めに行ったので、待たされました。

思っていたより混雑はしてなかったけど、ちらほらと
人が集まってきてました。
電話予約しておかないとだめらしい。



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温かい包みを抱えて急いで帰宅。
さっそくいただきました。これで10ポンド。1300円。
高いでしょうか。おいしかったです。
チップスと呼ばれるポテトフライがホクホクジャガイモで、
美味しかったです。イギリスの味に慣れてきたジブン、という感じでした。
こういうものばかり食べているとよくないんですよね。
コロナが終わったら、ボリスさんが英国内の肥満対策に取り組みたいと
言ったということを風のたよりに聞きました。
肥満のかたはコロナのリスクが高い。
なんにしても肥満はよくないのですよね。
寒い国なので、ついついこういう脂肪分の多い食べものに
走りがちなんでしょうか。


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私はイギリスのFish&Chipsを食べるときは、いつも日本の屋台のおうどんを食べているつもりになっていただくことにしています。
なにがいいかって、暖をとる、というか、寒さの中で温かいものを気楽に食べられるというのが、
Fish & Chips の良さだと思っています。

ま、もちろん、レストランでもっとしゃれた高級のFish&Chips もあるんでしょうけど。


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大急ぎでFish&Chips を食べて夕方の7時からアンジェラさんと組んでアビーさんのクラブでオンラインの試合。
50%の真ん中へんでした。
これからブリッジがどんどん忙しくなりそうです。
明日も、明後日も、その次の日も、その次の次の日も。
木、金、土、日、月、火、水、木、金、土、
つまりずっとずっと毎日ブリッジ三昧です。
頭の体操にはなると思うし、ある種の修行にはなると思うけど、
身体を動かさないのは良くないのですよね。もっと運動しなくっちゃと思っています。




これ(↓)はブリッジの途中、夜8時半ごろでした。


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今日も



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ちょっとだけ変顔しながら、ジョー君にロンドンバスを見せてあげました。
バスが大好きらしいです。

日本時間の夜8時とか、9時、こちらでは昼の12時とか1時ごろですが、
ジョーママはオンラインの会議で、ジョーくんとの板挟みになるらしくて、
苦労してる様子。ユーチューブは見せてはダメというと
何をして遊ばせるか、考えが尽きることもあるみたいです。
私は喜んでインターネットでお相手ができればそれでいいのですが・・・

というので、ロンドンバスのパズルを作ってあげることにしました。
アマゾンで注文したけど、コロナの影響かどうかずいぶん配達に時間がかかるらしいので、
もう待てないから、自分で印刷して、ジグソーパズルを作ってしまおうか、
などとアイデアがひらめいてしまいました。

メグから、クリエイティブだねえ、と言われて
「窮すれば通ず」だよ、と思いました。
ユーチューブで見てたら、東急ハンズとかいうところで、
写真を持っていけば、300円でジグソーパズルを作ってくれるマシーンが
あるんだそうです。やっぱり日本、すごいですね。



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それで今日は遅くなってしまいました。
もう日付けが変わってしまいましたが、今日のワールドメーターです。

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 18, 2020, 00:47 GMT

Coronavirus Cases:8,393,096

Deaths:450,452

Recovered:4,408,937




全世界の昨日からの死者、5264人、100人以上の死者は11か国。
米国809人、ブラジル1209人、ロシア194人、インド341人、英国184人、ペルー201人、
イラン120人、チリ232人、メキシコ730人、パキスタン136人、スエーデン102人。



# by agsmatters05 | 2020-06-18 10:08 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day91

続・紅茶国C村の日々




今日の天気。
晴れ間もあったけど、雨も降りました。



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6時半ごろの散歩で、いつものC村のスポーツグラウンド頭上の空。


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クリケット場の北側。
黄色い畑は刈り入れを待っている麦畑でしょうか。



今日は、ニュース特報 ブレーキング・ニュースがありました。


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60年前から使われているステロイドの薬がコロナの致死率を
有意差で大きく下げたというニュースでした。朗報ですよね。

これをもっと前から使っていたら、4,5千人は死者の数を減らせただろう、って
言ってました。ありきたりの、よく使われている安い薬だって、何度も言ってました。


デクサメタゾン と言うのでしょうか。
世界中で、特に南米ですぐにこの情報が伝わりますように。

ただし、軽症の患者にではなく、呼吸器とか酸素吸入とかをしている
重症の患者を相手に服用してもらった結果らしいです。

あ、コロナにかかっちゃった、じゃデクサメタゾンを飲もう、ってな具合にはいかないみたいです。



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散歩の後半はまた羊たちのいるところを通って、今日はC村を時計回りに一巡しました。

ずっと台所仕事とかのときにアイフォンをポケットに入れておかなかったので、
散歩のときだけの歩数チェックでしたが、3000歩ぐらいでした。
クリケット場も二回りしました。



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あきらかにこの羊たち(↓))は家族として、集団行動をしています。



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一頭のお母さんに2頭の子羊たち。
もうかなり大きくなってるのに、まだ甘えておっぱいを飲んでる感じでした。



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同じ場所で、雲の形を撮ろうと思ったのですが(↓)。



コロナ Day91_c0400569_06370345.jpg



その後で、セント・ニコラス教会へ戻ってきました。




コロナ Day91_c0400569_06355992.jpg


🎵

私のお墓の前で泣かないでください。
私はそこにいません。眠ってなんかいません。


この教会の境内には全部で150基ぐらい墓石があるらしいのですが、全然読めないほど石が朽ちている
墓石もあります。同じ名前の石もおおいです。Higgs さんという名前の家族は
おおぜいこの地に住んでいたみたいです。



コロナ Day91_c0400569_06363065.jpg

教会の向かい側がC村唯一のパブ、ユニコーン。
表の看板に毎週水曜日、フィッシュ&チップスのテイクアウエイを受け付けますという
看板が出てました。前の日までに予約して、だって。
それで明日の夜ごはんは、フィッシュアンドチップスになりました。



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日曜日にアマゾンで注文したクルミ。1キロ。15ポンド、約2000円でした。(↑)



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それから、夕べ偶然発見した、黄な粉に青汁の粉末を混ぜて、
お茶にいれたり、ヨーグルトにいれたり、いろんなものにかけて食べたり、
蜂蜜と混ぜてトーストに塗って食べたりできるんですね。青汁臭さが和らいで、
けっこうおおいに消化できそうです。(へへ、魔窟ものの青汁粉末です。)



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そして今日もたっぷりブリッジ、ブリッジ。10時半から1時ごろまでと、夜8時から10時半ごろまで。
昼の部はテリー465と、サウス・バックス・ブリッジ。クラブで、有料のオンラインの、3ポンドのでした。
夜は、ルーシンダと、アンジェラとレイおじさんと4人で一つのテーブルを囲んで非公式な練習試合。
今日はルーシンダと私のペアがぼろ勝ちさせてもらいました。
なんてったって、手札がいいのがまわってくれば、勝ちやすいんですよね。



コロナ Day91_c0400569_06525304.jpg



COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 16, 2020, 22:56 GMT

Coronavirus Cases:8,241,642

Deaths:444,890

Recovered:4,298,109



夜11時現在なので、これも一日の最終データとはすこしずれるかもしれませんが。
全世界の感染者、824万人。死者44万4890人。回復者,430万人。

やっぱり週末明けはどうしても数値が上がるんですね。
昨日から一日で全世界の死者、6294人。100人以上の死者が出た国は10か国。
米国824人、ブラジル1123人、ロシア193人、インド2006人、英国(やっぱり)233人、
ペルー196人、イラン115人、フランス111人、メキシコ439人、パキスタン110人。

どうかこれらの国にすぐに デクサメタゾン情報が届きますように。



# by agsmatters05 | 2020-06-17 08:16 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day90 

続・紅茶国C村の日々




90日目ですかぁ。ふう。って、他人事みたいですけど。
長くもあり、短くもありの90日間ですよね。
何と比べるかによって。

しんどいと思う人もおおいでしょうね。ロックダウンが。
それから、なにやら飽きてくる人もいますよね。人も、物も。


お天気は、毎日変わるので、飽きることはないかもしれません。
今日は雨模様でした。


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夕方6時半、ちょっとだけ気分転換に出かけてみました。
あの雷が鳴っていました。
傘をさして、樹木の下を求めて歩きました。
雷が怖いから。





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雨に濡れながら、クリケットの練習をしている若者が2,3人いました。





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これ(↑)は、マイルームから撮りました。




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これ(↑)なんですけど、園芸の上手な方、小夏さんとか、あられちゃんとか、
教えてください。去年からの紫蘇がこんな風に出てきたんです。
もうちょっと植えかえるほうがいいのでしょうか?
いろんな食べ方ができるので、ぜひたくさん収穫したいんですが。
地面に植えかえるような場所はあまりないんですよ。



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今日は、大きなブリッジの試合が2回。
かなり疲れました。
まずまずの成績だったから、いいんです。(って、なにが? 笑)

一日2回も大きな試合をやるのって、ちょっとキチガイ沙汰かもしれません。


あ、今日も孫のジョー君とちょっとだけテレビチャットしました。
夕ご飯を食べ終わると、どうやらジョー君がグランマの顔を見たいと言うらしいのです。
ただし、その目的は、私じゃなくて、なにかほかのものを見せてくれ、ということらしんです。
ほかのがいい、ほかのがいい、とご下命になります。

二階建ての赤いロンドンバスが見たいらしいので、
ラップトップのグーグル画像であれこれ見せたら、
アンパンマン・バスがいいと言うのでした。
ユーチューブで動くアンパンマン・バスの動画を見せたら、
アイフォンの小さい画面を食い入るように見てましたけど、
これは親の教育上、御法度だとあとから言われました。
目が悪くなるから、と。

今どき、ウウチャンもそうですけど、一日24時間のうち、液晶画面を見はまる時間って、こどもには、
どのくらい許せるものなんでしょうか?1時間や2時間ではとうてい納得しない子供たちが
多いのではないでしょうか?ううチャンだって、朝から夜寝るまでほとんどべったりでした。
悪い夢を見るから寝るときは寝床に置かないようにしてました。それから
ご飯の時も、アイパッドは無し。これはううママが厳しかったみたいで、
ううチャンは「ママが本当に怒ったら、怖い」と言ってました。アイパッドを
本気で溝に捨てかねない態度だったらしいのです。

かく言う大人の私も朝から晩まで液晶画面なしでは、ことが運ばない感じです。

とまあ、余計なおしゃべりでした。

今日のコロナ情報に行きます。




COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 16, 2020, 00:18 GMT

Coronavirus Cases:8,108,630 (感染者810万人)

Deaths:438,583 (死者43万8千人)

Recovered:4,188,234(回復した人418万人)



全世界の死者 3402人、100人以上の死者が出た国は7か国でした。
米国424人、ブラジル729人、ロシア143人、インド395人、ペルー172人、イラン113人、メキシコ269人。
イギリスの死者は、週末明けはいつも少なくて、38人。でもきっと明日は三桁にもどるでしょう。
イギリスの死者全体は世界で3番目。41736人。でもこれは、計算の仕方や
原因の分類の仕方で、5万人を越えるかもしれないという話もでてますよね。

日本全体は925人。1000人以内で止まってほしいけど、それは無理でしょうね。
薬、ワクチン、をひたすら待ち望む日々、ですね。



# by agsmatters05 | 2020-06-16 09:26 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 89 (C村風景写真集)

続・紅茶国C村の日々




今日の写真はこれ(↓)からです。

夏井いつきさんのユーチューブ。
俳句のタネをまく人。お隣りの藤井正人さんは息子さんだって。
息子さんとの掛け合いが微妙に興味深いです。
親しげでもあり、よそよそしくもあり。
よそよそしくというよりは、親子でも節度を保って距離を置いている、というか。
楽しませてもらいました。



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なにも特別な出来事はなくて、いつも通りの一日でした。
でも写真はちょっと変化があって、面白いかも。

バラの花、青空を背景にすると気持ちよく撮れます。



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夏空がひろがってました。
散歩に出かけたのは、夕方6時半過ぎでしたけど。


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花の写真は気分転換になるけど、私のココロはドロドロ状態。
午後からと夜と延々とオンライン・ブリッジをやりましたけど、
全然面白くなかった。というより、負けが混んで悔しくて、頭にきたという状態でした。

パートナーのルーシンダに、私はマッド、頭に来てると
なんどテキストしたことか。まだ人間ができてない証拠(笑)。



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太陽の光があると写真を撮りたくなる。





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はい、今日はお馬さんがいました。教会の、墓地の近くで黙々と草を食(は)んでいました。



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この(↓)二頭は仲良しカップルみたいですが。



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マーガレット、ですよね(↓)

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それからC村の村はずれに行くと、


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これから何かを植えようとしてるみたいな畑がありました。


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その時、落雷でやられた大木の残りと、倒れたほうの残骸に出くわしました。




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これでは、大木の大きさが伝わりませんね。





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横倒しになった木の太さが私の背の丈ぐらい。


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これ(↓)は帰り道に後ろを向いて撮りました。





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そして夕方、夜9時55分でした。


コロナ Day 89 _c0400569_07423221.jpg


ブリッジの負けが混んで、ちょっとふてくされ気味で書いた記事です。
修行がまだまだ足りません。


今日のコロナのデータを見て終わりにします。(夜11時現在のデータです。)

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 14, 2020, 23:02 GMT

Coronavirus Cases:7,980,808

Deaths:435,084

Recovered:4,096,444



世界の感染者798万人、明日は800万人になるのでしょうね。
世界のコロナ死者、 43万5千人。
回復した人、 400万人。

昨日からの24時間で、100人以上の死者がいた国は8か国。
米国322人、ブラジル541人、ロシア119人、インド321人、ペルー190人、イラン107人、チリ222人、メキシコ424人。

イギリスは36人ということでしたが、週末(土、日)のデータが少ないのはいつも通り。
月曜、火曜にどっと上昇するのがお決まりですよね。

まだまだ油断できません。辛抱、辛抱。
明日からは、外出自粛、14週目にはいるんですよね。ほぼ3か月。
長くなることは覚悟してましたけど、よくこれだけ続いたとも思います。
まだまだ来年までこの状態が続いても、なんとかやって行けそうです。

次に読む本がまだ山積みですから、大丈夫。
ブリッジも始まってとっても忙しくなりましたし・・・

# by agsmatters05 | 2020-06-15 08:26 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day88  レナ―タの物語は終わりました。

続・紅茶国C村の日々





今日のC村。晴れ間が出てたと思ったら、黒雲が現れて、夕立がきました。



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夏もよう。夏模様。夏景色。


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外に出たのは午後おそく5時半ごろでした。いつもより1時間早かった。


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あっという間に、黒雲が頭上に来て、大急ぎで家に戻りました。


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午前中は、ジョー君。夕食後、お風呂の前の空き時間。
メッセンジャーのビデオチャットをつなぐとすぐに、変顔を見たがる人。

今日はサファリ・パークの写真集と、働く車の絵本を見せたら、
ちょっとだけ画面に食いついて来てました。



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夜8時過ぎ、2階の窓から北の方を見て撮りました。


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同じ時間に続けて撮った写真でも、
こんな風に明るさが変わるのは、なぜだかわかりません。
アイフォンのカメラでシャッターを押すだけなので。


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船はマイ・コレクション。
希望をもたらすものとして、おみやげに小さな船があったら、つい買ってしまう。



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今日はお昼の12時半からと、夜の8時15分からの2回、ラップトップの前に座って、
オンライン・ブリッジをしました。パートナーは2回ともルーシンダ。
2回とも私たちの方がずっと勝ち率が上でした。まあいい気分かな。
でもまだまだ課題はいっぱいあります。お互いに自分のルールを曲げにくい二人だから。(困)

上の写真で読めるかどうかわかりませんが、右の欄の真ん中辺の黄色いところの数字、
WE は 44.9 で、 THEY は37.8となっています。
24回手札を変えて、ゲームが始まったときは4-25でWE の側が大負けだったのですが、
(ということは、ほかの人たちがやっていたゲームを途中から引き継いだ数字ということ)
次第に勝ちを繰り返して、ようやくこちらが優勢になれた、というわけです。

明日また午後2時からSBBC(バーナム)で日曜の試合をする予定です。



それでは今日のワールドメーター。

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 13, 2020, 23:09 GMT

Coronavirus Cases:7,853,370 (感染者数 785万人)

Deaths:431,621 (死者 43万人)

Recovered:4,017,718 (回復 400万人)



全世界で、昨日からの一日で亡くなった人の数は3932人。(夜11時現在なので、まだ変わるかもしれない)
100人以上の死者を出した国は、7か国。
米国677人、ブラジル819人、ロシア114人、インド309人、英国181人、チリ231人、メキシコ504人。

ところが、人口100万人に対する死亡者数を見ると、なんとなんとイギリスが614人で世界第二位。
トップはベルギーで833人、スペイン、イタリアが580,560と続いている。
全死亡者数では世界第一位のアメリカも、人口100万人当たりの死者は355人と、イギリスの半分。

これからいろいろな統計を駆使して、原因の研究がすすめられることでしょう。
英国の政府は頑張ってると思うので、残念な結果は政府のせいだとはいいたくないような気がする。
だけど、マスコミとか野党などは、政府への批判、攻撃の格好の材料とすることでしょう。

イギリスも地域によって、Rが1を超えた場所もあるらしくて、まだまだ外出自粛の日々は
終わりそうもない。オンライン・ブリッジが日ごとに増えていくような気がする。


 
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


レナ―タさんの本と物語に、毎日しがみついていた日々が終わって、一息ついているところです。
でも、もうちょっと関わっていたい気もします。早くレナ―タさんと連絡を取らなくては。

もしかしたら、総集編ということで、全編を1章から順番にまとめて一挙掲載ということもありえますね。
その方が読みやすいから・・・。 




# by agsmatters05 | 2020-06-14 08:49 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day87  レナ―タの物語(21)

続・紅茶国C村の日々



金曜日、週末の始まり。
今日の外出は、目先を変えて、車で隣村ウイングというところへ行ってきました。


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W村は、C村から一番近い(2マイル=3.2キロ)離れた村ですが、郵便局やお店や薬局があるけど、
そこには寄らず、村を突っ切って、反対側の景色のいいところをすこしだけ歩きました。
この前、車に乗ったのがいつだったか、運転の感覚がよみがえらなくて、ノロノロ運転してたら、
後ろから車が近づいてきて、追っかけられているようで嫌でした。だからスピードを出して、
後ろと同じ速度で走ろうとした?というのは真っ赤なウソで、ちょっと横によける場所を見つけて
停車して、後ろの車を先に行かせました。


ふだんあまり来たことのない場所でしたが、見晴らしがよかったのはいいけど、やっぱり天気があまり
冴えなかった。とても寒くて毛糸のカーディガンに冬のコートをはおって出かけて正解でした。

これ(↕)一面の麦畑です。


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🎵   
麦は泣き 麦は咲き
明日(あした)へ育ってゆく

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https://www.youtube.com/watch?v=FSsGY_mLjwI


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この(↓)紫いろのところを歩いたんですが、
道の左側は一面の麦畑。ところが右側は、なんと豪邸がずらりと並んでいて、
どの家も庭が見事に手入れされていて、一軒一軒うっとりさせられながら歩きました。
でもあまりあからさまに写真を撮るのは失礼になるのかと思って、写真はなし。残念。




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青空を背景にして撮れたらよかったけど。

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この↓の薔薇の写真も、よその家の表庭。

イギリスの家は裏庭が広くて手入れが行き届いてるけど、このバラは、表庭のものでした。
やっぱり遠慮がちに遠くから、そそくさと撮影させてもらいました。


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昨日の記事で、茹で卵マシーンと、チェダーチーズ。


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今日のブリッジ

ルーシンダと、アビーさんのクラブでやった。有料のBBO。
なんだか呼吸が合わなくて、とても緊張して、興奮して、お互いに
助け合うのではなくて、欠点を指摘しあうような具合になって、
終わったらぐったり疲れてしまった。結果は53%で東西組17ペア中の7位。
だめだめだめ。調子が狂うと、元に戻すのが大変。
夜、個別の結果を見たら、私39%、ルーシンダ54%だった。
とても悔しい。自分に悔しい。終わったときどうしてあんなにどっと疲れを感じたのか、
その理由が今分かった。エラーはなぜ起こったのか?・・・。





COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 12, 2020, 23:45 GMT

Coronavirus Cases:7,724,615

Deaths:427,675

Recovered:3,916,489



まだまだ数値は上がってる。
イギリスも地域によってはR値が1を超えるところもあるらしい。

世界の死者の数、昨日からの24時間で4589人、全然減っていない。
やはり南米が大変ですね。100人以上の死者がいたのは、10か国。
米国780人、ブラジル843人、ロシア183人、インド389人、英国202人、
ペルー199人、チリ222人、メキシコ587人、パキスタン107人、エクアドル108人。





レナ―タの物語(21)



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昨日の「著者の覚え書き」は全訳でした。
著者の許可もまだ得ていないのに、こういうことをしてしまっていいのかどうか、気になります。
それで、なんとかレナ―タさんと連絡を取りたいのですが、ハイスクールの関連の人か、
出版社の関連の人に当たってみたいです。名付け親になったという「名付け娘」のイモジェンさんと共同作業をした
と書いてあったので、イモジェン・ヴァン・ベルゲンという名前をフェイスブックで当たってみたけど、
もちろんわかりませんでした。

本当に数奇な運命だったと思います。現在生きておられたら、83歳です。
もしも著者と直接連絡を取ることができたら、聞いてみたいことがたくさんあります。
今日はここに思いつくままにそれを書いておこうと思います。

(1)金髪碧眼だったというレナ―タさんは、ユダヤ人らしくなかったということで、命拾いをされたようですが、
こういうことは遺伝的によくあることなのでしょうか?
(2)マリーニヤさんとは、その後、再会することができたんでしょうか?刑務所から出てくることができたのでしょうか?
(3)同じく、戦後、ポーランドへ行って、いろいろな人々に会うことができたのでしょうか?
(4)ローマン・カソリックの学校へ行き、カトリック教徒としておじおばに内緒で洗礼を受けたことは、その後イギリスではどういう風になっていったのでしょうか?カトリック教徒であり続けたのか、ユダヤ教に戻られたのでしょうか?
(5)お父さんとフレデリーカ(デイディーさん)との結婚のいきさつを、聞かせてください。
(6)イギリスのスコットランドで学校へ通い始めた後のこと、つまりこの本の続きの物語をきかせてもらいたいです。
(7)フレデリーカさんの天然痘はすぐ直ったのでしょうか?
(8)フレデリーカさんは、いくつかの国をまたいで大事なお仕事をする立場にあったようですが、どういう仕事をしておられたのでしょうか?レナ―タたち子供をおおぜいイギリスに運んだ船とは、どういうものだったのでしょうか?
(9)おなじく、マシューやハンカは戦時中、抵抗運動のような組織に属していたのでしょうか?
(10)レナ―タのお母さんやおばあさん、また大部分のユダヤ人が迫害され、殺されましたが、
大おじさんユレク、おおばさんズージア、フレデリカの両親とかは、強制収容所に連行されなくて済んだのは、どうしてでしょうか?



🎵   
麦は泣き 麦は咲き
明日(あした)へ育ってゆく

コロナ Day87  レナ―タの物語(21) _c0400569_07562704.jpg

🎵

私たちは出会い 私たちは惑い
いつか信じる日を経て
1本の麦になる
空よ風よ聞かせてよ
私は誰に似てるだろう
生まれた国 育つ国 愛する人の国
麦は泣き 麦は咲き
明日(あした)へ育ってゆく

# by agsmatters05 | 2020-06-13 09:55 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day86  レナ―タの物語(20)

「続・紅茶国C村の日々」よりの転載です。


最初の8枚はC村散策中に撮った、毎度おなじみの(笑)教会とか牧草地の写真。
その次の4枚は今日の 食ひもの。
最後の2枚は レナ―タの本からの写真です。


変わり映えのしない毎日。コロナウイルスのせいで、ごくごく限られた毎日を送っています。
だから、このブログの記事もかなり狭い話題ばかり。
それでもちょっとずつ新しい何かを取り入れているような気もします。

そう、今日はこんなことを考えました。
「生きるということは、当然歳を取ることだから、だんだん若がえっていく生き方なんてありやしない。
だけど、自分の中の老いていく様子を知る、というのも新鮮味があることじゃないか。」って。
誰も老いについて、繰り返したり、知り尽くしている人はいないですよね。
その意味では、老いの中にも新しいものがあるかもしれない。
先が見えないのはちょっと怖くもあるけど、日々これ新しきなり、という気分でいたらいかがなものか、と。



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C村のセント・ニコラス教会は、まだまだ撮影の仕方によって、新しい景色が見つかるかもしれない。
今日は、この(↑)角度で、この白壁、藁屋根の家が珍しく「撮りたい」ものに見えたのでした。



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教会の窓(↑)も、よくよく見ると、石の掘り具合とか、飾りつけの意匠(デザイン)とか
けっこう凝ってるかも、と思えるようになりました。(ほかに見るもの、考えるものがないから、とも言える。)



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天気はあまりよくなくて、とてもとても寒かったんですが、
羊たちはいつも通りでした。




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お互い同士「ことば」は使わなくても、あきらかに、たしかに、
コミュニケーションはとれてますよね(↓)。



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この一団(↓)も、なんで、だれが、リーダーで合図するのか、
一斉に走り出して、どこへやら移動してました。



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牧草地から出たところに、C村唯一のバス停があります。
メグがここで毎朝7時35分にくるスクールバスを待っていた停留所。
メグは4年間、この場所からハイスクールに通いました。

実は、ここで言うのもなんですが、
レナ―タの物語の本を書いたレナ―タ・カルバリーさんは、
メグが行ってた学校の、英語、英文学の先生を長いことされていて、
最後はシックスフォーム(高校)の副ヘッドをされた方でした。
残念ながら、メグはシックスフォームで英語、英文学のAレベル試験科目を選択しなかったので、
カルバリー先生に教えてもらうことはなかったみたいです。全然覚えていないって。残念。



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そのバス停のあるところがC村唯一の十字路(クロスロード)で、バス停と反対側に
このソラナム、または ヤマホロシ または ツルハナナス という花がこんな風に咲いていました。
覚えようと思ってまた撮ったけど、なんだかまた忘れそうな気がします(涙)。



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そして今日の食ひもの。

おっと、その前に、先日食した冷凍のTVディナーっていんでしょうか?
できあいのこんな食べ物もみてください。コロナで外出、買い物が不自由な時、
緊急の時には、これは助かります。


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散歩の後、おなかが空いて、無性にそうめんが食べたくなりました。
かき揚げは、散歩に行く前に作った揚げ物の残り油で、ジャガイモと、玉ねぎ+人参のみ。




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月曜日にマーティンがポテトをたくさん仕入れてくれたので、圧力鍋で丸ごと茹でて、薄皮をむいて、つぶしました。
隠し味にマヨネーズを入れるというのは、むかし伊予の松山に住んでいた時お隣りの奥さんに教えてもらったこと。


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卵はゆで卵マシーンがあるので、とても便利。だけど、一度に5個しかできない。そうだ、今度この茹で卵マシーンも
写真にとって、ここに載せますね。オランダのティネカさんがC村に来た時、このマシーンが気に入って、
オランダに帰って早速ご購入されたというものです。


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小麦粉、卵液、パン粉、お決まりのコロッケ揚げ。
なにしろ、ひき肉がないので、真ん中にゆで卵を入れたのを5個、四角いチーズを入れたのを7個作りました。
形が崩れたのは、ご愛敬。もちろん、捨てませんよ。どうせおなかの中に入れば、形はなくなるんだもん。(笑)



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チーズの方を一つ試食しました。グーでした。中のチーズが溶けておいしかった!
ふつうのチェダーチーズ、マイルドのものを使いました。ああ、これもまた写真にとっておこう。
チーズは脂分が多くてあまり食べないようにしていたけど、イギリスでは、安くて種類も多いので、
食べはまると、けっこうクセになりそう。



今日のブリッジ、
午後はレシェクと、夜はルーシンダと、オンラインの、無料の、カジュアルのゲーム。
レシェクとやった2時間はぼろ勝ち。ルーシンダとやったのは、ぼろ負け。
「ヤ―ブラ」という言葉は、トランプのブリッジをするとき、絵札が一枚もない手札のことを言うんですが、
今日は「ヤ―ブラ」ばっかりでした。

それでは、いつものワールドメーターは。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 11, 2020, 22:58 GMT

Coronavirus Cases:7,577,533

Deaths:422,904

Recovered:3,832,656



世界の感染者、750万人、死者、42万人、(夜11時の集計ですから、まだ変更があるかも、ですが)
昨日からの一日で全世界の死者4769人、100人以上の死者が出た国は9か国。
米国888人、ブラジル1123人、ロシア174人、インド394人、英国151人、ペルー206人、チリ173人、メキシコ708人、パキスタン101人。


山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信  中の

新着情報 で  黒木登志夫先生の解析 の6月11日の記事

https://shard.toriaez.jp/q1541/926.pdf

では、まだまだコロナ禍が進行中ということでした。
イベルメクチンが死者を減らすことができたというデータについても書いてありました。
イギリスの病院って、イベルメクチンとか、アビガンとか、使っているのでしょうか?
日本からは薬や治療についての情報が入ってくるけど、イギリスのテレビやSNSではそういうことを
あまり聞かないんですけど、私が耳を傾けていないからなのか?









レナ―タの物語 (20)






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著者の覚え書き Author's Note

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この本は、私がポーランドで過ごした幼い頃のことを書いたものです。その頃のポーランドは、最初はドイツ、それからソ連に占領されていました。この写真は私の母の写真で、彼女は祖母と一緒にアウシュビッツで亡くなったのですが、これが数年前、思いがけず、私の目に触れたとき、それがきっかけとなって、私はこの本を書くことになりました。
あの頃、何百万という普通の人々にとって本当にひどいことが起こり、大勢の人たちが、私の母や祖母も含めて、生きながらえることができませんでした。でも、私は生き残ることができました。私は「物語」が大好きで、人から話してもらったものも、自分で読んだものも合わせて、恐ろしい毎日のなかでも自分の塞に入り込み、まわりのことを冷静に見て、いつかはきっと幸せがやってくると信じることができました。

私を襲った苦難に続く何年もの長い間、私はポーランドとイギリスで、まわりの人たちの親切と愛情に助けられ、慰められてきました。幸せで安全な家庭の暮らしができました。このおかげで私の心の傷は癒されて、私は同いどしの普通の子供たちがしていたのと同じ普通のことをして楽しむことができました。私は学校にかよい、すっかりイギリス人になりました。警官が武器を持たないで、親切な、この国、そして、ロンドンのど真ん中で木箱の上に立って政府の批判を大声で言ってもだれもお咎めをうけないこの国が、私は大好きになりました。

歳月が流れ、私は子供時代の私のおそろしい経験のことを次第に考えなくなり、とうとうそれは昔のこととしてすっかり忘れてしまうほどになりました。結局、それは私の態度にも、家族や友達との関係にも、なんの痕跡も残さなかったのです。ところが、ある日、ラジオでホロコーストの生存者のインタビュー番組を聞くことがありました。その人は、どっぷり味わった恐ろしい経験に影響されて、彼女の家族にまでその影響が及ぶようになったのでした。私は二人の娘たちに、私がそんな悪影響を受けてないのはなんて不思議なことでしょう、と言いました。すると娘たちは笑って、私は確かに私の苦しい体験から影響を受けているけれど、それも含めて彼女たちは私を愛している、と言ってくれたのでした。

長い間、私の体験談を聞いてくれた大勢の友達が私に、そのことを本に書くべきだと言ってくれました。それで私はやってみました。でも最初の出版社は、私が書いたものがあまり激しいものではないと言うのでした。2番目の出版社は、なぜ私がそれをフィクションとして書いたのか、なぜ回想録として書かなかったのか、と言いました。その時は、私は回想録としては書けなかったのです。それで、私の物語は何年ものあいだ引き出しの中にしまい込まれていました。

2年前、私が名付け親になった「名づけ娘」(ゴッド・ドーター)であるイモジェン・ヴァン・ベルゲンと私は再会しました。そして、私たちは一緒に私の引き出しにしまい込んだ原稿をもう一度見直すことにしました。私のよき友、グレアム・メイスがくれた編集上の注意書きを使って、私たちは作業にとりかかりました。ここ一年、イモジェンと私は休みなく作業を続け、原稿全体を子供の目から見た話に書き直しました。それから、偶然が重なって、お昼ご飯を食べて、家を売り出すことが決まり、ダイナ・レイノルズやレベッカ・カーターを含む大勢の友人たちに数珠つなぎで話が伝わり、ついにこの回想録がジェマイマ・ハントの机に届くことになり、彼女がエージェントになって、さらに改良を重ね、ついにアレクサンドラ・プリングル・ブルームスベリ―出版社の関心を呼び寄せたのでした。その結果がこの本になったというわけです。

私はイモジェンに心からの感謝を捧げたく思います。本当に彼女のおかげです。彼女の断固とした決意、助力、熱意、関心、そして励ましが本当にありがたかったです。私たちはとてもいい共同作業ができました。グレアム・メイスには、最初の原稿を何時間もかけて構成しなおしてくれたことに感謝しています。感謝の気持ちは、アレクサンドラ・プリングル、ジリアン・スターン、アレクサ・フォン・ヒルシュベルグ、テス・ヴィリョーエン、メアリー・トムリンソン、ローラ・ブルック、そしてブルームズベリーチームの全員(この方たちは、この本の制作から販売までずっと辛抱強く熱心に私を導いてくださった)に、捧げたく思います。 そして最後に、私の友人たち、大勢過ぎて名前を載せきれませんが、みんな私の話をじっと聞いてくれて、私に紙とペンを使うように、長い年月の間励まし続けてくれました。

私はこの本を、文字通り私を生かしてくれることになった人々に捧げます。まず、亡くなった人たち:ナチの強制収容所で殺された私の母と祖母。最愛の父、1989年に英国で亡くなりました。そしてポーランドで私を守ってくれた大勢の人たち、名前はこの本では仮名にしてあります。にこの本を捧げます。けれども、生きている人たちにも捧げます。デイディー、彼女の名前はこの本ではフレデリーカです。後日、彼女は私の愛する2番目の母になりました。彼女は、わたしが生きながらえてその後の人生を送れるようになるのに、本当に大きな役割を果たしてくれました。そして私の弟、アレックス。最後に、とりわけ52年間共に暮らした夫のブルース、そして二人の娘たち、サーラとケーイ、この3人は愛情と忍耐と力強さの揺るぎのない柱でした。に、この本を捧げます。みなさん、ありがとう。






# by agsmatters05 | 2020-06-12 10:36 | bad news/good news | Trackback | Comments(5)

コロナ Day85  レナ―タの物語(19)

「続・紅茶国C村の日々」からの転載




5時半から4,50分、外出した。
たいした運動量にはならないけど、戸外の空気を吸うだけでも、身体によかろうと思って。
雨混じりの雲行きでした。決して暑くないのです。
それはありがたいことと思うべきかもですね。
(愚痴に聞こえることもありそうですが。)



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パノラマでまたいつものクリケット場を撮ってみました。



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S村のMちゃんのお母さんに教えてもらったアイフォンの健康アプリを使って、
この場所(↑)を一巡り歩いたら何歩になるか、計ってみました。だいたい600歩ぐらいでした。
一日の歩数、全然足りてません。5000歩歩く日はあまりないです、残念ながら。
身体の衰えを感じるのも、当然ですよね。動かないんだから。

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そして今日のブリッジ。
午後から、カジュアルなプログラムで、4人でワン・テーブルを囲んで1時間半遊びました。
ニールとアンジェラS(二人ともインド人女性)が東西組。私とテリー465(アイルランド人)が南北組。 
今日は私ら南北組(画面には WE という言葉で数字の勝率が出てます。↓)がしっかり勝たせてもらいました。
だけど、カジュアル・ゲームだから無料で、褒美もない。

ゲームの後でテリー465に電話して、明日の午前中のジェントル・ゲームはできないよ、と伝えました。
とってもがっかりしてました。パートナーがいないとブリッジってできないから、パートナー問題は
場合によってはかなり大事です。テリーを断った理由は、明日の午後、同じサウスバックス(SBBC)で
午後からのよりきつい試合の方に、ポーリッシュのレシェクと手合わせをすることになったからです。
長いこと、音沙汰なしだったレシェク。EBU(イングリッシュ・ブリッジ・ユニオン)というA市にある勤め先が
閉鎖になっていて、自宅勤務しようにも、彼の仕事はそういうものではないので、
結局ここ1年ぐらいは「ナショナル・ホリデー」だと言っていました。

夜はアンジェラMさんと、アビーさんのクラブで2時間ほど、闘いました。
49.49%で、ちょうど真ん中辺でした。残念。でも先週よりはちょっと良くなったから
あまりめげないことにします。



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孫のジョー君は、保育園に行って、6時ごろ帰宅。
夕ご飯を食べて、お風呂に入る前、ちょっとお遊びの時間にビデオ・チャットしてくれます。
してくれます、と言ったって、グランマにかけたいと言うけど、何にも用事があるわけじゃなし、
顔を見たら、すぐ、京都のいとこのううチャンがいいとか、横浜のおばあちゃんがいいとか、
失礼なことを言い出すのです。(笑)


今日は平等に、京都のううチャンの写真も載せさせてもらいます。
学校が始まったそうです。まだ飛び飛び通学で、午前中に行ったり、午後から行ったり
してるみたいです。暑くて大変そう。


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Baba(ババ)馬鹿記事でした。









今日のコロナ・データです。





COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 10, 2020, 22:40 GMT

Coronavirus Cases:7,439,330

Deaths:417,956

Recovered:3,721,873





そして、レナ―タの物語 (19) にいきます。

一応これが最終章なんですが、このあとに、著者のあとがきという短い章があるので、
レナ―タの物語は明日も続きます。



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第19章、 1946年 3月29日 ロンドン

船室の小さな窓から、太陽の光が水に反射しているのが見えました。暖かそうな天気でした。
だけど、船から出る前にレナ―タとフレデリカは、言い争いをしていました。
フレデリーカが珍しくレナ―タに、外は寒いからもっと服をたくさん着るようにと言って、
何枚もカーディガンを重ね着させようとしたのでした。だけど、レナ―タは寒くないからと言って
服を着るのを嫌がりました。

いつもとちょっとフレデリーカの様子が違うので、おかしいと思ってよく見ていたら、
なんとフレデリーカの顔に赤い斑点が出ていました。天然痘にかかってしまったのです。

このままでは、船から降ろしてもらえなくなったら困ると思って、
フレデリーカは、帽子をかぶり、厚化粧をして、その上にベールをかぶって
顔を隠すようにして船を降りることにしました。

レナ―タの目からみると、フレデリーカは本当にきれいでした。

船から降りて桟橋のところで、お父さんをどうやって見つけ出すか、また
お父さんがいつ、どこで二人を見つけ出してくれるか、レナ―タはとても緊張しました。
「ねえ、もしもお父さんがほかの子供を間違って連れて行ってしまったら、どうする?」
「まあ、レナ―タ、あなたは心配症ね。大丈夫よ、きっとお父さんはあなたを見つけてくれるから。」

長い子供たちの行列が動いていった後で、レナータとフレデリーカもとうとうタラップを渡る順番がきました。

タラップの終わるところで、乗客の一人に声をかけている、軍服姿の背の高い人がいました。
2人が近づいていくと、フレデリーカはあっと小さな叫び声をあげて、
レナ―タの肩を固く抱きかかえました。その男の人は、二人に気がつくと、
それまで話しかけていた人を放り出して、両手を高く上にあげて、
2人の方に向かってきました。レナ―タはすぐにお父さんが送ってくれた写真の人だと
分かりました。 広い肩、耳のまわりはすこし灰色がかった黒髪、黒い眼、そして
やさしそうな笑顔、レナ―タはしっかりと覚えていました。

