耳の物語。

C村の秋の写真にはさまれながら、耳の話をお聞きください、じゃなくて、お読みください、でした。
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秋はたしかに紅葉があるので、景色は美しいといえば美しいのですが、半面気温はどんどん下がるし、天気も曇りが多く、暗く、寒く、どんよりした毎日で、さえない日が多い紅茶国です。モノは考えよう?でしょうか。このブログにリンクしている東北発のブログ「小さな手紙」の作者 keikono2さんの紅葉の写真、眼を丸くさせられます。すばらしいですよ。いつも彼女のブログの写真には驚かされつづけています。
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でも、でも、でも、秋といえば「凋落」(ちょうらく)という言葉とつながってしまう私。特に、体のはしばしが快復の見込みのない状態になってしまうと、「冬来たりなば春遠からじ」と思うわけには行かないですよね。たとえば視力。たとえば歯。たとえば聴覚。いったんなくしたものは再生ができない。(少なくとも2012年の今は。)やっぱり悲しみを覚えずにはいられません。いえ、号泣するほどの悲しみじゃないです。片足、片腕なくされた方の気持ちと比べれば、取るに足らないもの。ただ、音もなくそっとせまり来るかすかな悲しみ。地震でいえば震度1とか、2程度。要するに、身体は末端から老いていくんですね、と言い換えてもいいかな。髪(白髪)、爪、肌(しわ)、外界と接触している部分が一番年齢のダメージを受けやすい?

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10月の半ば頃、また(注1、MOREに)耳が変だなあとおもい始めて数日後。あれは、オックスフォードのコンサートを楽しんだ翌日のことでした。金曜日は仕事がオフの日なので、ウイットチャーチという村の登録医(こちらではGP、ジェネラル・プラクティショナー=一般開業医、ファミリードクターとも言う。)に電話してみました。これも朝8時から8時10分ぐらいの間に電話しないと、その日の診察を受け付けてもらえないかもしれない、という制約つきです。

GP(登録医)がいつでも見てくれるはずの紅茶国のNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)制度のはずなのですが、、登録医(GP)をかかえた地域の診療所(サージャリーsurgeryという)が最近、診察時間を予約制に変えたのでした。少し前までは朝とにかく診療所に駆けつければ見てもらえたのに。

私の登録医は「妖精の石」先生なのですが、びっくりしたのは最近金曜日は「妖精の石」医師はオフの日なのだそうです。しかも、私が事情を知らなくて、8時半ごろ電話したので、受付の人は「こんな時間に電話してきても予約は無理ですよ。」といったん断られたのでした。でも、耳の炎症がひどくなっているのに、登録医に見てもらえなかったら、どこへ行けばいいのでしょう?すぐにあきらめずに、電話で窮状を訴えたら、受付の女の人が「ハングオン、ちょっと待ってね。あら、あなた運がいいわ。ちょっとR医師の予約に空き時間を見つけたわ。じゃ、10時50分にR先生に見てもらいましょう。10時50分にここへ来てください。ガチャン」 という感じなのでした。
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10月19日(金)ドクターリッゾナウディ
R医師は物静かな、優しそうな先生でした。「耳がおかしいんです。」というと、私の左耳をライト付きののぞき眼鏡(何という名前なのでしょう?ルーペというのかな?)で覗き込んで、「ははぁ、だいぶやられてますねぇ。鼓膜(イアードラム)に穴(パーフォレーション)がありますな。」と。

さらにR医師は、簡易聴力検査用紙(抑えるとある周波数の音が出るもの)を使って、私の右耳と左耳の聴覚を調べてくれました。ある種の周波数の音は、私の左耳では聞き取れなくなっていることが、またしても判明しました。これは前にも京都の人間ドックで指摘されたことでしたけど、あの時よりちょっと聞こえない音の種類が増えているようでした。

それでも普通に人と会話はできるので、そんなに深刻にならなくてもいいような気はしましたが。いったんあいた鼓膜の穴って、いったいもとに戻る可能性はあるのでしょうか?おそらく、抜いた歯のように、なくした鼓膜も復活は無理なのでしょう。ま、いよいよとなれば補聴器?ブリッジホリデーなどでは多くのお年寄りが耳にカタツムリのようなものを納めているケースに出会います。ゆくゆくは私もああいう風に???眼鏡に入れ歯に補聴器。ああ文明の利器はありがたき、かな。(ウウウ、泣き笑い)

