オックスフォードで、アフタヌーンティーと お話。(8月21日)

今から3年前の2011年8月29日の当ブログの記事 (←をクリック。) に、こんなこと(↓)を書きました。

8月23日(火)オックスフォード、セントヒルダズカレッジ。
紅茶国で、チェルトナム・レイディーズ・カレッジといえば、名門中の名門女子校。そこの校長先生だった女性、ドロシア・ビール。彼女は、オックスフォード大学のひとつ、セントヒルダズカレッジの創設者でもあった。1898年、といえば日本では明治30年。この年一人の小柄な日本女性が、このチェルトナムと、オックスフォードに滞在し、ヨーク大司教やフローレンス・ナイチンゲールにも会う。帰国後、ついに長年懸案の夢を実現すべく、女性のための高等教育機関の設立をめざす。その女性の名前は、梅子。彼女がいなかったら、今の私もいなかったかもしれない、ということをようやく最近考えるようになってきた私。


そのあと9月4日にも写真入りの記事をのせていました。(あとから発見)

あの日あの時何があったかというと、ツダジュクの同窓生と、ヨーク大学に夏期研修に来ていたツダジュクの在校生30余名と、セント・ヒルダズ・カレッジの関係者が大勢集まって、カレッジの庭に梅子滞在記念の梅の木を植えたのでした。あの時植樹した梅の木は こんな(↓)でした。
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あれから3年たった今年は、梅子生誕150周年記念となる年。(2014-150=1864年生まれということ。)

その梅子が34~5歳のとき(1898~9年)、イギリスに半年ほど滞在し、チェルトナムレイディーズカレッジでドロシア・ビール女史(当時67歳)に会ったり、オックスフォードでガウンを着て大学の授業を聴講したりして、滞在中毎日英文で日記を書いていた。(このへんのことは残念ながらウイキペディアには書かれていない。)

上の植樹(梅子メモリアル・ガーデンのオープニング・セレモニー)から3年後の今年、やはりヨーク大学に夏期研修にきていた30数名の在学生と一緒に数名の同窓生も加わって、セント・ヒルダズでアフターヌーン・ティーと講演会がひらかれました。
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あの時、「梅子メモリアルガーデン」と名付けられたセント・ヒルダズ・カレッジの庭の一角に植えられた梅の木は、すくすくと大きくなっていました。大学の好意で、そばにもう一本の梅の木も植えられて、紅白2本の梅の木となっていました。(津田塾の同窓会からかなりの寄付が寄せられて・・・。)

2本の梅の木も、若木が成長する様は見て頼もしいものがありますが、この日、カレッジで出してくださったアフタヌーンティーも見事なものでした。
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その後で、ドクター・レイナーのお話を聞く会が開かれました。

1898年 ドロシア・ビールとツダ・ウメコ という二人の女性の出会いがなかったならば、この日ツダの卒業生がセント・ヒルダズに集うこともなかった、という話。ドロシア・ビールはその時67歳。すでに教育界で名を成した成功者でした。マーガレット・レイナー博士の講演はとてもゆっくり、はっきりとした英語でドロシア・ビールの生涯をわかりやすくまとめて伝えてくれました。

ドロシア・ビール:イギリスの女子高等教育のために尽くした人。チェルトナム・レイディーズ・カレッジという名門校の校長として学校を大きく発展させた。英文ウイキペディアは ここ。 和文では、華族女学校と実践女子大学を作った 下田歌子 とのつながりがあったという記事は ここ
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by agsmatters05 | 2014-09-06 09:43 | Trackback | Comments(0)

紅茶国で日本語教師。でも、身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅のことなど。


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