けれどももっと嬉しかったのは、お父さんがレナ―タをわかってくれたことでした。

お父さんの手がレナ―タの腰にまわり、それから高々と陽の光が輝いている空の上まで届きそうなほど
レナ―タを抱え上げたのでした。それから、レナ―タを抱きしめてくれました。それは
この長い年月のあいだ、レナ―タが願っていたお父さんから抱きしめてもらうこと、
その通りの出来事でした。

しばらくしてから、お父さんはレナ―タを下において、じっと二人の様子を見ていたフレデリーカの方へ
向き直りました。彼女は何も言わず、お父さんはうやうやしく抱擁しました。それから
突然、お父さんはレナ―タとフレデリーカの二人を両方一緒に何度も何度も抱きしめて、
彼の頬に流れる涙をぬぐおうともしませんでした。

3人がいつまでも笑ったり、泣いたりして再会を喜んでいるのを
タラップの周りにいた人たちがみんな微笑んでみていました。

「ハロー、パパ。こちらがフレデリーカ。もうよく知ってるでしょ。とっても素晴らしい人。
もしも、もう一度結婚を考えているんだったら、彼女と結婚して。」

フレデリーカはびっくり仰天して、驚き呆れていました。
「レナ―タ、まあ、なんてことを言うの。」ベールの下から、怒ったような様子で
レナ―タを睨みつけました。レナ―タは自分の言葉に恥ずかしくなり、
言わなければよかったと、後悔し始めました。

レナ―タの父親は何も言わず、長いことフレデリーカを見つめていました。
それからレナ―タの方を向いて、まじめな顔つきでこう言いました。
「アドバイスどうもありがとう。お嬢さん。それについては後でゆっくり話すことにしよう。
予約してあるから、2人でタクシーでホテルまで先に行ってなさい。」
「どうして私たち、別々にならないといけないの?私たちと一緒にこれないの?」と
レナ―タが聞くと、お父さんは、こう言いました。
「大丈夫、心配いらないよ。私は、船から降りた子供たちを診察しないといけないのだよ。
すぐに追いつくから。約束するよ。」


黒塗りのロンドンタクシーで、街中を通り抜けて、ホテルまで行く途中、
レナ―タは景色にみとれて興奮気味でした。突然運転手が車を停めて、
道端の花屋に行き、金色の水仙の花束を買い、フレデリーカのそばの窓を開けて
何か英語で言いながら、花束をフレデリーカに渡しました。

レナ―タがしつこく運転手がなんて言ったのか聞いたので、フレデリーカはとうとう
話してくれました。「美しいご婦人のために美しい花束をどうぞ。」だって。

ホテルの部屋に着いた時、部屋は二つ用意してあり、その一つの部屋には大人のベッドと
赤ちゃん用のコットが置いてありました。レナ―タはこれを見て驚き、ガッカリし、憤りを覚えて、
床を踏み鳴らして、ひどいわ、ひどいわ、と癇癪を起しました。

フレデリーカは何も言わず、じっと椅子に座って、レナ―タが落ち着くまで待っていましたが、
やがて、こう言いました。「あなたのお父さんはね、この6年間、ずっとあなたのことを
考えて、来る日も来る日もあなたに会える日を待ち望んできたのよ。
最後に別れたときのあなたの姿をじっと心に大事におさめてね。最後に別れたときの
小さかったあなたの姿がずっとお父さんを支えてきたということなのよ。

このコットが小さくてあなたが寝られないことはすぐにお父さんにもわかるでしょう。
ここに来たら、自分の間違いにすぐ気づいて、きっとなんとかしてくれます。
お父さんにきつく当たったりしないでね。これもお父さんからのあなたへの愛情の表れだから。」

それをきくとレナ―タの苛立ちはすっと消えていきました。ついに会えたお父さんに対する
純粋の愛情の気持ちをしっかりと自分で感じ取ることができたのでした。これから先、
ずっとずっと幸せになる道が、この素晴らしい国の中にのび広がっていると
レナ―タは確信したのでした。



# by agsmatters05 | 2020-06-11 09:48 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day84  レナ―タの物語(18)

続・紅茶国C村の日々より転載。



まずは、どうってことのないC村の風景写真3枚から です。

今日の天気はこんなん(↓)で、空は全然魅力的ではありませんでした。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07390258.jpg



仕方なしに、雲を撮りました。



コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07382540.jpg



雲が何かの形にみえるかなあ、とか、
この雲にどういう意味を付け足すことができようか、とか考えながら。

けっきょくたいしたことはない、という感じでした。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07380030.jpg



いつもの6時半から1時間の歩く道に、今日はめずらしいパトカーがいました。
事件性はなさげ、でした。なんでこんなところに?とは思うけど、
それ以上は野次馬になれませんでした。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07365376.jpg




近くで見たら、けっこうきれいな色でした。
黄色は蛍光塗料で塗ってあるみたいでした。



コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07373073.jpg



これ(↓)は、ブラックベリーの実になる花なので、覚えていたら、秋に
この白い花が赤や黒に色づいた実に変身する画像と重ね合わせたい、と思って撮りました。
だけど、きっと忘れてる!でしょうよ。(笑)



コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07362671.jpg


昨日作ったアップルクランブル、一つはマーティンに差し上げて、
もう一つはこれから2,3日かけて食後のデザートにします。

そりやバターと砂糖がたっぷり入ってるので、おいしくないわけがありません。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07402101.jpg


でも、写真写りがよくないですね。もっときれいな盛り付けにして撮るべきでした。

あ、それからいつもどっかでずっこける私、クランブルの中に混ぜ込んだもの。
オートミールの袋30グラム一つ、(これはレシピーにもありました。)と
クッキーの崩れたものを一袋。ビニール袋に入れて外から叩いて小さく崩して粉々にして、
小麦粉と砂糖とバターを手でもみほぐしたものの中に混ぜ込んでしまいました。



これ(↓)はお口直し、のつもり。
前にも載せたんですが、今日は特にいい写真がないからまた再登場してもらいます。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_07465452.jpg


ブリッジとジョーくんのことも、ほぼ昨日と同じ具合でした。
午前中テリー465と有料オンライン試合中だったので、ジョー君とあまり話せなかった、
というより、ジョー君はううチャンと話したがっていたので、グランマにはあまり興味なさそうでした。

ブリッジの結果は東西8ペア中の3位。58%でマスターポイントを10点もらったけど、
こんなんで喜んでいてはいけないんです。この試合の参加者のレベルの平均は42.15%。
午後から同じクラブでその倍以上の人が参加した試合は平均レベルが54%。
そのうちに、テリーと組むのをやめて、ルーシンダと午後の厳しい試合に出ることになるかもしれない。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 09, 2020, 23:09 GMT

Coronavirus Cases:7,306,833

Deaths:412,877

Recovered:3,593,948



全世界の死者(昨日からの一日で)4637人、100人以上の死者が出た国は8か国。
米国1072人、ブラジル1094人、ロシア171人、英国286人、インド277人、ペルー167人、メキシコ354人、パキスタン105人。

日本も1000人になるのは、時間の問題でしょうか?現在916人となっていました。
イギリスも昨日二桁だったのに・・・。




レナ―タの物語(18)




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第18章1946年 3月20日から28日。プシェムイシルから、グディニヤ港を経てロンドンへ。 


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ユーレクおじさんと、ズージアおばさんと、フレデリーカと、レナ―タは寒さで震えながら
プシェムイシルの郊外の軍用飛行場にきました。

みんな寒そうにしていました。
「こんなにおおぜい飛行機に乗るなんて知らなかったわ。」とレナ―タが言うと
「グディニヤ港についたらもっと大勢いるはずよ。」とフレデリーカ。
「何人ぐらい?」「たぶん、1000人以上よ、きっと。」

飛行機に乗るのを待ってリいる人たちの中に、ヤンに似た少年がいて、レナ―タは声をかけてみました。
ヤンではありませんでした。穴の開いた靴をはき、短くなったズボンをはき、とても
悲しそうな顔をした男の子でした。レナ―タが話しかけると、彼は孤児で、
イスラエルに養子にもらわれていくと話していました。

見送りに来たユーレクおじさんと、ズージアおばさんに、レナ―タはお別れを言うのが
本当につらいと思いました。おばさんは泣きどおしだったので、行列がうごきだすと、
おじさんはおばさんを連れて、反対の方向へ歩いて行ってしまいました。

飛行機に乗るとき、茶色い紙の袋を手渡されました。
フレデリーカが「乗り物酔いのためよ」と説明してくれました。
レナ―タは大きな鳥が空を飛ぶのが怖いと思い、じっさい空に上がってから
レナ―タだけでなくほかの子供たちも袋を口に当てて酔って吐いている子が大勢いました。

グディニヤ港について、大きな待合室で待たされてから、船に乗り込みました。
レナ―タの大きな荷物は、フレデリーカが運んでくれて、後から自分の荷物を取りに行った
フレデリーカは、水兵さんたちに荷物をはこんでもらって、笑顔で御礼を言っていました。

船室にはベッドが三つあり、レナ―タとフレデリーカだけではないことがわかりレナ―タは
がっかりしました。それは、アンカという女の子でしたが、
レナ―タが話しかけても、あまり返事をしてくれませんでした。

船が動き出すと、アンカもフレデリーカも、船酔いでまったく口もきけないほどでした。
レナ―タは一人で食堂に行ったり、船の中を歩いたりして、兵隊さんたちと話したりしました。

船室に戻ってアンカに話しかけると、真っ赤な顔をして、つらそうな様子でした。
アンカは医者が診察に来て、天然痘だとわかり、別の医務室に連れていかれました。

船旅はあっという間に過ぎていきました。しまいにはフレデリーカも船酔いから覚めて
元気になりました。

けれど、イギリスのドックに着く前の日ごろになると、レナ―タは急に不安になってきました。

「ねえ、お父さん、私のこと、わかるかしら?」「もちろんよ。」とフレデリーカは答えました。
「でもお父さんは、私が赤ん坊の時しか、私をみてないでしょう。どうして私のことがわかるかしら。」
「ズージアおばさんが、写真を送ったじゃないの。覚えてないの?」
「ああ、でもあの写真、布をかぶって写真を撮る人がおかしてく、私笑って動いてたから、
ちっとも私らしくないのよ。」
けれどもフレデリーカは何も返事をしてくれないので、レナ―タはまた看板に出て、水兵さんたちから
チョコレートをもらいに出かけていきました。


コロナ Day84  レナ―タの物語(18) _c0400569_08242499.jpg




注: 
グディニャGdynia, カシューブ語Gdiniôドイツ語グディンゲンGdingen1939年から1945年まではゴーテンハーフェンGotenhafenと呼ばれた)はポーランド ポモージェ県に属する都市。古くから記録に登場する漁村であったが、新たに港湾が建設され大都市となったのはポーランド独立後の1920年代以降のことである。バルト海グダニスク湾に面しており、ポーランドの主要な港湾の一つである。



# by agsmatters05 | 2020-06-10 09:34 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day83  レナ―タの物語(17)

続・紅茶国C村の日々よりの転載です。



ああ、この記事、2度書きです。
レナ―タの物語の前まですっかり書いて、マウス操作の過ちで、全部消してしまいました。
いっぱい書いた画面を保存もせずにほかのサイトに間違って移ってしまいました。(涙)

同じ記事を書く時間がないので、ごく簡単にしておきます。

今日の天気はこんな(↓)でした。


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07352008.jpg



散歩は夕方6時半から15分だけ。


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07340295.jpg



ちょっと予定がはいっていたので。


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07312870.png



クリケット場から足を延ばして、ハイ・ストリートへ行くと、

コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07323394.png


ソラナム(ヤマホロシ)ツルハナナス

xplala.aa0.netvolante.jp › pere › gallery1
ソラナム ヤマホロシ ツルハナナスナス科ナス属 常緑つる性低木 花期:5月ー11月
多花性 つるの伸長力大 花:紫から白へ変わる別に白花タイプのもの 斑入り葉タイプのものもある.
大好きなソラナムの花 チラホラ咲いてる時も満開時迎えても 上質の爽やかさ ..

ということでした。


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07302746.jpg



この花の名前(↓)も小夏さんに教えてもらうつもりで、ここに載せました。(ペコリ)


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07355845.jpg



今日もちょっとだけジョー君と会いました。
でもママが忙しくて、すぐバイバイでした。
ママ(メグ)は、海外とオンライン会議(ズーム?)をするので、
勤務時間がくるってて、大変そうでした。
手伝ってあげたくても、そうできない。


これは、バラ。言うまでもなく・・・。言わずと知れた・・・。

コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07300090.jpg



手抜きするつもりで、アイフォンの写真を数枚まとめてスクリーンショット(↓)。



コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07312870.png


おなじく、スクリーン・ショットで、今日の 食ひもの(↓)。

ろくなものは食べていません。残り物を温めなおして、そそくさと昼ご飯にしました。

これ(↓)は明日ゴミ出し日なので、生ごみを作りました。

それで、アップル・クランブル。。

コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07332463.png

マーティンが今週は月曜の今日、買い出しをしてくれました。
いつもリンゴとオレンジと、バナナと、洋ナシとキウイはかならず買い物リストに入っているので、
先週分のリンゴがあまり、アップル・クランブルを作りました。

イギリス毒舌日記 の wiltomo さんの記事を見たので、さっそく真似しました。




リンゴをシロップと一緒に、クランブルの下に敷くという作り方で、
バターと砂糖が多いのは気になるけど、きっとおいしいことでしょう。(まだ食べてない。明日のお楽しみ。)


散歩を早く切り上げたのは、レイ おじさんがオンラインブリッジをはじめたいと言うので、
その練習のために駆り出されたからでした。夕方7時から1時間半ぐらい。
これは練習なので、勝ち負けはなし。


コロナ Day83  レナ―タの物語(17)_c0400569_07370901.jpg



でもその前に、午後1時半から4時半ごろまで、
アビーさんのクラブで、こちらは有料の真剣勝負(笑)。
たかがゲームと言ったって、試合は試合。ちゃんと勝ち負けがあります。
そして今日は、うれしかったです。東西19ペア中の2位になりました。
Cavafy というギリシアの詩人の名前を名乗った我がブリッジ友、ルーシンダと組みました。
先週の金曜日は散々な目に遭ったけど、今日は、二人とも、心して試合に臨みました。
もらってもなんになるの?という人がいっぱいいるけど、マスターポイントというのを
60点ももらってしまいました。もうすぐ2万点にとどきそう。

コロナの感染者や死者のデータが落ち込んでいくこの頃、
おんらいんブリッジはますます盛んになっていきそうです。
来週からストークマンデビルのブリッジクラブもオンライン試合を始めるんだって。
それで、ポーランド人レシェクと今日、ようやく連絡が取れました。
来週の月曜は、午後ルーシンダ、夜はレシェクの二本立てになりそう。緊張する。


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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 08, 2020, 23:21 GMT

Coronavirus Cases:7,188,443

Deaths:408,231

Recovered:3,506,736



全世界の死者(昨日から1日の)3148人、100人以上の死者が出た国は6か国。
米国582人、ブラジル813人、ロシア112人、インド266人、ペルー106人、メキシコ188人。
イングランドは55人、スコットランドは二日続けて死者ゼロだったそうです。






それではレナ―タの物語(17)をどうぞ。



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第17章、1945年10月 - 1946年3月


お父さんの生存がわかり、本人から連絡が届いたことは、
レナ―タはもちろん、おじさんにも、おばさんにも、友達にも、みんなにとって大変なニュースでした。

お父さんとレナ―タは、毎週頻繁に手紙のやり取りをしました。お父さんは
スコットランドのお城に住んで、ポーランド軍の病院の医師として
数年間ずっと働いていたのだそうです。レナ―タからお父さんへの手紙は
いつもズージアおばさんがそばにいて、何をどう書いたらいいのか、助けてくれました。

レナ―タは友達に、船と飛行機に乗って、イギリスという国へいくことになったと
話しました。もう孤児ではなくて、ちゃんとお父さんがいることが分かって、
どんなにうれしかったことか。

カーシアの家で、みんながお別れ会を開いてくれました。
ズージアおばさんが飛びきり上等な大きなケーキを焼いてくれました。

でも、おばさんはレナ―タを失う悲しみで、涙をとめることができませんでした。
ユーレクおじさんが、「おいおいよせよ、こんな場所で泣くなんて。」と言っておばさんの泣くのを
止めましたが、おばさんの涙はとまらず、おじさんはおばさんを連れて早めに引き上げてしまいました。

レナ―タをお父さんのところに連れて行くのは、フレデリーカの役目でした。
いろいろな書類上の手続きや、乗り物の切符のことまですべて
フレデリーカがやり遂げてくれて、結局出発は翌年の1946年、3月10日と決められました。

ズージアおばさんは、レナ―タの荷物を出したり入れたりして、
次々ともっと大事なものを見つけては、前に入れたものを出したりしていました。

レナ―タがあまりにも夢中でスコットランドへ行ってお父さんと一緒に暮らすことしか話さないので、
あるとき、ユーレクおじさんがこう言いました。
「レナ―タ、お前は自分のことばかり考えて、自分のこれからすることしか話さないので、
わしもばあさんももうそれは聞き飽きてきてるんだよ。
たまには、おばさんに、お前がいなくなってからおばさんはどうするつもりかって、
聞いてみたらどうだい?おばさんはこれまで本当にお前のことを親身に世話してきてくれただろう。」

この言葉にレナ―タもズージアおばさんもびっくりして、二人ともおじさんの顔を見つめてしまいました。
突然、レナ―タは、わが身を恥ずかしく思いました。

レナ―タはおばさんに抱きついて、「おばさん、別れるのはいやです。
かならずスコットランドに来てね。」おばさんの目から涙がこぼれるのを見て、
レナ―タは今度はおじさんに向かって、
「ねえ、私がいなくなったら、木馬はどうなるの?カーシアにあげてもいい?」
すると、おじさんは、「それはツィミンスキー夫妻にまかせよう。」と言いました。

出発の前に会いに行く時間はないので、レナ―タはツィミンスキー夫妻にも御礼の手紙を書きました。
すると、ユーレクおじさんが「こんなに立派な手紙を自分で書けるんだったら、お父さんへの手紙も
自分一人で書けたんじゃないか。おばさんの助けはいらなかっただろう。」と言いました。

「だって、私、お父さんのこと、知らないから、なんて書いたらいいか、分からないんだもの・・・。」

いよいよ出発の日が近づいてきました。レナ―タは、もう一度何か大きな不幸が起こって、
この旅行が取りやめになったらいいのにと思ってしまいました。

フレデリーカが前の日の夜遅く、おじさんおばさんの家にやってきました。

次の朝、レナ―タとフレデリーカは再会しました。「会いたかったわ、フレデリーカ」
「私もよ、レナ―タ。これから私たち、一週間以上、ずっと一緒にいられるのよ。」
「ねえ、スコットランドに行っても、ずっと一緒に住んでくれるの?
 フレデリーカが私のお父さんのことも助けてあげて。」するとフレデリーカは、笑いながら、
「それはダメだわ。私の仕事はあなたをスコットランドに連れていくことだけ。そのあと私は、
ノルウエーに行かなければならないの。私たちはイギリスでお父さんに会って、
それから私は一人旅をします。あなたもお父さんも私がそばにいなくても大丈夫でしょう。
さあ、着替えをして、朝ご飯をいただきましょう。さもないと飛行機に遅れてしまうから。」






# by agsmatters05 | 2020-06-09 10:28 | bad news/good news | Trackback | Comments(4)

コロナ Day82  レナ―タの物語(16)

続・紅茶国C村の日々より転載。





いつもと同じように今日も過ぎていきました。
無事に。そして、特に大きな災いや朗報もなく。
それはありがたいことだったと思うことにしなくては。

C村の散歩は、6時半過ぎから4,50分。
太陽はもう傾き過ぎていましたが、
この(↓)の写真は、唯一、緑がはっきりと撮れました。
リーズ・レーン  Reads Lane という、いつもの小径です。


