ANA国内線【PR】

クイズ(再掲)、迷惑メール、お詫びと警告

写真クイズ、やってます。
「これ、なあんだ?」


第六感に訴えることを願っています。
ずばりの正解がでるまで、掲載しようかなとおもってます。


さて、迷惑メール、お詫びと警報です。

私のホットメール  michiyaa@hotmail.com から、変なメールが届いてますか?
パスワードを盗まれて、勝手に私のメールに入り込んで、保存しているコンタクトアドレス全員に、 Help Needed  とかいう英語のメールが送られたみたいです。カネオクレタノム、みたいな。さいふ(Wollet)をなくして、カードをとめたけど、ホテル代が払えなくてこまっているとか、かんとか。

さっさとこのメールを削除してくださった方、正解です。

「え?ミチさんが困ってるんだって?」なんて思われた方は(お気持ちありがとうございます)でも、まったく本人は知らないことですので、くれぐれもお間違えのないように願います。関わらないでくださいまし。

この種のメールをもらったことはありますが、まさか私のメールがこれに使われようとは(トホホ)。ご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。そして、この種の悪徳 pc パスワード泥棒に、怒りを覚えずにはいられません。

に保存しているアドレス(友人、知人、家族、団体)の整理/更新が行き届いてないのが面目なくて・・・。

この際、深く反省して、コンタクトアドレスのリフレッシュをめざしたいと思っています。ホットメールがつかえないときに、ホットメールでご迷惑をおかけした皆様にお伝えできる方法は、このブログと、フェイスブックと、ミクシーぐらいでしょうか。どうかどなたにも実害が及ばないことを願っています。

# by agsmatters05 | 2012-05-24 07:21 | Trackback | Comments(2)

5月22日(火)またクイズ

写真クイズをひとつ。

これ、なあんだ。




当たった人には、いつもの紅茶、送りますよ。トワイニングのアールグレイか、レイディーグレイか、なんかはいかが?

# by agsmatters05 | 2012-05-23 08:49 | Trackback | Comments(2)

5月13日(日)バーミンガム、ブリストル、「マルモのおきて」、家族ってなに?

ほぼ一週間前のことになります。5月13日、日曜日。日本では「母の日」だったんですね。
C村を出て、長距離ドライブ。バーミンガムから ブリストルへ行き、月曜日の朝C村に帰ってきました。
291マイル=約465キロの行程でした。この出来事を、写真中心に、書いておこうとおもいます。

M40

出かける前にインターネット(グーグル)で、ルートをたしかめ、印刷してから、出発しました。ミルトンキーンズ経由でM1という高速道路を通るつもりでした。ところがどっこい、トムトム(衛星誘導装置=サテライト・ナビゲーション・システム)は、別のルート(M40)を選んだのです。ルートを換える方法もあったのですが、面倒だから、おとなしくトムトムのいうとおりにすることにしました。印刷が無駄になった。小さなハプニングその一でした。M40はよく通る道でした。オックスフォード、ストラットフォードアポンエイボン、そして湖水地方へ行くときもここを通ります。

バーミンガムエアポート

およそ1時間半でバーミンガム空港に着きました。案外早かった、近かったです。77マイル(約123キロ)でした。しばらく時間待ちしてから到着便のラウンジに移動しました。

トルコ航空 で

イスタンブール経由、シンガポールからバーミンガムにやってくるのは、セガ。前もって連絡しあっていたので、ブリストルのメグも、合流して、ソリハルという街 (バーミンガム近郊) の

ラマダ ホテル

に、車で移動しました。何でも、バーミンガムには NEC(ナショナルエグジビションセンター)という大きな展示会場があって、セキュリティー関連のヨーロッパでいちばん大きい展示会があるのだとか。


ラマダホテルの部屋で、日本の京都にいるアコちゃんとスカイプ。

ソリハル Solihull


という街の教会。久しぶりに晴れて、さわやかな日曜日でした。

カフェルージュというレストラン

で、セガ、メグ、ミチの3人で、飲んで食べておしゃべり。

ここでちょっと大きなハプニング。3人の会話がとんだ方向に・・・
ここで突然挿入したい歌。
中島みゆきさんの「時代」
中島みゆきさん『時代』の歌詞


♪♪♪♪♪
今はこんなに悲しくて、涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど
そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと、きっと笑って話せるわ



ブリストル

8時ごろ、ホテルのセガと別れて、メグと二人で南へ移動。C村とバーミンガムの距離と同じくらい、1時間半ぐらいかけて、メグのフラットに到着。


C村で作って持ち歩いた手料理。メグのフラットでようやく写真に収めることができました。一通りおいしいといって二人とも食べてくれました。松山揚げの入った炊き込みご飯たっぷり。とっても美味しかったです。一つ上の写真の手前、真ん中の黒っぽいのは、紫玉ねぎと、マッシュルームと、人参の葉をさっとゆでてからみじん切りにして、別々に炒めたの。炒め物3種混合、でした。移動中に全部ミックスしてしまったけど、味をつけたのは人参の葉だけ、甘辛く。玉葱とマッシュルームはいためただけ。軽く塩胡椒程度。左上は、塩豚のゆでたもの。ちょっと塩辛かった。

「マルモのおきて」ー 家族って何?

夜は、コンピューターで、日本のテレビ番組を見せてもらいました。「紅白」で聞いた「マルモ」の歌は、この番組からきたものだったんだと、今頃知りました。いい番組だとおもいました。どうしてこれを?といわれると、この番組のプロデューサーをした橋本芙美さんの講演会が6月にあるというので、それをメグに見せたところ、「マルモ」の番組ならコンピューターで見れるよ、と。メグさん、ありがと。

「行きはよいよい、帰りはコワイ」



月曜日、雨の中を帰路につきました。全て予定通りのこうどうでしたけど、ちょっと、子供たちからいろいろ言われて、しょげて帰ってきました。軽い冗談を重く受け止めて、ちょっと落ち込んでしまいました。でも、それが家族というものでしょうか。いつまでもふさいでいるわけにもいかず、軽い冗談なら軽く受け止めようと思うことにして、とりあえず、この週末の出来事だけ、まとめてみました。

♪♪♪♪♪
まわるまわるよ 時代はまわる 別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ
今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ



# by agsmatters05 | 2012-05-21 06:21

N君のスピーチコンテスト、予選通過しました。

前の記事で、たいへんな11年生6人のクラス、と書きましたけど、その中のひとり、N君は、どれだけほめてもほめすぎることはないほどの、熱心な日本語学習者です。

前の記事で、11年生6人のクラス運営がむずかしい理由のひとつは、N君とほかの生徒達との差がありすぎることも一因でした。

クラスの一斉授業をすると、N君がほったらかしにされるか、N君のレベルに合わせるとクラスのほかの子達がついていけないか。

そのエヌ君が、今年のロンドン日本大使館でのスピーチコンテストに応募した話は、まず最初に ここ ⇒ 
ここで予選申し込み。

に、書きました。イースターが過ぎて、4月の後半に、N君から、返事はまだか、と聞かれましたが、まだよ、といっておきました。審査員の先生たちのスケジュール調整がたいへんそうでした。でも、今では、コンピューターの前にみんなが座れば、ウエールズとロンドンとノーサンプトンとケンブリッジにバラバラに審査員が住んでいても、時間さえ合わせれば、オンライン会議で、審査ができる時代。


そのN君。一人でこつこつ、日本の国語の教科書を購入しては、端から端まで読んで訳して、単語を覚えて、勉強を続けていました。日本の国語の教科書は、カラフルで、きれいで、好きだ、といって、購入したときはよろこんでいました。今は確か、3年生の国語の教科書を読んでいるようです。

この記事 ⇒  http://agsmatters.exblog.jp/12308183/

漢字の勉強も、こつこつと続けていました。「コツコツ」が好きな子。無駄な時間を過ごさない子です。だからといって、決してガツガツ、猛勉、ガリ勉タイプでもないのですが・・・。

でもエヌ君の日本語はほんとうに教科書から覚えた日本語で、実際に使った経験は少ないので、ときどき、
単語を英語の語順で並べる間違いも多い、です。

この記事も。

そのN君の「将来の夢」という題のスピーチが、予選を通過したという知らせは、5月3日にイーメールでいただきました。ちょうど、11年生のほかの子達がスピーキングテストの練習をしているときでした。

6月16日(土曜日)が本選です。

また生徒らを数人引率して、ロンドンの日本大使館まで、出かけてくる予定です。

そのまえに、N君、もっともっと練習をしなければなりません。なにしろ、実際の使用例が乏しくて、教科書だけで覚えた日本語なので、発音もまだまだ、です。獣医という単語も 十 と 胃 をあわせたような、十胃、というような発音をします。あるいは、渋 と 異 をくっつけたようなじゅう異、あるいは 銃 と 語彙の 彙 をくっつけたような 銃 彙。 ようするに じゅう という音より、い のほうが高く強く、長く、目立つように発音してるので、じゅうをつよく、たかく、いを下げて、低く、と何度もいわなければなりませんでしたが。(←わかりにくい!)




小さくして、載せさせていただきました。
本人に聞けば、おそらく、ブログに載せることは何の問題もない、と言ってくれる気がするのですが、そうすると、このブログのことも話さなければならないし、、、

================

追加です。

去年、ロレンちゃんのスピコンに、N君はいっしょにロンドン大使館に行きたかったのですが、行けない事情がありました。家族でその週末,マンチェスターの家族ぐるみの友人宅を訪問することになっていたとか、でした。あの時はお母さんからイーメールで、本人はとても残念がっています、と知らせていただきました。

そのときからずっと、「先生、次回にはボクはスピコンに出たい、出るんだ」とはっきり宣言していたN君でした。



# by agsmatters05 | 2012-05-19 08:59 | Trackback | Comments(6)

11年生は試験中。

紅茶国全土で、GCSE という全国試験が今週(5月14日)から始まりました。

これは、おもに 11年生(Year11 イヤーイレブン) と呼ばれる16歳の生徒達 (日本の中3または高1に相当する学年) が受ける 「中学校教育卒業資格」 を得るための試験です。一人が何科目受験しようとまったく自由。12,13,14科目を受ける子もいれば、5,6,7科目の子もいます。各科目について、成績が出されますが、もちろん 全国レベルでトップ5%ぐらいの成績をとれば A* (エイスター)、そして A(80%),B(60%)、C(50%),D(40%),と続きます(だいたい)。D の下は不合格(F)。 そして、この成績は、大学受験にも影響するし、本人が一生経歴としてもちあるくものです。オックスフォードやケンブリッジ大学に入学するような生徒達は、当然GCSE の試験でも12,13科目をほとんどA*で1,2科目はA、というような成績をとる場合が多いです。

日本と違うのは、中学校卒業資格の中味が一律でないこと。というより、中学校卒業という経歴は紅茶国にはなくて、GCSE という試験を何科目どんな成績で受けたか、 ということが「中等教育」になっている、というわけです。しかも、複雑なのは、この試験が、全国一律で一つだけではなくて、いくつかの大きな試験会社(イグザムボードと呼ばれている)が提供する試験を、各学校が選べるようになっていることです。ま、日本語はエデクセルという会社しか、GCSE試験をやってませんが。イギリス全体で1200人ぐらいが日本語のGCSE試験を受けるようです。 



というわけで、ほとんどの11年生は、スタディーリーブと呼ばれる自宅学習期間にはいり、週に数回、試験のある日だけ登校するようになりました。

ということは、11年生の授業はなくなった、ということです。彼らはもう9月まで、学校の授業というものを受けることはないのです。

12年生もほぼ同じ時期にスタディーリーブにはいりましたから、私が担当している授業数の8割ぐらいは、生徒が消えてしまったことになります。



寝ても覚めても悩みの種だった、わが11年生たち。 「あなた(たち)は 私の ナイトメア(悪夢)よ」と直接言ったこともありました。一人ひとりはいい子でも、この学年は、モンスターエイジ、ギャング・エイジ です。

最後の授業の日(5月10日、木曜日)にもまともに授業なんかさせてくれなかった。てんでんバラバラ、気分はそぞろ、半分お祭気分で浮かれていました。全然、試験にとりくむ気持ちがない。すごくなさけなく、無力感と、屈辱感を味わいました。  (私に必要なのは軍事教練のスピリット。ーよくおぼえておくべし。自戒。

そんなときに、一人の生徒がそっと、カードと小さな包みをくれました。そのときは彼一人からだと思ってありがとうといってしまっておいたのですが、あとから封筒を開けてみてビックリ。いちおう6人の名前がしっかりと、サインしてありました。みんなで寄せ書きしたんだ。ただの名前だけでしたけど、ね。そして、包みはこの(↓)ちいさくて、かわいいろうそくカップでした。



これが、いつも授業がうまくいかないで、困り果て、悩み続け、いやだいやだ、どうしようと落ち込み、まともな対策がとれなくて、困っていた、あの彼ら11年生6人からの、記念品でした。ふうん、かわいいとこある子達なんだ。一人ひとりはいい子達なのに、どうしてクラスでまとまって授業ができないの?(←いつも同じ疑問。)



今年のGCSE日本語試験は6月14日(木)と19日(火)です。それまで、ちょっと間(ま)があるから、補習授業をしようといって、時間割を作って渡したんですが、今のところ、これに来たのは一時間、一人だけ。

来週も待ちぼうけを食わされ続けるのかもしれません・・・・。なにしろ、誰かさんじゃないけど、謙虚さがない。反省してない。いいかげん。(誰かさんってだれよ、はい、それは私のことです・・・・・。)

夏の結果発表が思いやられてばかり、です。鍛え足りなかった悔いが残る、この学年、このクラスでした。(涙)

# by agsmatters05 | 2012-05-18 20:27 | Trackback | Comments(0)

アルバムから

この頃の紅茶国は菜の花の季節です。








# by agsmatters05 | 2012-05-17 08:54 | Trackback | Comments(6)

雑録その二、(オリンピック、赤ピーマン、イエメンの鮭釣り、スーパームーン in C村。

そのほかの写真からーー。

オリンピックが近づいて。
言語学科の助手マダムB から、言語棟の壁に貼り出すためのオリンピックのロゴを、日本語でも出してくれ、といわれて、コンピューターで拡大して、渡しました。赤い紙に印刷してくださったのは、マダムB.