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さらにR医師は、左耳に入っている病原菌を検査するために、スワッブ(綿棒)を使って軽く左耳をこすったのですが、あまりにも外耳をそおっとなぞっただけだったので、そんなんじゃおそらく菌は取れないだろうな、と素人の私にもわかるほどでした。そしてまだそれで終わりじゃなくて、おもむろに手を洗った後でR先生がなにやらコンピューターに書き込みをしてから、私のと同じくらいのろいスピードのプリンターで2枚の書類を印刷して私に手渡してくださいました。

それが、私の患者番号(レファランス・ナンバー)、とパスワードが書いてあるもので、NHSではまかないきれない場合に、NHSの医師の紹介でプライベート(私立)の専門医にNHSと同じ無料扱いで、診察を受ける方法が書いてある手紙なのでしょた。長い患者番号(すべて数字)と、パスワードはああ楽しい「バドミントンの穫り入れ」。

そして1週間分の抗生物質(シプロフロキサシン)14錠をもらって帰宅しました。これを飲んでいる間はワインは控えるべし、といわれて、その後1週間アルコールなしの生活でした。(それだけでもかなりへこんだ。)

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さて、その後一週間まじめに薬を飲み続けたのはもちろんですが、とにかく専門医に見てもらうための予約をとらなければ、ということで、R医師からもらった書類のところに電話をさっそくかけてみました。R医師の手紙にはアマシャムとハイウイカム(どちらも遠い街の名)の耳鼻科(ENTという)の病院の名前と、そこに予約するための番号が書いてあり、そこに電話したのですが、それは直接その病院ではなくて、NHSとプライベートの橋渡しをするところの電話番号でした。とにかく、患者番号とパスワードと事情を伝えて、予約をおねがいしました。すぐその場で何月何日どこで、などというわけには行きませんでした。数日待っていたら、電話がきて、(それはコーディネーターという、つまり仲介係りからでしたが)、12月6日の木曜日、朝8時40分にアマシャムの病院で私の耳を見てくれるけど、それでいいか、というものでした。12月6日???それまで私の耳、待てるのだろうか?← これは10月26日頃の話なんですよ。

抗生物質の影響で、2-3日後、私の左耳はかなり変動がありました。二日ほど、朝になると左耳は膿(パス)で耳に挟んでおいた脱脂綿が湿って黄色くなっていました。それでも日常生活ではたいした異変はなかったのです。ただ、左耳のばい菌との闘いが進行しているということは、折々感じ取ることができました。じりじり、シンシン、ドーンドーン、なんとも形容しがたい耳奥の雑音が時々聞こえてくる、という具合でした。

一週間後の金曜日、抗生物質も飲み終わったし、綿棒検査の結果もでているころだろうし、何よりも、12月6日まで私の耳は待てるのかどうかが一番気になったので、診療所(サージェリー)に電話してみました。すると、R医師と話すことはできなかったけど、受付の人が、検査の結果は何も(病原菌が)みつからなかった、と教えてくれました。そして、アマシャムの病院に12月6日に予約できたけど、それでは遅すぎるのではないかと思う、というと、じゃ、ミルトンキーンズの病院がありますよ、とていねいに電話番号を教えてくれました。

これがこんがらがりのはじまりでした。ミルトンキーンズの病院はもちろん耳の専門医ですが、NHSとは無関係の完全なプライベート(私立)の病院なのでした。行ってみてもらうだけで、120ポンド(1万5000円ぐらい)かかるといわれました。この電話をした金曜日のすぐ後の月曜日に空きがあるので、何時でも電話していけば見てくれる、とのことでした。ただし、そのためにはウイットチャーチ・サージャリーからの患者番号とカルテの紹介が必要だと。

おりかえしウイットチャーチのサージャリーに電話すると、紹介状はすぐ出せる、とのことでした。この間、私はまだ本当にNHSとプライベートの関係がわからなかった。2度目にミルトンキーンズに電話して、耳をみるだけで120ポンド、といわれたときに、ちょっと待ってそんなの無理だわ、と初めてその違いに気がついたのでした。