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その後はもうみんな夕ぐれの写真ばかり。

あんまり神々しくもないのですが、ありがたい夕陽色ということで、
明日の好天を願って、以下4枚。


コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_05434078.jpg


この上下2枚はクリケット場からですが、

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これより下2枚は、C村のマイルームから。夜8時半ごろ。

ターナーっていう感じになるのかな、色合いが(笑)。



コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_05424435.jpg


煙突がいつも目印というか、邪魔というか(笑)。

散歩から帰ったら、アンジェラさんが今日もBBO、カジュアル・プレイしましょうか?と
メッセージをくれたので、「いいえ」という理由はどこにも見当たらず、
8時から9時ちょっとすぎまで、かなり調子よくプレイできました。




コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_05420257.jpg



そして1時間後、外の色はこんな風に変わっていました(↓)



コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_06185227.jpg



昼間、午後2時ごろから(日曜日なのに)ルーシンダとSBBC(バーナム)というクラブの
オンライン試合をやりました。£3.00.47%ぐらいで、南北組7ペア中の4位でした。だめだ。
しかも、正直に記録しておくと、私はたったの一度だけ親になり(プレイして)それが
ひどいマイナス点になったので私個人の成績はなんと、なんと0%でした!
これは、ルーシンダがちょっと無理なビッド(親決めの名乗り)をしたので、
その埋め合わせで私がつられて無理して、くわしく言うと
スペードを切り札にして、11回場札をとりますよ、という宣言(ビッド)をし、結局
ダブルをかけられてマイナス6、つまり1400点を敵に奪われたから、私の成績はゼロ%になったのでした。(涙)

こういうこともある。落ち込むほどのことでもない、忘れよう、たかがゲーム、という心境だ。





コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_05443470.jpg



昨日作ったラザニャ、おいしかったよ。
朝ご飯が遅かったので、おなかがいっぱいになってしまいました。
作りすぎて一部冷凍。ラザニャは、これができるんですよね。



コロナ Day82  レナ―タの物語(16)_c0400569_05455896.jpg




昼ご飯前には、またまたジョー君が、グランマとビデオチャットしたい、と言ったのだそうで、
もちろん私は、大歓迎なのですが、メッセンジャーがつながっているのに、
画面の向こうのジョー君の顔が映らなくなり、どうやら別の場所で別のことをしているみたい(苦笑)。


ハンバーガーの食べっこ競争と、バスケットボールをキャッチするネットのゲームをして、
ちょっとだけ変顔ごっこをして、今日は短めのチャット・タイムでした。


ジョー君、明日からまた保育園。2歳9か月のひまわり組だそうです。
日に日に語彙が増している感じで、おしゃべりが少しずつできそうです。

今日は、パパに怒られたら泣く、と言ってました。どんな時に怒られるの?と聞いたら、
ママ(メグ)が ユーチューブを見過ぎたときと、甘いお菓子を食べ過ぎた時、と言ってました。
うーん、それは怒られてもしかたないかなぁ。


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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 07, 2020, 23:13 GMT

Coronavirus Cases:7,079,023

Deaths:404,975

Recovered:3,453,491


全世界の昨日から一日の死者は3276人、そのうち100人(3桁)以上亡くなった国は、7か国で
米国370人、ブラジル454人、ロシア134人、インド261人、ペルー164人、チリ649人、メキシコ341人でした。
英国は77人、はじめて100人を切った?




レナ―タの物語 (16)


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第16章、 1944年9月 から 1945年。

ある朝ユーレクおおおじさんが言いました。「どうやら戦争が終わりかけて、学校が再開されたから、
すぐに子どもを学校へ入れた方が良さそうだ。」

いつもは意見の合わないズージアおおおばさんも、これには大賛成でした。
「とってもいいローマン・カソリックの学校があるから、申し込むことにしましょう。」

数日後、返事がきました。それは、「大変むずかしいケースですが、特別の計らいで入学を許可します」、
というものでした。ユーレクおじさんとズージアおばさんは、レナ―タがユダヤ教徒だなどと言えないことは
もちろんわかっていましたが、カトリックの礼拝やしきたりも知らないレナ―タを入学させてもらうのに、
どうしたらいいか、いろいろ考えて、結局レナ―タはプロテスタントである、ということにして願書を出したのでした。

学校側は、週2回のミサにかならず出て、できるだけ早くプロテスタントからカトリックに改宗するように、
という条件付きで入学を認めたのでした。

ズージアおばさんとはじめて学校へ行ったとき、「私立の女子の学校」という看板を見て、
レナ―タはうれしくなりました。

校長先生のマリノウスカ夫人は、レナ―タに今日だけということで、ほかの子供たちと同じエプロンを
貸してくれて、カーシアという女の子を呼び出して、教室へ連れて行くように言いました。

教室では、アルファベットの勉強をしていましたが、レナ―タはこれは全部知っていることで、
本を読むのも、得意中の得意でした。教室の先生、ダブロウスカ先生は、最初レナ―タが嘘を言っていると思い、
ひどく険悪になりました。新聞を取り出して、レナ―タに読ませたところ、レナ―タがすらすらと
大きな声で新聞を読んだので、20人いたクラスのみんなもレナ―タにびっくりでした。

それからは、レナ―タはクラスの友達にいろいろな本の話をしてあげて、
休み時間になるとみんながレナ―タの周りに集まって話をせがむのでした。

学校の授業は暗記ばかりで、レナ―タが思っていた勉強とは違っていましたが、
暗記はレナ―タも得意なので、誰にも負けることはありませんでした。

カーシアとは、同じコレジョーワ通りで家が近かったので、朝晩一緒に登下校して
とても仲良しになりましたが、ある日、一緒に学校から帰ろうとしたとき、なぜかカーシアは
ほかの子と手をつないで、レナ―タによそよそしいのでした。
なぜ?といぶかるレナ―タに、カーシアは、あなたは自慢ばかりして威張ってるから、と言うのでした。

レナ―タは、「本が読めたり暗記ができるのは、ただそうなってるだけで別に自慢してるわけじゃないわ。
カーシア、あなただって自慢ばかりしてるじゃない。」「え?」とカーシアが聞きました。
「毎日毎日、お母さんのことを得意そうに話すけど、私にはお母さんがいないのよ。」
カーシアはレナ―タの気持ちを理解して二人は元通りの仲良しになりました。

また、学校のパーヴェル神父はカトリック教徒にならないと本当の救いが得られないと言い、
ほかの子供たちもみんなカトリック教徒なので、レナ―タはユーレクおじさんとズージアおばさんに
カトリック教徒になりたいと言いましたが、これはどうしても許してもらえませんでした。
「お父さんが帰ってきたら、お父さんに聞きなさい」の一点張りでした。
レナ―タは神父の教えに従いたい一心で、毎週日曜日はカーシアの家に遊びに行くと言って出かけ、
カーシアの家族と一緒に教会のミサに通いました。そしておじさん、おばさんに内緒で
カトリック教徒になってしまいました。

あるとき、クラス担任のダブロウスカ先生の誕生日のお祝い会がありました。
クラスのみんなはそれぞれのお祝いを持っていくのですが、レナ―タはズージアおばさんにお願いして、
特別大きなバースデーケーキを作ってもらいました。材料がないときに、おばさんはずいぶん苦労して、
とても派なチョコレートでコーティングした,大きくふくらんだケーキを作ってくれました。
それを特別大事なお皿にのせて、レナ―タにかならずお皿は返してもらって、持ち帰るようにと言いました。
ケーキはきっと生徒みんなに少しずつ切り分けて食べさせてくれるでしょうから、とも言いました。

ところがダブロウスカ先生は、レナ―タが渡した見事なバースデーケーキを受け取ると、
別の場所に消えてしまい、しばらくして戻ってきたら、生徒らを解散させてもうお帰りなさい、というのでした。
ケーキも切り分けて食べさせてもらえず、お皿も返してもらえず、
レナ―タは、家に帰っておばさんからひどく叱られました。

そしてある日、レナ―タが学校から帰り、カーシアの家にお茶に呼ばれたから行ってくる、と言うと、
ユーレクおじさんとズージアおばさんが二人して、今日はお茶に来れないと伝えてから
すぐに戻ってきなさい、話があるから、といつもと違う顔つきでレナ―タに言いました。
なぜ?どうして?といぶかるレナ―タに、帰ってきたら話すから、というだけでした。

カーシアの家から戻ってくると、ズージアおおおばさんはレナ―タを固く抱きしめてから、
「レナ―タが戻ってきましたよ。」とユーレクおじさんに声をかけました。
ユーレクおじさんはキッチンのテーブルで、なにかを読んでいました。
「ユーレク、レナ―タにつたえてちょうだい。」とおばさんが言いました。

「まあまあ、そうせかさないで。」とおじさんは、おばさんに言ってから、レナ―タにこう言いました。

「今日、イギリスからはるばる手紙がきたんだよ。お前のお父さんからの手紙がね。
彼は無事、元気でいるんだよ。」

「まあ、お父さんが、とうとう家に帰ってくるの?ついに、私たちと一緒に住めるのね!
いつ帰ってくるの?これで学校の友達も私が孤児じゃないって言ってたことを信じてくれるわ。
いつ帰ってくるの?お父さん、私のこと手紙でなんて書いてるの?」

「それがね、お父さんは、ここに帰ってはこないんだよ。きみにスコットランドに来てほしい、できるだけ早く
一緒になりたいと書いてあるんだよ。」

レナ―タももちろん、ズージアおばさんの気持ちもすっかり動揺してしまいました。
レナ―タもズージアおばさんも、お父さんが帰ってきてくれることをどんなにか望んだことだったか。

「それは不可能だよ。」とユーレクおじさんは言いました。
「これからフレデリーカと連絡を取る。フレデリーカがお前をイギリスに連れて行ってくれるだろう。
彼女がうまく手はずを整えてくれるはずだ。」


「ねえ、私、今からカーシアにこのことを話しに行ってもいい?」
するとズージアおばさんが「だめ。」と言うと、
ユーレクおじさんが「いいよ、行ってきなさい。だけどすぐ戻ってくるんだよ。いいね。おばさんがもうこれからは
きみを片時も手放さず、ずっとそばできみを見ていたいだろうから。」

レナ―タがキッチンのドアから出たとき、後ろのキッチンで、ズージアおばさんが泣きだして、
ユーレクおじさんがおばさんのそばによって、慰めているのが聞こえました。

「あの子がいなくなるなんて。私の生きがいだったのに。あの子がいなくなったら、
もう私、生きててもしょうがないわ。」
「ズージア、お前が結婚した相手は、レナ―タじゃなくて、私なんだよ。」とユーレクおじさんはやさしく言いました。
「そりや、わしたちは、あの子がいなくなったら寂しくなる。だけど、わしたちはあの子を育てるには、
年を取りすぎている。あの子には父親が必要だし、あの子の父親のアーウインが生きていて、手紙が届いたことを
わしたちは、神に感謝しないといけないよ。」
「アーウインはレナ―タを取り戻せたけど、私たちには、なんにも残されてないわ。
私たちの2人の息子イエルツエックもフレッツィオも天に召されてしまって、
今度はレナ―タまであきらめなければならないなんて。もうこれ以上私はいきていられないわ。」
「そんなことはないさ、馬鹿も休み休み言うんだね。しっかり気を取り直して、
あの子のために喜んであげるんだ。お前がそばにいなければ、あの子も外国で生き続けるのは
大変な、つらいことだろうと思うが。」
「わかってます。なんとか、そうしてみます。」
「よし。なら、さっそくお祝いのお茶にしようじゃないか。レナ―タもすぐに戻ってくるだろうから。」

そこまで聞いて、レナ―タは階段を駆け下りて、カーシアに素晴らしいニュースを伝えに行ったのでした。

# by agsmatters05 | 2020-06-08 08:40 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day81  レナ―タの物語(15)

続・紅茶国C村の日々 よりの転載。





今日も激しい夕立、雷雨がありました。
昨日からずっと、かなり寒いです。ほとんど2月、3月に戻ったような。
手袋、襟巻の完全暖房で、散歩に出かけました。

これ(↓)は、散歩中の写真じゃなくて、
夜8時半ごろ、部屋の窓から撮りました。

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小夏さんに「神々しい」と言ってもらって、調子に乗ってもう一枚!(笑)



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これ(↓)はちょっとだけ拡大して撮ったような気がします。

夕焼けの色が窓から見えるとつい、撮りたくなってしまいます。


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散歩中、C村の唯一のパブ、ユニコーンの前に
なにやら食べ物販売車が来てました。(↓)

ピザ販売車でした。
始めて見ました。でも、予約制なんだって。


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寒い日には、作り立てのあったかい食べ物を近くで売ってくれるって、
ありがたい!と思ってしまいました。毎週土曜日に来てくれるんだって。



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その前にC村の南側をぐるっと歩きました。


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7時過ぎだったんですけどね。



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パノラマは、もしかして実際にアップロードしたら、大きな写真になっているのかもしれません。


コロナ Day81  レナ―タの物語(15)_c0400569_07480840.jpg


8時半からルーシンダとBBOというオンラインのブリッジ・プログラムで無料のゲームを
2時間半ぐらいしました。
明日(日曜日、2時半から)は有料の本番の試合があります。
サウスバックスというブリッジ・クラブで。


下の写真からみえるかどうかわかりませんが、ルーシンダの登録名は Cavafy。
私は michi128。 もっと違うのにしとけばよかったと後悔しています。
リアルネーム(本名)で登録してる人、少ないです。
それに、自己申告制なので、国名も明らかにしなかったり、
ブリッジ競技のレベルも、プライベート(!?)だなんて、
強いのか、弱いのか、全然明かさない。
本当に強い人は、Advanced  とか Expert  とかちゃんと記します。
もちろん、私は Intermediate. 
ルーシンダもかなり同じレベルの7 なので、組みやすいです。

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今日の 食ひものです。


午後3時ごろ、なんぞに食べたこれ(↓)

シアトルのエミリーちゃんのママ、 本当のメグさんを思い出して作り、思い出して、食べました。
(ボブ&クララさんたちのこと、これを食べるたびに思い出します。)

トーストにマヨネーズを塗って、その上にレタスと納豆。
ナイフとフォークで食べると食べやすくなります。

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そして今日は午後から「ラザーニヤ」なるものを作りました。
先日失敗した、ふくらまなかったピザになってしまったパスタ用の小麦粉。
説明書通りに粉160グラムに卵2個。でも今日はブレッドメイカーといえばBM,
いえ、ホームベーカリーといえば HB になるんでしょうか。
こねてもらうのに1時間半かかりました。
でも、やっぱり固そうだったから、お湯を少し加えました。



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本来のラザー二ャなら、ひき肉たっぷりのレシピーが多いようですが、
なにしろコロナ巣ごもり中のC村には、まともな肉や魚が手に入らないので、
いつもの通り、自己流、ミチ流、マイペースで実験しました。
別の言い方をさせてもらうなら、クリエイティブにやってみました。(笑)


玉ねぎを大きめのみじん切りにしてよく炒めたもの。
瓶詰のオリーブ。トマトに、モツアレラチーズと普通のチーズ。
ポークビーンズ(缶詰)の使い残り、パスタソース(ピザの後の使い残り)
4週間前にセガが買ってきてくれたツナ缶。
それから、このホワイトソースは、自家製で、冷凍しておいたもの

これだけ揃ったら、立派なもんじゃないでしょうか。
自慢じゃないのです。涙ぐましいと言ってもらえたら、まさに我が意を得たり、です。

これを左下の器にラザーニヤの茹でたのと交互に敷き詰めました。
明日のお昼にいただきます。(ちょっと楽しみ。成功か、失敗か、
ラザーニヤの皮の味と、固さ次第でしょうか。)


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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 06, 2020, 23:39 GMT

Coronavirus Cases:6,962,493

Deaths:401,544

Recovered:3,403,757




ついに、明日には、感染者数が700万人になるでしょうか。
死者の数は40万人を越えてしまいました。
まだまだデータが上昇中の国があるので、感染者1億人、死者50万人と言っても
驚かなくなってしまいそう。

昨日から24時間のデータで、全世界の死者は4098人、100人以上亡くなった国は、
米国687人、ブラジル872人、ロシア197人、英国204人、インド297人、ペルー139人。メキシコ625人。




レナ―タの物語 (15) 



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第15章、 1944年 9月
 
土曜日のある朝、ユーレクおじさんは、レナ―タに一緒に出掛けようかと 誘ってくれました。
ズージアおばさんは、レナ―タにいっぱい服や毛布をかぶせて、
風邪をひかないように世話をやいてくれました。
おじさんは、その必要ないよ、レナ―タは赤ん坊じゃないんだから、とまた言い争っていました。

ユーレクおじさんとレナ―タは、フィアクルとよばれる馬車に乗って1時間ぐらい離れた郊外へ行きました。

途中で、ユーレクおじさんは、プシェムイシェルの街をいろいろ説明してくれました。
爆弾で崩れた建物などのこともおじさんは話してくれました。
その時、おじさんはレナ―タに、今は亡き彼の二人の息子、フレッツィオとイェルツエックのことを
覚えているかい?とたずねました。 

「ええ、いとこのフレッツィオのことは覚えているわ。とっても背が高かった。
あの時、フレッツィオが横になっていて、私はそばに立っていて、
何歳?って聞いたら、28歳って言ったの。だから私、
いつか大きくなってあなたの年に追いついて、追い越してあげる!」って言ったの。

おじさんは、「結局、そういうことになりそうだね。」 と言いました。
そして、ポケットからハンカチをとり出して涙をふいていました。
そのときレナ―タは、自分が母親を亡くして悲しい気持ちと
おじさんが子供を亡くして悲しい気持ちが同じものだとわかりました。

やがて目的地に到着しました。
そこは、ツィミンスキーさんという人の家でした。

最初、ユーレクおじさんが診察をしている間、レナ―タは馭者と二人で
外で待つことになっていました。馭者はレナ―タに馬の手綱の扱い方を教えてくれて、
2人で馬車を乗り回して、いろいろな話をしていました。
馭者は、戦争の前までは、ツィミンスキーさんの家のお抱え運転手をしていたけれど、
戦争が始まってからはガソリンがなくて、車の運転ができなくなったのでした。

しばらくして、ユーレクおじさんが出て来ました。
おじさんは、ツィミンスキーさんがレナ―タに会いたがっているからと言って、
レナ―タを家の中に連れて行きました。

ツィミンスキーさんは、レナ―タのお母さんと同じ大学で友達だったのでした。
アルバムを見せて、レナ―タのお母さんがお父さんに会う前、そして
ツィミンスキーさんが今の奥さんに会う前、お母さんとツィミンスキーさんは
相思相愛だったのだと打ち明けてくれました。

この二人のたった一人の娘マリアは、爆弾が落ちてきたときに死んでしまったのだそうです。
レナ―タと同じ年ごろぐらいのかわいい笑顔の少女の写真が部屋に飾ってありました。

ツィミンスキーさんご夫妻は、死んでしまった一人娘のマリアのピンクのすてきな部屋を見せて、
大きな木馬をレナ―タにあげたい、それに大きな人形の家(ドールズハウス)も、いつでもここに来て
遊んでくれていいのですよ、とレナ―タに言いました。本もどうぞ、と。

ツィミンスキーさんは足が動かなくて、座ったままなので、
ユーレクおじさんに診察をしてもらっていました。

「さ、それではお茶にしましょ。特別に作ったケーキがありますよ、
レナ―タ、アナタはチョコレートがすきでしょ?」と奥さんのツィミンスカは
にこやかに微笑んで、レナータにキスをしたのでした。



# by agsmatters05 | 2020-06-07 10:01 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day80  レナ―タの物語(14)

続・紅茶国C村の日々 よりの転載。


  
午後1時半からアビーさんのブリッジクラブでオンライン試合でした。
ルーシンダと組んで、成績はあまりよくなかったけど、お互いに理解しあえるプレイだったので、
これからも続きそう。すくなくとも、テリーよりはルーシンダの方が技術と知識は上。(シー!これ内緒)

