カテゴリ:本を読んで( 28 )

9月のサンディエゴ行き。
姪の結婚式に日本の実家から甥が参列したのですが、彼が読書好きの長姉(甥の母親)から預かった何冊かの本を私に手渡してくれました。おかげでこの休み中に読むべき日本語の本がたくさんあって、忙しかった。(まだ全部読み切れてない。) その中の一冊。上のタイトルのような本。

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1941年生まれ、慶應義塾大学卒業、カトリック教徒、彫刻家舟越安武の長女、二度の結婚(夫は二人とも他界)、二人の息子の子育て。長男の病気、怪我。絵本の出版社の創設と閉鎖、皇后さまの本の出版、国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People,通称 IBBY)の名誉会員、どの話題も大きな話題ながら、静かに回想しつつ、すばらしいこと、感謝すべきこと、誉めるべきことに徹して控えめに書き綴っている半生記。今は東北で被災地に絵本を届けるプロジェクトを主催中とのこと。

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ほんの表紙は、安野光雅さんの絵。

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今回は引用なしで、上のページをそのまま載せさせていただきました。お母様のご友人で、俳人の照井翠さんの句集『龍宮』より。
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by agsmatters05 | 2016-11-01 10:59 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)
ブログとフェイスブックとツイッターで、ほとんど毎日のようにつながっている Kamitani Maki さんからの情報で、この本(↓)のことを知りました。

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田中真知さんが書いた『たまたまザイール、またコンゴ』(偕成社)という本がが第一回斎藤茂太賞の特別賞にえらばれたというニュースは、7月29日ごろのことでした。それを受けて、9月にサンディエゴでメグに会えるから、ということでさっそくメグに頼んで、待つこと数カ月。9月のサンいディエゴで受け取って、この休みに読み終わりました。

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賞をもらう本は、やはりそれだけの重みというか、読みごたえがあるとつくづく思いました。アフリカ、コンゴ、ザイール、まったく言葉で聞くだけ、単語だけの知識、いえ知識などとは言えない世界(場所)の話なのですが、楽しませてくれました。読んでよかった。

異文化に暮らす身にとって、理不尽なこと、不可解なこと、不信感や違和感は日常茶飯事。心の底からアットホームな気分でくつろげることが、どれほどあるだろうか。もっとも逆の意味でこの異文化生活空間が珍しくもあり、楽しくもあり、また感動や感謝をいっぱい与えてくれる面白さもあるから、まだ帰国しないでいるわけですが・・・・。

というわけで、 Kamitani Maki さん、ご紹介ありがとうございました。

以下、例によって、例のごとく、引用することで、私の興味・関心を強く引いた場所をメモっておこうとおもいます。長文なので、ご注意ください。でも、どれもいいこと言ってると思います。(注、ただしこの本の大部分は、この大河を下って旅した記録なので、下の引用箇所ばかりがこの本のメインの部分とは思われませんように。大変な旅だったのですが、カラーの動画などで、河の様子などを映したものを見せてもらえたら、その魅力が爆発したと思われてなりません。

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「ひとつ大きなハードルを越えた気がした。たかがイモムシなのだが、イモムシが象徴している壁のようなものを超えることができたと思うと少々達成感があった。すくなくとも、イモムシなんてとても食べられないという人に、これからはこういってやることができる。「あんなの、ただのイモムシですよ」(P.204)


「若者はコンゴに来る前は相当に神経質な性格だったという。はじめはシャワーが浴びられないだけで気持ち悪かった。でも、浴びなくてもなんとかなることがわかった。同様に、服をとりかえなくても、プライバシーがなくても、虫がいても、電気や水がなくても、ろくな食べ物がなくても、『私は悪い人です』と顔に書いてある人にからまれても、不条理や理不尽が束になって襲いかかってきても、なんとかなることもわかった。そういうことが際限なくくりかえされるうちに、こうでなくてはだめだ、という思いこみのハードルがどんどん低くなっていったのだろう。

タフであるとは肉体の強靭さとか不屈の意志ということとはあまり関係ない。むしろ、思いこみがはがれ落ちても、中身の自分が意外と大丈夫だと気づくことではないか。

自分だけがそうなのか、あるいはほかの人もそうなのかわからないが、日本にいると、とかく無力感にさらされる機会が多い。それは自分が本当に無力だからではなく、無力だと思いこまされる機会があまりに多いからのような気がする。世の中はありとあらゆる脅威に満ちていて、それに対して保険をかけたり、備えをしたり、あるいは強大なものに寄り添ったりしないことには生きていけない。そんな強迫観念を社会からつねに意識させられているうちに、自分は無力で、弱く、傷つきやすい存在だと思いこまされてしまうのだ。