赤ピーマンを食べる子。

キャンパスを歩いていて、めずらしい光景(↑)にでくわしました。ちょっと撮らせて、といって一枚。なかなかこういうことってめずらしくないですか。確かに、最近のピーマンってすごく甘いですよね。でも、これを弁当代わりにするって、どういういきさつなんでしょうね。

だいたいこちらの子供たちのランチは、サンドイッチが圧倒的に多いです。あとは、ポテトチップスや、りんごや、たまにはパスタもあったりして。天気のいい日は教室でものを食べてはいけない。外で食べないといけないんです。建物から外に追い出されて、歩きながらサンドイッチをつまんだり、ベンチに腰掛けてりんごを食べたり。1200人がこの狭いキャンパスでいっせいにこういうことをしたら、休み時間のあとキャンパスはめちゃくちゃ汚れます。用務員さん、守衛さんがいつもゴミ拾いをしなければならないのですが、これってなんとかならないのかなあ、っていつもおもわされます。

ついでに一言。ポケットに黄色い枠をつけているのは、この子がクラスの副委員長のしるし、です。赤は級長。各学期ごとに、各クラス(30人)の生徒のうち、二人ぐらいずつこうして役員に選ばれて、みんなのために責任ある仕事をしたりします。それが、大学受験のときの 書類(ユーカスフォーム)に書き込める材料となったりします。すくなくとも、こういうしるしをつけている生徒は、いいかげんなふざけた子はいないので、一目見て、何かを頼むとすぐやってくれる、たのもしい子達が多いです。とはいえ、ものすごく成績がいいけど、そういう人前に出るのは苦手、という生徒にはこういう役は当たりません。そういう子は別のところで得点を稼いでいるのでしょう。ミチの日本語のクラスの中にもいつも両方の生徒達が含まれているのですが・・・・。


映画 サーモンフィッシングインザイエメン
GCSEのスピーキングテストが終わった週の、週末の、次の月曜日。バンクホリデーマンデーという休日でした(5月7日)。で、イアン・マクグレガー主演のこの映画を見てきました。いい映画でした。くすくす笑いがたっぷり。






C 村のスーパームーン 

それより前の土曜(5日)と日曜(6日)の夜、C村のスーパームーンの撮影にいどみました。


午前2時ごろでした。

どうしても、樹がジャマして、まるまるは 撮れない。

そんならいっそ、樹影をねらってしまえ、と

おもって、何枚も撮ったけど、ま、この辺が精一杯でした。



# by agsmatters05 | 2012-05-13 05:27 | Trackback | Comments(8)

ミセレー二アス (雑録) 5月二日のアルバムから。

前の記事で手紙を3通投函した日。つまり、5月2日水曜日。

去年から二度三度お世話になってきた、A市のトヨタ(スティーブンイーガルという名前の会社)。最近、手紙や携帯のテキストで車の点検サービスを勧めてきたので、長距離旅行もあるし、3月の車検(MOT)のとき、時間がなくて、ていねいに点検(ショートサービス)をしてもらわなかったので、電話で予約して、この日におねがいしてあった。オイル交換、車内と車体の掃除付きで、全部で130ポンド(=17000円)とのことでした。

トヨタと学校の往復

朝10時に車を持っていくと約束。トヨタと学校の間はA市の中心から反対側におよそ3キロ、歩いて15分から20分かかる距離です。トヨタに車をあずけてから学校まで重い荷物を持って歩くのはたいへんだなあ、と思って、ものはためし、聞いてみたら、学校まで乗せていってくれるって。こんなサービス、日本では当たり前かもしれませんが、紅茶国ではめずらしいことです。トヨタだからやってくれることなんでしょう。

この日は水曜日。ふだんは授業はない日だけど、休み時間に生徒達がスピーキングテストの練習をしたいから、ということで、一日学校につめていることにしたのでした。それで、一人、二人練習してから、12時ごろ、コンピューターに向かっていると、携帯に電話。トヨタからでした。

去年、オイル漏れ、エンジンから蒸気がでて、、、というときトヨカロちゃんを見てもらった際、キーバレルが壊れて、あれ以来、車体の鍵と、エンジンを始動するときの鍵は別々のものになっていたのでした。それを忘れて、エンジンのキーだけしかおいて来なかった。車体を開ける鍵を持ってきてほしい、と。仕事中ならとてもそうは行かない、点検サービスも一日延期となるはずのところ、この日は仕事はオフ。でもって、しっかたない、生徒らが休み時間になる1時半までに戻って来れそうだから、ここは運動を兼ねてトヨタまで往復せんばね、ということになったのでした。


町並み拝見。

はい、ここで、ブロッガー・ミチの登場です。G男子校からテクテク歩いて、トヨタまで。20分かかりました。その間、写真をパチパチ。このブログに載せるために、たくさん撮りました。ご覧くださいまし。


普通の紅茶国の通り道です。でもふだんは歩かない通りなので、一応パチリ。家の前が緑でおおわれていない家は、ま、高級住宅地とはいえないでしょう。でも、間借り人の身分とくらべたら、どんなささやかな家でも一軒家が持てたら、だいぶ気分が違うでしょうね。


A市にも運河(カナル)があって、ロングボートやらがごくマレに行ったり来たり。


しばらく歩くとA市の真ん中辺。このシアターがこけらおとしの興行に「白鳥の湖」を上演したのですが、ちょうど日本行きと重なって、高い切符をキャンセルせざるをえなかった。ここを通るといつも思い出します。でも、繁子さんといっしょに、「くるみ割り人形」を見ることができましたよね、この場所で。楽しかった。今でもあの音楽が耳にこびりついてます。


ほとんど100メートル歩いて1枚、という感じで写真をとりながら歩きました。ウォーターサイドシアターという名前の劇場の斜めうしろに、 A市でいちばん高い建物、市役所があります。


その斜め前には、A市の中心のマーケット広場。週に3回ほどこの広場がマーケットでにぎわいます。


その高い建物の一階はライブラリーになっています。



ライブラリーの後ろ、高い建物の一階(内部)はバスセンターになっています。ここからオックスフォード行きのバスが30分に一本、約1時間半、片道2ポンド80ペンス(=約360円)でオックスフォードに行けます。10年以上このルートを利用していました。なつかしのArriva(アリバ・・・バス会社の名前です。)




そこからおよそ100メートル。A市の駅。チルターンレイルウエイという鉄道の、しばらく前までは終着駅でした。


駅のそばにモリソンズ(スーパー)。


そこから真っ直ぐ西へおよそ1.2キロ。目指すはスティーブンイーガル、トヨタのガレージ(車修理工場はこちらではガレージとよびます。)

そして帰り道


ハイストリートの写真屋さんのウインドウで面白写真をパチリ。(ヒマ人。)


クローズアップしました。



そのすぐ並び。これは ブリティッシュハートファウンデーション というチャリティーショップ。ちょっとしたスカート、ズボン、ブラウス、アクセサリーなど、3ポンドから5ポンドで、かなりいいものでも10ポンド(1300円)以下で買えます。なぜかって、処分したい人が寄付してくるものに値段をつけて売っているからです。収益はみんないろんな病院や困っている人のために使われるので、文字通りの慈善(チャリティー)商売です。こういうお店が紅茶国中のほとんどの都市や街にいっぱい。オックスファムや、キャンサーリサーチや、エイジコンサーンや、バーナードや。・・・こういうチャリティーのお店のことを、C村の家主の家に月一で掃除に来るおばさんは、「わたしのハロッズ」と呼んでいます。ときには、たしかに、すっごい掘り出し物もあるのですが。



そして、最後に、WHスミスという文房具店の奥にある郵便局ポストオフィスに行って、前の記事に載せた三つの封筒を投函した、というわけでした。

ま、長い人生には、こういう一日もありなん、ということで、今日の記事はおわりです。

こういうのを、忙中閑あり、って言うんでしたっけ?(笑)。

# by agsmatters05 | 2012-05-13 04:59 | Trackback | Comments(0)

事後報告 2 (車接触事故)



接触事故について。

一応決着がついたと思っています。

1)どうしておこったか。

狭い駐車場内。ただ私一台の車が外に出て行くだけなら、どうってことないのに、この時間帯、外から入り込んできた車が、いつも私のバックする後ろのスペースに止まっていた。そして、私の前には別の車がバックしようとしていた。

かすかなクラクション(警報)が聞こえて、私の車を止めたけど、もう接触してしまっていた、ということでした。私の車のバックと、向こうの車の左後ろ。


↑の写真で画面奥のレンガの建物が食堂。その入り口が画面右上隅。うえの写真は後日撮ったものですが、ジコの日はわたしは,写真の一番上右にこちら向きに停めてある黒い車の位置にとめていました。ここからバックしてちょうど画面の真ん中のコンクリートの中央辺りに黄色いシミだか、マークが見えていますよね。その辺へバックしてから、左上方の出口へ向かうよていでした。でも、一台左上方から車がバックしてきたのに気をとられて、真ん中のコンクリート画面に車が止まっているのをしっかり認識してなかった。

木曜日(4月26日)午後3時45分ごろ。だれもが家に向かって移動を始める時刻。わたしは大急ぎで車で3分の道一つ隔てた隣の女子校へ3時45分までに行かないと行けないときでした。

ああだ、こうだ言い訳をいっても、あとの祭り。この場所に入り込んできて車をとめてるのが悪いといっても、結局はわたしが弁償しなければ事は決着しない、という状況でした。そんなところに停めてはいけない、と言ったって、止まっている車に接触しちゃったのは私でしたから。


赤い靴をはいていた当日の私。黒いズボンの膝のあたり、曲線が一部青くなってますよね。そこと、画面右側の凹みができてしまったみたいでした。


2)でもって、きいてほしいのは、相手の車を運転していた人がどんな人だったか、ということ。


きれいな若いイスラム系の女性でした。パキスタン人かインド人か、どちらか。イスラム系だと思うのはその服装。きれいなブルーのズボン。フードはしてなかったような。スカーフはしていたとおもうのですが。顔をすっかり覆うタイプではなかったです。

でもって、この若くて、きれいなアジア系の女性が、ひどく怒りを込めた顔つきで私に向かってとがめだてをはじめたのでした。警報をならしましたよ。どうしてとめなかったんですか、というわけです。私は警報を聞いたときに車をとめましたよ。といいました。今から思えば、前の車がバックしてきたのに気をとられて、後ろに注意が行き届かなかった。ふだん、あんなところに車が止まっている場所じゃない。そこは狭いけれど四角いスペースで、車が方向転換するばしょでしたから。

私の車など傷だらけでまったく修理費も問題にならない(かすり傷など修理しきれない!笑)のですが、相手のは、たしかプジョーだったか、きれいな車で、その女性が指差したところは、写真のように、確かにかすり傷が。彼女は2箇所あるといって、もうひとつの傷も指差しました。

「どうしてくれる?」といわんばかりの態度で、保険情報をください、というのでした。

私、保険は使いたくないです、とはっきり。(ノークレイムボーナス というのを考えたら、自腹をきったほうがやすそうなので。) いくらぐらいほしいんですか? ハウマッチ ドゥ ユー ウォント? と私はききました。

彼女は、「主人に聞かないとわからない。 マイ ハズバンド イズ ベリー ストリクト といいました。私の夫はとても厳しいひとです。」と。

学校帰りの混雑の時間帯で、他の車が動きたがっていたので、場所を移動してから、私はポシェットの中の小さなメモ用紙に私のステイ先の電話番号と、名前と、 学校名と職名(ジャパニーズティーチャー)と書いて渡しました。

彼女は、男の子二人を迎えに来た、というので、このG男子校の生徒のお母さんなら、苗字だけ聞けば連絡先はわかる、とおもったのですが、確かめたら、まだこの学校に来る前の年齢で、放課後の体育館のバスケットボールクラブの練習に参加している幼い男の子たちのお母さんということでした。

でもって、ちいさな手持ちの紙を渡して、じゃ、名前と住所を書いてくださいというと、なんとスペルが違ってる。チャーチルアベニュー14番地というのですが、とてもチャーチルとは読めない綴り。

このとき思い出したこと。このG男子校にも学内を掃除してくれるパキスタン系の用務員さん家族がいるのですが・・・


イスラム圏の女性の地位

話が長くなりますが、奥さんを4人まで所有してもいいという文化圏では当然女性の地位や発言権は低いのは当たり前。この学校のパキスタン系の用務員さんは奥さんも教室掃除をしたりしてここで働いているのですが、あるときふっと耳に入ってきた言葉。だんなさんが彼女(奥さん)に英語を習わせないんだと。英語を覚えると交際範囲が増えて、生意気になる?手に負えなくなる?自分の言うことを聞かなくなる?から?  いまどき、そんな理由で奥さんに英語を習わせないだなんて・・・。いつもニコニコ笑って挨拶はするけど、詳しいおしゃべりをしたことがない、この用務員さんの奥さんのことを、このとき思い出さずにはいられませんでした。

マイ ハズバンド イズ ベリー ストリクト。私の夫はとっても厳格な人です。

さもありなん、とはおもったものの、私だってビンボウ人。とにかく電話をください、といってその場をきりあげましたけど、あたしあまり大金は払えませんよ、 アイ アム ノット リッチ、と念のために付け加えておくのがせいいっぱい でした。

3)結局、いくら払わされたか。

いちばん先に頭に浮かんだのは 185 ポンド という金額でした。これは、ずっと前、この場所で、(上の写真の赤い車の先あたりで)、やっぱりバックしようとして、黒のピカピカミニローバーの前の金ぴかバンパーにかすりきずをつけてしまったことがありました。(以前、これはブログに書いたとおもうけど、今探し出す時間がない。) アアア、と絶望的な気持ちになりながら、その車のワイパーに私の電話番号と名前を書いたメモをはりつけておきました。 通りがかった守衛さんが、 「そんなのほっとけばいいよ」みたいなことを言ってくれました。かすかなかすり傷でした。あとから電話が来て、これはこの学校に教育実習(PGCE)に来ている若い金持ちの男の先生の車だとわかりました。電話がきてからしばらくたって、車の工場の見積書が私のメールボックスに入っていました。それが185ポンドでした。結局その人の顔も知らずに、行き会うこともなく、私は185ポンド(当時はおそらく250円以上していたと思うので、およそ46000円、)の小切手を、やはりメールボックスをつかってその人に払ったのでした。