試合中にものすごい夕立(シャワー)で雹や霰がぼこぼこ落ちてきて、窓の外がうるさかった。


コロナ Day80  レナ―タの物語(14)_c0400569_07210655.jpg


天気予報通りだったかもしれない。
今週末は寒くなると言っていた。とても寒くて、冬並みのコートを着て散歩をした。

その時はもう雨が上がっていて、青い空が垣間見えた。
だけど、ものすごい夕立を降らせた後の雨雲が空一杯に出ていた。

よって、今日の写真のテーマはは「雲」です。
白雲をご覧ください。


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陽が陰ると黒雲になってしまうけど。


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短いいつもの散歩で、6時半から3,40分。

イギリスにはすべての街や村にこの 「ハイ・ストリート」という名前の通りがあります。
どんなに短くても、どんなに長くても、町や村の中心を通り抜けるところ。

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この花(↓)は小夏さんに名前を聞きたくて、載せました。
けっこう大きな木になってましたけど? よろしく、でーす


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そして、これは小夏さんから教えてもらってなぜかしっかりと覚えましたよ。
アルストロメリア。


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散歩中の写真ばかりで、一部は順不同ですが、
C村のハイストリートを曲がって、ステュークリー村へ向かう道だから、
ステュークリー・ロード。(↓)


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そして、いつものクリケット・グラウンドにつきました。
今日の散歩コースは時計回りの反対でした。

コロナ Day80  レナ―タの物語(14)_c0400569_07171018.jpg

広々してると、ついまた撮りたくなってしまいました。
いつもと同じクリケット場ですが、今日の注目は「雲」でーす。


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これ(↓)はシルバー・ストリート。上のステュークリー・ロードとよく似てますが、別の場所です。

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午前中、今日も、マゴマゴちゃんたちとビデオチャットで遊ばせてもらいました。

東京も、京都も暑いんですね。ううチャンもジョー君も汗かいてました。

夜の7時過ぎだったかしら。ジョー君にパパは?と聞いたら、
お外へごはんをたべにいった。ひとりでかってにいってもいいんだよ。(笑)
などと、今日はめずらしくようしゃべってくれました。

ううチャンは学校が始まったそうで、自己紹介をしたと言ってました。2時間だけだって。



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夜8時からまたアンジェラさんと手合わせ。
無料のBBO(Bridge Base Online)の「カジュアル」というメニューで、いつ始めても、いつ終わってもいいというもの。
今日は私たち(WE) のほうが敵(THEY)よりも、ずっと高得点でした。
と言っても、THEYのほうは、人がどんどん変わるんです。
オンラインなので、USA、カナダ、ノルウエー、スエーデン、ギリシア、アイルランド 等々
世界中のいろんな国の人が急に飛び込んできて、ゲームしたりします。


これ(↓)は 夜9時過ぎ。

コロナ Day80  レナ―タの物語(14)_c0400569_07153445.jpg



現時点(00:20)のデータでは、世界の昨日から今日にかけての死者は4901人。
米国 970人、ブラジル 1008人、ロシア 144人、英国 357人、 インド286人、ペルー 131人、 メキシコ816人、
以上が昨日からの一日で、100人以上の死者を数えた国。

日本もいずれ1000人になるかもしれませんね。
イギリスは4万人を越えました。
ずっと前にそういう予測を出したアメリカの大学の発表もありました。
それを聞いた時は、どうかそうならないでほしいと願いましたけど、あれからもう80日もたって
いろいろな数字の感覚がマヒしてきたような気もします。


では、レナ―タの物語(14)へ行きます。




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第14章、1944年 7月 


ある朝レナ―タが朝ご飯をたべていると、
ユーレック大おじさんと、ズージア大おばさんの大の仲良しのバレックさんがやってきました。
彼はいつもおじさんの家に遊びに来ていましたが、この日、バーレクさんは
外で起こっていることをレナ―タに見せたいといいました。
ズージアおばさんは大反対でしたが、ユーレクおじさんがよかろうと言うので、
レナ―タはバーレクの肩車にのっけてもらって、外に出かけました。

通りでは、誰もかれもが抱き合ったり、握手しあったり、歓声をあげて喜んでいました。
ソ連軍がこの町を掌握したので、ドイツ兵はすっかりいなくなりました。

バーレクはおじさんは、レナ―タに、「いいかい、このことをよく覚えておくんだよ。
子供や孫にもこのことを伝えられるように
しっかり見聞きしておくんだ」、と言いました。

その後は、この町は今までとはすっかり様子が変わりました。
ドイツ兵のきちんと制服を着て歩く姿はなくなって、
ソ連兵は、だらしない服装で、酔っ払って、騒いでばかりいました。

ある日、ズージアおばさんとレナ―タが外出して家に戻ってきたとき、
玄関の石段のところでおばさんが家の鍵を探していました。そこへ、
酔っ払いのソ連兵がレナ―タを見つけてやってきて、髪をなでて抱きかかえようとしました。
ズージアおばさんは、この子にかまわないで、と必死でレナ―タをかばおうとしました。

ソ連兵はポケットからチョコレートを出して、レナ―タに食べさせようとしました。
ズージアおばさんは、「だめよ、毒だから、食べてはダメ!」 と激しくレナ―タを
守ろうとしましたが、ソ連兵は、ピストルを突き付けて、
ズージアおばさんを家の中に入れと指図して、おばさんを家にいれてしまいました。

次にこの兵士がしたことは、玄関先の石段に座って、レナ―タを膝に乗せ、
ポケットから小さな子供二人の写真を出して、
涙を浮かべながら、レナ―タにまたチョコレートを食べさせてくれたのでした。
二つ目のチョコレートも食べて、レナ―タはこのソ連兵と別れました。

それからしばらくたって、またバレックおじさんがレナ―タを連れて
町の広場に行きました。広場の中央に立っていた一人の人物を見るためでした。
「レナ―タ、この人のことを良く見ておきなさい。
ユーゴスラビアのチトー元帥という人で、きっといつか有名になって、
大きい仕事をする人になるんだよ。将来子供たちに、
今日この人をここで見たことを、かならず話してあげるんだよ。」

レナ―タには、このチトー元帥という人が誰なのかさっぱりわかりませんでしたが、
この黒髪の、背が高くて、ピカピカの軍服を着た人を目の前で見たことは
いつまでも決して忘れないだろう、と思うのでした。



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


14章は短かったです。たったの10ページ。あと19章まで 5章、ということは
あと5日間は、この話が続くということ。

MOREにすこし引用できるウエブサイトをあげておきましたが、
ヒットラーが死んだのは、1945年4月30日ということなので、
上のソ連軍がポーランドのレナ―タのいる街に侵入したという、1944年7月から9か月後となりますね。

ウイキペディアで読み直したら、ドイツとソ連は当初、共同戦線を張って、
ポーランドを周り中から攻め、この後のソ連によるポーランド支配(占領)でも、
ドイツと変わらない、またはそれ以上の殺戮と残虐な行為をした、と書かれている。{More 参照)


MORE もみてね。







Moreウイキペディアからの注、いろいろ ヒットラーの死、ドイツとソ連のポーランド侵攻
# by agsmatters05 | 2020-06-06 09:54 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13)

続・紅茶国C村の日々




今日はね、お天気は良くなかったんですけど、いつもと反対周りに歩いたので、
同じような写真だけど、ちょっと違う感じの写真になりました。



夕方6時半過ぎ。
曇っていて、寒くて、ほとんど ぽつぽつ降りて来そうな気配でした。

実際はもうちょっと緑が見えていましたが、
たぶん、黒っぽくなるんだろうなと思ってました(↓)。

コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07140183.jpg


太陽の力が写真にとってどんなに大きな威力をもっているか、
こういう(↕)暗い写真を載せると、なんとなくわかってきます。



コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07143435.jpg


臆病でかつ好奇心丸出しの羊たち。



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あんまり近くから撮ってはいません。近づくとさっと逃げられます。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07155027.jpg

青空が撮れないので、樹木。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07163227.jpg

ほとんど気分にまかせて、違うところにカメラを向けただけです。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07170699.jpg


そうしてC村を時計回りにぐるっと回ると、
いつもの見慣れたセント・ニコラス教会です。
ふだんは、中には入れないんです。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07174184.jpg




古ぼけた壁のコントラストが面白いと思ったけど、なぜか画面がひとりでに小さくなってしまってました。
大きくしたら、違って見えたかも、ですね。(↓)



コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07180894.jpg


30分ぐらい歩いて、やがて、出発地に戻ってきました。

もう今を盛りと咲き誇っています。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07183880.jpg


これ(↓)は2本目の木で、ピンク。ちょっと大きめ。


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07191304.jpg



そしてもう一つ、キッチンの外側の壁にひっそりと育っているのは、
うすオレンジ色です。この木はあまりたくさんは咲きません。



コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07193914.jpg

どうってことない。いつもいつも同じようなC村の風景と花の写真ばかり。



あ、今日は午前中、テリー465と有料ブリッジ(3ポンド)東西組の3位だったけど、
南北組と一列に並べたら、全体では7位でした。
私は3位だと言い、テリーは7位だと言って、意見が合いませんでした(笑)。
行き会ったことのない人とペアを組むのは、簡単じゃないです。
時間がかかる。少しずつ相手の手口を知っていかなくっちゃ、です。
(ここだけの話。私はレベル7、テリーはレベル4だって。でも、彼、威張ってる。
それはいいことかもしれない。自信があるのか、上達志向があるのか、どっちかだから。笑)

夜はルーシンダとの無料ブリッジ約2時間。
これは明日の本番の試合に備えての練習ゲームでした。


そして今日の食ひもの。

マーティンに頼んだレタス。葉は柔らかくなかったけど、細く切って、
久しぶりのグリーンサラダでした。ゆで卵(味付けの)を載せた。
写真下の真ん中はキャベツと人参の煮びたし。これが「おいしくてたまらん」というメニューです。
写真下の左、小皿の茶色っぽい豆腐みたいなのが、白いいんげん豆を
甘めに味付けて、裏ごしして、羊羹みたいにタッパーにはめ込んだもの。その一部。

ピザ、念願の、ようやくありつけました。
モッツアレラチーズ、オリーブ、トマト、もう一つ別のチーズも使いました。
具はおいしかったけど、実はこれ、大失敗の巻なんです(涙)。

ピサの土台がもっと柔らかく、ふくらんで欲しかった(涙)。
全然発酵してくれてない⁉

パスタ用の粉160グラムに卵2個、オリーブオイルと、バター20グラムぐらい入ってます。
残念無念!!今度またふわふわパンとか、柔らかいピザの土台とかに再挑戦します。


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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 04, 2020, 23:47 GMT

Coronavirus Cases:6,688,679

Deaths:392,123

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イギリスの死者は世界第二位、明日には4万人になるでしょう。
政府はすごく頑張ってると思われるんです。
何が悪いかって、NHSという巨大国営医療制度が
十分な機動力を発揮できなかったんじゃないでしょうか。
設備も治療薬も効果がなかった?
それと老人のためのケアホームが死者の数をグーンと押し上げたみたい。
一生懸命頑張ったのに、残念な結果になってしまって気の毒です。

昨日からまる一日で、世界の死者は5180人(夜11時ごろまでのデータなので、また変わるとおもうけど)
米国は1029人、ブラジルは1337人、英国176人でした。
ほかに、ロシア、インド、メキシコ、ペルーなどが100人以上の死者を数えています(悲)。



レナ―タの物語 (13)


コロナ Day 79 レナ―タの物語 (13) _c0400569_07313149.jpg


第13章、1944年 4月、 プシェミセル、コレジョーワ通り。




大おばのズージアと、おおおじのユーレクは、いつもいつも意見が合わなくて、
いがみ合いながら、どっちもどっちで、持ちつ持たれつしている夫婦でした。
ユーレクは、ぶつぶつ小言が多い、気難しやの一面がありましたが、
それを全然気にかけないで、とりなしたり、真っ向から否定したり、または
上手に(内緒で)こっそりかわしたりするズージアおばさんもさるものでした。

最初レナ―タは、ユーレクはレナ―タがこの家に来たことを喜んでいないのかと
思っていましたが、二人の息子を亡くして(殺されて)すっかり意気消沈していた、
老夫婦のところに血のつながったかわいくて、かしこいレナータが来てくれたのですから、
内心ではユーレクもうれしかったのでした。

なぜこの二人は、ゲシュタポにつかまらなかったのか、
それは、ドイツ軍がこの町を占領し始めた早い時期に、田舎に移り住み、
ある種の組織を通して、交渉もし、結局名前を変えて、
今の場所に、それでもひっそりと住みつき、医者のユーレクは
往診などもして、それなりに、ゲシュタポの目を逃れて暮らすことができたのでした。

せまい家の中で、レナ―タに大きな部屋を与えて、自分たちは小さな部屋を使うことにしたのは、
ユーレクの考えでした。

レナ―タをここまで無事に連れてきてくれたボゼーナは、御礼もなにも受け取らず、
その日のうちに戻りたいからと言って、おいしい夕食の後、一人で帰っていきました。

ズージアおおおばさんは本当に料理が上手でした。
そして、なによりも、レナ―タを一から十まで手厚く世話を焼いて、面倒を見てくれるので、
ユーレク大おじさんはぶつぶつ小言を言いどおしでした。
でもおばさんは、「気にしないでいいのよ。本当はユーレク大おじさんも
アナタが来てくれたことを心の底では本当によろこんでいるんだから。」と言うのでした。

ある日、ズージアおばさんは、レナ―タが生まれてから住んでいたこのプシェミセルの街にでて、
レナ―タが小さかった時のの家や、街の中を見せてくれました。
その時、わたし、マリーニヤに会えるかしら?とレナ―タが聞くと、
口ごもったあとで、マリーニヤには今は会えない。
マリーニヤは、ある男の子を助けようとして、ドイツ兵に見つかって、
刑務所に入れられてしまった、と。
あ、それはきっとヤンという男の子のことだわ、とレナ―タ。だったら、
マリーニヤは悪くない、私がお願いしたからマリーニヤはヤンを助けようとしたのよ。
本当のことを言わなくては、とレナ―タは訴えましたが、
それはズージアとユーレクに、真っ向から否定されました。


ズージアおおおばさんは、それはそれはレナ―タを大事に大事に世話してくれました。
この町のパンやさんや、着せ替え人形のお店にも連れて行ってくれたり、図書館にも
しょっちゅう行きました。司書の人があまりにもレナ―タがたくさんの本を早く読むので、
驚いてズージアおばさんに「いいんですか?どんな本でもどんどん、こんなに本を読ませて。
まだ早すぎる本もあるのではないですか?」と言うと、おばさんは、
「ユーレクが、レナ―タの読書について、
わかることはわかる、わからないこともあるだろうけど、理解できる範囲内で読んでいるのだから
本人の好きなように読ませてよろしいというんですよ。」と、
レナ―タには本当にありがたいことを言ってくれたのでした。

ユーレクおじさんは、ズージアおばさんがレナ―タを過保護にしていることを
非難して、しょっちゅう止めようとしましたが、ズージアおばさんはこう言い返すのでした。

「あなたは息子たちが殺されてから、すっかり人が変わってしまいましたよ。
私たちはもう何もできないんですよ。あの子たちを戻すことはできない。
どうか私に思いっきりレナ―タの世話をさせてくださいな。
今の世の中はふつうじゃないのはよくわかってます。でも、
精一杯できることをしていかなければ・・・。私はこの子が
ここに一緒に住んでくれて本当にうれしいんです。この子は、
つらかった息子たちの死を、ちょっとでも私に忘れさせてくれるんです。」

するとユーレクおじさんは、咳ばらいを一つして、隣のへやに行ってしまいました。

# by agsmatters05 | 2020-06-05 09:04 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)

続・紅茶国C村の日々よりの転載です。




今日はあまりいいお天気ではなくて、C村の風景写真はなしです。寒かった。

午前中は、といっても昼頃でしたが、またまた変顔ごっこで遊ばせてもらいました。


コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07354340.png



いくつかの変顔マークは、東京とC村と共通しているのですが、全部同じのを同時に使うわけにもいかず、
その食い違いがちょっと愉快なのかもしれません。今日は、双方で遊べるものもあって、
上と下で、交互にハンバーグの食べっこをしたりしました。画面にハンバーグが浮かんできて、
口をパクっと開けるとハンバーグを食べることができる。 全部食べたら、上と下で選手交代、みたいなのでした。




コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07362037.png



そのうちに「これなあに?ゲーム」もやりました。メロン、キウイ、リンゴ、バナナ、を見せたらすぐわかるけど、
洋梨 (ペア―)はあまり日本にないのでしょうか、すぐわからなかったみたい。ほかに、牛乳とか、食パンとか
品物を見せてものの名前を言わせるゲーム。ま、2歳半にはちょうどいい遊びになったかもしれません。

だけど、あまり時間がもたないし、グランマじゃあつまらないと思うのかも。
そこで、京都のううチャンにSOS。  

コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07351304.png


ううチャンは、この変顔ごっこはもうベテランの域です。
ずっとイギリスにいたとき、日本のままとこれで遊んでたみたいですから。



今日のブリッジニュース。
午後からテリー465と1時間。これは無料。
夜はアンジェラさんと7時から2時間。これは有料(4ポンド)。
ビリでした。ものの見事にビリ中のビリ。
これからアンジェラさんとのパートナーシップを少しずつ改善していかなければ、と思っています。
明日もテリー465、夜は ルーシンダとちょっとだけするよてい。


今日の食ひもの事情。
白あんは、コロナ団子にしないで、そのまま羊羹風にして食後のおつまみ。
ゆで卵を多く作って味付けの液に入れて、温泉卵。(ユーチューブで、スマップのメンバーの一人が作ってました。)
それから ようやく ピザの番がきました。

粉は魔窟っぽいのですが、これ(↓)。 パスタ用と書いてある。

ピザのレシピーとしては、この(↓)粉80グラムに卵1個を混ぜて、こねるだけ、とありました。
水、いらないのかな。


コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07364768.jpg


倍の量で、粉160グラム、卵2個で練ってみました。

固い! 全然ゆるくならない! 