でも、ここでは自分で何とかしないと、何も動かない。乏しい選択肢の中から、ベストとはほど遠い一つを選び、それを不完全な手段でなんとかする。状況がどんなに矛盾と不条理に満ちていても、それが現実である以上、葛藤なしに認めて取り組むしかない。そういうことをくりかえしていると、意外となんとかなったりするし、なんとかならなくても、まあ、しょうがないやという気になる。まあ、しょうがないやと思えることが、じつはタフということなのだと思う。」(P.250)

「月も星もない闇夜の下では、何の明かりもないほうが、かえってまわりがよく見えるのだ。計器灯のようなわずかな光であっても、それは闇を攪乱して見えないとkろをつくりだしてしまう。光をあてるのはむしろ危険なのだ。闇の微妙な陰影や遠近感を見分ける目が持てるなら、すべての明かりを落として、漆黒の闇のなかで目を凝らしたほうが、いろんなものがしっかり見えるのである。

光を当てると、闇はいっそう濃くなるーこれは少なからず衝撃的な体験だった。観念的にとらえるのもどうかと思うが、見えないからといって光を当てることで、かえって見えなくしてしまったものが、ぼくたちのまわりにどれだけあっただろう。

西洋では光は理性の象徴とされてきた。だが、その理性という光を当てたことによって、その光で説明できなかったものの多くを闇に葬ってきたのも、西洋とアフリカの交流史の一面だったのではないか。コンラッドはこの地を『闇の奥』と呼んだ。だが、闇の陰影を見分けられるような精妙なまなざしを持つ者にとっては闇は闇ではない。そんなことを考えさせられた夜のコンゴ河だった。」(P.276)

「世界は偶然と突然でできている。」(P.281)

「予定をたて、その予定通りに物事が進むことをよしとする考え方は当たり前のものと思われている。西洋の近代合理主義、あるいは近代科学がもたらした思惟方法だ。しかし、それには未来についての予測を可能にするための社会の安定が不可欠だ。

だが、ここでは未来に何が起きるか本当にわからない。ちょっと旅をするだけでも、思いもよらないことが次々と殺到してくる。ルワンダ虐殺のときのように、昨日までの隣人同士が今日は殺し合いをするといった極端なことばかりではなく、こうすればああなるだろうという単純な因果律さえ成り立たないことがあまりにも多い。予定や計画をつらぬこうとする意志の力よりも、おもいもよらない偶然や突然の出来事が起きても、それとなんとか折り合いをつけ、わたりあい、楽しんでしまう力こそがここで生きるうえでは不可欠なのだ。

いや、ここだけではない。じつは世界中どこだってそうなのだと思う。世界は偶然と突然でできている。アフリカだろうとアジアだろうと、世界のどこだろうと、人は偶然この世に生まれ、突然、死んでいく。生きるためにいちばん必要なのは、それらのどうしようもない偶然を否定したり、ねじ伏せたりする力ではなく、どのような偶然とも折り合いをつけていく力だ。」(P.282)

「いろんなことがめちゃくちゃだ。だれもが好き勝手に行動する。人の迷惑なんて考えない。でも、ほかの乗客はたいして気にしていない。さすがである。迷惑だと感じる人がいなければ迷惑はそんざいしないのだ。」(P.291)

「いずれにしても
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by agsmatters05 | 2016-10-31 11:04 | 本を読んで | Trackback | Comments(4)
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シマさんに贈っていただいた新潮文庫全6巻、ようやく読み終えました。

シマさんありがとうございました。ブリッジの本も少しずつ読んでいます。感謝。

何年前にいただいたか、記憶も薄れてしまいました。よく、ロンドンへ行くときなど、カバンの中に入れやすいので持ち歩いていました。でも、続けて一気に1から6まで読み通すまでに、今までかかってしまいました。