ということで、アアア、今度もまた185ポンドか、と最初におもいました。でも、300ポンド、500ポンド、ふっかけられれば1000ポンドといわれたって、こういう事故の対応は、値段があるようでないようなもの。数日間まったく落ち込みました。お金が解決する問題だとは思っていましたが、月々の収入を上回る出費をなるべくなら避けたい。だれだってそうですよね。

そうして2-3日後、電話がかかってきました。って言っても、私が自分で返事してない。そのイスラムの女性、若いママさんは私にケータイの番号も、といいましたが、授業中は出られないので、といってケータイの番号は教えなかった。そして家主の電話番号だけをおしえておきました。案の定、私の留守中、イスラムの「旦那」から電話があり、事情を話しておいたので、家主が応対してくれて、伝言に拠れば350ポンド(=45500円)だと。ひええ、倍だよ、と最初おもいました。しかも、電話先で350ポンドといわれたって、どういう修理の仕方をだれがするから350ポンドなのか、全然不明です。そのままはいではそうします、というべきなのでしょうか。セカンドオピニオンをどこかからもらってくることはできないのでしょうか。とはいえ、相手はもっと高い金額を言ってくることもできたかもしれない。車体左側のパネルを全部換えるとすれば1000ポンドでもできないことでしょう。ううう、やだやだ困ったなあ、相手の言うなりにならんといかんのかいな、と数日おもいながら、試験準備(生徒の)でいそがしく、すぐに支払えないでいました。するとまたまた私の留守中にステイ先に電話。ここで家主が気を利かせて、350はちょっと高くないか、といってくれたのか、どうか。どういう話向きで、そうなったのか、私にはよく分からないのですが、けっきょく、それなら、300ポンドでいいから、早く払ってくれ、ということで落ち着いたのだそうです。 でかしたゾ家主! 50ポンド(6500円)の違いって、今の私には大きい。

だいたいこういう交渉ごとは私はからきしダメなので、ここは紅茶国人に任せたほうが、とおもって電話を家主の番号にしておいて、よかった。

4)封筒に小切手を一枚入れて、郵送。


というわけで、5月2日(水曜日)のことでした。下のように、白い封筒にチャーチルアベニュー14番地の宛名を書いて、アムジャッド・マジール とかなんとかいう名前の人に、300ポンド=39000円の小切手を送った、という事の次第でした。やだやだこういうことは、早く忘れよう。事故には気をつけないといけない、でも、いつまでも悔やんでいるのは、なんの足しにもならぬ。



同じ日に、アコチャンの誕生日祝いカードを日本に送りました。その誕生日にちょうど「戌の日」になるので、お詣りをするそうです。(こんなところに書いちゃって、よかったかな。笑)もう一つは大学時代の先生の遺稿集の代金を日本へ切手で送らせてもらった封筒。この日はWHスミスの郵便局からこの三つの封筒を投函できました。GCSEスピーキングテストの二日前のことでした。





# by agsmatters05 | 2012-05-11 19:11 | Trackback | Comments(2)

事後報告1(口頭試験)

事後報告 1、口頭試験

土曜の夜から日曜の朝にかけて、10人のスピーチと会話を8分ぐらいずつ録音したものを、一通り聞きなおしました。小さい間違いや、小さいポーズ(暗礁)はいくつかありましたが、全体としては、10人とも、それぞれ面白いテーマで最初の2分間スピーチをして、それに続く質疑応答も、一般会話もみんな無事、上手に答えることができて、たいへんよい仕上がりになっていたと思いました。(←ジガジサン、笑)

〈写真は生徒の一人のスカイプ画面。スカイプでたくさん練習をしました。)


 ↑ 写真の机の上の 赤いフォルダー。これが今年の受験生の全書類ファイル、スピーチの原稿などを個人別に入れておいたもの。10(男子校)+3(女子校)=13人の選んだテーマ(一人に二つずつ)がこんがらがって、おぼえきれなくなっていたのを、整理したもの。最後の段階では、かなり このフォルダーが役に立ちました。そもそも、一人一人の生徒が何について2分間のスピーチをしたいか、考えて、トピックを決めて、最初の原稿を書くまでに、どれだけ時間がかかったことか。



思い起こすと、このGCSE日本語試験のスピーキングで、ハプニングというか、ディザスターというものは、過去に何度かありました。今でも忘れられないのは SD君。「SDショック」と名づけたいような出来事でした。今は訳(ワケ)あって、非公開にしている2007年5月10日の記事に書いてありました。前半のスピーチは音楽バンド「ミューズ」についてのもので、とてもよかったのですが、後半の質問に答えることができず、惨憺たる結果となってしまったのでした。スピーキングそのものの結果は、それでも20点満点中17点と、驚くほど高い点をもらった(最初のスピーチがよかったからでしょう)のに、読解、作文、聞き取りを全部合わせた総合成績で、SD君は、はじめてCをもらったのでした。実はそのあとの年にDを取る生徒があらわれて、もう成績、結果が落ちていくことに慣れはじめてしまったのですが。

どこの学校でも、どの科目でも、紅茶国の中学、高校、つまりセカンダリースクールでは、このGCSEの試験結果、つまり A*が何%、Aが何% A*とAが何%、 A*からBまでが何%、A*からCまでが何%、というような数字で、学校や教師や生徒の評価をすることがふつうに行われています。これは、きびしいことです。日本の小、中学校の格付けには、こんな一律の評価基準はないですよね。高校だけが、東大京大合格者何人、という数字でまな板の上に一律に並べられて比較されることはあっても・・・。

教師がそれぞれの上司と話し合って、毎年勤務の目標を設定するときでも、このGCSEの結果をどのくらいにしたいか、ということが最初にくるようです。私の目標も低く見積もって、生徒の成績はA*からCまでを100% という風に設定しておけば、おそらくこれは実現可能な目標となります。でもA*からBまでを100%という設定は、きびしい。一人か二人、どうにも鍛えようのない生徒、何も覚えてくれない生徒がいたら、Cになるかもしれない。その危険を考えて、目標をA*-Aを80%というような数字にしておくと、10人中ふたりまでが Bであれ、Cであれ、とにかくAを取れなくても、目標を達成したことになる。



スピーキングテストが終わった事後報告のつもりが、もう頭の中は次のハードル、読解、聞き取り、作文のテストに移っている私。6月14日(木曜日、午後)読解、聞き取り試験。(これはイギリス全国一斉におこなわれます。試験会社エデクセルがそう指定しているからです。)そして作文の試験は6月19日(火曜日、午前)。 ところが、困ったことに、11年生6人は、5月10日からもう学校に来なくなってしまいます。ということは、授業ができない。スタディーリーブと呼ばれる試験休みに入ってしまいます。13年生は今年は5月末まで在校して、28日が最後の授業日です。卒業式というようなものはなくて、学年集会をして、バーべキューパーティーをして、おわり。だからあと3週間、13年生の授業はできるけど。ーーー

なんたら、かんたら、いつも回りくどい、読みにくい記事を書いていて、すみません。半分は自分の記録のために、とおもうとつい、つい、詳細を書いてしまうのが私の悪いクセ。



でもね、このブログを、丁寧に読んで下さっている方、または記憶力のいい方は、私が今年 11年生6人のクラスをいつも悩み、困り、苦しみ、落ち込み、愚痴っていたことを、覚えておられるでしょうか? そのことについて、書いておかなければいけませんよね。

この11年生6人。特に悩みの種の ヘイ君。いつも彼のクラスの前後の夜と朝はナイトメア(悪夢)が私に付きまとっていたあのヘイ君。彼の記事は こちら

相変わらず「口から生まれたヘイ君」のおしゃべりは止まなかったものの、すくなくともこの試験の準備のために彼の態度が変わり、積極的に練習をしたがるようになり、上手にスピーチをおぼえて、しかもおしゃべりの好きなヘイ君らしく、質疑応答にも、上手にしっかりと答えて、いい結果をおさめたのでした。(といっても成績が出たわけじゃなくて、あくまでも試験官ミチの主観的な評価に過ぎません。)

そのほか、口頭試験が近づいた日々の、この6人の受験生のテンションの上がりようは、相当なものでした。休み時間も昼休みも練習をしたがり、ほかの科目を休んででも、日本語のスピーチの練習をしたがったのでした。 これが 「錦の御旗」「天下のお墨付き」=[試験の威力]なのでした。




でもって、正式の評点をいただいてないので、あまり詳しく生徒のスピーチを書くのは控えたいのですが、ここでは大雑把に、どんなテーマで生徒が2分間スピーチをしたか、ということを(遠い未来の思い出話のために)書いておこうかとおもいます。


スポーツ(しゅみ、クリケット)、音楽(ギターとコンサート)、ペット(猫)、家族と日常生活、旅行(イタリア)、旅行(南アフリカ)、天文学(星の観察)、音楽(コンサートと好きなバンド)、音楽とアルバイト(ウエイトローズ)、旅行(ドイツ)・・・・それから、女子校の3人は、旅行(モンゴリア)、学校について、旅行(日本)などのテーマ。


でした。この2分間スピーチをおぼえるために生徒達が書いた(作った)暗号図(絵文字、これを持ち込んでよいことになっている)がほんとうに傑作中の傑作なのです。いつか、スキャンして、お目にかけるか、その仕組みを記事にするか・・・。 

 ↑  これ、ほんとうに、おもしろいんですよ。




More メモ

# by agsmatters05 | 2012-05-07 20:12 | Trackback | Comments(8)

口頭試験  スピーキングテスト  一日中。

2012年度 GCSE 日本語 スピーキングテスト 5月4日〈金曜日〉 に実施しました。

場所はこういうところ 〈↓〉 でした。



これは、レクチャーシアター と呼ばれている 大講義室。とっても、とっても寒かったです。

なにしろ、この学校は、歴史は古いけど〈400数十年〉、いえ、歴史が古いので、建物がとても複雑になっています。敷地内にいろんな建物があるけど、それぞれ、数学棟、サイエンス棟、言語棟、歴史、地理、技術科棟、というふうに、科目別になっているので、日本語のようなマイナーな〈少人数)のクラスは、いつも、あっちの棟、こっちの棟と、遊牧民のように、移動をしてまわらなければならないのです。

そして、この日は、言語棟はしっかりとフランス語や、スペイン語やドイツ語などのメジャーの外国語科目がおおぜいの生徒のいろんなレベル(GCSE,AS,A2)の口頭試験をしているので、とうてい日本語の試験が言語棟の部屋を試験場に使うことはできなかった、のです。

↑の写真の階段教室〈レクチャーシアター)で日本語の試験をすると決定するまでに、学内のイーメールが何通飛び交ったことか。とてもかんたんなことではありませんでした。あそこはうるさい、ここはせまい、とすったもんだ。副校長、試験部長、副校長秘書、言語科主任キャ先生、言語科助手〈ラボアシスタント、フランス語のマダムB.)そしてジャパニーズティーチャーミチの6人がああだこうだ。寒かろうとは予想していったので、一日中半コートを脱げなかった。

この日は、特に寒い一日でした。このGCSEの口頭試験というのは、ある意味でちょっとした『決戦』の日なのです。決戦というか、合戦というか・・・。長篠(ながしの)か、桶狭間か〈笑〉。

生徒達にすれば、それまで ずうと2、3年間習ってきた語学の総決算。
スピーキングテストは全体の評価の四分の一をしめています。

生徒ももちろん緊張して、テンションが上がりっぱなしとなりますが、先生だってのんびりとはしていられません。

というわけで、数日前、タイムズの新聞で一面広告となっていた、こんなページを学校に持っていきました。


この写真を見るたびに、笑わずにはいられなかったので、「よし、きょうはこれで行こう!」と思い立ちました。

生徒の緊張をほぐすためにも、そして、「イエーイ、ヤッタゼイ!」の感覚に近づくためにも、この写真はいい、と思ったものですから。

こんな具合に、ね。〈↓〉


↑の机の、白いマホービンは、アコちゃんが勤めている 京都のお茶の老舗、一保堂 のマジックポットです。一保堂マグボトル という名前。ふだんはお湯だけ入れて持ち歩くのですが、この日は、朝飲みきれなかった朝のすり鉢茶を入れてもっていきました。いつまでもいつまでも温かい、ほんとうに優れもののマホービン、いえ、マグボトル です。 ウエブサイトは こちら へ。

そのほか、毎年、GCSEの口頭試験の日には、かならず首にかけるネックレスがあります。
私が持っている十字のネックレスの中ではいちばん大きいもの。
とにかく、祈りをこめたいときに、使うネックレスです。


苦しいときの「神」頼み。溺れる者は藁(わら)をもつかむ。 


おそらく、スポーツ選手などは、ありとあらゆるこの種のお守り、ジンクス、縁起かつぎをしているのではないでしょうか。あの、天下のイチロー選手だって、ジンクスがあるって聞いたことがあります。バッターボックスに右足から入るか、左足から入るか、とか。キットカットが流行るのも、試験前にステーキとトンカツを受験生に食べさせるのも、みんなこの 「願いを込める」からですよね。

というわけで、丸々一日、試験場で過ごしたこの日でした。

そして、すべて無事に終わりました。

ディザスター(大失敗)はなかったです。といえばとても消極的に聞こえますよね。
いえ、いえ、「みんなすっごくがんばってくれて、上出来もいいとこだった」というべきかな。

やっぱり黄門様の印籠のように、GCSEという試験は「錦の御旗」。
これが「目に入らぬか」といえば、どんなやんちゃな生徒も必死になる。
顔を真っ赤にして、にわか仕込みの単語を思い出そうとする生徒たち。(かわいそう、でも、おかしい)
こちらは、厳正な試験官を気取りながら、生徒がこまっているのをハラハラしながら見守るわけです。

あんまりレクチャーシアターが寒かったので、とにかくあったかい昼ご飯を食べたいとおもって、年に2-3回しかいかない学校の食堂へ行きました。うどんが食べたかったけど、そんなものある分けない。スープもない。この日は金曜日で、フィッシュアンドチップスしかありませんでした。