ぬるま湯でも加えたらよかったのかもしれないけど、そこがまた自己流が得意のシェフの出番。
最初オリーブ油を少し加えてみました。
それでもまだ柔らかくならないので、今度はユーチューブで(完全感覚ベイカーなどのサイト)見た
バターを加えて練ってみました。

バターを加えると最初はぬるぬるしてても、次第にドウがまとまってくるんですね。
ああ、だけど、やっぱり、全然膨らみませんでした。
平たく丸めてのばして、かなり時間をおいといたけど、全然ふくらみませんでした。

明日、トッピングをのせて食べるとき、ごうガチガチのピザクラストになりませんように!
マーティンが買ってきてくれたモッツァレラ・チーズとトマト、それに、ビン詰めのオリーブなど(魔窟!)をのっけて
いただきくつもりです。
コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07372832.jpg



COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 03, 2020, 22:57 GMT

Coronavirus Cases:6,554,060

Deaths:386,257

Recovered:3,144,761



昨日から一日で世界の死者数4398人、USA1039人、ブラジル839人、UK359人、インド259人、ロシア178人、
うれしいのは、スペインが1人、イタリーは71人だということでした。



これからみんながコロナ疲れしているときに、ロックダウン緩和のせいで、
また感染者が増えることもあり得ますよね。
あまりいっぺんに緩和し過ぎないように、
いままでの自粛生活のペースをすぐには崩したくないつもりです。
まだ魔窟の食材も、残ってることだし(笑)。
特に、粉類、穀物類、缶詰類をもっと減らしたい、減らさなければ、です。







レナ―タの物語 (12)です。




コロナ Day 78 レナ―タの物語 (12)_c0400569_07313149.jpg



12章、1944年、ワルシャワからプシェミシルへ。

またもやレナ―タ(7歳)は、世話をしてくれる親切な保護者から離れて、
次の場所へ移動しなければなりませんでした。

翌朝フレデリーカがレナ―タをワルシャワの駅に連れて行く間中もずっと、レナ―タは
「お願い、フレデリーカ、私を遠くへ行かせないで。私、ずっとあなたのそばにいたいの。」 と
泣いて拝み続けましたが、もう無理でした。

駅には、ボゼーナ・リポウスカという女性がレナ―タを待っていました。
とっても背が高い、大柄な女性で、大勢の人でごった返している駅のなかでも
いち早くレナ―タとフレデリカを見つけ出してくれました。

汽車はぎゅうぎゅう詰めで、ようやくボゼーナとレナ―タは乗り込むことができましたが、
立ったままでした。レナ―タは壁とボゼーナに寄り掛かることができただけ、ましでした。

「あなたのお母さんが運ばれて行った汽車は、こんなものではなかったのよ。」とボゼーナは言いました。

長い時間汽車に揺られて、途中でレナ―タはトイレに行きたくなったけれども、
身動きのできない車内で、けっきょく靴の中に水が入り込んで、レナ―タは恥ずかしい思いでした。

何時間も、何時間も走った後で、ある場所に汽車は止まりました。
そこで一晩停車して翌朝またプシェミシルに向かうとのことでした。

ボゼーナは、レナ―タの手を引いて、
「少し歩くけど、今夜はぺザント(百姓)の夫婦のところに泊めてもらうのよ。」と言いました。

汽車の乗客たちの中には、そのまま汽車の中やプラットフォームで
寝る人たちもいました。ペザント(百姓)という言葉を聞いて、
レナ―タは、これまでいろいろ悪いイメージしか聞いたことがないので、
「お願い、ペザントの家になんか泊まりたくないわ。フレデリーカががっかりするわ。」

すると、ボゼーナは、
「なんということを言うの?命の危険をおかしてまで親切にあなたを泊めてくれると言っている人たちに、
恩知らずなことを言わないで。あなたはお上品ぶったおすましやの甘えん坊だこと!」とぴしゃりと言いました。

しばらく黙ったまま歩いて、やがてたどり着いた家の女の人は、レナ―タをやさしく迎えてくれました。

ボゼーナは、こう言いました。
「レナ―タ、この親切なひとはね、私の大おばさんなの。私は孤児だったから、
子ども時代ずっと、ここに住んでいたの。この大おばさん夫婦が私を育ててくれたのよ。
だから、私もペザントの一人ということになるわね。私はそれを誇りに思ってるわ。」

ちょっと前にペザントについて自分が言った言葉を恥ずかしく思いながら、レナ―タは
この木造の粗末な狭い一軒家での夜を送りました。トイレは家の外のバケツでした。
夕食は、キャベツのスープで、最初はうんざりと思っていたレナ―タは、
一口食べてそのおいしさにびっくりしてしまいました。
ベッドは、おおおばさんが夜具を新しくしておいたというのに、
ごわごわして、寝心地が悪かったので、レナ―タは、ここでもまたボゼーナに
泣き言を言ってしまいました。
ボゼーナは、なんという恩知らずの甘えん坊か、とレナ―タを叱り飛ばしました。

翌朝、早起きして温かいミルクとパンの朝食後、二人は駅に向かいました。

ふたたび長い汽車旅のあと、ようやく二人は プシェミシルの駅に到着しました。

大勢の人でごった返している駅の構内で、ボゼーナはみんながいなくなるまで待ってから、
プラットフォームの端でじっと立ち尽くして人々をじろじろ見ている老夫婦に近づいていきました。
レナ―タは、まさかこの人たちじゃない、と思ったのですが、その二人が、
めざすレナ―タのおばあちゃんの妹夫婦、ズージアおおおばさんとユーレク大おじさんなのでした。

レナ―タは小さい時、ズ―ジアおおおばさんが、ドイツ兵から洋服をねこそぎ奪われて、はだしで
レナ―タの家に駆けこんできたときのことをかすかに思い出しました。

今はすっかり年老いて、地味な服装に身を包んでいました。
ズージアおおおばさんは、レナ―タを見ると抱きかかえて、泣きだしました。
するとユーレクおおおじさんは、「よしなさい、こういう場所で、人目につきやすいことをしてはいけないよ。」と
おおおばさんをとがめるのでした。

2人の家は プシェミシル市の コレジョーワ通りにありました。
馬車でたどり着いた4人が家の中にはいったとき、一階に本がたくさん並んでいるのを見たレナ―タは
興奮してしまいました。本屋さんが一階にある!と。

「これはね、本屋さんじゃなくて、図書館なの。」とズージアおおおばさん。
「図書館ってなあに?」 「本を貸してくれるのよ。読み終わったら、返すとまた借りられる。」
「私も借りられるの?」
「ええ、字が読めるようになったらね。」
「でも私、読めるんです。もうこれまでたくさんの本を読んできました。
私は世界中でほかのどんなことよりも本を読むことが大好きなんです。
今、一冊借りられる?」
「あなた、本が読めるの? 今日は日曜日だから、閉まってるわ。
明日、手続きをして、借りだすことにしましょうね。」

それを聞いて、レナ―タの胸はうれしさではちきれそうになりました。
フレデリーカが言ったとおり、レナ―タはこの場所が大、大、大好きになりそうな気がしてきたのでした。



# by agsmatters05 | 2020-06-04 09:22 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)

続・紅茶国C村の日々よりの転載です。




いいお天気でした。
もったいないような。

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あまりに空(そら)が空(くう)だから、

🎵 泣いているよな、 昼の月 ♬ (↓)



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これは 「十日夜の月(とおかんやのつき)10日頃」 と呼ばれるそうです。


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今日はいつものクリケット場にこんなにたくさん(↓)車が停まってました。
テニス場でくつろぐ人たち、 このグラウンドの周りの木々を伐採して燃やしていた人たち、
このグラウンドの隣にあるアロットメントで野菜作りをする人たち、そして
クリケットのバッティング練習をする若い人たち。

急にこんなにおおぜい出てくるようになっちゃって、いいのでしょうか。
人がいないところを選んで、クリケット場をまるまる2周しました。
15分はかかりました。早足で歩いたつもりだったけど。



コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05455342.jpg



上の写真の茶色い建物は、ビッグス・パヴィリオンと呼ばれています。

集会所になっています。数十年前ぐらいに(?調べておきます)
ビッグスさんという、この土地を持っていた方が寄付されたから、その名前をつけている。


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その茶色い建物は、C村のクリケット・クラブの待機所にもなっていて、
上の写真の反対側はこうなって(↓)いました。
なんとC村のクリケット・クラブは今から157年も前、
ヴィクトリア女王の治世(在位:1837年6月20日 - 1901年1月22日)に設立されたんですって。
フットボールも、ラグビーも、テニスも、乗馬もイギリスでは盛んで大事なスポーツだけど、
クリケットはさらにもっと大事なスポーツ、ちょっと格が上なんですね。古い!



コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05443093.jpg

日なたは暑くて、日かげは寒い、イギリスの夏。
クリケット場から遊園地に向かって木陰の中を歩くと、もう
今日の運動はおしまいです。


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今日はマーティンの買い出し日。
レタスと卵が入りました。果物はいつもたくさん。
リンゴとオレンジ、メロン、バナナ、キウイ、ペアは毎週はいります。

今日は魔窟(↓)っぽい山積みされた缶詰の中から、
白あんを作ってみることにしました。


コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05412502.jpg


実はこれは今日の災難の二つ目でした。

一つ目は、テリー465とオンライン試合をする予定で、約束通りログインして
待っていたけど、なぜか連絡が届かなくて、ちょっと席を外した時に、テリー465は
ディレクターのクリス・プール(女性)とプレイすることになったんだって。(ブウー)
だけど、テリー、トップの結果になったようで、まあよかった。

そして上の豆をゆでて、白あんを作っていた時、


コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05415844.jpg



ガガーン!
真ん中の心棒が外れてしまって、これはバイバイ。15ポンド前後の
撹拌機です。テスコで買ったのですが。(涙、涙、涙)


そして

今日も12時ごろジョー君と「変顔ごっこ」ができました。
東京は夜の8時過ぎかな。夕ご飯を食べた後、お風呂に入って寝る前の
ひと時でした。日本、暑そうですね。。頭が汗でジョー君、痒がってました。



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ったく、誰が考えたのか、知りませんが、こういうのって、
なにかのお役に立つのでしょうか?
そのうちに飽きるでしょうけど、今日はまだ けらけら笑ってました。

それから台所にある果物や食べ物を一つずつ見せて、「これなあに?ごっこ」もしました。
だいたい分かったけど、しょうがとか、にんにくは、ママに 「ナニ?」とカンニングしてました。


今日はイギリスのコロナの死者の数、昨日から3倍に増えてます。
日本の感染者も増えてますね。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 03, 2020, 00:05 GMT

Coronavirus Cases:6,473,216

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レナ―タの物語、いよいよ後半に入ります。
全部で19章ですが、最後に著者の覚え書きという短い文章があるので、
全体で20章としたら、ちょうどその半分。




レナ―タの物語 (11)

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第11章、 1944年 3月、 スキェルニェヴィツェ から ワルシャワへ。


孤児院に戻ったレナ―タはその後、何事もなかったかのように、ひどい暮らしにもどりました。
石の廊下や建物の拭き掃除、水ばかりのキャベツのスープとほんの小さなかけら程度のパンという暮らしでした。
オリバーツイストのように、親切な老夫婦に助けられて孤児院から抜けだして、最後は
幸せな暮らしを送って、本がいっぱい読めるようになることを夢見ていたのは、
あれはまぼろしだったのだろうか、と思い始めたレナ―タでした。

ある朝、舎監が、明日の朝、私服に着替えて、寮で待ってるように、と言いました。
ある人が連れに来て、あなたはここから出ていくのです、と。

次の朝、言われたとおりにじっと迎えが来るのを待っていました。何時間も何時間も
たったように思われるほどでした。

長いこと待ち続けたあと、舎監が来て、
「レナ―タ、計画が変わりました。元の服装に着がえていつものように、
他の子どもたちと同じ作業をしなさい。」

がっかりして、もうドクター・ケンプのことはすっかり忘れようと思い、
この孤児院暮らしを続けるつもりになっていたレナ―タでしたが、そのあとまた呼び出されて、
今度はそのままの服装でいいから副所長の部屋へ行くように、と言われました。

マッキーヴィッチという名の副所長の部屋へ行くと、後ろ姿の女性がいました。
フレデリーカ!でした。すぐにも駆け寄ろうと思ったけど、副所長の前ではそれもできませんでした。
もう胸はドキドキして、心は踊り始めました。

「レナ―タ、こちらがきみのいとこ、フレデリーカさんだよ。
今や、きみにはいとこがいることが分かったから、もうきみは孤児じゃない。
フレデリーカさんがこれからきみをクラクフに連れて行って
世話をしてくれることになったんだ。」


コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05465352.jpg


次の日、レナ―タはフレデリーカと、孤児院をあとにして、汽車に乗りこんでいました。
行く先は、実は、クラクフではなくて、ワルシャワでした。

その長い旅の間に、誰にも聞かれないように気を付けながら、
フレデリーカはどうやってレナ―タを救い出すことができたか、そのいきさつを
レナ―タに話してくれました。

ヤドヴィガには、2か月分も先払いしてお金を送っておいたのに、
ヤドヴィガからの手紙では、レナ―タがいい施設で手厚く世話を受けているから安心してください
ということしか言ってこなかった。

フレデリーカは、身内の世話や、新しい仕事の準備などで、すぐにレナ―タを引き取りに
来れなかった。もしレナ―タがこんなひどい場所で、こんなにひどい目に遭っているとわかっていたら、
もっと早く迎えに来ていたのに、というのでした。

それは全く偶然のことでした。
その日、レナ―タは汽車でクラクフへ行こうとしていたのですが、機械の故障で長いこと
見知らぬ駅で立ち往生させられ、その時ふと目にした駅名が、ヤドヴィガから聞いていた
レナ―タのいる施設の街の名前だと気がつき、親切な駅長に荷物を預けて、
フレデリーカは、意を決して、孤児院をおとずれたのでした。

門衛はすぐに彼女を中に入れてはくれなかったけれど、
断固として門の外で待ち尽くすつもりでいたら、ようやく中に入れてもらえました。
そして、副所長のマッキーヴィッチに会って、レナ―タに会いたいと伝えました。
マッキーヴィッチは「上司にうかがいをださないと」と言って渋ったけれど、
フレデリーカは、上手に、マッキービッチに「うん」と言わせて、
レナ―タに会うことができたのでした。

その日はいったん孤児院を出て、フレデリーカはドクター・ケンプに会いに行きました。
ドクター・ケンプはレナ―タが純粋のアーリア人であるのかどうかという疑問を持ち始めていました。

もしもそうでないとしたら、そういう子供を院の中に収容していたドクターケンプ自身の責任も
問われることになるはずでした。だからここは、早くレナ―タを院から出す方がいいと、
ドクター・ケンプも察したようでした。、

フレデリーカはレナ―タとの長い旅を終えて、ようやくレナ―タをワルシャワの自分の両親の住まいに
連れていくことができました。フレデリーカには子供がいませんでしたが、
夫が、レナ―タのお母さんの弟の子供、つまりレナ―タのいとこでした。
その夫は、医者で、ナチスによって殺されてしまいました。

フレデリーカの両親は、もとは裕福な暮らしをしていましたが、今は身を隠して、
ゲットーに連れ出されることもなく、狭い隠れ家で、それでも無事に暮らしていました。

レナ―タは、フレデリーカの両親をおばあちゃん、おじいちゃんと呼んで、
日に日に親しくなりました。おいしい食事を食べて、楽しい日々でした。

フレデリーカは、仕事の手はずなどで、家を空けることも多く忙しくしていましたが、
ある日、レナ―タの横に座って、こういいました。

「レナ―タ、もう私はあなたを離さない、ずっとずっと一緒に暮らすって、約束したけど、
ごめんね、レナ―タ、私は約束を破ることになってしまったの。

私の仕事の都合で、あなたはもうここにはいられない、両親は年寄りで、二人で暮らすだけでも
いろいろ大変なので、あなたをおいて私は出ていけない。
あなたの世話をしてくれる、もっと大事な人たちがいるの。
それはあなたのおばあちゃんの妹夫婦。大叔母のズージアと夫のユーレク。
今二人は、あなたが生まれた場所、プシェミシルに住んでいるの。
これからあなたはそこに行くことになったのよ。

レナ―タはもちろん、泣いて泣いて、必死で、いや、いや、私はここにいたい、と言い張りましたが、
もうフレデリーカはすべて手はずを整えてしまっていたのでした。





コロナ Day 77  レナ―タの物語(11)_c0400569_05383529.jpg









# by agsmatters05 | 2020-06-03 09:45 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day76 レナ―タの物語(10)

続・紅茶国C村の日々 よりの転載です。



今日はC村の風景写真はゼロです。
今日の写真は、孫のジョー君とヴィデオチャットした時のものばかり。

理由は何もないのですが。
ちょっとだけクリケット場に行くことは行きましたが、すぐ帰ってきてしまいました。
一つには、アンジェラさんとブリッジする時間が迫ってきてから、散歩に出かけたので、
ゆっくり歩いていられなかった。それにちょっと日が陰っていました。6時半ごろ。

朝、10時ごろだったかしら、昨日に続いて、メグからリンリンリン。
今日はジョー君も私も変顔作りはもう手慣れたものでした。


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ピザのお顔のグランマ。


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キュウリのお目目のグランマ(↓)。それはいいのですが、


コロナ Day76 レナ―タの物語(10)_c0400569_06491176.png


この(↓)ジョー君の変顔があまりにも変形し過ぎて、ジョー君のもとの顔かたちが全然わからないので、
いや、いや、いや、ジョー君それは、ない、ないして。ノー、ノー、ノーと叫んだグランマでした。

コロナ Day76 レナ―タの物語(10)_c0400569_06483385.png


するとジョー君は面白がって、わざと長いこと、この↑変顔を続けていました。


コロナ Day76 レナ―タの物語(10)_c0400569_06473073.png



私とジョー君がこの変顔ごっこで遊んでいた時、ジョーママ(メグ)はなんだか仕事が入っていて、
ちょっとだけ(多分、5分か、10分ぐらいだったと思うのですが)二人でこれをやっといてね、
と言ってアイフォン?アイパッド?からちょっと離れたみたいでした。
そして、最後に、「たすかったよ、ありがとう」と言われたので、
「あら、こういうことなら毎晩でもいいよ、喜んでお相手してあげるよ」と言っておきました。

とはいうものの、火曜と木曜の午前中(日本時間の夜6時から8時頃)は
テリー465とサウス・バックス・ブリッジ・クラブの試合が入っているので、できないわ、ごめんね。でした。

今日からロックダウン緩和、スタート。
学校も少しずつ始まりだしました、ね。
退職組、年金暮らし組としては、気楽でいいようなものの、
やっぱりそれにはそれなりの理由があって、
昨日の家具を動かした掃除がたたって、体の節々、腰、背中が痛くて、
ゆっくり、ゆっくり家の中を動き回っていました。


世界の死者、昨日から今日までで、約2893人。
米国720人、ブラジル623人、そして 英国は111人でした。
(発表時刻によって、まだ変動がありますが。)




今日のワールドメーターです。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: June 01, 2020, 23:19 GMT

Coronavirus Cases:6,358,294

Deaths:377,031

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レナ―タの物語 (10)

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第10章、  1944年 スキェルニェヴィツェ の公立孤児院


オリバー・ツイストの本を読んで、孤児院の恐ろしさをすでに知っていた7歳のレナ―タでしたが、
実際の孤児院はもっともっとひどいものでした。

孤児院では、多くのつらい目に遭って、「マナバされる」ことがたくさんありました。

まずは、人を信用しないことを覚えました。だれがいつ陰口をたたくかもしれず、
それが舎監や所長や懲戒師の黒いノートにマークされると、
週に一度の「処罰の日」に大勢の目の前で鞭打ちの罰を受けなければなりませんでした。
それで、院のほかの子供たち誰とでも不用意に親しくなってはいけないのだと、レナ―タは知りました。

それから、いつもいつも食べ物が少なくて、粗末で、おなかが空いていたので、
週に一度院の外の教会に行った帰りに、カブの畑で泥がついて冷たく凍ったカブを
掘ってきて(盗んできて)、枕の下に隠しては夜中に空のお腹を癒すことも覚えました。

それから 孤児院には、ヨリックという少し年長の体の大きい男の子がいて、
いつも「処罰の日」にはみんなの前でお尻をひどく鞭打たれる子でしたが、それは、
ヨリックが誰でも襲い掛かっては、蹴ったり殴ったりの乱暴をしてまわるからで、
レナ―タはこのヨリックを、悪夢にうなされるほど、心の底から憎んで嫌いました。
(ずっと後、大きくなって、このヨリックは自閉症児だと、レナ―タはわかったのですが。)

時々この孤児院を視察するドイツ軍の軍人や、孤児院の監督官、ドクター・ケンプがいました。

そしてある日、舎監がレナ―タに、連れて行くところがあるから、誰にも言わずに
身なりを整えて、舎監のところに来るようにと言いました。

言われたとおりにレナ―タが舎監に会いに行くと、その場で髪をきれいに洗って、
洗いたての洋服を着せられ、オーバーコートを着せられて、舎監と一緒に孤児院の外の
ドクター・ケンプのお屋敷まで連れていかれました。
舎監はただ一言、「あなたはラッキーなのです。何を聞かれても
孤児院を悪く言ってはダメですよ。知らないことは知りません、と言うのですよ。いいですね。」
と注意して、レナ―タをお屋敷の中にいれると、先に帰って行ってしまいました。