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10月29日(月)妖精の石先生

月曜日の朝、今度は8時5分(きっかり)に、サージャリーに電話してみました。今度は「妖精の石」先生が10時10分に見てくれるといわれました。そのときのブログの記事(↓)。

29(月) GP(登録医)、ウイットチャーチ村の「妖精の石」先生のところへいってきた。また左耳が悪化している。先週1週間抗生物質を処方してもらい飲み続けたけれどまだ変。私の左耳には何かが住みついている(感じ)。ときどき暴れて、ごろごろ、ずきずき、じりじり、しんしんする。もう1週間分、CIPROFLOXACIN (シプロフロキサシン)を飲むことになった。


エルフィン先生(名前の半分、石をカット!)は私の耳を見て、パーフォレーション(穿孔)を確認したほか、検査結果は何もでなかったし、急にどうしても何かをしなければならない状態ではないから、12月6日まで「耳は待てる」でしょう。私なら、NHS治療にしますよ。といわれました。そしてもう一回一週間分の同じ抗生物質(シプロフロキサシン)を渡してくれました。もちろん、ただで。私が「また一週間ワインは飲めないんですね。」というと、「少しぐらいなら飲んでもいいですよ。」ですって。違う医師に見てもらうのは悪いことばかりじゃない!(笑)。

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やれやれこれで12月6日まで待って専門医に診てもらえる、と思ってハーフタームの一週間は朝晩薬を飲みながら、おとなしく耳の様子が治まるのを待ち、アマシャムの病院から予約確認の手紙がくるのを待ち続けました。でも、いくら待ってもアマシャムから何も言ってこない。それで、またコーディネーターに電話してみました。これはハーフターム明けの11月5日(月曜)のことでした。すると、なんと、びっくり、コーディネーターがこう言いました。「あなたの12月6日の予約はキャンセルされてますよ。」と。

えええ?どうして?だれがそんなことを?「キャンセルをキャンセルするためににはこちらの番号に電話してください」といって、サザンプトンのコーディネーターがくれた電話番号はマンチェスターのコーディネーター本部のものでした。そこに電話して事情を聞くと、このキャンセルはウイットチャーチのサージャリーからの電話で行われたものだということがわかりました。そこでウイットチャーチに電話。(ちなみに、ウイットチャーチというのは、C村から車で10分ぐらいの隣村です。C村より大きくて、C村より古い歴史を持っている村。1066年のウイリアム征服王以来の村の歴史がわかっているという、大きな教会のある村。)
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何度も電話が繰り返されて、最終的にはエルフィン先生が2度3度C村のミチのところにじきじきにお電話くださって、どうやら分かってきたことは、私がミルトンキーンズの病院にもし行くとしたら、お願いしなければならなかった紹介状(事実お願いした)のために、NHSの治療はすべてキャンセルされてしまった、ということなのでした。エルフィン先生は一通りこのやりとりを追跡調査された後で、「そうですか、そんなら私が患者番号を新しく作って、あなたがNHSの専門医で耳の治療を受けられるようにしてあげましょう。」と言ってくださったのでした。

最終的なオファー

その後数日して、手紙が一通。今度はストークマンデヴィル(A市のとなり、近い!)の病院の名前が書いてありました。その手紙に書かれた電話番号に電話すると、患者番号とパスワードを伝えたあとで、ついに、ついに、予約がもらえました。

1月30日(水曜日) 

「えええ?そんな。私の耳、炎症をおこしてるんですよ。」と私が絶句すると、電話の向こうで、
「 アイ ノウ わかってますよ。ごめんなさいね。でもどうしようもないんです。」と。これは医者でも、看護士でもなくて、電話に応対する係りのNHSのスタッフの言葉なのでした。こういう人たちもみんなみんな税金と言う国のお金で給料をもらっている人たちなんですよね。


1月30日。ストークマンデビル病院のENT 予約 ダン。
イエーイ、来年の予約第一号だーい。(涙)

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耳はチリチリ・・・・

その頃には木々はすっかり枝ばかりになっていることでしょう。

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紅茶国の医療制度。オリンピックで注目を集めた、世界に誇れる無料医療制度。完全な制度なんてあるわけないですよね。NHSのいいところはいっぱいあるけど、ここまでくると、プライベート医療に走る人がでてくるのもうなづけます。