けっこう、若い人達の「旅ごころ」を駆り立てるような、ある種の旅の指南書みたいなものでしょうか。

最初に、漠然とした目的(デリーからロンドンまで乗り合いバスで行く)があって、友人たちと賭けをしたというのが発端で、何日、何週間、何か月間、何年間かかるかわからない旅。その「わからなさ」が6巻全編を貫いていて、だから次はどうなるの?という興味、好奇心、、疑問にかられて読み続けさせられた、ような気がする。その「さきゆきのわからなさ」はもうちょっとどうにかならないかとも思われた。実際はすべての旅を終えて、だいぶたってから過去にさかのぼって書いているのだから、整理すればどこに何日間いて、という表が出来上がっているはずなのだけど、著者は旅の時点にもどって書いてくれているので、スリルのようなものがたくさんあった。

誰でもできることじゃない。特に、女性、年寄りには無理だわと、ずっと思いながら、読みました。

以下、私の読後感想文はもっぱらここと思ったところを引用するのが常で、しかもそれだけ。
ちょっと長くなってしまうのですが、タイプ打ちしてみました。

長文の引用なので、飛ばし読みもOKですよ。お引きとめいたしません。時間のある方だけ、どうぞ。(笑)
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「急がなくてはならない。急がないと・・・・・・・やはり御馳走が逃げていってしまう。」(4、p.81)

「『食う』という意味は二重である。ひとつは、文字通り人から親切によって与えられる食物や情報が、旅をしていくために、だから異国で生きていくために必須だということ。もうひとつは、人々の親切が旅の目的そのものになっているということ。つまり私たちのようなその日ぐらしの旅人には、いつの間にか名所旧跡などどうでもよくなっている。体力や気力や金力がそこまで廻らなくなっていることもあるが、重要なことは一食にありつくこと、一晩過ごせるところをみつけること、でしかなくなってしまうのだ。しかし、そうではあっても、いやそうだからこそ、人が大事だと思うようになる。旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ、と。そして、まさにその人と人との関わりの最も甘美な表出の仕方が親切という行為のはずなのだ。」(4、p.83)

「私にはひとつの恐れがあった。旅を続けていくにしたがって、それはしだいにおおきくなっていった。その恐れとは、言葉にすれば、自分はいま旅という長いトンネルに入ってしまっているのではないか、そしてそのトンネルをいつまでも切り抜けることができないのではないか、というものだった。数か月のつもりの旅の予定が、半年になり、一年にもなろうとしていた。あるいは二年になるのか、三年になるか、この先どれほどかかるか自分自身でもわからなくなっていた。やがて終わったとしても、旅という名のトンネルの向こうにあるものと、果たしてうまく折り合うことができるかどうか、自信がなかった。旅の日々の、ペルシャの秋の空のように透明で空虚な生活に比べれば、その向こうにあるものがはるかに真っ当なものであることはよくわかっていた。だが、私は、もう、それらのものと折り合うことが不可能になっているのではないだろうか。

膝の上の『ペルシャ逸話集』には、『四つの講和』と並んで『カーブース・ナーメ』が収められている。『カーブース・ナーメ』は王朝の滅亡を前にして、王が子に残した処世訓集ともいうべき書で、その中に『老齢と青春について』という章がある。いかに若くとも栄光ある神を忘れるな、死に対して安心するな、死は老若の区別をつけないからだ。そう語ったあとで、父は息子にこう言い残している。

若いうちは若者らしく、年をとったら年寄りらしくせよ。


この平凡で、力強い言葉の中に、あるいは『老い』の哲学の真理があるのかもしれなかった。少なくとも、『王のモスク』の老人たちは、その言葉のように老いていた。年をとったら年寄りらしく、年をとったら年寄りらしく・・・・・。
『カーブース・ナーメ』にこうも書いてある。

老いたら一つ場所に落ち着くように心掛けよ。老いて旅するは賢明でない。特に資力ない者にはそうである。老齢は敵であり、貧困もまた敵である。そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう。


私は老人たちの荘厳な叫び声を聞きながら、ふと、老いてもなお旅という長いトンネルを抜け切れない自分の姿を、モスクの中を吹き抜ける蒼味を帯びたペルシャの風の中に見たような気がした。」(4, p.175,176)

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by agsmatters05 | 2016-10-30 08:47 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

米沢富美子さんの本

米沢冨美子さんについては  ここ で取り上げさせていただきました。

そして上の記事の最後に、ぜひこの本を読みたい、読まなければ、とも書きました。日付けは、去年の12月13日のこと。

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作品名ふたりで紡いだ物語
作者名米沢富美子
評価(星5つ)
これもメグがらみです。