ドクター・ケンプの部屋に通されると、ドイツ軍の将校二人と、優しそうな老人と、
ドクター・ケンプが部屋で待っていました。

将校たちは何も言わずにじっとレナ―タを観察していましたが、
ドクター・ケンプがレナ―タに聞きました。
「お父さんは?」
「軍隊にいます。」
「お母さんは?」
「知りません。死んだとおもいます。」
「きみは教会へいくのかい?」
「はい、毎週行っています。」
「きみはドイツ人がユダヤ人をどう思っているか知っているかい?」
「嫌っています。」
「きみはユダヤ人が嫌いですか?」
「わかりません。」
「きみは孤児院が好きかい?」
「いいえ」
「どうして嫌いなんだね?」
「あまり読む本がたくさんないからです。」
「きみは本がよめるのかい?」
「はい。」
「誰がおしえてくれたんだね?」
「ヤドヴィガが教えてくれました。」
「きみは、孤児院を出て、たくさん本がある、素晴らしいドイツ人の家庭に行きたいと思うかね?」
「はい、ぜひそうしたいです。」

ドイツ人将校たちは顔を見合わせ、笑顔をみせずに満足そうな表情をしていました。
その後で、レナ―タにお菓子を食べさせてから、将校たちはレナ―タの頭をなでて、
部屋の外へ出ていきました。

ドクター・ケンプはレナ―タと二人だけになったとき、
ひざまずいて、レナ―タと同じ目の高さまできて、
「一つだけ教えておくれ。お母さんを最後に見たのはいつ?」
「兵隊さんたちに連れていかれる前でした。」
「今お母さんがどこにいるか知ってるの?」
「いいえ、知りません。トラックに乗せられて、私のおばあさんと一緒に
キャンプ地へ運ばれて行ったんだと思います。」
ドクター・ケンプは一瞬押し黙って、次の質問をしようとした、ちょうどその時に、
制服を着た男の人が部屋に入ってきたので、ドクターケンプは立ち上がり、
レナ―タの頭をなでてから、レナ―タをすぐに、無事に、孤児院に
連れていくように、と言いました。


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# by agsmatters05 | 2020-06-02 08:31 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 75  レナ―タの物語(9)

続・紅茶国C村の日々、より転載。



5月最後の日曜日。今日もほんとうにいいお天気でした。
夕方7時の外出。クリケット・グラウンドは誰も人がいなくて、私の独り占めでした。


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昨日と同じく上弦の月。(↓)
マロニエの樹の葉と一緒に撮るとちょっとしゃれて見えるでしょうか。
さもないと、この青空に浮かぶ昼の月は、どうしても
「🎵 笛に浮かれて逆立ちすれば、山が見えます、故郷の。
わたしや、みなしご、街道暮らし。泣いているよな、昼の月」
になってしまいます。

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このページのトップのパノラマ写真の場所を普通の速さで2周しました。
本当は4,5回まわる方がいいのだけれど、
今日は家具を動かす掃除をしたので、足がくたびれていたので、2回だけ。

誰もいないし、この場所で撮るものはもう撮りつくしたので、
今日はセルフィーしました。ジーンズはいてました。




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日向は暑くて、日陰は寒い。昨日と同じで、風がつよくて帽子が落ち着きませんでした。


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あ、いたいた!友達がいました。(↓)
近寄れば逃げてしまうから、遠くから。

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金曜はううチャン、今日はジョー君とビデオチャットができました。
東京時間の夜八時頃。夕ご飯を食べて、寝る前の一休みの時間でした。
イギリスはもちろん昼の12時。

変顔 イフェクト というのをやったら、



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ジョー君がけらけら笑ってました。

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先週の火曜日にお隣りのマーティンがいつもの買い出しをしてくれた時、
おこころざしの、これ、ピオーネ ですよね。
つぼみも一杯に開いて、みごとでした。
マーティン、ありがとう。(ってここで言っても、伝わらないけど、ね。)



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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: May 31, 2020, 23:02 GMT

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明日、6月1日から、いよいよ、ロックダウンの緩和が始まりますね。



では、レナ―タの物語 (9)

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第9章 1943年 12月

この家にきて、ヤドヴィガと一緒に住み始めてから、それは初めての来訪者でした。
あらかじめ分かっていたらしく、ヤドヴィガは彼を家の中に入れて、
レナ―タに自分の部屋で本でも読んでいなさい、と言いました。

レナ―タは喜んで、物語を読みふけっていました。
本の中で冒険して遊ぶ子供たちは、今のレナ―タの暮らしとは大違い、
ユダヤ人でもなければ、ゲシュタポもいない世界でした。レナ―タは
マリーニヤから聞かされた、アデーラおばさんと、いとこのザズーラの最後の様子を
思い出さずにはいられませんでした。

マリーニヤの話では、ドイツ兵に外へ連れ出された叔母といとこの二人は、まずザズーラが兵士から
「逃げろ」と言われて、兵士に背を向けて走り出した途端、後ろから頭を撃たれ、
そのあと、アデーラおばさんも、すぐに至近距離で撃たれて、二人とも即死したのでした。
一部始終を目撃していた知り合いから、マリーニヤはこの話を聞き、
レナ―タに、「いい、あなたが私に質問してきたから、真実を話してあげるのよ。
忘れないでね。大きくなったら、子供たちにもこのことを伝えてあげなさい。」

その時、ヤドヴィガがレナ―タを呼んでいる声が聞こえてきました。
「何回呼んだら聞こえるの?早くここに来なさい。」
「ごめんなさい、ヤドヴィガ。本を読んでいたので。」
「それはわかってます。こちら、ポリッキーさん。ご挨拶しなさい。」
「こんにちは。」とレナ―タは言いました。
ポリッキーさんは返事をしませんでした。

ヤドヴィガとポリッキーさんはすでに話を取り決めていました。
一週間後の、午後2時にレナ―タは、公設の孤児院に入ることになってしまいました。
レナ―タが、いくらヤドヴィガに必死でお願いしても、もう決まってしまったことでした。
ポリッキーさんは、レナ―タの荷物は本一冊と人形一つだけ。
それ以上は認められないと、きつく言い渡して、出ていきました。
ありがとう、ステファノ、とヤドヴィガはお礼をいいました。

レナ―タは、フレデリカが私を迎えに来るから、お金もきっと送るから、どうか私を
孤児院にいかせないで、と縋り付いてヤドヴィガに頼みました。

ヤドヴィガは、「私は何も悪いことはしてないわよ。私のせいじゃない。
お金がこないのにあなたの面倒をみることができるわけないでしょ。
いいわね、ポリッキーさんがあなたを孤児院に受け入れてくれたことが
どれだけラッキーなことか、感謝しなくちゃあね。
ちゃんとお行儀よくするのよ。」

予定の時間にヤドヴィガとレナ―タは、同じ町のほど遠くない場所にあった公設の孤児院に行きました。

しばらく待たされて、通された部屋には、
お腹を突き出してでっぷり太ったマッキーヴィッチという男がいました。
ポリッキー所長を助ける副所長ということでした。

ヤドヴィガはレナ―タを置いてさっさといなくなってしまいました。

マッキーヴィッチは、レナ―タを観察して、金髪に青い目をしていることを確かめて、
「おまえは確かにアーリア人だな。」(下に注があります)

マッキーヴィッチが、ベルを鳴らすと、二人の少女が入ってきました。

この2人の少女に連れられて、寝泊まりするベッドの場所をみてから
レナ―タは、舎監(メイトロン)のところへ連れていかれました。

舎監の女性は、「やれやれ、また面倒が増えたわ」と言い、
レナ―タの髪を見て、「ここではシラミがわくから、髪を長くしておけません。」
と言って、ハサミでレナ―タの長い金髪をジョキジョキと切ってしまいました。
レナ―タはこらえきれずに大泣きしました。
すると舎監はレナ―タを壁際に立たせて、「甘ったれなるんじゃないの。」と言って、
レナ―タの左の頬に平手打ちを食らわせて、レナ―タを黙らせました。

それから 院の決まりの粗末な服をレナ―タに渡して、
「ありがとうは?」 とレナ―タに礼を言わせるのでした。

そして、ポリッキーさんからは本一冊と人形一つ持ってきていいと言われたのに、
舎監はそれは一切許されないことだというのでした。

「どうかお願いです。人形だけは持たせてください。
私が大事にしているたった一つの分身なんです。もし、あなたがこれを
取り去るんでしたら、私、死んでしまいそうです。お願いです。
どうか、これだけは、手元におかせてください・・・。」

だけど、レナ―タのこの言葉は、はげ落ちた壁か石の床に向かって発した言葉のように、
なんの答えも帰っては来ませんでした。

~ ~ ~ ~ ~

注 - ヒトラーは、ドイツ民族は「アーリア人」と呼ばれる卓越した人種であると信じていました。 ドイツ人は他のすべての人種に勝る才能に満ちた「アーリア」人種であり、生物学的な優位性で東ヨーロッパ全土にまたがる巨大な帝国を支配する運命にある、とヒトラーは確信していました。「ホロコースト百科事典」よりの引用です。
https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/article/victims-of-the-nazi-era-nazi-racial-ideology

# by agsmatters05 | 2020-06-01 09:31 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day 74 レナータの物語(8)

続・紅茶国C村の日々から転載しています。



月の種類の名前をグーグル先生に教えてもらいました。http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0203.htm

新月(しんげつ)1日頃、 繊月(せんげつ)2日頃、 三日月(みかづき)3日頃 の次は
上弦の月(じょうげんのつき)7日頃 と言うんだって。 

本当はこの画面いっぱいに青い色の背景を出したかったんですが、そういうわけにはいきませんでした。
夕方6時過ぎ、いつものC村のクリケット・グラウンドの真上の空でした。(↓)

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イギリス、がんばれ! (↓)
まだまだ亡くなる方が減りません。
今日も215人。世界で3番目に多い数字です。



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青空がきれいなので、ついカメラに入ってもらいました。
太陽があるから、光があるから、色がある。色がつい目立ってしまう。



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この(↓)矢車草は、日本の矢車草と同じみたい。葉っぱの形が違うことに気がつきました。
異種、変種なのかな。


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本当は一枚、一枚、大きくして、今日はバラの写真だけにしようかと思ったくらいでしたが、
手間を省いて、一枚にしたら、こんなに小さくなってしまいました。



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夕方(夜)9時ごろ、アンジェラさんと2時間ほど手合わせのオンライン・ブリッジをしていた時、
窓の外がとても明るかったです。

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これ(↓)は撮る価値もない、恥ずかしい写真ですが、
遅めの昼ごはん。冷凍の海苔巻きを一本、ごま油をしいた卵焼き器の上に
輪切りにしたご飯の面を並べていれて、上下温めて、いただきました。
セガの置いてった太巻きを冷凍したもので、それは別にここに載せるほどのことは
なかったのですが、実は、このジャガイモ(ポテト)がとってもおいしくて、
マイ・メモとして撮っておこうと思いました。食べかけのお皿の写真です。

どうしてこのジャガイモがおいしかったか?というと、
野菜の煮汁が残っていたので、ジャガイモを一個だけ皮をむいて四角に切って、
煮汁の上から放り入れ、鍋が焦げないように水を入れて、
味が薄くならないように肉みそを上からのせて、ふたをして煮た、
ただそれだけで、ホクホクの、おいしいジャガイモが食べられた、という。
イギリスのジャガイモは何種類もあって、それぞれの料理に合わせた種類が
あるみたいで、これが何だったのか知らないけど、こういう手を加えない料理
というのが、時としてのけぞるほど(びっくりするほど)おいしい、ってことが
あるんですよね。



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やっぱり、青空を背景にした薔薇の写真は、いい感じです。よね?(↓)




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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: May 30, 2020, 22:48 GMT

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それでは、レナータの物語(8)をどうぞ。




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第8章、1943年11月、 ポーランド、プシェミシル市からおよそ220マイル(354キロメートル)北西に離れたスキェルニェヴィツェ


「でもわからないわ。どうしてあなたはヤドヴィガのところへ行きたくないの?」とマリーニヤは言いました。

レナータは、マシューのところで起こったこと、レナータがヤドヴィガに話したことが
マシューとハンカを怒らせて、その結果ヤンもレナータもマシューのところにいられなくなり、
マシューとハンカが別れる原因にもなったことなどを詳しくマリーニヤに言うことはできませんでした。

「お願いマリーニヤ、私をあなたのそばにいさせて!」とレナータは必死で頼みました。

「ダメだ、そういうわけにはいかないよ」とユセクがきつく言いました。

「あんたは黙ってて、私とレナータのことなんだから」とマリーニヤは言いました。

そもそも、レナータをマシューとハンカのところにかくまってもらうことになったのは、
マリーニヤがヤドヴィガと話を取り決めたからだったと、マリーニヤはレナータに言いました。

「いい、レナータ、よく聞いて。あなたはいとこのフレッツィオと、その奥さんのフレデリカのこと覚えてる?」
「ああ、あの巻き毛の人?」   
「そうそうその人。」
「はっきり覚えてはいないけど、いい人だったとおもうわ。」
「2,3日前にフレデリカが私に会いに来たのよ。あなたを探していたの。」
「どうしてもっと早くに私を探しに来てくれなかったの?」
「それはできなかったのよ。彼女の親や兄弟や夫の世話をしなければならなかったの。
あなたのおじさんのカロルといとこのフレッツィオを覚えてるでしょ?
みんなあなたみたいに隠れ家にかくれて住んでいたの。でも、今は彼女の弟も夫も死んでしまったの。」
「どうして死んでしまったの?」 「ナチスに反対する抵抗運動(レジスタンス)に参加しててね、
病院が爆撃された時、一人は爆撃で、一人は撃たれて死んでしまったの。」

「それからずっとフレデリカは親戚を探してて、ようやく
あなたのおばあさんの妹夫婦、おおおばのズジアとおおおじのユレクに出会えたの。

そして、あなたがまだ生きているらしいという噂を聞いて、私に連絡をとってきたの。
今はわけがあって、フレデリカはあなたを引き取って世話することができないんだけど、
やがてそうできるまで、ヤドヴィガに大金を払って、あなたの面倒を見てもらうことになったのよ。
ヤドヴィガは田舎に家があってね、ここよりはずっと安全な場所で、
庭もあるから、外に出ることもできるのよ。」

レナータは少しずつ、この話を受け入れるしかないと思うようになりました。

ヤドヴィガはレナータを汽車でスキェル二ェヴィツェまで連れて行きました。
一日がかりの長い汽車の旅で本当に疲れ果てました。
駅からもずいぶん歩いて、とうとうヤドヴィガの田舎の家にたどり着きました。

ヤドヴィガは、冷たい女性でした。
6歳のレナータにいろいろな仕事を言いつけて、手伝わせました。
家の外には森と畑のようなところがあり、レナータはそこから 薪を拾ってきたり、
ジャガイモやニンジンを掘ってきたりする仕事をさせられました。
でも、家の外に出ることができたのは、本当に久しぶりのことだったので、
レナータは外の空気を吸えることがうれしかったのでした

そのうちに、ヤドヴィガは本をたくさん持っていたので、物語の大好きなレナータは
ヤドヴィガの機嫌のいい時には本を読んでもらえることもありました。
しばらくしてレナータは、ヤドヴィガに、本が読めるようになりたいので、
文字を教えてくださいと頼んでみました。

なんとヤドヴィガはもとは教師だったのでした。
2週間以内でアルファベットを覚えなかったらオシオキがあるからね、
という教え方でしたが、レナータは必死で覚えたので、ヤドヴィガから褒められました。

家の用事を終えて時間があるときに、レナータは次から次へ、
片っ端からヤドヴィガの本棚の本を読み漁るようになりました。
チャールズ・ディケンズのデイビッド・コッパーフィールドやオリバー・トゥイストも読みました。
孤児(オーファン)であることは、どんなにつらいことか、オリバーの物語を読んで知りました。

ある日、ヤドヴィガは郵便配達の人から来た手紙を読んで、ひどく機嫌が悪くなりました。

「アナタのいとこの奥さんから、たった今手紙がきたのよ。」
「フレデリカから? 私を迎えに来てくれるのかしら?
私、本が読めるって知ったら、彼女きっと喜んでくれるわ。」

「いいえ、彼女は来ないの。あと数週間、あなたの面倒を見てくれって、書いてある。
お金は後から工面するからって。今月分もまだもらってないのよ。
これじゃあなたを養うことはできないわ。

あと2週間お金を待ってお金がこなかったら、この仕事は終わりにするよ。
私はチャリティー(慈善)をしてるわけじゃないんだから。」

レナータは、自分もヤンのように捨てられるのかと思うとおそろしくなりました。

「私を道にほったらかしにしたりしないでしょうね。マシューがヤンを捨てたみたいにしないで。
お願いだから、ヤドヴィガ、私を見捨てないって言って。」レナータはヤドヴィガの腕にすがりつきました。

するとヤドヴィガは、レナータを突き放して、こういいました。
「あなたを道端に放り出したりはしないわ。私は私の亭主みたいな人殺しじゃないもの。
でもあなたはここにはいられないわ。それだけは確か。」

「私をどうするつもり?」泣きながらレナータは言いました。
「まずあなたのいとこのフレデリカに手紙を書くわ。2週間だけ待ってあげる。
私はケチじゃないんだから。私は気前がいいのよ。覚えておきなさいね。
さ、これから手紙を書くから、あなたは薪を拾ってきて、ジャガイモの皮をむきなさい。」
そう言うと、彼女は目の前のテーブルの上にある白い紙に向かって、手紙を書き始めました。


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# by agsmatters05 | 2020-05-31 10:05 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day73 レナータの物語(7)

続・紅茶国C村の日々よりの転載です。


はい、今日も思いっきりの青い空からどうぞ。
本当はこの記事の画面全体を真っ青にしてもいいくらい大きな青空だった。


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ひなたは暑くて、日陰は寒い、ぜいたくな気温でした。
袖なしTシャツと短パンというのが、今日のクリケット場をあるくのにふさわしい服装みたいでした。でもね、
昨日までコートなしでは外に出なかったんですよ。だから、今日も上からはおるブラウスを持って出て、
着たり脱いだりしました。


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クリケット場が芝刈りで草ボコりにまみれていたので、教会の方へ移動しました。そしたら、
上下、2頭の馬が仲良く、背中合わせで、日陰で草を食(は)んでいました。



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日陰の場所が限られていたせいか、2頭が離れていたので、一枚の写真に収めるためには
こんな(↓)感じか、または




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こんな(↓)感じに撮らないと2頭一緒に撮れませんでした。

馬は真ん中の日陰の部分にいるのですが、パノラマ写真ではよく見えないですね。



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もう撮るものがなくなってきたので C村唯一の郵便ポスト。
インターネットにとって代わられた郵便がことのほか寂しげ。
コロナの隔離中にいっぱい手紙を書いて出したらいいんだけど、
切手代も馬鹿にならないし、メールやメッセンジャーやラインで
ついつい用事を済ませてしまいがち。

なんとなくロマンを感じるポストなんだけど、
どう声をかけてあげたらいいのでしょう?

コロナ Day73 レナータの物語(7)_c0400569_07190570.jpg


ついでに、C村唯一の十字路(クロスロード)の、例のあの2本の桜の木。
5月も終わり近くの今日、こんな風に(↓)なってました。
桜の木はどうってことないけど、青い空が目に染みてきて、つい一枚とりました。

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今日は「C村のミチさんとこの食材って、もしかして全部魔窟もの=賞味期限切れじゃあないの?」
と思う人がいるかもって、思いながらこれを(↓)作りました。(ほぼ当たりです。恥)

ユーチューブのレシピーを見ると、何でも作りたくなる癖があるのは、私だけでしょうか?