(なんでこの日の記事にこんな写真、笑)

録音は全て 上の写真のコンピューター〈ラップトップ〉にインストールしてあるオーダシティー(Audacity)という録音プログラムに録音します。マイクを使わないほうが、いい録音ができると、コンピューター室のヘルプデスクの頼もしいおにいちゃんポールが教えてくれました。

録音は一人8分〈ぐらい〉で、10人。朝10時10分にはじめて、午後3時半には、予定通り全員終えることができました。一人一人の録音が終わると、コンピューター画面の左上、ファイル というところをクリックして、エクスポートを選択。そこで、名前を書き入れて、MP3 ファイルで保存して、一丁上がり。これを10回。

機械も無事問題なく一日動いてくれたし、なによりも、生徒が時間通りこの場所にやってきて、しっかりとしゃべってくれたのでした。

それについてはまた その(2)で書くことにしますね。




# by agsmatters05 | 2012-05-06 04:25 | Trackback | Comments(0)

さんにん終わりました。

毎度おなじみの GCSE ネタです。



なにしろ紅茶国の中、高校 〈合わせて、セカンダリースクール)の学校では、カリキュラムの全てを牛耳っているのがこの 「GCSE」 と 「Aレベル」という二つの試験〈制度〉なのです。

一年中、全ての授業はこの試験のための勉強をやっているといっても過言ではありません。

もっとも、この試験というのが、単純なものではないので、試験勉強といっても一筋縄ではいかないのですが。

GCSE試験の日本語科目は、ほかの語学科目と同じように、4っつのスキル、読解、筆記、聞き取り、スピーキングと4技能を4回受けることになっています。

このうち、スピーキングは、各学校〈センターとよばれる)で録音の日付を決めることができます。今年は5月の中ごろまでが締め切りでした。

女子校の生徒3人に今日スピーキングの試験をうけさせることになったのは、もうずいぶん前から女子校の語学科長と日本語教師・ミチとの間でメールで相談して決められていました。

録音は一人につき8分。課題は二つ。一つは、生徒が2分間のスピーチ〈あらかじめ用意しておける、メモ用紙を持ち込んでもいい。メモ用紙には絵はいくらでもかいていい、単語は30語まで、となっている。)をして、それについて2分間、ティーチャーイグザミナーと呼ばれる教師兼試験官つまり、わたしが、質問をする。)

二つめの課題〈タスク2)は、4分間の一般会話。つまりとにかく会話を交わせばいい、というものです。そうはいっても、みんながみんな

おなまえは?
たんじょうびは?
じゅうしょは?

という具合に、同じことを聞いて同じことを答えていたのではおもしろくないからでしょう、だいたいのテーマ(または話題=トピック)というものが決められています。 

〈1〉 メディア、旅行、文化
(2) スポーツ、しゅみ、ワーク (勉強、もしくは 仕事。)

一人でも大変なのに、3人は3倍たいへんです。

今日の、女子校の3人とは、もちろんしばらく前から、どんなスピーチをするか、原稿を書かせて、添削して、練習させて、模擬練習を何度もしてきました。

授業中は個人の時間を作ると、ほかの生徒が時間をもてあましたりしてはいけないので、個人練習はなるべく授業以外の時間をとって、個別に練習してきました。これは、ボランティアーワーク、つまり、持ち出しの無給仕事となります。でも教師って、本来授業時間だけで終わる仕事じゃない。教材準備から採点まで含めれば、授業以外の仕事に費やす時間はいくらあっても足りない。



NORO さんから送っていただいた、日本語教育支援物資、ありがたく使わせていただいています。クラブの紹介のときなどはいつもこれの出番がまわってきます。感謝して。(写真と本文は関係ないのですが、長い文字だけの記事はつまらないかも、とおもいまして・・・。)

ーーーー
夕べの眠りはあまりよくなかったです。やっぱり今日スピーキングを受けさせる3人の女子校の生徒の顔がちらついて、何度も目が覚めてしまいました。

そして一日の労苦を終えて、今〈4月30日、月曜日、夜9時半〉。

おかげさまでなんとか無事3人、録音を終えることができました。

なにはともあれ、大きなディザスターがなく、最初の3人の録音がおわったことで、今夜はちょっとゆっくり休めそうです。

でもまた明日から、金曜日の男子校の10人のスピーキングテストに向けて、個人個人で最終調整、練習の仕上げをしなければなりません。

今年、男子校10人の受験生のうち、このスピーキングの練習のために、スカイプを始めた〈登録した〉生徒は、6人。家でも練習できるので、便利です。でも時間調整がたいへん。

More こんふぃでんしゃる に

# by agsmatters05 | 2012-05-02 09:14 | Trackback | Comments(2)

このごろ

4月もそろそろ終わりにちかづいてます、よね。〈←言うまでもないこと。でも、なんだか足がすくみそうになるのはなぜ?)

この頃のことをまとめてみようとおもいます。短く。〈 ハハハ ←できるかな、あたし。)

GCSE試験 スピーキング 練習
とにかく、試験の季節です。
4月30日〈月曜日〉女子校の3人。
5月4日〈金曜日〉男子校の10人。
今年は合計13人。これがほんとうにたいへん。一人でも大変なのに、13人は13倍たいへん。
この頃、スカイプをよく利用しています。これがまた便利なれど、めんどくさい。
約束の時間がなかなかその通りにいかないという、イライラ。時間の調整がたいへん。

アセット
どうしてこんなに複雑にしないといけないのか。紅茶国の試験制度。


ああああ、やっちゃった、車接触事故
電話待ち。ああ、結局は金額の問題か。


虹、虹、虹
同じ日に、帰り道で。(ということは、2012年4月26日、木曜日)、これは夕方6時ちょっとすぎ。



お守り


ご面倒をおねがいしてます。
たとえば     こんなの・・・・

↑ をクリックしてください。

くわしくは、またあとから・・・。
お世話になります。よろしくおねがいします、でした。〈ペコリ〉


# by agsmatters05 | 2012-04-29 04:46 | Trackback | Comments(4)

あやかりたい


# by agsmatters05 | 2012-04-29 04:45 | Trackback | Comments(0)

クイズ正解発表 建物の名前(その2)



さてこの建物〈↑〉の名前は ピル (Pill) だそうですが、そのわけは、なんてことない、ただ形が薬の錠剤〈ピル〉に似ているから、なんですって。

第2次世界大戦のとき、ドイツ軍がテームズ川をさかのぼってやってくるのを迎え撃つための見張り小屋らしいです。川沿いにいくつもあると、通りがかりにたずねた人は教えてくれました。

Uさんや、 michikoさんのコメントにあったように、戦争に関連したものだったんですね。

もう少し詳しく調べれば、いつ頃、いくつぐらい作られたか、などがわかるかもしれませんね。

というわけで、いつものグーグル⇒ウイキペディアに行って見ました。

こんな サイト がありました。写真がいっぱい。川沿いのウォーキングをしている気分でご覧ください。

こちら もおもしろいサイトです。  

正確には ピルボックス (Pill BOx) というみたいですね。そして、いろんな形があるみたい。今は半分かたむいて壊れかけたようなのもありました。

第二次大戦の歴史を紐解きたかったら、いろんなサイトで説明してくれています。

ウイキペディア で  ピルボックス に行くと、残念ながら日本語になっていなかったけど、写真はとてもわかりやすくのせてありました。

ブログで My Little Rascals というサイトにも 遭遇しました。 〈日本語〉

ここまで来て、はじめて知りました。 Qwika 〈クゥイッカ?〉 というサイトがあるんですね。翻訳したものを見せてくれる。でもその日本語は、ザット読んで、わかったような、わからないような。たとえば、
Qwika -Bunker というサイトでは

ピルボックス
A pillbox on the East coast of England. Part of the defences were built during World War II (the railings are a modern addition)
イギリスの東海岸のピルボックス。 防衛の部分は第二次世界大戦の間に造られた(柵は現代付加である)

Dug-in 監視ポストはまた"ピルボックス" として(発射のための拔け穴と) 及びコンクリートから作られて知られている。 最初にjocular 名前は感知された類似から薬効がある丸薬が一度販売された円柱箱に起こった。 それらは小さ腕火に対して保護するために堅くなる堀の発砲ステップおよび手榴弾事実上、火の分野を改良するために少しを上げた。

使用はの期間の間に成長するようである 場合のを使用して縦深防御 機関銃隊 完成されていた。 但し、から去る英本国で、見られるそれらのほとんど の侵入の恐怖は小銃手によって使用のために、よりもむしろのための設計されている . ピルボックスの具体的な性質はそれらが準備された位置の特徴であり、元の使用がにあってが本当らしいことを意味する Hindenburg ライン. これはそれらが彼等のincongruous 英国の名前を得た時間で本当らしい。 '単語の使用の早のs の記録 ピルボックス 守勢に関連してポストはHindenburg ラインにドイツの回収の後の1917 年9 月13 日から、である。

ピルボックスは頻繁にある 位置を隠し、驚きの要素を最大にするため。 それらは互いへ援護射撃を提供することによって形作る他のピルボックスが付いている連結の防衛線を(縦深防御) 堀システムの部分であるかもしれないし、または橋及び突堤のような戦略構造を守るために置かれるかもしれない。


わが GCSE受験生の Nくんの日本語作文とどっこいどっこいですね(笑)

# by agsmatters05 | 2012-04-23 22:49 | Trackback | Comments(5)

クイズ正解発表、建物の名前

ご参加いただいた方の数は少なかったですが、その貴重な回答をお寄せくださった皆々様、ありがとうございました。 

問題は 「下の写真の建物の名前は何でしょうか?」というものでした。

(1)セル(cell) (2)コル(coll)  (3)ティル(till) 〈4〉ホール(hall) (5)ピル(pill) から選んでください、ということで、〈1〉のセルがお三方、(2)のコルがお一人、(4)のホールがお一人、そして(5)のピル(pill) がお一人でした。Uさん、のりさん、けいさん、apakabaさん、marriさん、michiko さん、クイズに参加してくださりありがとうございました。合っていても、違っていても、お答えをいただけて、うれしかった、ありがたかったです。

ところで、だれも選ばなかった 〈3〉の ティル という言葉には、実はちょっとした思い出がありまして。

いつものように、回り道をさせていただきますと。


生まれて初めて紅茶国の土を踏んだのは、今を去ること32年前のことでした。1980年の夏。

それからさかのぼること20年まえの1960年といえば、今からなんと、なんと52年も前のことじゃないですか。(ああ、恐ろしい。)  田舎の町の中学校にはいって、別の職業はお坊様で、いつも竹のスティックを持ち歩いているという英語の先生から、当時はおなじみの ジス イズ ア ペン を習いました。あ、This のTH の発音は ジ じゃなくて、ちゃんと 上の歯の先に舌の先をあてて空気を押し出すようにして [ð]  と発音するように教えてくださいました。

ついでに言えば、ラジオ英語講座で松本亨先生が えらく くわしく「ペン」という単語の発音を説明していたのも思い出します。ペンの ン (N)の発音をどういう風にするか、たしか口の絵をみせながらせつめいされたような気がするのですが、あれは、授業中の教室で、教科書を見ながらだったのか、それとも、ラジオ英語講座のテキストにあったのか、、、うろ覚え。とにかく。

あのころ 仏教のお坊様の先生から英語を習うということに、あまり不思議を感じなかったのは、なんといっても了見の狭い田舎の子供だったから、でしょう。今、紅茶の国で、初めて英語を習ったのはお坊様〈ブッディスト モンク)だったなどといったら、黙って聞き流す人はいないはず。みんなおもしろがって、どうしてというに決まってます。

ああ、脱線に脱線。

そうして英語を習い始めたミッちゃん。中学3年、高校3年、大学(4+2=6)年、その後、英語教師として就職して、あれは(1+7)=8年目のこと。ようやく、晴れて(!?) 英吉利の土をふんだ時、その感慨はひとしおだったのは、もちろんのことです。

ヒースローに着いて、タクシーに乗りました。2歳半の長男〈セガ〉とそのお父さん〈つまり夫)と3人の旅でした。タクシーがロンドン郊外の道路を走るとき、ああここが英吉利なんだわあ、シャーロックホームズと、シェークスピアと、その他もろもろの英文学の作家、詩人を輩出した土地なんだわあ、という思いが言葉にならない感慨として胸にこみあげてきたのをおぼえています。〈←なぜ、タクシーの中でそう思ったのか、なぜロンドン郊外の道路上でそう思ったのか?全然意味はないのですが。)

何を言いたいのか、私。

「This is a pen」の英語を習い始めて、20年目にして英語の本場の国に来たとき、二つの言葉に面食らわされました。その一つが、ティル、そして、もう一つは、シングルとリターンという言葉でした。まさにカルチャーショックだったといってもいいかも、です。

ロンドンからケンブリッジ行きの汽車の切符を2枚買おうとして、〈セガはもちろん、ただなので、大人二人分)ロンドン郊外の、たしかダルウイッチ あたりの駅だったとおもうけど、窓口で駅員さんに対面しました。
ケンブリッジまで切符を2枚(TWO)ください、というと、駅員さんは 「シングルか?」と聞いてきました。いいえ、TWO(トゥー)というと、またまた向こうは、シングルか?と。このやりとりを、おそらく3-4回しつこく繰り返しました。そして、とうとう駅員さんが、リターンティケットも欲しいか?と言ったので、なあんだ、シングルというのは、アメリカ式のワンウエー、つまり、片道切符のことで、ラウンドトリップ、つまり往復切符というのは、この国では、リターンティケットというんだ、と分かったのでした。

これが、This is a pen. から英語を始めて20年目の ミッちゃんのとまどう姿でした。

でもって、じゃあ、ティルというのは何か、というと、これは銀行に行ったときに面食らわされたことでした。
それまで学校の授業で習った英語で Till 〈ティル)といえば  9時から5時までというときの from 9:00 till 5:00   の「まで」 が till だと、頭の中にはしっかりと辞書が根付いていました。銀行へ行って、3番窓口 というのが Till 3 という と聞いたときは、へええとおもいましたねえ。