もともとこの本を読め、読めと何度も勧めてくれたのは山梨の長姉。今では年に一回も会えなくなってしまったけど、会うたびごとに「あの本がいいよ、この本を読メシィ(!)」と言って紹介してくれる人。

去年の11月、毎年生徒らが書くクリスマスカードを沖縄の麗先生に送ったとき、物々交換の話がまとまって、紅茶国からは紅茶。そして沖縄からアマゾンドットコムで注文したこの本がついにC村に到着、というわけでした。もっとも、これはメグを日本に見送ったあとのことでしたけど。


それでもって、春休み中のいま、少しずつ少しずつ読みついで、ようやく今日読み終わりました。

apakaba さんのようにみごとな書評はとても書けそうもないので、いつものように一つ、二つ引用でごまかそうとおもうのですが、それはともかく、泣かせられましたねえ。涙、涙、涙。

旦那様が病院に入られたところ辺から、叙述が俄然クローズアップとなり、それまでの年単位、月単位の総論風のお話しではなく、日を追って時刻を追って、朝、昼、夜というぐあいにくわしくなり、お別れの場面もとても圧巻でした。でももっと泣かされたのは、そのあとの告別式での三つのスピーチでした。こんな風に涙を流しながら読んだのは久しぶりのことでした。

夫婦愛の物語は、SFやファンタジーなどよりもはるかにずっと、ふだんの私から遠くかけ離れたものだというプリオキュペーション(!?)があって、しかもこのIQ175の女性物理学者のクリアでハードな筆致から、まさかこういう話の展開になるなんて、と思ってもみなかったのですが・・・。江藤淳さんの「妻と私」以来の傑作でした。

引用箇所を探していると、あれも、これもトいっぱい引用したくなって困ってしまう。とりあえず、ほんの一部だけにしておきます。

「今夜から明朝にかけてが峠になります」
と主治医が言った。
「峠ってなんだ?峠ってなんだ?」
と私は心のなかで繰り返した。峠を越えれば元気になれるのか。何か施す手はないのか。

家族全員が見守る中、時計がまわって日が改まった。夫の六十歳の誕生日は、中華料理のバースデーパーティーもなしに過ぎていった。「卵スープ、シュウマイ、云々」と、夫が紙に書いたメニューが、そのまま私のハンドバッグに入っている。

(略)

一時が過ぎ、二時が過ぎた。私は、病室の窓から見える暗い空に目をやった。夫は遠いところに行ってしまうのだろうか。三十五年の日々のあれこれに思いを馳せた。夫に支えられてきた私の人生。

突然、私はこのまま夫を行かせてはならない、と思った。遅いかもしれないが、私の感謝の気持ちを伝えなければならない。私は夫の耳に口を寄せて、話しかけた。
「まあちゃん、ありがとう。たくさん、たくさん、ありがとう」
と言った。娘たちにもパパにありがとうと言ってあげて、と促した。長女は。
「いやだ。私はまだ、パパとお別れできない」
と泣いた。皆が交代で夫の手を握った。

私は夫に伝えておかなければならないことを、祈るような気持ちで話しかけた。どうかどうか、夫の耳に届いてほしい。

「これまでは、まあちゃんが支えてくれたから、今度は私がまあちゃんを支える番だよ。どーんと寄りかかってくれても、大丈夫だよ。
この先、何が起ころうとも、二人は永久に一緒だよ。
二人は出会えてよかったね」
そのとき、信じられないような奇跡が起こった。もう八時間以上も、呼びかけに応えなかった夫が、目を開いた。


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by agsmatters05 | 2013-04-07 08:29 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)

柳澤桂子さんの本

作品名いのちの始まりと終わりに
作者名柳澤桂子

草思社   2001年6月
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メグがC村のトイレにおいていった本です。とても興味深い情報がたくさん盛り込まれている本です。科学的な知識にうとい私でも読み進められるように、わかりやすく語りかける口調で書いてあります。

以下、MORE に第一回目の講話の最初の部分を数ページにわたって、写しとらせていただきました。赤ちゃん(ひとつのいのち)が生まれるまでの仕組みをこれほどていねいに分かりやすく書かれたものを今まで私は読んだことがありませんでした。最後に作者が言っているように、ほんとうに神秘的な話だとおもいました。ぜひシェアしたいと思って、時間をかけてタイプしました。お時間のある方はどうぞ。ない方はあとから戻ってきてまた一度じっくりとお読みくださいませんか。