セルフ・レイジング・フラワー(UK英語) セルフ・ライジング・フラワー(USA英語)という小麦粉、
日本にもあるのでしょうか?  ベーキングパウダーと塩ををすでに含んでいる小麦粉で
封を開けないまま賞味期限が過ぎているのがありました。
これをどうしても使いたかったので、スコーン を焼くことにしました。

コッツウォルズのティールーム「ジュリス」のふわふわスコーンのように作るのは、
最初から無理とはわかってましたが、いくつかのユーチューブのサイトをブラウズして、
なんとか出来上がりました。

小麦粉(BPと塩含むもの)250グラム、バター50グラム、砂糖50-20グラム(勝手に減らした)、
ヨーグルトと牛乳を加えて100CCにして、それに大きい卵を一個加えたもの。 
スコーンはこねない方がいいとは聞いたけど、なかなかまとまらなくてつい押し固めてしまいました。
それに、型抜きするものがなかったので、長い棒状にしたものを作って、輪切りにしました。(笑)

クロティッド・クリームなんてものはないけど、ジャムはいっぱいあるので(魔窟!)、
おいしくいただきました。まだ2,3日、持ちそうです。


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UKタイムの昼の12時は、日本の夜8時。

この頃ううチャンがずいぶん大きくなってるのをオンライン写真フォルダーで見せてもらって、
来週からは学校も始まりそうだから、その前にちょっと一言、声を聞かせてもらおうと、
今日は、メッセンジャーのビデオチャットをしかけてみました。

ううチャンは最初から蝶々を飛ばしたり、ウサギの耳をつけたり、幽霊の顔にしたり、
細工をいろいろ楽しんでいたけど、私はどうやってそれをするのかわからなくて、
ウウチャンに教えてもらいました。やっとできたので、つい笑顔になってしまいました。
ハモニカ鍵盤楽器(?)で聖者の行進を吹いてくれました。


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これ(↑)は孫姫に見せた私の笑顔。一日、一週間、一月のうちで
私がこんな笑顔を作ることは、C村の中ではほとんどありえない。
コロナは私から笑顔をはずしてしまった。
心の中には笑顔はない。だけど、ううちゃんと
テレビ電話で変顔遊びをしていたら、私、こんな顔してたのか、
と後から気づきました。




夕方7時からアンジェラさんと1時間半ほど無料のカジュアル、オンライン BBO ブリッジ。
これは来週の水曜日に備えて練習のためでした。

オンラインでゲームをするとき、相手がどんどん出たり入ったり入れ替わるのですが、
なぜか今日は敵ペアもずっとかわらず、しかもそのうちの一人はレベルが アドバンスド(上級)なんだそうで、
だいぶ負け試合でした。でも、アンジェラさんの手口を知るうえで、練習してよかった。

下の2枚はブリッジの後、夜の10時に2階の窓から撮りました。
夜の10時ですよ、10時。


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いつまでも明るい夏の北国の夜。暗くなるのが嫌なんでしょう。
朝だって、3時ごろから窓の外は明るくなります。
あと一か月すれば夏至ですものね。

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わあ、600万を超えてしまいました。
今日のワールドメーター。


COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: May 29, 2020, 23:06 GMT

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コロナ:イギリスは ロックダウンの緩和策をめぐって、
どこまでいいのか、よくないのか、細かいルールの解釈が分かれそうで、
メディアは政府のルールの解釈にかみつきたい様子。

経済的に困っている人が怒り出すニュースがあっても、
政府がなんでも解決すべきと思うのは、無理というものではないか・・・。




では、レナータの物語 (7)です。


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第7章 1943年 11月


マリーニヤは、レナータを マシューとハンカの住む家(部屋)に連れて行きました。
あとから、ヤンという男の子も母親に連れられてここにきました。
マリーニヤとヤンの母親が払うお金は、半分がマシューのものになり、
あとの半分はマシューの奥さん、ヤドヴィガに渡ることになっていました。
(ハンカはマシューの妻ではない。レナータには分かってないこと。)

ヤンはレナータより2歳年上だけど、小柄で臆病そうな男の子で、ほとんど口もききませんでした。
次第にレナータがヤンのことを世話してあげるようになったほどでした。

2人がこの部屋に来た最初の夕食は、馬の肉のシチューでした。
ヤンもレナータもこれが食べられなくて、マシューからひどく叱られました。
ヤンは無理やり呑み込まされて、お皿が空になったとたん、
トイレに駆け込んで吐いてしまいました。レナータもどうしてもこれが食べられませんでした。

マシューは機嫌がいい時と悪い時の差が激しくて、悪い時はところかまわず怒りをぶちまける男でした。
ハンカは子どもたち二人には興味がなさそうでしたが、何を考えているのかレナータにはわかりにくい女の人でした。
マシューとハンカは、仲がよいときと、言い争いをするときがあって、
レナータは二人がお互いを好きなのか、嫌いなのかもよくわかりませんでした。

この二人は、レナータとヤンをマットレスのベッドに押し込んだあと、
一つの寝床に入って、暗闇の中でうめき声やなき声や低い笑い声などを出してしばらく毛布の中で動き回り
やがて二人とも静まるのでした。レナータはその後でようやく眠りにつくことができました。

マシューの妻ヤドヴィガは、定期的にお金を受け取りにやってきました。
けれども、マシューにたいしてひどく怒った口調で話したり、大人3人でひそひそ声で、
ユダヤ人が殺された話、ユダヤ人をかくまった人も殺された話などを交わしていました。

何週間かたった後、ある日ヤドヴィガがきれいな服を着てやってきて、
マシューはとても不機嫌になりましたが、この日はお金をもらいに来たのではなくて、ひまができたから、
マシューとハンカにいっしょに外へ出かけてはどうか、留守をみておいてあげるから、
とヤドヴィガが言い張るので、マシューとハンカは二人してどこかへ出かけていきました。

すると、ヤドヴィガは、レナータとヤンをそばに寄せて、最初はお菓子などを食べさせた後、
すこしずつマシューとハンカのことをレナータとヤンから聞き出そうとしました。
二人はどこに寝ているの?何をしているの?とヤドヴィガが質問するので、レナータは、知る限りのふだんの様子、
一つの寝床の中で呻いたり、くすくす笑い声をあげたり、動いたりしてやがて寝静まる、
というようなことを知っている限りありのままに話しました。するとヤドヴィガは途中から表情がこわばり、
口元はゆがんで、凍り付いたようなひどい顔つきになってしまいました。

「私のこと怒ってるの?」「私何か、悪いことをしたの?」とレナータはヤドヴィガに聞きました。
でも、ヤドヴィガはなにも返事をせずに落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たり歩き回っていました。

そのうちに決まった数のドアのノックがして、マシューとハンカが帰ってきました。

ヤドヴィガは、マシューに、レナータとヤンをこの部屋から出すようにと命じました。
ほかの部屋はないので、レナータとヤンは トイレに押し込まれてしまいました。
そこで、切れ切れに聞こえてきたことは、レナータがヤドヴィガに話したことを、
ヤドヴィガがマシューとハンカに繰り返して話していたのでした。
同じ寝床で…とか  呻いたり、くすくす笑ったり とか・・・・ 

マシューは、怒って、ガキらは何もわかってないんだ、そうじゃないんだと反論していました。

それから泣き声が聞こえました。たぶん、ハンカの声。

そしてドアをバタンときつく締める音。
それからしばらくして、トイレのドアが開けられました。
マシューがレナータとヤンを襟首をつかまえて、ソファーの上に放り投げました。
マシューは腰のベルトをはずして、まずはレナータから。
お尻をベルトで打ち付ける動作にはいりました。
レナータはそのマシューの鞭打つ動作をみようと顔を動かしたのですが、
そのせいかどうか、マシューは、打ち下ろすベルトがなぜかレナータの体をはずして、
ソファーの上を二度、三度と叩きつけていたのでした。
レナータは、それでもベルトが振り落とされるたびに、
実際にたたかれたのと同じくらいの痛みを感じていました。

次にヤンの番でした。マシューはヤンのお尻めがけて思いっきりベルトを強く振り落としたので、
ヤンのお尻から血がほとばしり出たのでした。
マシューがヤンを鞭打ったのはその一度だけでしたが、ヤンはもう悲鳴をあげて激しく泣きました。

その後でマシューとハンカは口論を始めました。
「あんたはけだものだ。」とハンカは言いました。
「私はあの女は憎いけど、あの女は子供らを叩きはしなかった。
あんたときたら、あの子たちをどうしてそんなにひどく痛めつけることができるのよ。
人間のすることじゃないよ。まったく。」

それから幾日かすぎていきましたが、マシューはおとなしくなり、ハンカのほうが指図する側でした。

ある日、レナータが朝寝坊して起きたら、マシューもヤンもいませんでした。

しばらくしてマシューが部屋に帰ってきました。
ヤンは? かれこれ2週間、母親からの支払いがなく、警告通り、ヤンを返しに行ってきた。
だけど、そこに母親はいなかったので、ヤンを自分で母親を探せと言って、その近くに置いてきた
とマシューは言いました。

それじゃあ、ヤンは飢え死にするか、ゲシュタポに見つかって殺されちまうよ、とハンカは言いました。
よくもまあそういうことができるもんだ、あんたという人は。もうこれで終わりだよ。
私はこれから自分の道を行きます。あんたは私の計画には入ってないよ。

ハンカはそう言うと、レナータに、荷物をまとめさせて、
マリーニヤの居場所を知ってるから、マリーニヤのところへ今から行くよ。
道路に出たら、絶対に一言もしゃべったらだめよ。
ドイツ人の警官がものを聞いてきても一言もしゃべらないこと。
いい、わかったわね。マイ ブレイブ リトル フレンド。私の小さな同志。

# by agsmatters05 | 2020-05-30 11:02 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day73 レナータの物語(6)

続・紅茶国C村の日々から転載しています。


カラッと晴れて、そよ風が吹いて、イングリッシュ・サマー の一日でした。
決してけっして蒸し暑くない。これが紅茶国の夏のメリット(長所)です。

今日は車でバッキンガムシャーを出て、ハートフォードシャーまで行ってきました。
トリング村の近くの小さな村、パッテナム(Puttenham) という村まで。
前にも一度行ったことがあり、このブログにも書いたけど、いつのことだったか、忘れたし、
過去ログを探すのもメンドくてすみません。

https://en.wikipedia.org/wiki/Puttenham,_Hertfordshire
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小さな小さな村だけど、由緒のある裕福な村だそうです。ウイキペディアによれば、
1086年のDomesday Book (ノルマンディーからやってきたウイリアム征服王が命じて、
イングランド中の地勢、国勢調査をした記録)にもこの村のことが書いてあるんだそうです。


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牛は怖いので、遠くを通って、パブリック・フットパスを歩きました。


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バターカップ(キンポウゲ)が一面に広がっていました。


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とにかくこの青空がきれいで、きれいで,たまりませんでした。


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パッテナムの教会。(前にここに来た時は、結婚のお祝いをしてました、よね。)


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古い、古い教会です。
けど、イギリスにはどんな小さな村にもこういう教会が500年も1000年も続いていて、
村人を守り、村人から守られているんですよね。


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いつもと違った場所に行ったので、いつもと違った色の薔薇の写真が撮れました。イエーイ!(↓)

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本当に思いっきり赤い。花びらはビロードのように光沢がありました。



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火曜と木曜はサウス・バックスというブリッジクラブ(SBBC)のオンラインゲームを 
テリーさんという、顔も知らない人と組むことになってしまいました。たまたまそうなってしまった。
ニール(インド人女性、レベル10)の紹介でしたけど、上級者向けの試合じゃなくて、
午前中のやさしい試合を140分ぐらい。



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下の画面の上半分を見て、あらら、私たちビリから2番目だわと早とちり。
夕方テリーが電話で、ミチ、違うよ。わしたちは上から5番目だよ。
あらら、そうだったの?よかったじゃない、と私。笑い話でした。
5位、50%じゃあだめなんです。なんとかしないと。



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COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: May 28, 2020, 23:06 GMT

Coronavirus Cases:5,880,101

Deaths:360,695

Recovered:2,576,266





今日もメディアは、首相の上級相談役(黒幕)の取り扱いをめぐってあいかわらずああだこうだ。
昨日も400人以上、今日も377人も亡くなっているのですが、来週からロックダウンの解除が少しずつ始まります。
学校も学年の一部が登校をはじめたり、ステイホームのルールは、6人までは集まってもよい、と。

本当は、感染する場合は二人でもするし、10人集まってもしないときはしない、
6人という数字にあまり深い根拠はないような気がするんですが、とにかく、少しずつ
解除の方向に向かわざるを得ないのですよね。みんな我慢してるから。








レナータの物語(6)


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第6章、1943年 11月


マリーニヤに助け出されたレナータは、マリーニヤの愛情のこもった世話を受けて、
不自由ながらもしばらくは落ち着いて過ごすことができました。
マリーニヤからお母さん、おばあちゃん、お父さんのことなどを
いろいろと話してもらうこともできました。

だけど、毎晩、マリーニヤの夫、ユセクは、レナータをここに置いておけないと、
きつくマリーニヤに言い続けていました。レナータを寝かしつけてから
2人は毎晩口論しあっていました。

レナータは私の子供も同然なのよ、とマリーニヤが言っても、
ユセクは聞き入れませんでした。

ついに、ある日、マリーニヤは、レナータにほかの場所に連れていくことになったと伝えました。
レナータは、お願い、マリーニヤ、私をここに置いといてと、必死で頼みましたが、だめでした。

いい、よくお聞き。あなたがこれから行くのは、マシューとハンカという人たちのお家なの。
いい人たちだから、大丈夫よ。それにもう一人男の子も来ることになってるのよ。ヤンって言うの。

ヤンもユダヤ人なの?とレナータは聞きました。
そうよ。いい子よ。マシューの世話になるには、お母さんは働いて、お金を稼がないといけないの。
マリーニヤ、あなたも私のためにお金を払わないといけないの?
質問が多すぎるわよ、レナータ。そうよ、私たちもお金を払うのよ。
だれも今どきタダで面倒を見てくれる人なんていないわ。
でも大丈夫、ユセクは稼ぎがあるから、ちゃんと払えるわ。
さ、荷物を用意して、でかけましょ。

# by agsmatters05 | 2020-05-29 08:14 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

コロナ Day72  レナータの物語(5)

続・紅茶国C村の日々 よりの転記


あたりまえの一日でした。
いつものようにC村を散歩しながら、こういう風にして一生が終わっていくとしたら、
「シクラメン」の歌じゃないけど、「私は何を惜しむだろう…?」とふと考えてしまいました。


断捨離?
いざとなったら、スキップと呼ばれる4畳半一部屋分ぐらいの荷物が全部入るような巨大スコップ(↓)


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なるものを注文して、片っ端からこれに放り込んで処分する、という方法があるみたいです。
ちょっとお金はかかります。大きいのから小さいのまで何百ポンド、数万円という感じかな。
いざとなったら、手っ取り早くできそう。

こないだいらないと思った服をアイロンかけしてチャリティーショップに寄付しようかと思い、
アイロン台の上に置いたままにしておいて、2,3日後の今日、
もしかしてこの服、着れたっけ?とふと魔がさして(笑)
袖を通してみたら、あらら、着れるじゃん、となってしまいました。
コロナは私のお腹をちょっと小さくしてくれたみたい。
朝晩顔を洗う時、顔がちょっと小さくなったような気がするんです。

以上、脱線しました。


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C村の同じところを歩くので、アイフォンは持ち歩くけど、
もう撮りたいと思う光景、場面、景色があまり目につかなくなっています。

↓は、青い空と緑の樹(マロニエ、とちの木!) の色の組み合わせがいいなあと思って一枚。


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今日のC村の写真はこれだけです。

ほかに食べ物も撮ってません。
二日前(25日)に炊いた味付けごはんをせっせといただいています。
一部は冷凍、一部はおにぎり、そして今日はこの炊き込みご飯をお茶漬けにして食べました。
なかなかいけます。あとは、野菜の煮物に卵を落としたのとか。

料理のユーチューブをついつい見はまってしまうので、
今消化しないといけないものが片付いたら、パンまたはピザを作って食べたいと思っています。
けっこう、明日は何食べよう?の思いはしつこくついて回っています。
なにしろ自由に買い物ができないコロナ72日目ですから。


今日はアンジェラMさんと夜8時からオンライン無料ブリッジを2時間ほどできました。


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来週の水曜日から毎週夜、アビーさんのクラブで有料の試合があるので、
そのための練習のつもりでした。でもって、今日はわりと調子が良くて、
(どうやら出たり入ったりする相手、アメリカ、カナダ、世界各地のプレーヤーが登場してきますが
あまり上級の人がいなかったせいか、あるいは手札に恵まれたせいか、)
下のピンクのマル印のような結果になりました。
これは上出来という意味です。互角に戦えば50-50になるはずで、80点(インプ)というのは、
かなり高得点です。とは言っても無料のオンラインブリッジではこちらも相手も出入り自由なので、
ずっと同じ対戦相手ではないから、あまり勝敗の意味はないのですが。



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コロナのワールドメーターです。

COVID-19 Coronavirus Pandemic
Last updated: May 27, 2020, 22:56 GMT

Coronavirus Cases:5,779,327

Deaths:356,732

Recovered:2,490,659






レナータの物語 (5)をどうぞ。

コロナ Day72  レナータの物語(5)_c0400569_07254163.jpg



第5章 1943年 10月ー11月

それから幾日、幾週間、アデーラ叔母さんと、いとこのザズーラと、レナータは、転々とかくまってくれる家を渡りついで、隠れ家生活を続けていました。一か所にほんの2晩か3晩泊めてもらえたら、次へ移らなければなりませんでした。レナータは小さいからどうしてこういう話が決まるかわからなかったのですが、最初は親切な友人とか、カトリック教徒とか、場合によっては、お金を払ってポーランド人の家にかくまってもらったりしたのでした。

そしてある日からポサッツカ夫人の家にかくまってもらえることになりました。この人は、娘が重い胸の病の時に、医者だったレナータのお父さんに娘の命を助けてもらった恩があり、レナータをかくまってくれることになったのでした。

2階のある部屋にじっと住み込んで、トイレに行くときも人が誰もいないのを確かめていかなければなりませんでした。もちろん、外を見たり、大きな声を出してもいけない暮らしでした。

それでもレナータは4歳年上のお姉さんと一緒に過ごせる時間を楽しむこともできました。

ある日、アデーラ叔母さんが何度目かの毛糸の靴下の補修のために毛糸を丸めていたときのことでした。

ポサッツカ夫人が階段を大急ぎで上がってきて、真っ青な顔をして、髪を振り乱して、「大変なことになったわ。ゲシュタポが一軒一軒の家に入って隠れているユダヤ人を探してまわってる。ここにもすぐ来るわ。はやく隠れて。」と言うのでした。行く場所もどこにもないので、アデーラ叔母さんは、ザズーラをその部屋の衣装ダンスに入れて、鍵をかけました。レナータもそこに一緒に入りたかったけど、叔母さんはその部屋の奥に置いてあったトルコ絨毯のようなものが上からかけてあり、椅子もテーブルの下には押し込められないようになっていたテーブルの下に押し込められて、上から毛布をかぶされて、床に這わされました。絶対に動いたらダメよ、と言われて。

それから間もなく、階段をどんどんどんと上ってくる足音がして、ゲシュタポが犬を連れて、この部屋に入ってきました。アデーラ叔母さんはもちろんのこと、犬は衣装ダンスのザズーラも嗅ぎつけてしまいました。「その子にかまわないで」とアデーラ叔母さんは叫びましたが、ゲシュタポは「マミー!マミー!」と泣き叫ぶザズーラとアデーラ叔母さんをつかまえて、そのままいなくなってしまいました。レナータは急に静かになった部屋の隅の毛布の下で、床に臥せったままじっと身動きしませんでした。建物の外で、バーンという銃砲がして、それからその後で2度目の銃砲が聞こえてきました。

何時間も何時間もそのままでした。それから ついに、また誰かが階段を急いで上がってくる足音が聞こえました。その足音はこの部屋に入ってきて、ゆっくりと床の上を歩いてから、「レナータ、レナータ、ここにいるの?」と言いました。

なんとそれはマリーニヤでした。テーブルの下の毛布からぬけ出して、レナータはマリーニヤの腕の中に飛び込みました。

またしても、2度も、マリーニヤはレナータを救い出してくれたのでした。
# by agsmatters05 | 2020-05-28 08:50 | bad news/good news | Trackback | Comments(0)

紅茶国で(元)日本語教師(今もちょっとだけ)。身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅や、家族のことなど。
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