と言うわけで、耳物語はまだまだ終わりません。下のMORE 欄にこれまでの経緯をたどってみることにします。ブログ遡行(そこう、さかのぼり)です。



過去の耳の記録。

初めて耳がおかしくなったのは2009年9月8日のことでした。このときはていねいに4回にわたるロング・ストーリー。
記事1
8日魔の火曜日
この夜はブリッジゲームに行かず、パソコンでデーロンのエディティングをしました。でも数日前から左の耳が痒かったので、変だな、と思っていたら、かなり悪化してきて、本格的な中耳炎をおこしているようでした。すこし喉や背中が熱っぽくて、寝こみたいところでした。

記事2
9(水)中耳炎 
ここには、フルストーリーがのせてありました。診療所の写真も、、薬の写真ものせてありました。すっかり忘れてましたが、いただいた数々のコメント、今読んでも参考になる記事でした。
by agsmatters05 | 2009-09-11 05:50 | Trackback | Comments(14) 
記事3
12(土)中耳炎途中経過、C村の秋。
これには、子供の時にかかった中耳炎のこと、父と耳のことなども書いてあります。
記事4
18(金)耳のこと、授業のこと。
この記事は病原菌の名前がわかった、ということが書いてありました。

再発ーーー次の年の夏(2010年8月)、ケズウイックで病院に行った。---このことははっきりとブログに書いてないけど、記憶にはしっかりと残っています。ケズウイックの診療所で女医さんが見てくれて、その後ハイストリートのブーツへ薬(これは注入薬)をもらいにいったことなど。)
記事5
10,11,12,13、C村に帰ってきました。
11日は GP(かかりつけの NHS のお医者さま)に、また可笑しくなった左耳を見てもらいにいってきました。


記事6
再々発 2012年10月 (上の記事)。

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誰からもよく「家族の中で耳の病気の方がいましたか?」と聞かれます。R医師からも、エルフィン医師からも聞かれました。たしかに父は慢性中耳炎で、身体障害者手帳を持っていたし、戦争にも行けなかった人で、私も幼稚園のときは耳のお医者さんに通っていた時期がありました。でも、今回の中耳炎(?)は、どう考えても、お風呂で洗髪中左耳に水が入ったため、と思われます。どうして、こんなに長いこと私の内耳部に住みつきたいのか。よっぽど居心地がいいのか、または出て行きにくいのか。シンシン、シンシン、チリチリ、チリチリ。今日も、今もそんな音と一緒に同居している紅茶国のdekobokoミチでした。

「お母さんの記事、長すぎる!」ハハハ、メグ(娘)の言葉、ちゃんと聞こえてます。言われなくても。(笑)
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Commented by Yoshi at 2012-11-20 09:16 x
こんにちは。早く耳の不調が良くなると良いですね。年齢に応じた聴力の衰えは避けがたいにしても、鼓膜に穴が空いているとは怖い!

日本ではニュース番組や健康番組などでイギリスの医療の進んでいる点がちょくちょく報道されるんですが、原則無償とは言え、やはり不自由な医療制度ですねえ。日本ならすぐ近所の耳鼻科医に直行し、その医者がよく分からなければ大学病院などに紹介して貰い、数日で診察して貰うところでしょう、3割は払わなければならないですが。

私も身体検査で聴力が年齢よりも大分早く衰えていると言われます。父や叔父もそうだったので覚悟しています。最近テレビの音を大きくすることが多くなりました。教師にとっては、かなりハンディーでもありますね。
Commented by agsmatters05 at 2012-11-20 19:55
Yoshiさん、年齢は、体中の細胞の働き(機能)に影響し、筋肉の働きもそれによって衰えるんですよね。視力も眼の筋肉の衰えだし、声のハリも年齢によって変わってきますよね。(年寄りの声は低い。)というわけで、定年というものがある訳が納得できます。個人差をどれだけ勘案するか、は別として。どこかで、居直る?素直に受け入れる?あくまでも抵抗する?・・・結局は与えられた運命のように自然の流れに沿って動いていくしかないですよね。Yoshiさんもどうぞお体をお大事にして、お過ごしくださいますように。
by agsmatters05 | 2012-11-19 19:16 | Trackback | Comments(2)