英辞郎on the Web によれば、名詞としては
現金を入れておく引き出し、現金箱(の中の現金)
〈英〉〔店の〕レジ、金銭登録器
書類整理ケース


なんですって。
あれいらい、 「銀行の窓口は till 〈ティル〉という」ってことが、もう頭のどこに焼きついているかというと、おそらく耳の後ろ、首の上、頭蓋骨のちいさなかたまりのほんの一箇所、つまり消そうにも消せないくらい骨にこびりついている、というわけです。〈笑〉




===================
はい、お待たせしました。

長くなったから、正解は、次の記事にまわそうかとおもいながら、書いてきましたが、やっぱりここで書いてしまいましょう。







正解は(5)の ピル (Pill) でしたっ! 
michiko さん、おめでとう!!


michiko さん、クイズ運、お強いですねえ。今度はトワイニングのサンシャイングレイという紅茶を一箱(だけですが)送りますからね。クイズの賞品ですから、もらって喜んでいてください。なにも送り返すなんていうご心配はなさらないでくださいね(笑)。ご療養中の お母様、お父様にもご笑味いただけるといいな。


〈新製品です。レモン味のアールグレイ。ミルクなしが美味しいと書いてありました。←今これをアップしながら、初めて気がつきました。)


marri さん、 Uさん、のりさん、 apakabaさん、けいさん、 ちょっとだけ残念でしたね。でもまた次がありますから、どうかこれからも続けてクイズに参加してくださいね。

さて、その Pill についての説明 は 次の記事で。

# by agsmatters05 | 2012-04-21 23:54 | Trackback | Comments(4)

ホリデー終わり、 クイズの答を待ち望む日々。

ちょっといい天気の4月15日、日曜日です。

クイズ出題中です。こちら をみてください。1,2,3,4,5のうちの一つを、あてずっぽうでいいから、答えてください、というものです。もちろん、リサーチしたり、誰かに聞いてもらってもいいですよ。お近くに紅茶国人はいませんかぁ?〈笑〉

4月15日といえば、ふるさと 甲州甲斐の国、一宮町の浅間神社(せんげんじんじゃ)のお祭の日。

ということで、グーグルイメージから入ると、神輿(みこし)をかつぐ「そっこだいと、そっこだい」の動画をご覧いただけます。⇒ こちら へどうぞ。

背の高い西洋人が一人、かつぎ衆の中に入って首だけ高くて目立ってる姿も含まれてました〈笑〉。

父はとても背が低かったので、この神輿〈みこし〉かつぎは、ぶら下がっているだけだった(!?)みたいです。
古くからの由緒ある神社のみこしで、とっても重たく作られているらしいです。

ということで、MORE に1994年 (なんと、なんと今から18年 も前のことになってしもた !!! )に 愛媛新聞に載せたエッセイ記事のコピーを貼り付けておきます。やっぱり、4月15日は、どうしても「おみゆきさん」のことを思い出さずにはおれませぬ。

でも、はるか異郷の紅茶国では、この日、「絶対沈まない」と言われていた船が沈んだ日の100年目にあたるそうで、テレビでも特別番組がいろいろとありました。タイタニック。

その記念番組を見ていた子供たち、ルイちゃんとルイ・シス。ディザスターが怖くて、とちゅうから逃げ出してしまいました。事実の強みでナレーションに迫力があったのかも、です。

ルイちゃん〈6歳〉とそのシスター〈ルイ・シス)9歳。学校がホリデーになればC村にやってくる友人家族。

このブログを始めたころ、プライバシールールも何のその、かわいい赤ちゃんの笑顔になんの懸念もなく写真を投稿してしまったブロッガー・ミチ。今回はその写真をちょっとだけ。古い非公開のブログから紐解いてみれば、2006年8月には、こんな写真を載せていたのでした。

この赤ちゃんが、6年後の今、こんな風に大きくなって。


子供の成長は、早い!
C村に来ると、ボランティアシェフ・ミチにすぐリクエストするのは、スーシー と アイランド・ライス。
〈今回はちゃんと写真をとってなかった。よって、ほかのスーシーの写真を借用。)最初は黒い海苔をみて、ヤック〈日本語的には、ゲッっというような言葉〉とか、友だちのリサちゃんが食べているのを見て、あのブラックシング〈あの黒いもの)、とか言っていた二人がいまでは、海苔も普通に、平気で、よろこんで食べるようになりました。この間、6年の歳月が流れた・・・。多少の草の根文化交流ができたかな。紅茶国の子供たちは今でも大多数は、黒い海草、ノリのことを 得体の知れないものとして見ているのが実情だとおもいますが。

アイランド・ライスは ハヤシライスのことで、お皿の真ん中に丸い白いご飯を島のようにおいて、まわりにハヤシライスを海のようにとり囲んで盛り付けるもの。

今回は 台所を預かるボランティアシェフも、あまり苦労をしないですみました。

なんだかんだで、ホリデーが終わり、いよいよ明日から学校が再開。サマーターム〈夏学期〉が始まります。

これを書きながら、スカイプで、女子校のサムちゃん〈女生徒Y12〉のオンラインマークがグリーンになってオンとなったので、あと30分後の夜、といっても明るいのですが、7時 からちょっとスカイプでGCSEの口頭試験の練習をすることにしました。 

なんだかんだで、2012年の4月15日は大きな出来事もなくおわっていきそうです。
風邪?だいぶよくなりました。喉の痛みが少しだけ残っている程度で・・・。
たまにくしゃみ、鼻水。

最後にもう一度、みなさああん、クイズの答えて、ね。クイズじゃなくて、全員強制のテストにしようかな。それとも、まちがっても参加賞が出るというクイズにしようかシラン。もうちょっとデータが集まらないと、答を説明する気になれない・・・〈落胆)。

以下、「ふるさとの祭」1994年6月「愛媛新聞、四季録」欄よりの抜粋を載せておきます。


More〈ふるさとの祭)

# by agsmatters05 | 2012-04-16 19:11 | Trackback | Comments(6)

クイズに 参加、プリーズ。

この日のブログ (って前回の記事のことですが)に、クイズを載せました。

marri さん、 Uさん、クイズに参加してくださり、ありがとうございます。  michikoさん、途中まで考えを進めて、お答はナシでしたね。あてずっぽうでいいじゃないですか、もう一歩踏み込んでください。例の「チャールズかしら」のようなぐあいに・・・ね〈笑〉。

そのほかの方からのご参加もお待ちしています。

イースターのお休みもあと今日と明日のみ。お天気はまずまずでしたが、スインドンから帰ってきて、風邪が嵩(こう)じてしまいました。人混みにはいると、こういう思わぬ誤算もあるものなんですね。

夕べは、喉、扁桃腺、上あご、とにかく口の奥全体が炎症を起こして、唾液を飲み込むこともできないほどの痛みで、辛い思いをしました。水分が飲み込めない〈痛くて〉ので、起き上がったままの姿勢で眠りに入ろうなどとしてみたり。

寝る前に、梅、生姜、番茶を混ぜた飲み物を2杯ほど飲んだので、2度も3度もトイレに起きたりして、ほんとうにしんどい一晩でした。朝になり、テスコで売っているコールドリリーフ〈風邪薬〉という名の、パラセタモル入りの錠剤を飲んで、一休みしたら、だいぶましになりました。

ここ数日、例のルイちゃんたち〈休みになるとC村にやってくる家族〉が来ていて、私はボランティアシェフをしているのですが、風邪をうつさないように気遣いながら、それでも料理をいっぱいしました。

そのほか、スカイプで生徒らと、GCSE 日本語試験のオラル〈口頭試験〉の練習をすこしやりました。

あと、二日で、ホリデーが終わり。泣いても笑っても、いよいよ試験の季節の到来です。

これはメモのため〈↓〉。



スインドンに滞在中、持参したデルトップ君の画面が暗転。電源コードをつないでいるのに、PCの画面には ローバッテリーの警告サインが出続けていました。

とにかくバッテリーに問題があるらしい、ということで、空き時間を使って、トムトムの誘導にしたがって、スインドンのちょっとおおきなショッピングセンターへ行ったのは、4月7日土曜日のことでした。大きな電気チェーン店コメットのお兄ちゃんにみてもらって、この電源コードが壊れた〈死んだ〉ので、新しいのと買い換えないとダメだって。かれこれ 60ポンド〈約7500円)も払わなくてなりませんでしたけど、背に腹は換えられない。おかげで、今は無事デルトップ君、なんとか動いてくれています。

# by agsmatters05 | 2012-04-15 04:13 | Trackback | Comments(2)

レッチレード と クイズ

イースターの週末を過ごした スインドン  (左をクリックすると、グーグルマップに飛びます。)という所は コッツウォルズ 地方の南端にあります。



さあ、今日は紅茶国の地図の勉強をしましょう〈笑〉。上の地図で右側の黒いかたまりがロンドン、画面左スミのちいさな黒いかたまりがブリストル(TOL の文字だけ見えてる)。その真ん中辺に小さな文字で SWINDON という街がごらんいただけますでしょうか。

その上のうす緑いろの地帯に The Cotswolds Hills という文字がありますよね。Swindon と The Cotswolds Hills の中間あたりにブルーの線(これはテームズ川の流れを表わしたもの)がありますよね。その青い線が途切れているいるところ、 それがレッチレードです。同じ地図をもうちょっと拡大してみましょうか。


Swindon から Lechlade (または Lechlade-on-Thames ともいう)まではおよそ8マイル〈約13キロ〉20分ぐらいの距離です。ここは、上の二つの地図からも分かるように、テームズ川のはじまるところとされています。


この川沿いをずうっと歩くことができます。上の写真にはだれも写っていませんが、イースターサンデーのこの日、こんないい景色のところに誰もいないわけはありません。


といって、いっぱい人がいる写真を探したけど、あまりカメラに入っていませんでした。やっぱり人を撮るのはどうしても避けがちです。プライバシールールとやら、なんとやら。。。


で、上の写真は ロックと呼ばれる水門です。上から2番目の写真で、青い川の流れの上に 黒い >> マークがたくさんつけてありますよね。これが、川の流れをせき止めて、川の段差をゆるやかにするもので、ここを通過するときは、2度の扉〈最初はせき止めた場所に入るため、二度目はそこからでるため〉を通らなければなりません。


これはただの自動車道路。橋の向こう側にパブがありました。


船にしろ、キャラバンにしろ、こういうところで生活しながらのんびりと人生を楽しむ人がこの国には多いんですよね。決して貧しいからじゃなくて、ものすごく節約しながら、こういう生活をすることが楽しい、ということのようです。

で、テームズ川といえば白鳥。この国の白鳥はすべて女王のもの。でもこの日は不思議な現象を見かけました。

ハクチョウたちが水からはなれて、野原でなにか食べている。虫じゃないかな、と思うのですが、はっきりしたことは不明。

ということで、川沿いに片道1時間、帰りも1時間ぐらいかけて散歩をしたとちゅうで、川の向こう岸に、こういうものを見かけました。



はい、ジャジャーン、クイズですよ。
みなさん、ふるって応募してくださいね。初めての方ももちろん大歓迎。正解者にはいつものように、トワイニングのアールグレイかレイディーグレイの紅茶一箱をおくらせていただきます。

ではあと2,3枚写真をみてください。〈↓〉




はい、それでは問題です。
〈今回はやさしくしておきます。フフフ、この川べりを散歩しながら考えたんですよ。笑〉

「この建造物の名前は何でしょう?次の中から選んでください」 というものです。

(1)セル(cell) (2)コル(coll)  (3)ティル(till) 〈4〉ホール(hall) (5)ピル(pill) 


クイズとは別に、これがどういう建物で、何のために、いつ頃建てられたのか、も考えてみてください。これはちょっとむずかしい、歴史の問題になります。これはクイズではないけど、ちょっとリサーチをしたら、分かるかもしれないので、「よく調べました」のごほうびを差し上げてもいいですよ。って、ティーチャー気分が抜け切れないホリデー中のティーチャー・ミチでした。

# by agsmatters05 | 2012-04-11 20:19 | Trackback | Comments(9)

ブランスドン・ハウス・ホテルのビュッフェ

以下、写真は ブランスドン ハウス ホテル という宿〈今では、ベストウエスタン系列に入っているみたい。一応星4つとなってはいましたが)のお料理写真を並べてみますね。


あ、これは大好きな鰯の酢漬けでした。前菜にいただきました。中に玉葱がはさんであり、あっさりとしていて、美味でした。クセがなくて、毎回たくさんいただいてしまいました。身体にいいと思うとついついアンコールしてしまって。生魚や漬物〈ピックルス〉は紅茶国の人のお口には合いにくいみたいです。魚と聞いただけでウエっという顔をする人は多いです。


でも私は、ふだん食べられないお魚料理ですから、毎回いただきました。サバの燻製も小エビも少しずつ取り合わせて。


スープのチョイス〈選択肢)もあったけど、生野菜のほうを選びました。私はいつも少しずつ全種類とるというストラテジー〈笑〉です。上の写真の手前側三つの白っぽいボールは、左からマッシュルーム、ポテト、コールスロー〈キャベツ〉のマヨネーズあえサラダでした。どれも美味しかったけど、イギリスのコールスローはなぜか好き。マヨネーズ以外に何が入っているのやら、香料や甘みも加えてあるのかもしれませんが、自分で作ったキャベツと人参の千切りをマヨネーズで合えただけのものとはちょっと味がちがうかも、です。真ん中の列左側のパスタですけど、甘みも塩気も全然なかったです。あ、前列左隅の赤いボールは ビートルートという赤カブのゆでたもの。これも味付けはしてなくて、プレーンな味なのですが、ほんのり甘みと酸味があっておいしい。好物の一つなんです。


メーンのカーヴェリー〈切り取って皿にのせてくれる大きな肉のかたまり料理)は毎日少しずつちがっていました。ビーフ、ラム、ポーク、ガモン、チキンなどを一切れか二切れ、いただきました。マスタード、ホースラディッシュ、ラズベリーソース、アップルソース、ミントソース等々、お肉に合わせるソースが美味でした〈↓〉。


付け合せ野菜の主役はポテトなんですが、写真が暗くてよく撮れてなくて割愛。ジャガイモもゆでただけの、縦に切ってローストしたもの、四角に切って、ゆでないでローストしたものなど、それぞれ味の違いを楽しめました。

ここでもやはり、少しずつ一通り全部の味を見る、というのがミチ流ビュッフェ対策でした。でも、二度三度同じディスプレイを見ると、ほんとうに好きなもの、美味しいと思うものを選ぼうという気になりました。ということで、また食べたいと思うのは、なんとやっぱり、ポテトとグリーンピース〈コーンが混ぜてあったけど〉。これは紅茶国の定番、基本料理の主役でしょうか。なんだかんだいってもやっぱりそういうのがいちばん美味しくて、また食べたいと思わせるものでした。


デザートも豪華でした。でもこれだけは、少しずついろいろ、じゃなくて、一つどれかを選ぶことにしました。だいたいはチョコレート。どれももちろん美味しいことは間違いないのですが、チーズケーキも、ロールケーキもミルフィーユも今回は割愛。あ、フルーツサラダはフルーツソースといっしょに少しだけいただきました。


もう一日一回これだけのお料理をいただけば、十分な栄養が取れているはずでした。あとは、しょっちゅうティータイム、コーヒーブレイク、

これ〈↑) は最後の日〈9日、月曜)の朝ごはん。これをいただく前に、同じくらいの大きさのお皿にフルーツの盛り合わせをいっぱいいただきました。もうおなかがいっぱい。

今朝〈4月10日、火曜日)体重計に乗るのはやめておきました。〈爆〉

次の記事は、イースターサンデー〈8日〉に、ホテルから出て、レッチレード という村に行ったときのことを書こうとおもいますが、ここで思いついた クイズ載せますからね。お楽しみにしてくださいね。





More 〈ブツブツ)

# by agsmatters05 | 2012-04-11 08:39 | Trackback | Comments(5)

7日〈土〉イースター、ブリッジホリデー、スインドン

ハッピーイースター!!