Warning   警告   長いですよおおお。

More
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by agsmatters05 | 2013-04-05 08:03 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)
おなかをかかえて笑い転げるように面白いことではないのですが、最近興味深く読んだ日本語の本2冊についてメモっておこうとおもいます。

しばらく前にインターネットで購入して読み続けている英語の本(In the Midst of Life, ジェニファー・ワース著)が、とてもいい本なのですが、やっぱり英語の本をよむのは時間がかかる。そこへいくと飛び入りでもすぐ読めてしまう日本語の本。両方とも、ブリストルのメグのところから、オアガリというか、オサガリというか、読み終わったと聞いて、もらってきました。

実はどちらも、去年の姉妹会のとき、山梨の長姉がどうしてもメグに読ませたい、といって持ってきてくれた本でした。

まず、一冊目。
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「猿橋賞」という女性の科学者を表彰する賞を創設された方の伝記です。
岩波科学ライブラリー、米沢冨美子著

裏表紙にはこう書いてありました。
戦前戦後の女性が理系の道を選ぶことも困難な時代に、海水の放射能汚染や炭酸物質の研究で世界的な業績をあげた地球化学者ー猿橋勝子。さらに後進を育てようと女性科学者を顕彰する「猿橋賞」を創設。女性科学者を励まし続けた。科学者として人間として自らの哲学とそれを貫く強い意志をもって、まっすぐに生きた猿橋勝子の初の評伝。

とてもよくまとめて書いてあります。伝記には、業績の説明が片手落ちで内面の軌道ばかりを強調して物語のように生涯を語るタイプと、客観的な事実の整理をまとめて語るタイプと、2種類あって、その両方のバランスをうまくとることは、よほど本人をよく知っている人でなければむずかしいことでしょう。米沢氏の猿橋伝はどちらかというと後者。科学的な業績の説明が要領よくまとめてあって、ありがたい本でした。

勝子さんの内面にはあまり入っていないのですが、それだけに、逆にかかれたことに信頼がおけるような気がしました。こういう伝記(本)の読後感をこのブログに書くときはいつも、いちばん印象に残った箇所を引用したいとおもうのですが、今回はどこといって、それをする場所がみつからない。それだけに著者、米沢氏の堅固な執筆姿勢が功を奏している本だということなのでしょう。それでも一応、あえて、引用を。
「自分へのまわりからの処遇や研究環境が望ましいものでなくても、それで落ち込んだり、それに対して抗議したり、という反応をするのではなく、研究成果を上げ、実績を積むことで、自分のことを皆に議論の余地なく認めさせる。
「女性を差別するのは、怪しからん」「女も男も能力は同じはず」と自分のほうから声高に主張するのではなく、成果を見せることで、こちらが黙っていても相手が納得し、女性を差別する根拠が全くないことに気付かせる。
それが猿橋自身の貫いてきた生き方であり、「猿橋賞」の受賞者たちや女性科学者たちに猿橋が求める生き方である。
受賞者は、それぞれの研究場所で成果を上げなさい。それが受賞者の最大の使命」と猿橋は口癖のように言った。(P.110)


という上の本の著者の米沢冨美子さんの自伝(↓)です。(岩波ジュニア新書。「まず歩き出そうー女性物理学者として生きる」)

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猿橋勝子さんも、女性初の日本学術会議会員となった方。米沢さんは女性初の日本物理学界の会長になったという方。IQ(知能指数)175という頭脳の持ち主。二人とも、数々の研究業績、発見、をされた方たち。眼の覚めるような、輝かしい実績を残された女性たちの伝記でした。

米沢さんの本を読んでいて、いちばん心を動かされたのは、1980年9月8日に京都でサマーインスティテュートという国際会議を開催したところ。何もかも一人でとりしきって、成功させた国際会議の記述でした。

「閉会の辞は松原先生にお願いした。先生は、「世界中、日本中から、たくさん集まり、活発な議論をしてくださったことに対して、組織委員会を代表して感謝したい」と述べられた後、「会議が成功であったことに異を唱える人はいないだろう。組織委員会といっても、実質的な企画・運営は、ほとんどプロフェッサー・ヨネザワ一人の手で行われたのであり、彼女の献身的な努力なしには、会議の成功はあり得なかった。ここで拍手を持って彼女の努力をたたえたい」と言ってくださった。満場の拍手が鳴り響いた。