紅茶国は、あまりいい天気とはいえないですが、なんとか暴風雨や土砂降りの荒れ模様にもならず、どんより曇ったちょっと肌寒い4月の花冷えの季節です。

2週間の休みの真ん中の復活祭の週末を利用して、イギリスは、ウイルトシャー地方の、スインドンという街にある大きなホテルにやってきています。

目的は、ほれ、これ〈↓〉。



これは競技会なのです。
試合といってもいい。勝ち負けがあります。


4人で一つのテーブルを囲み、かれこれ15から20のテーブルが戦場となるので、おそらく70~80人は集まってきているのではないかと思われます。

たかがトランプ、されどトランプ。
セブンブリッジに似ているけれど、毎回勝ち負けの予測を立てて、親に名乗る人を決めますから、ただ単にいい手札を持つ人が勝ちになるとは限らない。しかも同じ札が東西南北の配分を保存したまま次のテーブルに渡されます。たとえば、こんな具合に 〈↓〉。



10テーブルがあれば同じ札が10回使われるわけです。そして一番勝ち点が多かった組が最高点をもらう、というわけです。しかも、ワンセッションで 20から30の札〈ボードともいう)を使いますから、最後の勝敗はもう完全にパセンテ-ジです。

とまあ、これ以上、ここで説明するのは、やめておきます。興味のある方は、ウイキピディアかグーグルか、ヤフーにお立ち寄りくださいまし。

とにかく、一言。これはほんとうにしんどい闘いです(:D)、ってまあ、たかがゲームの話、所詮ゲームなんですが。

いいホテル〈4星〉で、朝と夜は美味しい豪華な食事がついています。金、土、日、月の3泊4日で254ポンド、約32000円ぐらいでしょうか。マインドスポーツ、頭の体操です。

ホテルのそばにはゴルフコースや、ウッドランドウォークつまり森の散歩道もありました。

でもって、こんなところ〈↓〉
や、
こんなところ〈↓〉
や、
こんなところ〈↓〉
や、
こんなところ〈↓〉

写真にとることができました。

コッツウォルズ地方にも近いところで、30分も車を走らせれば、ウインチコムや、バーフォードや、サイレンスターなどの村々にも行けそうなところです。

復活祭は、紅茶国では、クリスマスに匹敵する大きな祝祭日です。
ちょうど日本で、お正月とお盆が年に二度の大きな家族の集まる祝祭日であるように、こちらでは、イースターに家族が集まることが多いみたいです。

ゲームに「負けて口惜しい花一匁」じゃないですけど、大急ぎで以上アップしました。また明日、苦闘の日を過ごす予定です。(^-^)。

皆様もどうかよいイースターをお過ごしくださいますように。

# by agsmatters05 | 2012-04-09 01:19 | Trackback | Comments(0)

4月1日〈日〉ロンドンでまた同窓会

ずっと前から出席を予定していた大学の同窓会。 
年に二回あるのが、いい遠出の口実。
美味しいものを食べるため、そして同窓生にあって、元気をもらうため、行ってきました。

A市の駅から10時25分の列車でマリルボーンまで、チルターン・レイルウェイ。
駐車代を含めて18.40ポンド=約2300円〈日帰り往復乗車券代)。


電車の窓から紅茶国の緑野が見えかくれして、ついカメラをむけたくなってしまいます。





紅茶国2012年4月1日、いい天気でした。こういうのって、英語で 「サマリーな天気」っていうみたいです。つまりいっぺんに夏が来たようなさわやかさです。(でもって、いざ、7月8月の夏にいい天気になるかというと、それは期待してはいけない、とおもう。雨ばっかりの寒い7月8月〈それを夏とはいえない!) がくると思っていたほうがいいような気がする。

1時間でロンドンに着くのですが、だんだん都会に近づいていって


ロンドン・マリルボーン駅到着です。〈11時半〉

去年の11月、姉妹会をしたとき、マリルボーンからピカデリーまで地下鉄でどう行くか、乗り換え一回あり、という大間違いをした (その記事は こちら


というわけで、今回はスイスイとマリルボーンから ベイカールーラインに乗り換えて、一路ピカデリーサーカスへ。

行く先は同窓会恒例の、三越地下のレストランでした。

美味しかったです。しみじみと、日本の味を味合わせていただきました。

会費20ポンド=約2500円。飲み物〈ビール、ワイン、ジュースから一つ選ぶ〉と、デザートと食後のコーヒー/紅茶付きでした。

まとめはモアで。



More 〈財布の記録)

# by agsmatters05 | 2012-04-05 01:32 | Trackback | Comments(6)

イースターホリデー(3月31日から4月15日まで)

昨日(3月30日、金曜日)に春学期がおわりました。
二週間の休みにはいりました。
毎日いい天気が続いている紅茶国です。

(↑ は、学校の桜。一本大きな樹がありまして、、。青空といっしょにとりたかったけど・・・。)

健康で、仕事が休みで、天気がよければ、これ以上何の文句がありましょう。


・・・・・・それが、あるんです。いやなことが一つ。
・・・・・・・ええい、書いてしまおう。
隠しておいても、何のプラスにもならないだろうから・・・・・・・。
書いたら少しは気分がおさまるかも、だから・・・・・・・。

どうやら、9月から、またまた授業数が減りそうだということ。
てことは、給料が、一ヶ月いくらぐらいに???????
やっていけるの、ミチさん?


悪いニュースは、30日(金曜日)に入りました。
春学期の最終日、ウエルビーイングティーム(つまり、福利厚生スタッフ)が用意してくれた飲み物とお菓子で、スタッフ一同が、お別れ茶話会を開いていたときのことでした。



いつものように、まわりくどい説明をします、ね(笑)。

放課後、コモンルーム(教員がふだん集まったり、休んだりできる部屋)におおぜい集まって、飲んだり、食べたりしゃべったりしていました。でも、でも、私はそれどころじゃなかった。

だいたい金曜日は仕事がオフの日、本来なら、学校へ出かけていかなくてもよかった。なぜ登校したかというと、今年もまた紅茶国、中学、高校対象の日本語弁論大会があって、この日が申し込み締切日。

わがG男子校からも、一人、例の11年生(15才)のN君。この弁論大会の最初の案内がだいぶ前にリディア先生からメールで送られてきたときから、「ボク、出たい」とはっきり宣言していました。

そして、自分でノートにびっしりと、最初に英語で原稿を書き、それを辞書を引き引き日本語になおして、私のところに持ってきたのは2-3週間前だったでしょうか。

英語の原稿をひととおり読み、日本語のスピーチをひととおり読み、てにをはや、語順をところどころ手直しして、これでいけば、となったのは、ほぼ10日ほど前でした。

でも授業中には練習できないし、本人には空き時間がないし、私が学校にいる日も限られていて、昼休みはクラブだし、なかなか練習時間がとれませんでした。

この間何度か、発音練習をしてきましたが、最終的に、いよいよレコーディングをして、スピーチをMP3に保存して、係のアン先生にメールで送る、という作業をするのに、どうしてもこの学期最終日、金曜日の放課後しか時間がなかったのでした。

N君はほんとうにまじめで熱心で優秀な生徒。私が手を焼いている11年生6人のクラスで、ひとりだけ、しっかりと私の宿題を完璧にこなし、かつ、友だちの分からないところを教えてあげて、そして、うるさい子をしっかりと叱り飛ばしてくれる、もう感動的なまでに申し分のない生徒です。

スピーチの内容は結果が発表になってから書かせてもらうつもりです。

とにかく、この日、大部分のスタッフがそそくさと帰宅するか、コモンルームで駄弁るかしていたとき、3時半から4時半までの1時間、空き教室を見つけて、N君と二人で、4分のスピーチを、4-5回読ませてから、最終的コンピューターの 「オーダシティー」というプログラムで録音をしました。それをそのままコンピューターで、N君のデータといっしょにアン先生に送って、まずはウエルダン。同学年〈キーステージ4部門〉で全国トップ5にはいるかどうか、果報は寝て待て。入ったら、本選は6月のロンドン、日本大使館で、となります。 その返事が来る4月の末まで、このスピコンのことはすっかり頭からはずしておいてもいいのです。

ということで、コモンルームに戻って、カバンを持って、一度は駐車場に向かい、車のドアを開けたのですが、ふと思い出して、またコモンルームに戻りました。

ここでこういうことを書いてしまっていいものかどうか。やっぱりよくないでしょう。といいながら、書く・・・

私、実は、この学校のある人がどうしても好きになれなくて・・・。なるべく顔を合わせたくない、話をしたくない人が一人、そして一人だけ、いるんです。

どうしようかなああと迷ったけど、その人が他の人と話してるそばを通って、目指すはD。教頭格の若い(独身らしい・・・)、ものすごく背の高い、オックス・ブリッジ出身のDWC。でも彼には見かけによらないスコットランド訛りがある人。(どうしてか、ごめんなさいけど、訛りって、まじめに話してても、聞いてて笑いをかもし出してしまうんですよね、というD。)彼が来年度10年生になる生徒達のクラス編成、受講科目をまとめる係の一人、になっているのでした。

つかつかと歩み寄って、DWCに聞きました。
「来年10年生で日本語の科目を選択する子が何人いるかわかります?」と。

DWCいわく。「いないと思うよ。」

私、「ええええ?」


ーーーーーーーーーーーー

もっとも、この会話は、このとき始まったものじゃなくて、その前から長いいきさつがあったのですが。〈続く〉

 



# by agsmatters05 | 2012-04-04 23:12 | Trackback | Comments(0)

ポカポカ陽気の週末お出かけ、その2(クレイドンハウス)

週末のぽかぽか陽気の土曜日のお出かけ。この時期に水洗の花を載せないわけにはいきません。下四枚の写真は、前の記事の続きで、ワデスドン・マナー・ハウスで撮ったものです。


水仙は球根で生きている多年草の草花ですよね。今の紅茶国は、さながら「水仙国」です。道路わきのどこにでも群落して顔を出し、春を謳歌しています。上のようなワデスドンの敷地内であれ、ほんとうに名もない路傍のわき道であれ、黄色い水仙はとても、目立ちます。車を運転しながらも、ちょっとルンルン気分にさせてくれます。

そして、下の2枚は、ワデスドンマナーハウスの庭園にあった彫像の一部。


見る眼を持った人が見れば、どういう作りの何を意味したものか、とか分かるのでしょうけれど、素人目にはさっぱり。汚れているのも、半分壊れかけのもありましたけど、いずれにせよ、贅を尽くして、美を堪能するために庭のあちらこちらに彫刻をおいたのでしょう、きっと。ちょっと、ふだん載せたことのない写真を、面白半分に載せてみました。歴史的ないわれなど、いっさい分からず、説明できなくてすみませんが。

クレイドン・ハウス


ワデスドンマナーハウスから およそ15キロほど離れたところにある、このクレイドンハウス。 ← 公式のウエブサイトを見たい方はどうぞ左をクリック。

ヴァー二ー家(代々、男爵=バロンの称号を使ってきた家系)が550年にわたって住んできたお邸だそうです。初代のヴァー二ー男爵は、1640年代、イギリスの名誉革命(シビルウォー)のとき、チャールズ一世の旗持ち(Standard Bearer)だったそうです。この内乱で死亡して、身体はばらばらとなり、指輪を証拠とする片腕だけが見つかったので、お屋敷内に教会を建てて(下から2枚目の写真)弔われたとか。

建物の中の家具や絵画はほとんど借り物なので、撮影禁止だといわれて、あまり、撮影できませんでした。

その昔には、あまりにも豪華な大邸宅だったのでしょうが、時代の趨勢に生き残り続けることはむずかしかったのでしょう。贅沢をしすぎると借金もかさみ、結局今残っているのは最盛時の三分の一程度らしいです。壁も、ドアも、床も、天井も、どれもこれも、贅を凝らしたつくりになっていました。

でもって、このお屋敷が有名なのは、もう一つ、かのフロレンス・ナイチンゲールのお姉さんが嫁いできた家、ということなのでした。お姉さんのフランシス・ペルセポネ(パーシフォン)のお相手は最初の妻に死なれた第二代男爵サーハリー・ヴァー二ー

フロレンス・ナイチンゲールについては こちら。(←は ウイキペディアの英語版ですが、左側の日本語というところをクリックすると、ナイチンゲールの日本語の説明を読むことができます。)