予想していなかったことで、身に余る言葉だ。目頭が熱くなったと思ったら、涙がツーと頬を伝った。隣に座っていた友人が、そっとハンカチを差し出してくれた。

拍手が終わっても誰も立ち上がらない。私が何か言うのを待っているのだ。あわてて涙を拭いて皆の前に立ったが、声がでない。何かしゃべるとどっと涙があふれ出しそうで、「ありがとう」と「また、次の会議で会いましょう」だけを、やっとの思いで言って席に戻った。

涙は断りなしに出てくる。別れの挨拶に来てくれる人。「成功おめでとう」と言ってくれる人たち。皆に、涙の顔で応えた。参加者一人ひとりに、「来てくれて、ほんとうにありがとう」と言いたい気持ちだった。(125ページ。)


そういえば山梨の長姉がずっと前から「二人で紡いだ物語」と言う本があるから読むように、と勧めてくれていたのでした。同じ作者の本。アマゾンの古本でこの本をぜひとも入手して読みたい。読まなければ・・・。

米沢冨美子さんのウエブサイトは こちら ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/米沢富美子
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by agsmatters05 | 2012-12-13 11:57 | 本を読んで | Trackback | Comments(0)
多田さや子著 『小菊の悲願』 という本を読みました。
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非売品のようです。グーグルやアマゾンで検索しても、発売していない、と出てきます。

実はこの本は、ロンドンのJFで日本語教師の講習会があったとき、ある方がお手持ちの日本語関連の本を整理なさりたいから、ということで、どうぞ自由にお持ち帰りください、といって会場の机の上におかれたたくさんの本の中の一冊でした。これが私の手にふれて、私が読ませていただくことになったのも何かの縁かもしれません。

毎晩寝る前に少しずつ、疲れていたら1ページも読まずに眠くなる時と、夜も更けても眠くならず何ページも本を読み続けてしまうときがありますが、この本も幾晩かかかって、どうやら、今回読み終わりました。ていねいに読みましたから、時間がかかりました。

これは、多田さや子さんという方の伝記でもあり、熱心な信仰の証の書なのですが、同時に性の商品化に反対する、売春防止運動を進めたいという強い願いをもって書かれた本でした。

それには、深いわけがあって、・・・
作者の生い立ちから、ご家族、教育、環境、農業、子育てと一代記になっているわけですが・・・。

実は、この本を読み終わるころ、ちょうど私はある友人との意見の衝突、早く言えば、ケンカのようなことがおこっていて、とっても気分が冴えない時期でした。この出来事は本当に不愉快で、C村の散歩に行ってのどかな景色をみても、全然気持がが安らげないのでした。口惜しくて、口惜しくて、ああもこうも言い返したい、東京に住むこの友人と思っていた人に、反論、攻撃、弁解、釈明のメールを書きたくて、書きたくて、という毎日でした。そういうメールを書けば、倍も3倍もまた私の悪口が返ってくるのが分かっていても、意地をはって、自己主張をし続けたかったときでした。

そのとき、この謙虚な、真摯な、信仰の書に出あって、最後にふっと、ああそうだ、と思った一文がこれでした。

「自伝は自らの過去を公表することです。だれにも知られたくない、そっとしておきたい、それらのことをいつわりなく書いてこそ自伝だと思います。私はそれをあえてしました。そういう点では、これもまた一種の 献体 のような気がいたします。 性の正しい研究のために、いささかでも役立ってほしい、ただそれだけの願いがこの本をかかせたのです。どのように料理されるのか、どのように用いられるのか、まな板の上の魚自身にはわかりません。すべてはお読みくださるみなさまにおまかせするだけです。

ただ、これははなはだ大それた思い上がりかもしれませんが、神さまはきっと、わたしのような者をも用いて、小さいなりに一つの思想の種子を播かせてくださると信じます。何のとりえもないものをも、あわれみ、いつくしみ、ゆるして、こんにちまで生かして下さった神さまの聖名をたたえます。」(271ページ、あとがき、より)


この、「何のとりえもないものをも」というところにピンときたのでした。負けて口惜しい花いちもんめ、じゃないけど、ああいえばこういうという口論をやめた時点でまるで自分の負けが決まったみたいで、情けなかったわけですが、そういう自分のことを「なんのとりえもないもの」としてとらえ、それでもこの世に生きる時と時間が与えられている限り、なんらかの救いはある、価値はある、意義はある、といわれているような気がして、ふっと、ああこれこれ、これだ、という気持がしたのでした。