上の写真は、たびたびお姉さんの嫁ぎ先の、このクレイドンハウスに長逗留していたというフロレンス・ナイチンゲールの使っていた部屋の窓から外を撮ったものです。残念ながら部屋の中を撮ることができなかったので。

大勢の召使いにかしづかれて、何不自由なく暮らせるはずのナイチンゲールやそのお姉さん夫婦が、議会に働きかけて、クリミア戦争で負傷した人を助けることに一生懸命予算をとるべく頑張ったそうです。


フロレンス・ナイチンゲールという女性は、近代看護学を確立(?)して、看護婦さんたちの鏡、モデルみたいにおもわれがちですが、実際には、もっとずっと政治的、社会的な活動にも力を注いだファイター、活動家だったのですね。医療活動をしっかりと記録、分析して、医療(?)統計学の元祖となったり、病院設計面でもりっぱな業績を残したり、いろんな意味で功績の大きい女性だったのでした。(1899年、イギリス短期留学中の津田梅子さんがナイチンゲールに面会し、花をもらい、それを押し花にしたとか、そのエピソードを聞いてから、なんとなくナイチンゲールという人が無縁の人ではなくなったような気がして、興味深くこの建物を見学できたのでした。)


上の写真は、メインの建物の外側、昔は馬小屋か、物置だったのか、知れませんが今はちょっとしたティールームや、おみやげ売り場になっていました。そのほかにも別の建物は結婚式場とか、レストランとか。

ワデスドンマナーハウスもクレイドンハウスも、貴族、大富豪の歴史的な大邸宅ですが、今は「ナショナルトラスト」という団体の管轄下、共同経営する名所観光地となっています。(だから入場料が高い。)そうしないと、どちらの大御殿の持ち主達も、税金、諸経費、その他で、とうてい「やっていけない」から。こんな大屋敷、どうやって維持するか。とてもじゃないけど、やっていけないみたいです。

# by agsmatters05 | 2012-03-31 07:58 | Trackback | Comments(0)

週末、ポカポカ陽気で外出(1、ワデスドンマナーハウス)

週末は、3連休で、学校のことはほとんど忘れることができるようになりました。(←これは、笑いじゃなくて、涙、もしくは、苦虫。それが生徒にきっと反映するだろうから。)

「心を病む人」のおつきあい、お供、ショーファーをして、二つのナショナルトラストめぐりをしてきました。両方とも、入場料が高い!

立派な邸宅と庭園。庶民には手も足もとどかない、お金持ち、雲上びとのお住まい拝見でした。まあ、目の保養ということで、写真をどうぞ。



ワデスドンマナーハウス こちら(←)をクリックしていただくと、パノラマビュー、お屋敷の写真をみることができます。



レストランでは、2コースで13ポンドぐらいの料理をいただきました。タイ米みたいな、ふかふか白ご飯の上に、トマトソースで煮込んだ骨付き鶏肉がのっかっていたものがメイン。そしてデザートは、あまりにもオシャレな飾り付けだったので、デジカメを発動しました。ティラミス。



ランチのあと、庭園散策。思いがけず、ブルーベルとめぐり合うことができました。



きれいな花壇にたくさんの花が咲き乱れていました。





大勢の専門の庭師さんたちが、手入れをしているのでしょう。なにしろ、このワデスドンマナーハウスというのは、1874年から15年かけて、ドイツ系ユダヤ人の大富豪(の息子)フェルディナンド・ロスチャイルドによって作られたものだそうです。(ドイツ語読みすると、ロートシルト)

お庭の樹木の写真をたくさん見たい方は こちら へどうぞ。「イギリスそよ風もよう」というFCブログの2007年8月20日の記事をお借りしました。

「ロンドン偏食生活、偏食通信」というブログの2008年5月24日の記事にも、建物の中のこととか、詳しく書かれてています。

アララ、グーグルしていたら、私の 過去記事 も出てきました。去年の7月のことでした。 

長くなったから、2番目のお邸めぐりは、その2にまわします。

# by agsmatters05 | 2012-03-26 01:30 | Trackback | Comments(6)

作文の手直し

N君は、コツコツと努力して、日本語をどんどん、すごい勢いで習得している11年生(16歳)の生徒です。

彼の作文を添削してあげないといけないのですが、これがちょっとムムムなのです。困っている私。だれかいいアイデアないですか。助けてください。このN君ぐらいのレベルをもう一息アップさせて、正確な日本語表現に近づけるためには、どこをどうしたらいいのでしょうか? SOS です。

たとえば、
(1) Exchange visit (こうかんりょこう または 交流訪問?)について、記事を書きなさい。どんな交流訪問をしましたか、何を見て、何をしましたか? という課題で、N君はこういう風に書きました。

ぼくはこうかんりょ行がとてもいいです。去年の三月、ぼくは学校とフランスにこうかんにする行きました。経けんがすばらしかったです。ぼくはフランスの学生と二週か住んで、フランス語をならいました。毎日、ぼくは英の学生と会って、えんそくをしまた。たとえば、一日に山にのぼりました。そして、よるにフランスの学生の家ぞくととまりました。ぜったい、ぼくは外国にあった一番道の外語をならうと思もいます。教室に外語をならうだけいいできません。
来休みに、ぼくはライオンズクラブと日本にこうかんで行きます。ぼくはそこでとうですが、とてもこうふんしています。


(2)それから、こういう作文も書いています。題は「日本文化の勉強」です。なぜ日本文化のいろいろな様相に人々がひきつけられるか、カラテ、マンガ、シアツなど、興味を持っている人を例にあげて、説明しなさい。 という課題。


ぼくは、さいしょに、英の学生に日本がとてもちがいます。だから、ぼくたちにぜんぶはとてもおもしろいです。
ぼくは、はじめて日本がおもしろいでって、いつ日本クラブに行きました。毎火曜日と木曜日にクラブがあります。ここで、日本語をならって、あにめの映画をみておりがみをしてできます。友だちはぼくにクラブ見せてから、外国語をならうことが大好きです。日本語をとてもおもしろい見つけました。
日本の文化に、たくさんようそうがあります。言語と文学とれきしとぶぎといきることがあります。たくさんのちがうの人はちがうのようそうをおもしろい見つける。
日本の文学は英国と同じではありません。だから、文化で見せることができます。れきしは、どうして国が今にです、言うことができます。ぶきはたいへんぶつりてきなです。人はだいすきだかもしれません。さらなり、人の日本がとてもじゅうような文化にいます。


(1)の問題は20点満点、(2)のほうは30点満点。合計50点満点となっています。

これが2010年のGCSE日本語の筆記試験です。が、問題は(1)も(2)も、四っつの選択肢の中から、一つ選ぶようになっています。

意味不明のところや、明らかに間違っているところもたくさんありますが、日本語の勉強を2年足らずのうちに、ここまでできるようになったのは、すごいことだとおもいます。使っている漢字も、GCSEレベルとしては申し分ないものです。

さて、何点ぐらいになるでしょうか。両方あわせて、50点満点中の、80% ??? ぐらいの得点はもらえるのではないでしょうか。(ちょっと甘いかな?) (1)が 20点中 17点、(2)が30点中 23点で、40点となります。GCSEはひらがな、カタカナが書ける、読めるだけでも、点数をくれるので、上の(2)の作文が間違いが多いからといって、どんどん減点していって、30点満点中の半分以下になる、というようなことはないとおもわれるのです。全受験生の平均的なところを考慮すれば、上の作文ははるかに平均以上の力を示している(といえるとおもう)からです。毎年1回あるチーフイグザミナー(主席試験官)によるワークショップでは、こういう答案例(見本)をいくつか採点させられるので、だいたいの点数の予測はできます。すくなくとも、私のたんとうする生徒達のうちでは、上のN君の作文はもちろんクラスのトップレベルなんです。

でも、Nくんには、もっとやさしい言葉で間違わないような日本語で書くように、とすすめたいのですが、なかなか、そこのところがむずかしくて、困っています。こういう場合の指導方法、どうしたらいいんでしょうか。

# by agsmatters05 | 2012-03-22 22:23 | Trackback | Comments(4)

クラブ、授業、日本からの手紙。

3.11の記事から一週間以上の「更新なし」でした。ちゃんとまじめに生きてはいました(笑)が、作文の締め切りをかかえていたので、それを仕上げるまでは、ブログを後回しにしようと思ってました。

夕べ、その作文を無事提出(送信)して、今朝は晴れ晴れ、天気も晴れ晴れ、と思って出かけた月曜日でした。週末、金、土、日と三日間外出しないで過ごしたので、辺りの景色がにわかに春めいているように感じました。

あんまりいい気分、いい天気だったので、登校途中に車を停めて、いつものウイードンの丘で水仙などを撮ってみました。



もう一枚。車のバックミラー(左側)にうつった水仙(↓)。いよいよ水仙の季節ですねえ。


これが紅茶国、2012年3月19日(月)午前11時ちょっと過ぎ。

すべてこともなく、ぶじ、うまく行くはずだったんですが、学校について、月曜日4時間目のレッスンは、言語棟3階の9番教室。重いカバンを三つも四つもかかえて、いつもより早めに教室に入り、さあて、準備万端だぞ、、、と思いきや、あれ?ちょっと見慣れぬ顔の生徒が教室の隅に座っとる。この子、教室間違えてないか?

テヘへ、結局まちがえてたのは、私のほうでした。今週はAの週。月曜の4時間目の授業は、隔週で、 Bの週だけなのでした。アアア、記憶力衰えてるワタシ(汗)。ナサケナヤ。

でもって、それからずっと3時45分の授業までヒマヒマ、ブラブラ。昼休みにちょっと11年生の子、一人をつかまえて、GCSE スピーキングテストの練習をさせましたけど、あとはずっとコンピューターの前でした。

さてこのごろの話題、手元のデジカメ、ソニーのサイバーショット君のフォルダーから何枚かまとめて、当ブログに載せておきますね。

この頃のクラブ

これ(↑)は 「デスノート」という日本の漫画をアニメにしたもの。とっても好評です。
ほかに、これ(↓)

「ナルト」も相当な人気です。
こちら(↓)はクラブの生徒の落書き。


「オールウエイズー3丁目の夕日」も大きな階段教室で、3回ぐらいにかけて、上映を終わりました。
ちょっと上映環境がよくなかったけど、観る目のある子は、ちゃんと各シーンを理解して、感想を聞かせてくれるので、上映してよかったとおもいました。
茶川が「お前と俺とは赤の他人なんだぞ」といいながら、じゅんのすけを突き放したり、面倒見たりするところが、12,3歳の生徒らにもちゃんとわかるんですね。あとからわざわざ「いい映画ですね。」と私のところに言いに来てくれた子もいました。上映後「ありがとう」といわれると、とてもうれしいです。階段教室(レクチャーシアター)をブッキングして、ITテクニシャンにお願いして、フィルムを上映するのは面倒なことだからです。でも、セイトノ中には上映中に暗いへやで鬼ごっこかかくれんぼみたいなことをし始める子がいて、もうそんなんじゃ、レクチャーシアターの映画上映はしないよ、なんて警告をださないといけないときもありました。ジャパン・クラブといっても、一年中映画ばかり見てるわけにはいかない。でも最近はずっと映画上映にはまってます。生徒らがいろいろDVDを持ってきて、これを見よう、あれを見よう、というものですから、ついつい・・・・。

授業
GCSEクラス、心配です。特に、11年生が。


日本からの手紙
き、き、きましたぁー!
ありがとうございます、Uさん!!!

仙台の高校と、沖縄のレイさんからの手紙に続いて、第3弾。すごい量でした。
東北大震災の影響を直接受けられた宮城県の中学校からいただきました。


生徒さんたちの英語が、ほんとうによく書けていて、一枚一枚きれいな文字で上手に書かれていて、感激でした。写真をとって、また 集団返信ポスターを送る予定でいます。週一回のクラスもあるので、なかなか全員から返事を集めるのはたいへんですが・・・。


# by agsmatters05 | 2012-03-20 21:08 | Trackback | Comments(3)

3.11一周年(ロンドンで BUNKASAI)

夕べのうちに、こういうもの 〈↓〉 を作っておきました。

お米一升分くらい。半分は電気釜で。後の半分は圧力鍋で炊いてみたので、ちょっと柔らかくなりすぎ、でした。でも圧力鍋でもお米が炊けることがわかってよかった。

そして、東日本大震災から1年目の今日。

電車で行こうか、車で行こうか、ぎりぎりまで迷って、けっきょく、ロンドンのリージェンツパーク〈クレセント〉まで車を走らせてしまいました。9時半までに着きたかった。駐車場のことで、あたりをうろついてしまい、15分ほど遅れてしまいました。


しばらく迷って、ぐるぐるして、ちょっと誰かに聞こうと思ってここに駐車して、向かい側のイタリアンカフェのおじちゃんに聞いたら、日曜日はどこへ停めてもいいんだって。コンジェスチョンチャージ(混雑税=8ポンド)もいらないんだって。

めざすは グレートポートランドストリートにあるコンファランスセンター。

ここで、今日一日中、「文化祭 BUNKASAI 」と呼ばれる行事がありました。朝10時前だからまだ人は少なかった。舞台ではクラウディア・アンダーソンちゃんが、美空ひばりをうたっていました。お祭マンボとか。

去年の東日本大震災後、救援活動を始めて、とうとう被災孤児支援のためのチャリティー団体を作り上げた「エイドフォージャパン」というグループのチャリティーイベント、全部ボランティアで運営されていた大きな行事でした。

歌、踊り、太鼓、DVDによる日本文化紹介〈風呂敷、神道、武士道など)、着物着付け、そして被災地の映像その他、もりだくさんのプログラムでした。


イギリスでただ一人のプロの三味線奏者だという紹介でした。響〈ヒビキ)さん。いい名前。津軽三味線、よかった。本当にいいヒビキでした。



〈忘れないように、という桜の花びらのバッジ。1ポンド。写真掲載許可をいただきました。)







〈この人は男性でした。でもちゃんと練習して上手に「さくら、さくら」をおどってました。)