本来のこの本の趣旨とは違う方向で解釈してしまっていると思います。
この世の中に、自分の生きる権利が制限されて、自由に生きられず、体が商品としての労働をしいられることは、奴隷と同じで、社会的に防がなければいけないこと、自分で守れない人を助けてあげなければいけないのだと思うのですが、とりあえず、私はこの本で、ひとつの慰めをあたえられたのでした。とるに足らない自分のようなものでも、生きている値打ちがどこかにあるんだって、これは、何教であれ、やさしい教えだとおもったことでした。


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アハハ。上の写真、まるで私がケンカの相手を刺したかった毒蜂みたいに見えませんか。人を傷つけることのできないミチさんですよ。(もっともけんかの相手は私が加害者と思っていらっしゃるわけですが・・・。)

別の記事にして載せてもよかったんですが、おととい、私、このWASPに刺されました。とっても痛かったです。泣きっ面に蜂、でした。

トイレに2-3日前からいるのは分かってました。紅茶国のトイレはお風呂と同じ部屋にあって、大きいですからね。一度スリッパで叩こうとしたのですが、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のせいで、できませんでした。その翌日トイレに入っていたとき、背中でなにかやわらかいものがむずむず動いていると思って、左手を背中に回してみました。そしてイタッ!
左手の親指の真ん中を思いっきり刺されてしまいました。一日中痛かったです。

どのくらい毒が強いのか、心配でした。しばらくしたら左手が腕(ひじ)までズキズキしてきました。

どうやら、蜂(Bee)と ウォスプ(Wasp)とは毒の種類が違うらしいです。片方は酸で中和し、もう一方は重炭酸ソーダで中和せよ、とか。どこで見分けるのか、これからグーグルしてみようとおもっています・・。あ、もう遅いか(笑)。

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by agsmatters05 | 2010-04-13 03:18 | 本を読んで | Trackback | Comments(2)
昨日の土曜学校で、年2回の校内行事、古本市がありました。
体育館いっぱいに広げられたたくさんのダンボール箱。2回の休み時間に生徒たちはいっぱい買い込んでいました。おおきな紙袋に三つも四つも。

父兄の方たちの協力で、帰国する家庭からの寄付もいっぱいあって、相当大きな規模の古本セールです。セールといっても1冊10ペンス=25円、とか30円とか。ミチも休み時間を利用して、一部をのぞかせてもらいました。本当にほしい本を探すなんていう時間はないし、相当な混雑状態なので、とにかく目に入ったもの、役に立ちそうなものをそそくさと選んでみました。体育館の入り口近くには無料コーナーもあり、古いビデオテープや古い雑誌や子供の本など。

漢字の成り立ちのビデオテープとか、アンパンマンのひらがな学習本とか、文芸春秋の昔の特集本とか、1ポンド(250円)にも満たない値段で全部で10点ほど、買わせていただきました。

そのなかの一冊、表題の本、昭和41年第9冊発行とありますから、今からかれこれ40年以上前の本でした。黄ばんではいましたけど、箱入りで、帯には「国際アンデルセン賞優良賞受賞」、第11回サンケイ児童出版文化賞受賞、とありました。明治37年長崎県生まれの作者は執筆当時立教大学の教授だと、著者紹介欄に書いてありました。

雨模様、風模様の師走最初の日曜日、ストーブにかじりつくようにして、久しぶりの読書をしました。主人公の草夫少年の生まれから、旧制中学入学までを描いた生い立ちの記ともいえる物語でした。九州の山村、漁村が舞台で、明治、大正ごろの子供の目からみた話。

その中の一節(191ページ)
2,3日して、ふとお杉(主人公のお母さん)が繁左衛門じいさんに、きいてみよといった診察室の大きながくのことを、草夫はたずねて見ました。
「おじいさん、あの額に書いてある字はなんとよみますか。」
「うん、寿而康(じゅにしてこう)・・・・寿というのは長生きすること、康は健康の康だよ。人は長生きをしても弱くちゃいかん、健康でなくてはならん。長生きし、健康であれということばだ。横に松香山人と書いてあるのは、あの大きな字を書いた専斎先生の雅号だ。」続く

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by agsmatters05 | 2007-12-03 06:10 | 本を読んで | Trackback | Comments(4)

紅茶国で日本語教師。でも、身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅のことなど。


by dekobokoミチ
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