日本舞踊の先生、「花」、泣きなさい、笑いなさい・・・  の踊りでした。

一番聞きたかったのは、朝一番のプログラム、俳句の朗読、というのでしたけど、残念ながら駐車場をさがすのに手間取ってまにあわなかった。

そして会場内は食べ物は販売禁止ということで、持って行ったおにぎりは、半分以上持ち帰り。けっきょく、4分の一は冷凍庫に。4分の一は冷蔵庫に。4分の一ぐらい食べて、あとは、会場でであった唯一のお友だち〈日本語を教えているKFさん=前にも登場していただいたのに、ブログネーム忘れちゃった!!!〉とその生徒さんたちプレゼント。気持ち的には、販売用というより、このイベントのボランティアへの慰問〈応援〉を兼ねて作ったつもりだったのですが、ボランティア達に配るにはボランティアの数が多すぎて、募金集めに会場で売りたかったけど、それもできず、けっきょくおにぎりは目的を十分果たせなかったのでした。(明日のおべとうになる^^。)

でも、丸一日つぶして、行ってよかった、です。


時差があるから、日本と同じ時刻にはならなかったけど、イギリス時間の3月11日午後2時46分、会場の参加者全員で黙祷をささげました。午後からは参加者も増えて、200人以上、延べでも300人は超えたような気がします。


和合亮一さんの詩を英訳したものを中心に構成した朗読劇というのもありました。

鈴木ナオミさんというプロの歌手のステージ。オリジナルで被災者に寄り添う気持ちを歌ったという歌がとってもよかったです。「がんばって」という言葉じゃなくて、ただ〈被災者と〉「同じ気持ちになる、なってみようとする。」そういう思いで作った歌だといっていました。Everybody wanted coming home. みんなじぶんちへ帰りたがってる。というリフレーン〈くり返しの部分)を一緒に歌いました。



一分間の黙祷のあとは、会場全体で「ふるさと」の歌を歌いました。
♪ 
うさぎ追いしかの山、こぶな釣りしかの川。夢はいまもめぐりて、わすれがたきふるさと。
いかにいます父母、つつがなきやともがき、雨に風につけても、思いいずるふるさと。
志をはたして、いつの日にか帰らん、山は青きふるさと。水は清きふるさと。


そのほか、いろいろありました。本当は生徒達を連れて行きたかったけど、日曜日で、手続きが面倒で、私自身いけるかどうか前の日までわからないような状況だったので、けっきょく一人参加でした。


入場料5ポンド、
桜〈忘れないよ〉バッジ1ポンド
「エイドフォージャパン」バッジ1ポンド
ラッフル〈くじ引き〉チケット1ポンド
ガソリン代47.57ポンド(約6000円)
おにぎり代〈不明)



# by agsmatters05 | 2012-03-12 10:19 | Trackback | Comments(6)

2月28日(火曜日)泣く子もだまるオフステッド様(その三)

そろそろこの話題も終わりにしようと思っています。

オフステッド視学官、エレーヌさんの苗字はテイラーさんでした。略すと ET。文字通りのエイリアンさまなのでした。^ー^

私の授業に、ほんの5-7分ぐらい、来てくださいましたが、言葉を交わす間もありませんでした。こちらは生徒を中心に授業を続けていればよい、というか、続けるのが本筋、と考えていましたので、ご挨拶もできませんでした。

ま、教室にはいってきたときに、用意しておいた教案のコピーを校長とETさんに差し上げました。一応二人とも教室のはなれたところに腰掛けてしばらく授業を見聞きしていました。途中参加だったので、ETさんはスクリーンを見る前に私の教案を読んでいる気配でした。

授業はただ、画面を見せては、3人の生徒達に代わる代わるスクリーンの言葉を読ませて意味を言わせるということを続けていただけでした。画面がなにより物を言う授業、ということだったとおもいます。でもって、この画面の色(ブルー)が、作った本人の私でもとても強く印象に残って(気に入って)、授業参観を終えて家に戻ってからももう一度見てみたくなってしまったくらいでした。(ハハ、ジコマン族)

私にとっては、その5-7分間だけが、インスペクション(査察)つまりオフステッド様との接触のすべてだったわけですが、エル校長や、言語学科主任のキャ先生や、その他の上司たちは、この二日間、ETさんにお付き合いして、それはそれはたいへんな二日間だったようです。

インスペクション(視察)というのは、ただ単に学校内の授業を参観、観察するだけでなく、校長始め大勢の責任者たちや、数人の生徒代表たちともたっぷりと面談をし、そのうえ、たくさんの書類にも眼を通して、設備や予算やスタッフや生徒数や、全国試験の記録や、カリキュラム全体もチェックする、という総合的なもののようです。わが13年生日本語クラス生徒3人のうちの一人、ピーター君は大学でも語学を専攻志望にしている語学に強い生徒(リングイスト)なのですが、指名されてこの面談に臨み、日本語では三つの文字(ひらがな、カタカナ、漢字)を勉強していることもこの場で説明した、とか。これはあとになってピーター君から聞きました。

さて、ET様が帰った翌日、学校と自宅の両方のメールアドレスに、校長、副校長、そしてキャ先生からイーメールがきていました。「おつかれさま。たいへんいい結果に終わっておめでとう!ありがとう!ウエルダン!」 という内容のメールでした。そして校長のイーメールには後日、祝勝会をする予定、とも書いてありました。(***このメールについて、ちょっとおかしなことがあったのですが、長くなるのでそれはMOREに書いておきます。)

それから週が明けた次の月曜日(3月5日)、校長秘書のミセスKからイーメール。「ごめんなさいあなたに祝勝会の連絡するの忘れてたわ。明日午後3時35分から会議室でパーティー(慰労会)ですよ」と。そしてそのメールにはその日より前に全語学科教員関係者に送ったメールがはりつけてありました。


(ほらね、ここでひがんではいけません。こういうことはマイナーな科目を担当して四分の一のパートタイマー、ジャパニーズ・ティーチャーにとっては、初めてのことでも、めずらしいことでもないのです。だからといってふだんしいたげられているわけでもなく、廊下を歩けば、名前の知らない同僚たち、何の科目の先生かも知らない人たちから、ハーイミチ、ハローミチと声をかけてもらっているのです。公立校ですから、財政困難の原因を創立者や校長や会計係に帰すこともできませんしね。日本語は確かにマイナーではありますが、この学校に日本語ありの認識はある程度根付いていると思うのです。日本語がなくなればいいなんて思っている人はだれもいない、とおもうので、ミセスKのうっかりミスもドンマイ、ドンマイ。)


三月六日(火曜日)、午後3時35分の授業終了後、私はふだんお隣の女子校に直行して3:45からの授業をしないといけないのですが、今日は メンバーの一人N君に単語学習シートのいっぱい入ったフォルダーを渡して、遅れるけどこれやっといて、よろしくね、と伝えておきました。本当は授業優先で、パーティーは欠席してもよかったのですが、ものめずらしさも手伝って、ノコノコと 会議室のお祝い会とやらに行ってみたわけです。部屋に入るとこういうもの (↓) が用意してありました。



そしてこういうもの(↓)も。



全部でおよそ24,5人ぐらい集まったかな。SLT といって、シニア・リーダーズ・ティーム。校長と二人の副校長と二人の教頭と会計主任の6人ーこれがいわゆる上層部。学校全体を動かすトップ集団に加えて、言語学科のフルタイム、パートタイムの先生たち全員と、2-3の実習生、そしてもちろんアシスタントのマダムVもいました。その一人ひとり全員が上のワインとカードをもらいました。〈カードの中には SLT 6人からのウエルダンとか、サンキューとか、コングラチュレーションとかの一言とサインが書いてありました。



どうやら、それぞれ教えている言葉の国のワインを用意されたようでした。これはほとんど校長秘書のミセスKが準備されたもののようでしたが、フランス語の先生たちはフランスワイン、スペイン語の先生たちはスペイン産のワイン、ドイツ語の先生たちはドイツワインでした。ということが分かったのは、私の順番がまわってきたとき、エル校長がひどくアポロジェティカルに、「たいへん申しわけないんだが、日本のワインが手にはいらなかったので。」と言ったからでした。

今にして思えばこういうとき、ジョークとして、あ、いつまでも待っときますから日本のお酒にしてください、といえばよかったかも・・・。(ちょうど料理酒も切れているし。笑) そういう機転、ユーモア、ジョークがすぐ口に出てこない無骨者、愚直なミチ、「あ、いいですよ、私どんなワインでもすきですから」 といってしまいました。でもこれは表向きの社交辞令。はっきり言えば真っ赤なウソ。ワタシ、ワインは好きですけど、赤しか飲まない、というか毎日グラス一杯の赤ワインがワタシの常備薬。赤ワインにポリフェノールが、その中でも「今,話題の抗酸化物質」リスべラトロールが入っていて、それは癌予防その他に相当効くとマジで信じているので、できることなら、赤がもらいたかったなああああ。なのでした。



校長の短い挨拶では、二日間のインスペクションの結果はほんとうによくて、ETさんは この学校が 「Exceptionally well 例外的なまでにいい」、というコメントを残していったそうです。

それでは、MFL(言語学科)全体がアウトスタンディング(ずば抜けて優秀だ)と評価されたことについて、いったいミチの日本語の授業はどういう役割をになっていたのか、どういう貢献ができたのか、具体的なコメント、フィードバックはあったのかどうか。これが実は何よりも気になるところでした。フランス語、スペイン語、ドイツ語は、複数(4-5人)の先生たちのチームプレイ〈または手分け)で行われているので、ティームティーチングができないのは日本語だけ。孤軍奮闘です。ま、人数もすくないけど、ね。

キャ先生にそれとなく、科目別のフィードバックはあるのか、と聞いたのですが、そういうものはないだろうということでした。ただし、エル校長は、私の質問に答えて、「評価のポイントには、開講科目の多様性(ダイバーシティー)という項目もあって、そういう観点からも高い評価を得た」と言っていました。いくら少人数でも、日本語が授業科目の中にあるのは、ただ単にヨーロッパ系の言語だけを教えるカリキュラムの学校よりは、ずっと開けている、進んでいる、語学教育の重要性が認識されている、と判断してもらえるのでしょう。



日本語が日ごろの授業科目の中に含まれている学校というのは、イギリス国内でもそう多くはないはずで、含まれていてもフルタイムの日本語教師を採用している学校はもっとずっと少ないはず。ここで、また調べてみました。初等、中等教育レベルで、イギリスで日本語を教えている学校はおよそ130校ぐらい。そして、GCSE〈中学卒業認定国家試験〉で日本語を受ける生徒数はおよそ1100人ぐらい、なのでした。これは、イギリス全体でMFL(つまり外国語科目)でGCSEを受ける生徒の数がおよそ35万人なので、約0.3%、つまり外国語科目を受けるGCSE受験生1000人中3人ぐらいしか、日本語のGCSE試験を受ける子はいない。



以下、 More をクリックしてください。3人の「ボス」からのイーメールについて、四の五の言わせていただきました。



More

# by agsmatters05 | 2012-03-11 01:03 | Trackback | Comments(0)

2月28日(火曜日)泣く子もだまるオフステッド様(その二)

オフステッド様にご覧いただいたパワーポイントファイル(プレゼンテーション)の映像から。

GCSE(英国中学卒業資格試験)の日本語試験から、2008年の読解テストを使って、一番最後の長文読解問題を生徒に解読してもらうというのが、今回のオフステッドさまに見せる授業内容でした。(とまあ、自分でそういうことをする、と決めたわけですが。)


これ(↑)が最初のページです。これを生徒に見せた時点では、お客様(視学官と案内役のエル校長)はまだ教室にきておられませんでした。

そしてまずは単語の説明からはいりました。

パワーポイントファイルで上の画面をスクリーンに映すとき、各画面の中の文字は、ひとつひとつ、順番に登場してくるように、フェードインという機能をつかいました。最初に「町」という漢字だけ見せる。読める子、意味を知ってる子にはそれを言わせますが、だれもわからなければ、キーボードの右下の矢印キーをクリックして、次の文字(ひらがなの「まち」)を画面にフェードインさせる。それで、この漢字が読めたら、ああ town だ、と意味の分かる子もいたり、いなかったり。もちろん、全然意味も読み方も、なにも知らない生徒もいますから、もう一度キーボード右下の矢印キーをクリックすると、 town という英単語が画面に出てくる。つまり、3回クリックしないと一番上の「町、まち、town」 という画面は出てこないようになっているわけですが。

これは一度に全部の文字が画面にでてくる場合より、作る手間がかかっているわけです。ま、全部一括してフェードインにすることもできるのですが。そして次々と







のような単語を見せていきました。ここでは全部の単語の画面は載せきれませんが、上とおなじような画面を「家、店、新しい映画館、大きな公園、(あるいて)五分 などなど、生徒が分かってないだろうと思われる必要な語彙や表現を選んで、しばらく見せた後で、↓ にあるような全体の文章を見せました。(これは長文読解問題のおよそ4分の一ですが。)



漢字のあとでひらがなの読み方をカッコで示したのは、生徒達がここに使われている漢字を全て覚えていないのが分かっているから、です。これらの漢字の読み方や意味を全部マスターするのは、とても週二回、2年間の授業でカバーしきれることではありません。

上で見せた「中心」という漢字がこの画面で読むことができても、その意味を覚えていて、さっと言えるかどうか、これはとてもたいへんなことです。日本の小学生のように、毎日宿題で新しい字を何回も書いて覚えるというようなことを、200字全部についてやるなんてことは限られた時間内ではとてもできない。本当はそういうことをやればいいのでしょうが、漢字だけを覚えることにすべての時間をかけるわけにはいきませんから。

それでも、この「マイクロソフトオフィス・パワーポイント」というコンピューターのプログラムを使って、いろいろな新しい情報を視覚的に(本当は音声もだせるらしいのですが、私はまだそれができない(涙)。)生徒に提示することは、とてもいい手段だと思っています。もちろん、いろいろ気をつけなければならないことはあって、限界もあるのですが・・・。


# by agsmatters05 | 2012-03-07 22:51 | Trackback | Comments(2)
< 前のページ 次のページ >
line

紅茶国で日本語教師。でも、身の回りのいろんなことを気ままにつづっていきます。日本語教育のほかに、イギリス風景、たまには映画や料理や本やニュースや旅のことなど。


by agsmatters05
line
XML | ATOM

skin by excite